26 / 80
06-1 お前の側にいたい(1) 愛と王位の間で
しおりを挟む
王城の奥深く、重厚な扉の前でユリウスは立ち止まっていた。
扉の向こうに待つ現実を思うと、胸が締め付けられる。
「……殿下」
側近のルカが静かに声を掛ける。その声音はいつもより低く、哀しみを含んでいた。
「父上は……」
言葉を最後まで告げる必要はなかった。ルカが小さく首を振る。それだけで十分だった。
ユリウスは唇を強く噛みしめる。
足が重く、前へ進むことを拒む。
けれど逃げることはできない。王族として、息子として、確かめなければならなかった。
意を決し、扉を押し開く。
そこには、静かに横たわる父の姿があった。
高貴な顔立ちはそのままなのに、血色は失われ、まるで精巧な彫像のように冷たく硬い。
寝台の周囲には侍医や神官たちがひざまずき、沈痛な面持ちで祈りを捧げていた。
ユリウスはふらつく足取りで近づき、寝台の縁に膝をついた。
「……父上」
掠れる声が室内に響く。
だが返事はない。当たり前だ。
もう二度と、その声を聞くことはできないのだから。
胸の奥がぎゅっと締め付けられ、熱いものが込み上げてくる。
涙を見せてはならない――そう自分に言い聞かせるが、瞳はすぐに潤み始めた。
「殿下……」
ルカがそっと肩に手を置く。
その優しさが逆に堪えきれなくて、ユリウスは顔を伏せた。
(……父上。私は、どうすればいいんですか)
民を思い、争いを避けてきた王。
その姿を誰よりも尊敬していた。
だが自分に同じことができるのか――答えは出ない。
そのとき。
「ユリウス」
低く落ち着いた声が背後から響いた。
振り返れば、扉の陰からレオンハルトが姿を現した。
いつもの無骨な鎧姿。だがその眼差しは、いつになく優しい光を湛えている。
彼は一歩、また一歩と近づき、ためらうことなくユリウスの肩に大きな手を置いた。
その温もりに、張り詰めていた心がわずかに緩む。
「……泣いてもいい」
囁かれたその言葉に、堪えていた感情が一気にあふれた。
「っ……私は……王になんて、なりたくなかった……!」
声が震え、涙が頬を伝う。
「争いも、血も……全部、嫌なんだ……! どうして私なんだ……!」
子供のように吐き出す言葉を、レオンハルトは遮らなかった。
ただ黙って抱き寄せ、その頭を大きな手で優しく撫でる。
「お前が望まなくても、民はお前を望んでいる」
「私なんかが……!」
「だから俺がいる」
その声音は驚くほど真剣で、揺るぎなかった。
「俺の拳がある限り、誰にもお前を傷つけさせない」
耳元で響く声に、ユリウスの胸は大きく揺れた。
不安も恐怖も、少しずつ和らいでいく。
同時に、心臓の鼓動がやけに大きくなり、顔が熱くなる。
「……馬鹿。そんなこと、簡単に言うな」
涙混じりの声で精一杯の強がりを返す。
けれど頬は赤く染まり、視線を逸らすしかなかった。
レオンハルトは苦笑し、だが真剣な眼差しを崩さない。
「簡単じゃない。本心だから言った」
静まり返った寝室に、二人の呼吸だけが響く。
ユリウスはそっと目を閉じ、その胸に身を委ねた。
父の死で押し潰されそうな心を、彼の腕が確かに支えてくれていた。
扉の向こうに待つ現実を思うと、胸が締め付けられる。
「……殿下」
側近のルカが静かに声を掛ける。その声音はいつもより低く、哀しみを含んでいた。
「父上は……」
言葉を最後まで告げる必要はなかった。ルカが小さく首を振る。それだけで十分だった。
ユリウスは唇を強く噛みしめる。
足が重く、前へ進むことを拒む。
けれど逃げることはできない。王族として、息子として、確かめなければならなかった。
意を決し、扉を押し開く。
そこには、静かに横たわる父の姿があった。
高貴な顔立ちはそのままなのに、血色は失われ、まるで精巧な彫像のように冷たく硬い。
寝台の周囲には侍医や神官たちがひざまずき、沈痛な面持ちで祈りを捧げていた。
ユリウスはふらつく足取りで近づき、寝台の縁に膝をついた。
「……父上」
掠れる声が室内に響く。
だが返事はない。当たり前だ。
もう二度と、その声を聞くことはできないのだから。
胸の奥がぎゅっと締め付けられ、熱いものが込み上げてくる。
涙を見せてはならない――そう自分に言い聞かせるが、瞳はすぐに潤み始めた。
「殿下……」
ルカがそっと肩に手を置く。
その優しさが逆に堪えきれなくて、ユリウスは顔を伏せた。
(……父上。私は、どうすればいいんですか)
民を思い、争いを避けてきた王。
その姿を誰よりも尊敬していた。
だが自分に同じことができるのか――答えは出ない。
そのとき。
「ユリウス」
低く落ち着いた声が背後から響いた。
振り返れば、扉の陰からレオンハルトが姿を現した。
いつもの無骨な鎧姿。だがその眼差しは、いつになく優しい光を湛えている。
彼は一歩、また一歩と近づき、ためらうことなくユリウスの肩に大きな手を置いた。
その温もりに、張り詰めていた心がわずかに緩む。
「……泣いてもいい」
囁かれたその言葉に、堪えていた感情が一気にあふれた。
「っ……私は……王になんて、なりたくなかった……!」
声が震え、涙が頬を伝う。
「争いも、血も……全部、嫌なんだ……! どうして私なんだ……!」
子供のように吐き出す言葉を、レオンハルトは遮らなかった。
ただ黙って抱き寄せ、その頭を大きな手で優しく撫でる。
「お前が望まなくても、民はお前を望んでいる」
「私なんかが……!」
「だから俺がいる」
その声音は驚くほど真剣で、揺るぎなかった。
「俺の拳がある限り、誰にもお前を傷つけさせない」
耳元で響く声に、ユリウスの胸は大きく揺れた。
不安も恐怖も、少しずつ和らいでいく。
同時に、心臓の鼓動がやけに大きくなり、顔が熱くなる。
「……馬鹿。そんなこと、簡単に言うな」
涙混じりの声で精一杯の強がりを返す。
けれど頬は赤く染まり、視線を逸らすしかなかった。
レオンハルトは苦笑し、だが真剣な眼差しを崩さない。
「簡単じゃない。本心だから言った」
静まり返った寝室に、二人の呼吸だけが響く。
ユリウスはそっと目を閉じ、その胸に身を委ねた。
父の死で押し潰されそうな心を、彼の腕が確かに支えてくれていた。
1
あなたにおすすめの小説
オメガの僕が、最後に恋をした騎士は冷酷すぎる
虹湖🌈
BL
死にたかった僕を、生かしたのは――あなたの声だった。
滅びかけた未来。
最後のオメガとして、僕=アキは研究施設に閉じ込められていた。
「資源」「道具」――そんな呼び方しかされず、生きる意味なんてないと思っていた。
けれど。
血にまみれたアルファ騎士・レオンが、僕の名前を呼んだ瞬間――世界が変わった。
冷酷すぎる彼に守られて、逃げて、傷ついて。
それでも、彼と一緒なら「生きたい」と思える。
終末世界で芽生える、究極のバディ愛×オメガバース。
命を懸けた恋が、絶望の世界に希望を灯す。
オメガバースの世界に転生!?アルファに生まれ変わってパパになります
みたらしのだんご
BL
オメガバースの世界に転生します。村でのびのびします。
ボーイズラブ要素はゆっくり出していきますのでしばしお待ちを
龍の寵愛を受けし者達
樹木緑
BL
サンクホルム国の王子のジェイドは、
父王の護衛騎士であるダリルに憧れていたけど、
ある日偶然に自分の護衛にと推す父王に反する声を聞いてしまう。
それ以来ずっと嫌われていると思っていた王子だったが少しずつ打ち解けて
いつかはそれが愛に変わっていることに気付いた。
それと同時に何故父王が最強の自身の護衛を自分につけたのか理解す時が来る。
王家はある者に裏切りにより、
無惨にもその策に敗れてしまう。
剣が苦手でずっと魔法の研究をしていた王子は、
責めて騎士だけは助けようと、
刃にかかる寸前の所でとうの昔に失ったとされる
時戻しの術をかけるが…
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
【完結】『ルカ』
瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。
倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。
クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。
そんなある日、クロを知る青年が現れ……?
貴族の青年×記憶喪失の青年です。
※自サイトでも掲載しています。
2021年6月28日 本編完結
【本編完結済】神子は二度、姿を現す
江多之折(エタノール)
BL
1/7外伝含め完結
ファンタジー世界で成人し、就職しに王城を訪れたところ異世界に転移した少年が転移先の世界で神子となり、壮絶な日々の末、自ら命を絶った前世を思い出した主人公。
死んでも戻りたかった元の世界には戻ることなく異世界で生まれ変わっていた事に絶望したが
神子が亡くなった後に取り残された王子の苦しみを知り、向き合う事を決めた。
戻れなかった事を恨み、死んだことを後悔し、傷付いた王子を助けたいと願う少年の葛藤。
王子様×元神子が転生した侍従の過去の苦しみに向き合い、悩みながら乗り越えるための物語。
※小説家になろうに掲載していた作品を改修して投稿しています。
描写はキスまでの全年齢BL
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる