「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな

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第49話 国王の死と父の大剣

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 その身だけでなく、心まで魔王になってしまう直前に、レンジの父は自らのスマホにレンジ宛に動画を遺してくれていた。

 そして、それを国王に託していた。

 その動画を観終わったとき、レンジもステラもピノアも、その心にあるのは後悔と自責の念だった。

 リバーステラからの来訪者は、巫女の導きによって国王と謁見しなければならない。
 ステラとピノアは、確かにレンジを謁見の間へと連れて行った。
 しかし、国王は多くの仕事を抱えており、謁見の間の前のソファで長い時間を待たされることになった。

 その間に、ステラはレンジにゲートの目の前にあったATMを利用したかを尋ねた。
 レンジはATMから引き出した十万円が入った財布をふたりに見せた。
 ATMはその十万円を、この世界の通貨である「ρ(ロー)」に自動的に換金し、出てきたのは10枚の100万ρ 紙幣だった。

 リバーステラにおいて十万円なんて金額は、なんていう会社名だったか忘れたが、どこかの社長がツイッターの自分のフォロワーから毎日ひとりずつ選んでは、趣味で配っているような、言ってみればはした金だった。その社長は、趣味はお金配りだとプロフィールにご丁寧に書いていた。

 レンジのような高校生でも、学校が終わった後や土日や祝日にアルバイトをすれば、2~3ヶ月もあれば貯めることができる額だった。
 レンジはアルバイトをしたことがなかったから、ATMから引き出した10万円は数年分のお年玉だったが。

 確か今年の正月のお年玉は、スイッチライトを買おうかと思っていたら、おしゃれや化粧に興味を持ち始めた小5(現在は小6)の妹から、

「お兄ちゃんもちゃんとおしゃれをして!
 いっしょに歩くとき恥ずかしいからやだ」

 そう言われ、ショッピングモールに連れて行かれると、妹が選んだ流行りの服を買わされた。
 スイッチライトは買えなかった上にほとんど残っていなかったから、ATMにあったのは去年までに貯めていた分だった。

 そういえば、この世界に来たときのレンジは学生服で、シャツの下に着ていたロンTは、妹がそのとき選んでくれたものだった。
 学ランやシャツはレオナルドの店に置いてきてしまったが、そのロンTは今も着ていた。
 おしゃれは足下からと言われて靴や靴下も買わされ、今履いている靴も靴下も、ついでにボクサーパンツも妹が選んでくれたものだった。
 さすがにそろそろ洗濯をしたかった。

 父の動画を見たせいか、急に妹の顔や思い出を思い出してしまった。
 自分が選んだ服をレンジに試着させたときの、妹の笑顔を思い出した。

「お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、リサのお父さんでもあるんだから、いつもそういう風にかっこよくしてててね」

 時の精霊のことを悪く言えないくらい、妹を溺愛して甘やかしていたことをレンジは思い出した。
 目に入れてもいたくないと思うくらいだったし、「孫」っていうレンジが生まれる前に流行った演歌の歌詞の「孫」のところを「リサ」に変えるだけで、自分の気持ちを全部代弁してくれていることに気づいたりしたこともあった。

 会いたいな、と思ってしまった。

 レンジは我に返ると、そうだ10万円の話だったと思い出した。

 10万円は、リバーステラでは1ヶ月も生活することが出来ない額だった。
 独り身で、家を持っており、生活費を切り詰めたらどうにかなるかもしれない。
 だが、マンションやアパートを借りていたら、半分以上は家賃で消えてしまう。 そこに光熱費や携帯代が加算されたら、食費はわずかしか残らない。

 リバーステラの女性が求める結婚相手の理想の条件は、確か年収が500万円以上あり、大卒であり、次男であり、清潔感があり、そしてマナーがある男だという。


 しかし、科学文明と魔法文明の違いなのか、リバーステラに比べテラははるかに物価や賃金が安く、10万円は1000万ρ に換金されていた。
 1000万ρ あれば、エウロペの城下町の一等地に土地を買い、家を建てることができるだけでなく、一生遊んで暮らせる額だった。

 リバーステラからの来訪者は、巫女と共に国王に謁見し、魔王討伐のための話を聞き、旅の支度金を渡される。
 その額はわずか1万ρ であり、アイアンソードやレザーメイルといった貧弱な武器を買える程度だった。

 今のレンジならわかる。
 おそらく、そんな装備ではカオスには傷ひとつつけることが出来ず、一撃でも攻撃を受けたら死んでしまっていただろう。

 ゲートの開通からたった100年で、リバーステラからは一万人の来訪者が訪れた。
 平均で毎年100人も、リバーステラから来訪者が来ているのは、あまりにも多すぎると思っていた。
 一万人目のレンジと、最初の来訪者であるレンジの父以外はすでに死んでしまっているのもおかしかった。

 レンジが自分と父以外で、話に聞いて知っていた来訪者は、ステラとピノアに破廉恥な衣装で彼を出迎えさせるきっかけとなった8888人目の最弱の冒険者だけだった。
 彼は、捕まえたスライムで遊んでいたら、顔に貼り付かれて窒息死したということだった。

 レンジはまだスライムにはまだ出会ったことがなかったが、最弱のカオスであるらしいスライムですらそれほどまでに狂暴な存在なのだ。
 ほとんどの来訪者は、城下町を出てすぐ、最初に遭遇したカオスに殺されてしまっていたのではないだろうか。
 スライムを捕まえることができた8888人目の来訪者は、他の来訪者に比べたら強かったのではないだろうか。

 レンジたちの当初の目的は、ランスにあるという火の精霊フェネクスが棲む山だった。
 そこで彼が精霊に力を示し、魔法を使えるようになることだった。
 だからレンジは多くの来訪者はそこで脱落したのだろうと考えていた。

 だが、違うのだ。

 昨日、ピノアの中の別人格のような存在が、9998人の来訪者はレンジをこの世界に招くための贄に過ぎないと言った。

 彼らは最初から死ぬためだけにこの世界に招かれ、だからこそすぐ死んでしまうような武器や防具しか買えないような支度金しか渡されなかったのだ。

 だから、ステラは本来必ず行わなければならなかった国王との謁見には意味がないと判断した。
 ピノアもそれに同意した。

 そしてふたりは、レンジをレオナルドが営む魔装具店へと連れて行った。

 レンジが国王からの支度金がはした金に思えるだけの額の金を持っていたことも理由のひとつではあったが、それよりもふたりが国王を馬鹿にしていたのが大きかった。

 国王からレンジが得られる情報は、ステラやピノアでも説明できることに過ぎない、と。
 戦争によってエーテルの枯渇を深刻化させ、ダークマターを産み、魔王さえも産んだのは、国王だと。
 リバーステラからの来訪者と巫女は、その尻拭いをさせられているに過ぎないのだと。

 そう教わっていたからだ。信じていたからだ。


 しかし、国王との謁見は、他の来訪者ならまだしもレンジだけは絶対に飛ばしてはいけないものだった。

 二日前に父のスマホを受けとることができていたかもしれないのだ。
 父の遺してくれた動画を観ることができたかもしれないのだ。


「わたしたちは、二日前に国王陛下の元にレンジを連れて行き、きちんと謁見するべきだった」

 ステラは、息を引き取ったばかりの国王を、いつものように国王ではなく、国王陛下と呼んだ。

「ごめんね、王様。
 わたしたち、ちゃんと会いにこなくて。
 一番すっ飛ばしちゃいけないことを、わたしたちすっ飛ばしちゃったみたい」

 ピノアは、国王の体に突き刺さっていた大剣を、物質を自由自在に操ることができる魔法があるのか、その魔法を使って引き抜いた。
 つい先ほどまで生きていた国王の体からは、それを引き抜けば大量の血が噴き出すはずだったが、ピノアは最上級の治癒魔法「オラシオン」を同時にかけながら、大剣を引き抜いていた。

 だから、大剣が抜けると同時に、国王が負っていた致命傷は完治していた。
 無論すでにその命は失われていたから、国王が生き返ることはなかった。

「わたしたちも大賢者にずっと騙されてきたから、王様のつらさ、わかるよ。
 全部はわからないけど、少しはわかるつもりだよ。
 だから、百何十年もお務めごくろうさま。
 あとはわたしたちにまかせて、ゆっくり休んで」

「あなたは、きっと立派な国王になるはずの人だったと思うわ。
 大賢者さえいなければ、あなたは戦争を起こすことも、国を滅ぼすこともなかった。
 わたしは、大賢者がいなかったらレンジには出会うことができなかったでしょうけれど、ピノアにはきっと出会うことができたと思う。
 だから、大賢者がいないあなたの下でなら、ピノアといっしょにこの国の魔法使いとして働きたかったと思うわ」

 ピノアとステラは、国王の遺体を床に横たわらせると、手でその目を閉じてやった。

 レンジは床に落ちた大剣を手に取りながら、

「ふたりは自分を責めなくていい。
 父さんが、こんなものを国王に託してるなんて知らなかったんだから、仕方ないよ」

 レンジには、そんな言葉しかふたりにかける言葉を思いつかなかった。


 レンジが手に取った大剣は、おそらくは魔王が国王に突き立てたのだろう。
 そして、完全に魔王になってしまう前に父が愛用していたものなのだろう。

 その刀身は、彼の身長より長く、彼の肘から指先までくらいの太さがあった。
 まるで大きさは、漫画で見た斬馬刀と呼ばれるものや、ゲームで見たバスタードソードと呼ばれるもののようだった。
 しかしそれだけの刀身でありながらも、その大剣は驚くほど軽く、結晶化したエーテルからレオナルドが作った魔装具だとわかった。

 レンジはそれを、甲冑の背に背負うことにした。

 国王の無念と、人の心をまだ持っていた頃の父の意思を、その背に背負う覚悟を彼は決めた。



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