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【後日譚②】異国行きの馬車の前で
しおりを挟む「──お前の刑が確定した。国外追放の上、しばらくは彼の地での労働に従事してもらう」
環境がいいとは言えない騎士団施設内の牢の中、現れた騎士ではない男─法務官か何か─は、手にしていた紙を広げ、朗々と言い渡した。
鉄格子越しに立たされてその宣告を聞いた彼女は、口の端を歪め、笑みに似た表情を浮かべた。
「──最近は静かなようだな」
その牢に見知った男が従者らしき者を連れて現れたのは、その宣告から数日後のことだった。
体をそちらの方に向けようとすれば、肌触りの悪い襤褸がチクチクと肌を刺して不快だった。
湯浴みどころか行水もそう頻繁にはさせてもらえないので、肌も髪も今まで経験したことがないほどに汚れていた。
その薄汚れた髪の隙間から、強面の顔が見えた。
「⋯⋯何よ。わたしを笑いに来たの?騎士隊長様とやらは随分と悪趣味な暇人なのね」
彼女を捕らえてこんなところに押し込んだ張本人である第一騎士隊長は、分かりやすく顔をしかめてみせた。
「お前を笑うためだけにわざわざこんな所まで来るか。そこまで暇ではない」
「⋯⋯じゃあ何よ」
取調べを終えてからは人と話すこともなくなったので、声を出しづらい。
牢屋というものは、他の罪人と一緒くたにぶち込まれるものだと思っていたが、少なくとも彼女の牢はそうではない。年若い女性ということで、一応は配慮されたのだろうと思う。
それでも、周りの牢に押し込まれた男たちから下卑た声をかけられることは多かった。すべて無視をしているが。
そんな男たちは、明らかに上等な衣服に身を包んだ騎士の登場に、最初は何事か盛んに声をかけていたが、従者の騎士が剣に手をかける素振りを見せると、すぐに静かになっていた。
「刑が確定したようだな」
「⋯⋯あぁ、なに。それを笑いに来たの」
「先程からそればかりだな。お前は笑われたいのか?」
騎士隊長が呆れたように言う。
「別に。ただ、わたしの人生は何だったのだろうと思っただけよ。最近は思い返す度に馬鹿らしくて、可笑しくて」
くくく、と低い笑い声が漏れる。笑わないとやってられなかった。
ただ幸せになりたかった。それだけだったのに。
そのために必要だと思った金と権威を手に入れようとしたのだ。使えるものを使って、利用し尽くして。
だけど、こんな風に牢に入れられて、何もやることがなくなって、毎日ぼんやりと取り留めもないことを考えていると、嫌でも最近は思ってしまうのだ。
──わたしが求めていた"幸せ"とは、いったい何だったのだろう。
大嫌いな母が生きていた頃はなんとなく描けていたその形は、今になってみるとひどく曖昧で、もう形を見失いつつあった。
それと同時に、今こうして汚らしい姿で牢に繋がれた現状を思い、自分は一体どこに向かっていたのだろうと思うのだ。
「結局は、異国の地で奴隷落ちってところ?ふふふ⋯⋯本当に馬鹿らしい」
「⋯⋯奴隷?どういうことだ」
騎士隊長が軽く首を傾げる。
どういうことだとは、こちらの台詞だ。まさかこの男は、刑の話を振っておきながらその中身を知らぬとでも言うのか。
「だって、奴隷でしょ。異国の地で労働に従事するって」
「──あぁ。いや、奴隷ではない。刑期にあたる一定期間の後にはきちんと解放されるし、相場よりかなり少ないだろうが、解放の際にはその間の給金代わりの金も渡される。解放後もこの国には生涯戻れぬが、向こうの国の民として暮らしていけるだろう。⋯⋯まぁ、当然この国での犯罪歴は残るから、解放後も苦労はするだろうな」
なんだ、それは。少なくともその待遇は彼女が思っていた国外追放とは違う。
「もちろん、罪の軽重によっても扱いは変わる。お前の罪であれば、軽くもないが、そこまで過酷な扱いにもならぬはずだ」
「⋯⋯そう」
知らず、肩に入っていた力が抜けた。
奴隷制度のないこの国から、犯罪奴隷としてでも輸出されるのかと思っていたのだ。
「何なの、この刑。こんなの刑になるの?」
「この刑が科されるのは、貴族が主だからな。大抵の奴らは自分の身の回りのことさえできない上に、労働だなんてとんでもないと言うような者ばかりだから、きちんと刑になり得る」
「⋯⋯そういうこと」
貴族連中にとっては、一切の縁者のいない見知らぬ土地に放り出され、今までしたこともないような労働を課されるのだ。彼らにしてみれば、想像もできないような罰なのだろう。
それを大して苦に思わなかった自分は、やはり生粋の貴族という生き物ではないらしい。
「──あの、騎士隊長⋯⋯」
会話が一段落したところを見計らったのだろう、騎士隊長の傍にずっと控えていた従者らしき青年が声をかけた。
「あぁ、無駄話が過ぎたな。ここからが本題だ」
「⋯⋯本題?」
騎士隊長が促すと、青年騎士が木箱をいくつかメリルの牢の前に並べた。
「⋯⋯これは?」
「トビアス・フィングレイ殿からの差し入れだ」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯は?」
言っている意味が理解できずに騎士隊長の顔を見返すが、彼は特に表情を変えずに見返してくる。
「差し入れって何?あの男、何を寄越してきたの?」
「開けるぞ」
騎士隊長の言葉に青年騎士が木箱の蓋を取る。
そこには──牢屋暮らしに慣れた身には眩しすぎるほどに美しい、色とりどりのドレスが押し込められていた。
あの男は今さらこんなドレスを贈ってどうするつもりかと思ったが、すぐにそのドレスに見覚えがあることに気づいた。
「これ、わたしの⋯⋯」
あの邸に置いてきたドレスたちだ。
それを律儀にすべて寄越したとでも言うのだろうか。
もしかしたら、別の箱には宝飾品類も入れてあるのかもしれない。
「⋯⋯馬鹿じゃないの。施しのつもり?これだからやんごとなきお貴族様は⋯⋯」
正しい扱い方なわけではなさそうな様子で、箱いっぱいに押し込められたドレス─侯爵家に仕えるご立派な使用人たちの仕事だとは思えない─を見下ろしながら、呟く。
顔を上げることができなかった。
「⋯⋯これ、着てもいいの?」
「刑期の間は指定された衣服を着てもらう。着るなら刑期明けだが⋯⋯さすがにこれだけの量は持参させられない」
「⋯⋯そう」
本当に馬鹿だ。結局は無駄なのではないか。
それでも、笑いは漏れなかった。
「それじゃあ、全部侯爵に突き返してやって。もう着ることもないから、そっちで好きに処分しろって」
「⋯⋯いいのか?一着くらいなら持って行けるだろうが」
騎士隊長の言葉に、鼻を鳴らしてやった。
「馬鹿じゃないの?こんな豪華なドレス、追放される罪人には似合わないわよ」
「⋯⋯分かった。では、トビアス殿に返却しておこう」
「ついでに、どうせ差し入れするのならもっと気の利いた物を寄越しなさいとでも文句を言っておいて」
それにも了承の言葉を返した騎士隊長は、従者の騎士に箱を片付けさせると、それで本当に用件は終わりだったようで、去って行った。
その後ろ姿を見送った彼女は、牢内の硬く粗末なベッドに横たわった。
知らず、自然と笑いが漏れてくる。
音の反響しやすい牢の中に、笑い声がこだました。
こんなに声を立てて笑ったのはどのくらいぶりだろうというほどに、狂ったように笑い続けた。
気づけば、笑い過ぎたせいか涙まで出てきていて。
──笑っていたのか、泣いていたのか、実のところは分からなかった。
身柄が送られる国のことを、あれから少しだけ知ることができた。
それにしても、最初に与えられた情報に『言語は同じ』というものがあった瞬間に、唖然としてしまった。
言葉が通じることが当たり前だと思っていたが、異国というのであればそうではない可能性も当然あったのだと、それによってやっと気づいた。
その国については、あとは、多くの国と国境を接していること、気候が厳しくて国土面積の割に人口が少ないこと、昔から移民の受け入れに積極的であることが分かった。多種多様な人種が細々と暮らしているらしい。
この国とは何らかの協定が結ばれているようで、一部の犯罪者の流刑地とされることがあるらしかった。
そんなことを反芻しながら、そんな異国へと向かう、今まで乗ったことがないほど質素で、乗り心地の悪そうな馬車を眺めていたのだが。
「──ねぇ。やっぱりアンタって暇人なの?」
思わず、またしてもその場に現れた人物に言ってしまった。
その方向に首を向けたが、衣服は以前の襤褸よりも少しはましな襤褸に着替えさせてもらったので、肌触りは幾分かましになった。
騎士隊長は眉を顰めると、深々と息をついた。
「私だって暇ではないのだがな」
「説得力ないわね」
「仕方がないだろう。断る方が業務妨害になりそうでな。面倒事になるのはもう御免だ」
それはどういう意味かと尋ねる前に、目の前に革の鞄が差し出された。
思わず騎士隊長の顔を見返せば、早く受け取れとばかりに睨まれた。
「⋯⋯何よ、これ」
「気の利いた差し入れだそうだ」
その言葉にはっとして、引ったくるように鞄を奪うと、すぐに開いた。
中には、相変わらず扱いとしては酷いと言わざるを得ない入れ方で、何やら衣服が押し込まれているようだった。
しかし、それは──手触りや縫製の様子から言って、明らかに高級品ではない。そこらの平民の娘が着ていそうなものだ。
「どうする。今回も受け取り拒否は可能だが」
少しだけ引っ張り出した服を、荒っぽく鞄の中に押し込んだ。
「⋯⋯手切れ金代わりに受け取ってやるわ」
そうか、と騎士隊長が頷いた。
護送のために同乗するらしい騎士が声をかけてくる。
いよいよ出発なのだろう。
彼女は鞄を抱きかかえたまま、騎士隊長を振り返った。
「覚えておきなさい。異国で御大尽でも引っかけて、いつかアンタらをひれ伏させてやるんだから!」
微かな笑みすら浮かべて啖呵を切った彼女に、騎士隊長は小さく頷いて応じた。
「やれるものならやってみるがよい」
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