聖者の愛はお前だけのもの

いちみりヒビキ

文字の大きさ
22 / 80

05-2 こんなにも好き、なのか?(2) 魔法の理

しおりを挟む
災厄の中心地は、王都から半日の距離にある古代遺跡だった。
空が紫に裂け、地面からは光の柱が幾筋も立ち昇っている。
近づくだけで皮膚が焼けるような魔力の圧が押し寄せ、兵士たちは顔を強張らせていた。

「な、なんだこの力は……!」
「立っているだけで吐き気が……!」

怯える兵士たちの中、ただ一人、白いローブを翻して立つ影があった。
細身の青年。栗色の髪に眼鏡、指には魔導士特有の印が刻まれた指輪。

「来たか、聖者」

彼は振り返り、落ち着いた声で言った。

「私はクレイン。王国魔導院より派遣された調査官だ」

レオンハルトは敬礼に応じる。
クレインは眼鏡の奥で瞳を光らせ、遺跡の中心を見つめる。

「クレイン殿」

ロイが一歩前に出る。

「こちらの状況を教えていただけますか?」

「これは単なる暴走ではない。誰かが意図的に仕掛けた“呪式”だ。魔力の渦がここまで大規模に広がるには、少なくとも三十層以上の陣を重ねている」

「三十層以上……そんなことが可能なのか」

ロイが思わず息を呑む。

「再構築しなければ止まらない。だが、再構築は術者本人しかできない。ゆえに――私が代わりにやる」

そう言って、クレインは膝をつき、地面に指で魔法陣を描き始めた。
円環、幾何学、古代文字。
指が走るたび、光が迸り、陣は複雑さを増していく。

周囲の兵士たちは息を呑んだ。
誰もが理解できぬ高度な術式。しかし彼は迷いなく組み上げていく。

レオンハルトは腕を組んだまま動かない。
ロイは黙って見守りながら、隣のレオンハルトに視線をやる。

「……どう思われますか、レオン様」
「まぁ、信じるより他はない」

レオンハルトは淡々と答え、ロイは小さく笑った。

(どんな時でも揺るがない……やっぱり、この人は……)

ロイは、レオンハルトの代わりに尋ねた。

「そんな細工で、本当に止まるのか?」
「止まるとも」

クレインは顔を上げ、きっぱりと言った。

「魔法は理だ。理に従えば必ず収束する。拳で殴るなど野蛮な真似をしなくてもな」

その言葉には明らかな皮肉が混じっていた。
兵士たちの間に小さなざわめきが走る。

しかし、レオンハルトは気にした様子もなく、ただ「そうか」と一言だけ返した。

クレインは再び術式に集中する。
額に汗を滲ませ、必死に線を引き重ねていく。
やがて巨大な光陣が遺跡全体を覆い、脈打つように輝きを増していった。

「……よし、これで収束するはずだ」

両手を合わせ、呪文を唱える。
空間の裂け目が一瞬、静まった。

兵士たちは歓声を上げかける。
だが――

バキィンッ!

鋭い音と共に、魔法陣がひび割れ、逆流した光が爆ぜた。
衝撃波が広がり、兵士たちが吹き飛ばされる。

「ぐっ……!」

クレイン自身も地に叩きつけられ、血を吐いた。

「おい!」

ルカが駆け寄る。
崩れかけた陣の中心で、なおも魔力の渦は広がり続ける。
空間の裂け目がさらに大きく口を開け、周囲の大地を呑み込み始めた。

「……失敗……だと……?」

クレインが呻きながら、震える手で陣を見つめる。

「ありえない……俺の術式が……」

その絶望を見つめ、レオンハルトが低く呟いた。

「――やはり、理屈じゃない何かなのだろう」

その眼差しは、崩壊の中心に向けられていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ショコラとレモネード

鈴川真白
BL
幼なじみの拗らせラブ クールな幼なじみ × 不器用な鈍感男子

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

次元を歪めるほど愛してる

モカ
BL
白い世界で、俺は一人だった。 そこに新しい色を与えてくれたあの人。感謝してるし、大好きだった。俺に優しさをくれた優しい人たち。 それに報いたいと思っていた。けど、俺には何もなかったから… 「さぁ、我が贄よ。選ぶがいい」 でも見つけた。あの人たちに報いる方法を。俺の、存在の意味を。

龍の寵愛を受けし者達

樹木緑
BL
サンクホルム国の王子のジェイドは、 父王の護衛騎士であるダリルに憧れていたけど、 ある日偶然に自分の護衛にと推す父王に反する声を聞いてしまう。 それ以来ずっと嫌われていると思っていた王子だったが少しずつ打ち解けて いつかはそれが愛に変わっていることに気付いた。 それと同時に何故父王が最強の自身の護衛を自分につけたのか理解す時が来る。 王家はある者に裏切りにより、 無惨にもその策に敗れてしまう。 剣が苦手でずっと魔法の研究をしていた王子は、 責めて騎士だけは助けようと、 刃にかかる寸前の所でとうの昔に失ったとされる 時戻しの術をかけるが…

邪魔はさせない

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 病棟で知り合った2人。生まれ変わって異世界で冒険者になる夢を叶えたい!

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

運命の息吹

梅川 ノン
BL
ルシアは、国王とオメガの番の間に生まれるが、オメガのため王子とは認められず、密やかに育つ。 美しく育ったルシアは、父王亡きあと国王になった兄王の番になる。 兄王に溺愛されたルシアは、兄王の庇護のもと穏やかに暮らしていたが、運命のアルファと出会う。 ルシアの運命のアルファとは……。 西洋の中世を想定とした、オメガバースですが、かなりの独自視点、想定が入ります。あくまでも私独自の創作オメガバースと思ってください。楽しんでいただければ幸いです。

【本編完結済】神子は二度、姿を現す

江多之折(エタノール)
BL
1/7外伝含め完結 ファンタジー世界で成人し、就職しに王城を訪れたところ異世界に転移した少年が転移先の世界で神子となり、壮絶な日々の末、自ら命を絶った前世を思い出した主人公。 死んでも戻りたかった元の世界には戻ることなく異世界で生まれ変わっていた事に絶望したが 神子が亡くなった後に取り残された王子の苦しみを知り、向き合う事を決めた。 戻れなかった事を恨み、死んだことを後悔し、傷付いた王子を助けたいと願う少年の葛藤。 王子様×元神子が転生した侍従の過去の苦しみに向き合い、悩みながら乗り越えるための物語。 ※小説家になろうに掲載していた作品を改修して投稿しています。 描写はキスまでの全年齢BL

処理中です...