7 / 42
06. 首飾りの攻防 〜一時決着
しおりを挟む首飾りを譲る気はないと見据える私の剣幕に押されたのだろう、父はたじろいだ。
すると、私たちの間に割り込むようにメリルが立ちふさがった。
「お義姉さま止めて!お義父さまを責めないで!お義父さまは悪くないんです!」
どこか的外れな言葉に唖然として、咄嗟に言い返すことができなかった。
──首飾りに対する発言で父に怒りはしたが、私の中で一番悪くて一番許せないのは、変わらずにメリルなのだが。
そんなことを考えている間に、彼女の瞳に見事なほどに美しく涙が浮かぶ。
「⋯⋯本当は、わたしからお義姉さまに直接貸してくださるようお願いするつもりだったんです。でも、お義姉さまが大切にしてるようだったから、きっと断られると思って⋯⋯。⋯⋯それで、お義父さまにお願いしてみたのです⋯⋯」
涙を浮かべつつそう言ったメリルの言葉を、うまく理解できない。
彼女は、自分が何を言っているか、何をしたのか、分かっているのだろうか。
つまり、私に頼んでは貸してもらえないと思ったから、当主である父の威を借りて、私の侍女を脅して出させたということだろうか。
それを──恥ずかしげもなく言うのか。
「⋯⋯でも、そのような由来のある首飾りなのなら、うれしいです」
「うれしいって⋯⋯どういうこと?」
まだ何を言うかと、嫌な予感を覚えながらも尋ねる。
するとメリルは、心底うれしそうな笑顔を浮かべた。
「今はわたしもお義母さまの娘ですもの。それはつまり、わたしにもこの首飾りを受け継ぐ資格があるということですよね?」
どうしてそんなことを考えることができるのか。
理解できないことがこれほどまでにおそろしいとは思わなかった。
目の前の見た目はかわいらしい少女が、得体の知れない生き物のように思える。
彼女は、そのような無茶苦茶な理屈でこの首飾りを完全に自分のものにしようというのだろうか。
メリルの言葉に私の勢いが削がれたことがわかったのだろう。
彼女に庇われる格好だった父が前に進み出た。
「とにかく、今回この首飾りはメリルが着ける。セシリア、お前は他にもたくさん持っているからそれでいいだろう」
「⋯⋯っ、ですがお父様⋯⋯!」
「これ以上我儘を言うなセシリア!」
我儘ですって?
心外な言われように怒りで目の前が真っ白になる。
「聞き捨てなりませんわお父様!そもそも最初に我儘を言ったのは⋯⋯!」
「ええい、駄々をこねるな見苦しい!メリルはこの首飾りに合わせてドレスまで作ったんだ!すべて無駄にするつもりか!
今回の夜会はメリルがこの首飾りを着ける!これは当主としての私の決定だ!いいな!」
父は吐き捨てるように言う。
お得意の"当主"という言葉が出た。この言い方をした父は、もう梃子でも動かなくなる。
心のどこかが急速に冷めていくのを感じた。
結局、父はこういう人なのだと、分かっていたはずの事実を再確認し、諦めに似た思いが占める。
燃えたぎる怒りの炎は瞬く間に鎮火し、残ったのは──凍てつきそうなほどに冷たい感情だ。
「──お父様。この首飾りの謂れはご存知ですわね?」
「もちろん知っている。お前もさっき得意げに話していただろう」
むすりとしたまま、父は言う。
早く話を終わりにして私を追い出したいとでも言いたげな表情だ。
「その謂れをご承知の上で、メリルさんに着けさせると、そういうことでよろしいですわね?」
「くどいぞセシリア!メリルが着けると何度も言っているだろうが!」
まぁいいだろう、と心の中で冷たく呟く。
私は十分に嫌がったし、止めた。
一時でもメリルに渡すのは癪ではあるが⋯⋯
──資格があると言うのなら、せいぜい試してみればいいのだ。
「──では、今回はお貸しいたします」
「本当ですかお義姉さま!」
「ただし」
歓喜の表情を浮かべたメリルに、あえて、にっこりと笑ってみせる。
珍しい私の笑顔を向けられて不穏なものを感じたのか、メリルの表情が強張った。
「お父様のお言葉通り、今回だけですわ。夜会が終わったら、すぐに返していただきます。大事な品ですので無事にお返しくださいね」
「そ、それはもちろんです、お義姉さま!あとは、また別の機会にも⋯⋯」
「その後は、この首飾りも含めて、私のものはすべて、もう二度とお貸ししませんので。よろしいですわね?」
「え⋯⋯いえ、だって、他のものも⋯⋯」
凍るように冷たい怒りが宿った瞳を彼女に向ける。
「よろしいですわね?」
強い眼差しに、メリルは顔を青くして言葉を失った。
「そういうことですので、お父様。聞いておられましたね?私の持ち物ですが、一度きり、メリルさんに貸すことにいたします。フィングレイの当主として、この約束を違えさせることがありませんよう」
メリルが何も言わなかったこともあり、父も勢いに押されたように頷いた。
父の大好きな"フィングレイの当主"が絡む約束事だ。とりあえず今回は、よっぽど違えることはないはずだ。
──いや。もしかしたら、貸してほしいなどという世迷言を、もう二度と口にしないかもしれない。
私は嫌味たらしいほど丁寧にカーテシーをすると、それ以上父もメリルも何も言わぬうちにと、さっさと退室した。
自室に置いていたとはいえ、管理を侍女に任せていたのは失態だった。次からは鍵の管理も自分でしようと固く誓う。
しかし、この調子だと母の持ち物に対しても粗相をしていそうだ。至急、家令にでも立ち合ってもらって確認した方がいいだろう。
自室に戻れば、首飾りを渡してしまった侍女が泣き腫らした目で伏して詫びてきた。
彼女の立場も立場だ。当主たる父に出て来られたら渡すしかないだろう。
そう言って肩を叩いて宥めると、ついでに家令を呼んでくるよう頼んだ。
家令を待つ間、また侍女たちに手伝ってもらい、着たままだったドレスを着替える。
そのときに、ふと、景色に溶けかけながらも窓辺に佇む鳥の姿に気づいた。
着替え終わるとすぐに侍女を下がらせ、窓辺の鳥を手に乗せる。
そうして、息を吹きかけ、歌うようにささやいた。
「《彼の人の言の葉を解き放て》⋯⋯」
直線的で簡略化された鳥の姿が淡い光とともに解け、手には綺麗に畳まれた数枚の便箋が残る。
見慣れた筆跡のものであるそれにさっと目を走らせれば、知らず、口元に笑みが浮かんだ。
「いよいよなのね⋯⋯」
320
あなたにおすすめの小説
私ではありませんから
三木谷夜宵
ファンタジー
とある王立学園の卒業パーティーで、カスティージョ公爵令嬢が第一王子から婚約破棄を言い渡される。理由は、王子が懇意にしている男爵令嬢への嫌がらせだった。カスティージョ公爵令嬢は冷静な態度で言った。「お話は判りました。婚約破棄の件、父と妹に報告させていただきます」「待て。父親は判るが、なぜ妹にも報告する必要があるのだ?」「だって、陛下の婚約者は私ではありませんから」
はじめて書いた婚約破棄もの。
カクヨムでも公開しています。
私の、虐げられていた親友の幸せな結婚
オレンジ方解石
ファンタジー
女学院に通う、女学生のイリス。
彼女は、親友のシュゼットがいつも妹に持ち物や見せ場を奪われることに怒りつつも、何もできずに悔しい思いをしていた。
だがある日、シュゼットは名門公爵令息に見初められ、婚約する。
「もう、シュゼットが妹や両親に利用されることはない」
安堵したイリスだが、親友の言葉に違和感が残り…………。
透明な貴方
ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
政略結婚の両親は、私が生まれてから離縁した。
私の名は、マーシャ・フャルム・ククルス。
ククルス公爵家の一人娘。
父ククルス公爵は仕事人間で、殆ど家には帰って来ない。母は既に年下の伯爵と再婚し、伯爵夫人として暮らしているらしい。
複雑な環境で育つマーシャの家庭には、秘密があった。
(カクヨムさん、小説家になろうさんにも載せています)
〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。
だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。
十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。
ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。
元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。
そして更に二年、とうとうその日が来た……
〈完結〉貴女を母親に持ったことは私の最大の不幸でした。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」ミュゼットは初潮が来た時に母から「唯一のこの家の女は自分」という理由で使用人の地位に落とされる。
そこで異母姉(と思っていた)アリサや他の使用人達から仕事を学びつつ、母への復讐を心に秘めることとなる。
二年後にアリサの乳母マルティーヌのもとに逃がされた彼女は、父の正体を知りたいアリサに応える形であちこち飛び回り、情報を渡していく。
やがて本当の父親もわかり、暖かい家庭を手に入れることもできる見込みも立つ。
そんな彼女にとっての母の最期は。
「この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。」のミュゼットのスピンオフ。
番外編にするとまた本編より長くなったりややこしくなりそうなんでもう分けることに。
〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。
了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。
テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。
それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。
やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには?
100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。
200話で完結しました。
今回はあとがきは無しです。
妹に全て奪われて死んだ私、二度目の人生では王位も恋も譲りません
タマ マコト
ファンタジー
【高評価につき21話〜43話執筆も完結】
第一王女セレスティアは、
妹に婚約者も王位継承権も奪われた祝宴の夜、
誰にも気づかれないまま毒殺された。
――はずだった。
目を覚ますと、
すべてを失う直前の過去に戻っていた。
裏切りの順番も、嘘の言葉も、
自分がどう死ぬかさえ覚えたまま。
もう、譲らない。
「いい姉」も、「都合のいい王女」もやめる。
二度目の人生、
セレスティアは王位も恋も
自分の意思で掴み取ることを決める。
だが、物語はそこで終わらない。
セレスは理解している。
本当の統治は、即位してから始まる。
壊れた制度の後始末。
王太子という肩書きの再定義。
影で生きてきた者たちの行き先。
腐敗を一掃した後に残るものを、どう生かすか。
それを選ぶのが、女王セレスティアの次の戦いだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる