5 / 35
5話 幸せになってみせます
しおりを挟む「気でも触れたのか? 僕と離婚して、お前が助かるわけないだろう」
「すみません、正直、ジェイド様と離婚しても、私は全く困らないんです」
「何だと!?」
「貴方と離婚すれば、急に無理難題を言われることもなくなりますし、理不尽に殴られることもなくなりますし、自由に暮らせますし、良いこと尽くめです。離婚して頂いてありがとうございました」
「なっ! 嘘をつくな!」
「いえ、本心です」
神殿に提出する書類を偽装するのは重罪ですから、離婚届書に署名して頂いて良かった。裁判だなんて、面倒ですものね。
「このっ! ソウカの分際で!」
「お兄様、もういいじゃないですか」
また私を殴ろうとしたジェイド様を、ミレイ様が満面の笑みで止めた。
「女心を分かってあげて下さいお兄様。ソウカさんは今、愛しいお兄様に捨てられて、精一杯強がっているんですよ。だから、ここは笑顔で見送ってあげるべきなんです。ムキになったら、相手の思うつぼですよ」
ん? どういう解釈ですか? 愛しい? まさかミレイ様は、私がジェイド様を好きだとでも思っているんですか?
「そうか! すまないミレイ、あんな女が生意気な口を利くから、つい頭に血が上って、冷静な判断が出来なかった」
ジェイド様も勘違いされているんですか? 嘘でしょう? あんな扱いされておいて、好きになる女性がいますか? 嫌い一直線ですけど。
「平民に落ちるなんて、無様ですねぇソウカさん。これから、貧乏生活頑張って下さいね」
……平民でも、商人で大成功している方々も沢山いますし、貴族でも、領地運営や経営が上手く行かず、貧乏な方々がいると思うのですが……ミレイ様やジェイド様にとっては、貴族でいることが大切みたいですね。
貴族に産まれた女性は、結婚して家に入るのが一般的だ。未婚の間は、結婚相手や教養を身に着けるために、上の爵位や皇宮で侍女として働くことはあるが、結婚したあとは働かず、家を任されるのが一般的。
だけど、平民の女性には、そう言った無言の圧力は無い。結婚後も働いている女性はいるし、家庭に入る女性もいるし、自由でとても楽しそう。
貴族は確かに煌びやかな世界だけど、その分、不自由も責任も多い。
煌びやかな世界が好きな人もいれば、自由に生きるのが好きな人もいる。
私は、貴族でいることに執着は無い。貴族社会に未練なんてない。平民に落ちて無様に生きるなんて思わない。私は私の、好きなように生きる。
「いいか!? 後で助けて欲しいと縋って来ても、絶対に助けない! 二度とこの家の敷居を跨ぐことは許さん!」
「私達とソウカさんでは、住む世界が違うんですよ。ごめんなさいねぇ」
「はい、絶対に戻ってきません」
こんな地獄になんか。
一つだけ持たせてくれた――いえ、要らなかったからと取り上げられなかった、お義母様の写真一枚だけを手に、私はクレオパス子爵邸を出た。
「ソウカ様」
「モーリスさん」
クレオパス子爵邸を出、街を出る手前の道で私を待ってくれていたモーリスさんと合流すると、モーリスさんは私に向かって、深く頭を下げた。
「奥様を最後まで看取って下さって、ありがとうございました」
「いいえ。私が最後まで、お義母様と一緒にいたかっただけです。お義母様は……とてもよく、頑張って下さいました」
本当は辛くてしんどい時もあっただろうに、いつも笑顔で、私を一人にさせないよう、ずっと頑張って下さった。
「クレオパス領は出られますよね? お送りします」
「ありがとうございます」
六年前、ここに初めて来た頃が懐かしい。
嫌な思い出ばかりだけど、お義母様と出会えて、過ごせた時間は、一生の宝物になった。
「どちらに行かれますか?」
「そうですね……とりあえず、セントラル領に行ってみようと思います」
用意してくれた荷馬車に乗り込むと、モーリスさんは手綱を引き、出発した。
「セントラル領ですか、あそこは、薬学に精通した領土で、薬草や綺麗な湧水、薬作りにはもってこいな場所ですな」
「はい」
確かに、私はジェイド様が言うように、取り柄のない人間かもしれない。でも一つだけ、私には、薬学と病の知識がある。
取るに足らない、お義母様を救えなかった程度しかない知識だけど、お母様やお父様、お義母様を救いたくて、ずっと、努力してきた結晶。
「私、薬師になります」
お義母様達のために得た知識が誰かの役に立てるのなら、こんなに嬉しいことはない。
「奥様もお喜びになると思います。では、そちらにある袋を持っていって下さい」
「袋? これ?」
荷台に積んであった白い袋の中身を確認すると、そこには、一人で暮らすための生活資金になるだけのお金があった。
「奥様からソウカ様にです」
「どうして……」
「生きている間にソウカ様に渡してしまったら、ソウカ様は私のために使ってしまうから、私が死んでから渡して欲しいと、奥様に頼まれました」
「……ありがとうございます、お義母様」
最後の最後まで、私のことを思ってくれていたお義母様の気持ちを思うと、自然と涙が溢れた。
「俺の目から見たお二人は、まるで本当の母娘のようでした。ソウカ様、どうか、幸せになって下さいね。それが奥様の最後の願いですから」
「……はい、はい、私……幸せになります!」
家族を失ってまた一人になってしまったけど、お義母様もお父様も、死の間際まで、私の幸せを祈ってくれた。
だから私は、これからいっぱい、幸せになる。幸せになってみせる。
そんな私の姿を、どうか、天国から見守っていて下さいね。
749
あなたにおすすめの小説
婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~
tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!!
壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは???
一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
妹に婚約者を奪われたので、田舎暮らしを始めます
tartan321
恋愛
最後の結末は??????
本編は完結いたしました。お読み頂きましてありがとうございます。一度完結といたします。これからは、後日談を書いていきます。
婚約破棄されたので王子様を憎むけど息子が可愛すぎて何がいけない?
tartan321
恋愛
「君との婚約を破棄する!!!!」
「ええ、どうぞ。そのかわり、私の大切な子供は引き取りますので……」
子供を溺愛する母親令嬢の物語です。明日に完結します。
癒しの聖女を追放した王国は、守護神に愛想をつかされたそうです。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
癒しの聖女は身を削り激痛に耐え、若さを犠牲にしてまで五年間も王太子を治療した。十七歳なのに、歯も全て抜け落ちた老婆の姿にまでなって、王太子を治療した。だがその代償の与えられたのは、王侯貴族達の嘲笑と婚約破棄、そして実質は追放と死刑に繋がる領地と地位だった。この行いに、守護神は深く静かに激怒した。
偽物と断罪された令嬢が精霊に溺愛されていたら
影茸
恋愛
公爵令嬢マレシアは偽聖女として、一方的に断罪された。
あらゆる罪を着せられ、一切の弁明も許されずに。
けれど、断罪したもの達は知らない。
彼女は偽物であれ、無力ではなく。
──彼女こそ真の聖女と、多くのものが認めていたことを。
(書きたいネタが出てきてしまったゆえの、衝動的短編です)
(少しだけタイトル変えました)
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
婚約者は妹の御下がりでした?~妹に婚約破棄された田舎貴族の奇跡~
tartan321
恋愛
私よりも美しく、そして、貴族社会の華ともいえる妹のローズが、私に紹介してくれた婚約者は、田舎貴族の伯爵、ロンメルだった。
正直言って、公爵家の令嬢である私マリアが田舎貴族と婚約するのは、問題があると思ったが、ロンメルは素朴でいい人間だった。
ところが、このロンメル、単なる田舎貴族ではなくて……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる