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24. 元婚約者と 〜彼がしたこと
しおりを挟むそこまで回想して、私ははっとして居住まいを正した。
「改めて、マルクスにはお礼を言うわ。サイラスの横領の証拠を押さえてくれたから、あの男を捕まえることができたの。本当にありがとう」
頭を下げれば、マルクスが慌てているのが分かった。
「止めてくれ、セシリア。礼なら先程の会談で君の母君からも、公爵様からもいただいているんだから」
「⋯⋯だとしても、最初に貴方に無茶なお願いを振ったのは私だもの」
公爵家に養子に入る予定だったラザル卿の次男の死の報がもたらされたのは、母と共に元父と離縁する計画を練り出した、今から半年以上前─メリルが侯爵家に来てから数ヶ月後─のことだった。
その死に胸騒ぎを覚えたのは私だった。
どうしても幼き日に甘言を弄してきたあの男のことが甦って──耐え切れず、その死の不気味さを母に相談した。
すると母は、従兄の子の死であるからと、お悔やみのついでにあれこれと探るために、一度公爵家に戻った。
そうして、ラザル卿からもその死の不自然さを聞いて疑惑を深めていたときに──祖父までもが倒れたのだ。
状況から見るに、食事に毒が盛られていたようだった。
警戒をすり抜けられてしまい、少量食べてしまった祖父は一時意識を失った。
しかし、非常時に備えて屋敷内に控えていた侍医のおかげで、すぐに回復することができた。
毒を盛ったのは、数年前から雇われていた下働きの青年だったようで、騒動時には姿を消していたが、後日遺体が発見された。
そのため、首謀者を辿ることは困難だった。
この出来事に、母は震撼していた。実の父が殺されかかったこともそうだが──おそらく、このまま出戻れば、自分や娘の私まで暗殺の対象になってしまうと危惧をもったのだ。
だから、何としてもサイラスを捕らえねばならないと考えた。
「⋯⋯あの男は悪知恵は回るようで、なかなか尻尾を掴ませなかったわ。恐ろしい男よ、自分に繋がりそうな者は、すべて手にかけていたのだもの」
落馬事故に遭ったラザル卿の次男が乗っていた馬の世話係も、祖父に毒を盛ったであろう下働きの青年も。
もしかしたら我々が気づいていないだけで、その他にもサイラスの手にかかった者がいたかもしれない。
とにかく、あの男は自分に繋がりそうな人物は徹底的に消していた。
そうやって手詰まりになりかけたとき、サイラスの行動に不可解な点が見つかったのだ。
あまりに金遣いが荒過ぎる──その浪費具合は、20年前の断罪劇を受けて閑職に飛ばされた騎士の支払い能力を、遥かに超えていた。
そこで、真っ先に疑ったのが──
「まぁ、横領の件については、僕らは自分たちの仕事をしただけだから、そこまで気にしなくていいよ」
マルクスがへらりと笑う。
異常な浪費に気づいた私たちは、財務省に勤めるマルクス父子に極秘裏に調査を依頼したのだ。
当初、母は第三者を巻き込むことに反対していたが、それを何とか説得して、実際に協力をお願いしたのは、私だった。
その結果──予想は的中していた。
調査した結果分かったのは、サイラスの横領がそれこそ20年前の断罪劇直後─公爵家を追われて閑職に追いやられた後─から始まっていたということだ。──故に、暗殺に関する行動よりは危機管理が杜撰だったのだろう、と思われる。
あの男は、騎士団付きの財務官に暴力を振るい、恐喝し、備品等にかかる金を水増しして請求させ、浮いた金をせしめていた。
しかも、毎月毎月その額をじわじわと増やし、20年かけて自分の給金の十数倍を奪い取るに至っていたのだ。
「そもそも、もともとは我々財務官の失態なんだよ。指摘されるまで気づけなかったのは、完全に恥だ」
厄介なことに、サイラスは財務省の上層部に位置する官吏─学院時代の同期らしい─を、上納金を納めることで抱き込んでいた。
そうやって、不正を誤魔化していたようなのだ。
マルクスと彼の父は、それら全てを暴き出してくれた。特に彼の父君は、同僚である財務官の加担に怒り狂っていたらしい。
そうやって揃えられた証拠とともにラザル卿に報告し、サイラス逮捕に至ったのだ。
「それよりも、サイラスは今でこそ落ちぶれているけれど、もともとは将来を嘱望されていた身だ。かなりの手練れだったんだろう?こちらとしては、証拠隠滅をさせないために横領の関係者を片っ端から捕らえる大捕物を行うせいで騎士の人員が割けないのに、本当に捕まえられるか冷や冷やしていたよ」
性格はともかくとして、サイラスは騒動で職を追われるまでは、騎士団最強の剣客として次期騎士団長と目されていた。
確かに、本当にそんな者が相手では、あまり大人数を動かせなかった捕縛は上手くいかなかったかもしれない。
しかし──
「失脚した後、あの男はまともに剣を振っていなかったのよ。それでも自分は昔と変わらず最強の騎士様のつもりでいたのだから、お笑いだわ」
20年前より脂肪で分厚くなった体で、令状を持って秘密裏に確保に向かったラザル卿と数人の騎士をせせら笑ったそうだ。
貴様らごときにこの俺を捕まえられるか──と。
ラザル卿は危なげなくいなして下したそうだが、その際にあの男は利き腕と肋骨数本を折ったらしい。
現在騎士団最強と謳われるラザル卿に、過去の栄光に縋る男が思い上がって、愚かにも派手に刃向かったのだろう。
「あとは、ラザル卿のご子息暗殺と、祖父の暗殺未遂、その他の殺人の嫌疑をどこまで立証できるかだけど⋯⋯」
「そっちの方の証拠は厳しいんだっけ?」
「今のところはあのお馬鹿娘の証言しかないようね。あとは、サイラスに心酔していたらしいあの愚弟が、何か知っていないかだけど」
「お馬鹿娘⋯⋯あぁ、あの」
マルクスはすぐに納得したように頷き、こっそりと吹き出した。
くつくつと肩を揺らしながら、額を押さえる。
「そんな彼女と僕の婚約話がもち上がっていたというのだから、本当にセシリアには感謝だよ」
「そういえば、そんな馬鹿話もあったわね」
「というか、未来の公爵だとか言っておきながら、侯爵夫人の座を欲するとか⋯⋯」
「あぁ、それは──」
おそらく、彼女なりに焦っていたのだろう。
プライセル公爵死去の報がもたらされぬまま、サイラスと連絡がつかなくなったのだ。
もしもの場合を考えて、彼女なりに頭を働かせた結果が、元父の侯爵を唆してのあの婚約話だったのだろう。
以上の予想を話してみたものの、マルクスは渋い顔を崩さなかった。
「要するに、僕は完全にとばっちりって訳だね。二度と顔を合わさないだろうことに、心の底からほっとするよ」
その様子に私も思わず、ふふと笑い声をこぼしてしまった。
しかし、それと同時に胸の内に漂う不安をまた感じてしまった。
二度と顔を合わさない──もちろん、私も母も、祖父もそれを望んでいる。
だが、もうすべてを騎士団に委ねてしまった以上、あとは彼らの──ひいては国王陛下の判断に任せるしかない。
笑いもあっという間に収まり、カップに視線を落として、どことなくすっきりしきらない気持ちを持て余していると、徐にマルクスが口を開いた。
「セシリア、君は本当にすごい。あちこち手を尽くし、頭を下げて頼みこみ、考えられる最善を尽くしたんだ。そのおかげで、分を弁えぬ愚か者は相応しい報いを受けたし、危険にさらされるところだったいくつもの命も助けられて、歴史ある名家の命運も救われた」
その言葉にはっとして顔を上げれば、その先でマルクスは柔らかく微笑んでいた。
「胸を張りなよ、セシリア。君は、20年前の断罪劇から続く問題に立ち向かい、いま一度鉄槌を振り下ろしたのだから」
マルクスの言葉が、ゆっくりと心に染み入り、じんわりと温かく広がった。
それで、やっと張り詰めていた心が解けたようだった。
「⋯⋯ありがとう、マルクス」
「どういたしまして」
いたずらっぽく笑う彼に、やっと翳りなく笑うことができた。
そんな私たちへ、侯爵家の元家令が近づいた。
「盛り上がっているところにたいへん申し訳ありませんが、そろそろお時間でございます」
「あぁ、そういえばマルクスはこの後に予定があったのだったわね。ごめんなさい、話が長引いてしまって」
「いやいや、そもそもこのお茶会を熱望したのは僕の方だから」
元婚約者ではなく、フィリップのエスコートを受けて庭園を邸の方へと戻る。
「お忙しいときなのにわざわざご足労くださって、本当にありがとう」
少し先を歩くマルクスに声をかければ、彼は横顔で笑って、ひらりと手を上げて応じた。
騎士団の横領を暴いた功績により、以前から囁かれていた通り、マルクスの父は財務大臣に、マルクスも昇進するのではと専らの噂なのだ。
そうでなくとも財務関係の大事件が起きたのだ、忙しくないはずがない。
そんなことを考えていて、ふと、思い出した。
「そういえばマルクス、この件での貴方のメリットは、もう得られたの?」
骨折りに見合う功績は得られたと思うが、このマルクスが出世を一番の望みとしていたとは思えない。
だからきっと、それ以外に何かがあるのだと思うのだが⋯⋯。
マルクスは顔だけを振り返らせたが、その表情は苦い。
「それ、憶えていたんだね」
「当たり前よ、大事なことじゃない。⋯⋯それで、どうなの?」
彼の目は、思案するように中空に向けられていた。
「うーん⋯⋯まだ大事な相手に話をできてもいないから、さすがに話せないな」
「それは⋯⋯もちろん、いつかは教えてくれるのよね?」
「それは結果次第かなぁ」
情けなさそうに笑ったマルクスに、首を傾げた。
「とりあえず⋯⋯幸運を祈っておいた方がいいかしら?」
「そうだね。是非祈ってほしいな」
「その代わり、ちゃんと教えてね」
答える代わりに、マルクスは何も言わずにただ笑った。
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