「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな

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2020年11月時点で想定していた最終章(12月時点でもう違います(笑))

異世界転移? いいえ、異世界帰還です。異世界を滅亡の危機から救ったら、今度はぼくの世界が滅亡の危機に瀕してました。①

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 真夏の炎天下の中で、景色が揺らいで見えることがある。
 秋月レンジの目の前にある「ゆらぎ」は、それにとてもよく似ていた。

 あぁ、そういえば、これによく似たものをこの世界に来るときに確か見た気がする。レンジはそう思った。
 冬には見ることがないゆらぎがとても不思議で、とても珍しくて、だから追いかけたんだっけ。

 そして、気づいたときには、彼はこの世界に迷い込んでいた。

 それが、彼の異世界での長い冒険の始まりだった。


「そろそろ行くね」

 レンジは、共に旅をした少女に声をかけた。
 帰る、とは言わなかった。

 少女は名残惜しそうに、

「行ってらっしゃい」

 とだけ言った。

 レンジがこのゆらぎを通り抜けてしまえば、二度とこの世界に戻ってくることできない。
 ふたりとも、それはわかっていた。

 少女とずっと一緒にこの世界で暮らすことができたなら、どんなに幸せだったろうか。

 この世界にやってきてから、レンジは何度も死にかけた。
 仲間の死や裏切り、心が壊れてしまうような思いを何度もした。
 それでも彼は、成すべきことを最後までやり遂げた。

 少女を守りたいと思ったからだ。
 少女だけでなく、少女を生み、育て、自分と出会わせてくれたこの世界を守りたいと思ったからだ。
 だから、どんなにつらくても決して諦めることはなかった。
 少女がいてくれたから、この世界も少女も守りきることができた。

 役目を終えた自分は、この世界には存在してはいけなかった。

 魔王さえも道具とし、この世界を滅ぼそうとする者と対峙した時よりも、少女との別れが怖かった。

 それでも帰らなければいけなかった。



 ゆらぎを通り抜けたとき、彼は生まれ育った世界に帰ってきていた。

 振り返ると、真後ろにあったはずのゆらぎはもはやなく、異世界を滅亡の危機から救った彼にあるのは虚無感だけだった。

 この世界には、彼の居場所はどこにもなかった。

 あの世界には、自分にしかできないことがあった。
 けれど、この世界にはそんなものはない。

 これまで通りに高校に通い、進学するにしろ就職をするにしろ、社会の歯車のひとつになるだけの人生しかない。
 あの世界で出会った少女より大切に思える女性など、この世界にいるわけがない。
 そんな世界でこれから何十年も自分が生きていく意味などあるのだろうか?

 ないようにしか思えなかった。だから虚しかった。途方もなく。


「遅かったわね」

 だが、そんなレンジに声をかけた少女がいた。
 聞き覚えのある、淡白な口調の中に優しさが満ち溢れた声だった。

「なんてひどい顔をしてるの?
 そんなにわたしとの別れがつらかったのかしら?」

 目の前にいる少女は、夏服の半袖の白いセーラー服を着ていたが、美しく長い黒髪と、白く華奢な体のコントラストが美しい、先ほどあの世界で別れたばかりの少女だった。

「ステラ……?」

 なぜ、君がここに?
 そう尋ねるよりも早く、少女はレンジが愛用していた二振りの剣を彼に差し出した。

 少女の名は、ステラ・リヴァイアサン。
 あの世界の歴史上最高の魔法使いであり、数日後には大賢者の称号を与えられる予定だった。
 半袖のセーラー服の両腕には、彼女が愛用していた魔法の威力を飛躍的に高める魔装具「ガントレット」が装着されていた。

 それはつまり、魔法が存在しないはずのこの世界でも、彼女は魔法が使えるということだった。
 彼女から渡された二振りの剣もまた、ひとつは自らの俊敏性を高め、もうひとつは相手を著しく鈍化させる魔法が込められた魔装具だった。それを彼もまた、この世界で扱えるということだった。


「今度はあなたの世界に危機が迫っていることがわかったの」

 彼女はレンジがゆらぎの向こうに消えた2週間後にそのことを知り、

「だから、わたしはあなたを追いかけてきたのだけれど、どうやら新しく作ったゲートはまだ不安定みたいね。まさか5日間も待たされるとは思わなかったわ」

 5日も前にこの世界にやってきていたのだという。
 でも、待っているというのも案外悪くないものね、と彼女は言った。それすらもあなたと過ごした時間の一部になるのだもの、と。

「でも、今は再会を喜んでる場合じゃないみたい」

 彼女の言う通りだった。

 ふたりはすでに、この世界に存在するはずのない者たちに取り囲まれていた。

 その者たちは、あの世界に存在していた「カオス」と呼ばれる、混沌そのものとしか言いようがない存在だった。

「あなたが、わたしたちの世界にきてくれたとき、あの『ゆらぎ』のようなゲートが、あなたの世界からわたしたちの世界へ繋がる一方通行のものだったのを覚えてる?」

 もちろん覚えていた。

 この世界にはもはや当たり前のように存在するが、あの世界には存在せず、今後も存在するようなことがなかったはずのもの。
 それが、ゲートによって流れ込んでしまったことが、すべての原因だったのだから。

「あなたをこの世界に帰すために作ったゲートが、今度は逆のことを引き起こしてしまったの。制限時間のおまけつきで。
 わたしは先週の金曜日にこの世界にやってきたわ」

――放っておいたら、次の金曜日はやってこない。

 大賢者に就任してすぐ、ステラは占星術師からそう告げられたそうだった。


 何も知らなかったとはいえ、そんな危機的な状況の中で、5日間も彼女を待たせてしまっていたのだ。申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


「明日の午後11時59分までに、この世界をあなたとわたしが救わなければ、この世界だけでなく、あの世界も滅びる。
 ふたつの世界は表裏一体だから」

 ステラはそう言うと、両手の手のひらからいくつもの巨大な火球を作り出した。

 火の精霊フェネクスの力を借りた最上級魔法「インフェルノ」。
 それを同時に、そして無限に作り出し放つ「業火・八百万」。

 ステラがそれを放った瞬間、ふたりを取り囲んでいたカオスたちは跡形もなく消え去っていた。

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