ひとりの少女を守るために70億の命を犠牲になんてできないから、ひとりの少女を犠牲にしてみた結果、事態がさらに悪化した件。

あめの みかな

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第10章 第6話

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 それまで女王の間で何が起ころうと全く無反応だった小久保ハルミは、少年のまだ幼い声を聞くと、ようやく反応を見せた。
 げっそりと痩せほそった顔を上げると、

「ソウジ……? あなた、なぜ、こんなところにいるの?」

 不思議そうに少年の名前を呼んだ。
 元々色白だったその顔は青く、今にも貧血を起こして倒れてしまいそうな顔をしていた。
 理由はわからないが、おそらく何日も食事や睡眠を取っていなかったのだろう。
 新生アリステラが世界中のいくつもの国々を海に沈め、彼女から千年細胞の研究や科学者という立場さえも奪った国ではあったが、母国である日本さえも海に沈めたことによって、精神的に追い詰められていたのかもしれない。

 ソウジという少年は、髪や瞳の色から、一見ハーフのようにも見えたが、その顔は典型的な日本人のものであった。
 災厄の時代が訪れてからは髪を脱色したり染めたり、カラコンを入れたりする者などいない。
 彼は肌も驚くほど白く、もしかしたら彼は2万人にひとりの確率で生まれるという「アルビノ」という存在であったのかもしれない。

「ソウジ……そういう名前でしたね、確か。
 私が教えてあげるまで、彼は自分の本名も、自分の親が誰なのかすら知らず、養護施設で与えられた葦原イズモという名前を名乗っていたようですが」

「あなた、ソウジじゃないのね。遣田くんなのね」

「えぇ、この身体は私がお借りすることにしました。もっとも、もうお返しすることはできませんが。
 小久保ハルミさん、あなたが一条ソウマさんとの間に出来た子を、巨大地震が起きる前に雨野市に向かわせ、自分の子だけは助けようとしていたことを、私が知らないとでも思っていたのですか?」

「ハルミと一条の子どもだと……」

 タカミは思わず声を上げていた。そんな話は一条から聞いたことがなかった。

 少年は中学生くらいの年だろうか。もしかしたら小学生かもしれない。それくらい幼かった。
 仮にこの少年が13歳であったなら、一条とハルミが最後に会った時期と少年が生まれた年は一致する。だが、もしかしたら子どもの存在を一条は知らなかったかもしれない。知っていれば、少年が養護施設に預けられていたはずがなかった。

「あら、いたのね、タカミくん……それにあなたは、アナスタシアさんね……」

 ハルミは、タカミやレイン、それにショウゴが同じ女王の間にいたことさえ気づいていなかった。
 タカミたちが女王の間にたどりついた時から、彼女はずっと部屋の角の床に座りこみ、うつむいたままであったが、彼らがユワの体に憑依していた遣田と戦っていたことにさえ気づいていなかったということだろうか。

「そう、その子は一条くんとわたしの子よ」

 14年前にハルミが不老不死さえも可能とする千年細胞を発見した時、一部の権力者たちは千年細胞を独占することを決め、彼女の研究は闇に葬られた。
 世紀の大発見をしたはずの彼女は、すぐに希代の詐欺師と呼ばれるようになり、学会を追われ、マスコミに追われることになった。
 そんな彼女を、親が所有していた別荘に匿ったのが一条だった、という話は聞いたことがあった。
 ふたりは高校時代に恋愛関係にあったが、大学時代から徐々に疎遠になり、社会人になってからは全く連絡すらとらなくなっていたそうだった。
 だが、一条は連日マスコミに追いかけまわされる彼女をなんとか助けようとした。
 しかし、警察官僚としての立場や出世、保身、そんな理由から、一条は彼女を別荘に匿うことはしても、その面倒を見ることはなかった。
 彼の代わりにハルミの元に週に1、2度、食糧や生活必需品を届けていたのが、公安時代の遣田だった。
 ある日、遣田がいつものように別荘に食糧などを届けると、彼女の姿は別荘のどこにもなかったという。
 一条はそのことをこの14年ずっと悔いていた。

「でも、遣田くんがどうして知っているの? あなたにはその子の話をしたことはなかったはずよ。
 まさか、遣田くんにその子の存在を知っているとは思わなかった……
 マザーシドが南海トラフ巨大地震を引き起こす日時を決めたとき、この子だけはなんとしても助けようとしたのだけれど……結局はこうなってしまうのね」

 ハルミの言う「こうなってしまう」とは、我が子を何とか助けようとしたが結局死んでしまった、ということだろう。
 遣田に憑依された以上、少年の魂や人格、精神といったものは、一条のときのようにすでに焼き切れてしまっている可能性があった。たとえまだ残っていたとしても二度と表に現れることはないだろう。
 遣田が別の体に憑依することがあれば、その瞬間に少年の脳は焼き切れてしまう。
 ソウジという少年を助ける方法など、もうないのだ。それはもはや死んでいるのと同じだった。

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