〈完結〉【書籍化&コミカライズ】悪妃は余暇を楽しむ

ごろごろみかん。

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1.城を出ていった悪妃

誰かに消費される生き方ではなく

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「ろ、牢!?牢ってなんですか、おばあ様!?」

ベロニカが焦りも露わに王太后陛下に言い募る。それを、彼女は愚か者を見る目で見下ろしていた。

「誰がお前にそう呼んでいいと言いましたか?」

「そ、それは……以前、おばあ様が……」

流石に、王太后陛下の前で嘘は言いにくいのだろう。それでも口にしようとするその勇気はすごい。いや、蛮勇?
場を見守っていると、王太后陛下がピシャリと言った。

「知りません。以前私はお前に言いましたね。次は懲罰房にいれます、と」

「聞いてません!!」

「そうですね。今言いました。いつもお前に振り回されている人間の気持ちがわかりましたか?」

「何が言いたいんですか!?」 

「言葉遣いもなってない。ブライアンは一体何をしているのだか……。父親アンドレアと全く同じじゃない。やっぱりあの女との結婚を許すべきではなかったわ……」

王太后陛下はため息交じりに言うと、控えていた近衛騎士に、ベロニカを拘束するよう命じた。それに、ベロニカが抵抗する。彼女の高い声が回廊に響いた。

「やめて離して!!こんなことしたら、陛下がお怒りになるわよ。いいの、あなたたち!?」

「おやめなさい、ベロニカ。ブライアンは確かに国の頂きに立つ王だけど、私はその祖母です。孫の愚行を諌めるのも、祖母の務め」

「何の話……!!」

近衛騎士に抑え込まれながらも身をよじる彼女は、王太后陛下を睨みつけた。

「お前たちの口論、少しですが耳にしました。お前がロイヤルガーデンに放した猫が粗相をし、それを捕まえるために侍女や庭師が苦労したのは記憶に新しい。そんなことも忘れてしまうほど、私はまだ耄碌していません」

「違います!!王太后様は間違っておられます!」

「言葉を慎みなさい。お前は、ブライアンの愛人というだけで、王族ではない。臣下として弁えた態度を取りなさい」

「私は……!!陛下から、この国でもっとも高貴な女性だと言われました!!私は尊い身分です!」


「…………」
「…………」
「…………」
「…………」


私と王太后陛下、そしてその場にいる侍女や近衛騎士の沈黙が重なる。

それは、疲労を帯びた諦めのものでもあったし、話の通じない宇宙人との交信に手を焼いたもののようでもあった。

(……頭が痛い)

ベロニカには正論が聞かない。
斜め上というか、屁理屈というか、そういったもので返してくるからだ。

だから、まともに対応するだけ無駄なのだ。

王太后陛下も同じことを考えたのだろう。
額を抑えると、無言で近衛騎士に指示を出す。
近衛騎士は頷くと、ベロニカを抑え込んだまま、彼女を連れていった。
ベロニカの悲鳴だけが、尾を引いて聞こえてくる。



「いやああ!!離して!!離してったら!!こんなことしていいと思っているの!?」

「やめて!!痛い!!」

「痛いって言ってるの!!」



あまりの騒がしさに、王太后陛下が顔を上げ、無表情で追加の指示を出した。

「彼女の言葉を聞く必要はありません。そのまま連れておいきなさい」

「王太后様、酷い!!酷いわ!!私知ってるのよ。王太后様は自分をクレメンティーナ様に重ね合わせてるんだわ!国王様に愛されなかったからって!そうでしょう!?ねえ……!!」

「──」

(なんっ……てことを言うのよあの子は!?!?)

ベロニカはさらなる爆弾を投げ入れて、その場を退場した。
残された私たちの身にもなって欲しい。この場の空気は氷のように冷たく、鉛のように重たかった。
沈黙していると、王太后陛下はベロニカの言葉など聞こえなかったかのように、私を呼んだ。

「クレメンティーナ妃」

「……はい」

「なぜあの愚か者を……いえ。あなたの立場では難しいことでしたね。私が、すべきことだった」

王太后陛下の言葉に、私は目を瞬いた。
彼女は、疲れたようにため息を吐いた。ベロニカとのやり取りに、相当な疲労を覚えたようだった。

「……随分前に、あの娘を騎士に拘束させて、ブライアンから抗議があり、揉めたと聞きました。随分話が拗れたそうですね」

「私が至らなかったせいです。申し訳ありません」

「あなたはあの娘の家庭教師ではないのだもの。そこまで面倒を見る必要は無いわ」

王太后陛下は切って捨てるように言った。
それに少し、驚いた。彼女は自他ともに厳しい。私も幾度、彼女から注意という名の叱責をいただいたことか。
彼女はロイヤルガーデンを見つめると、ぽつり、と言った。

「城を発つようですね」

「はい」

「あなたが髪を切ったことと、なにか関係があるの?」

王太后陛下が私を見て、尋ねる。
髪を切った理由。
それを問われて、一瞬、答えに迷う。だけど、隠すことなく答えようと思った。
もう取り繕って、上辺だけの言葉で生きるのは終わりにしようと思ったから。

私は、私のために、人生を歩みたい。
誰かに消費される生き方ではなく、自分のために生きたいと、そう思ったから。

私は、先程の彼女のようにロイヤルガーデンに視線を向けた。
遠くに、向日葵の花壇が見える。向日葵は太陽の方を向いて、上を向いて咲いている。それが眩しいと思った。

「──別れを。お別れを、しようと思いました」

「城から?城の人間わたしたちから?」

そのどちらでもなかったので、私は首を横に振る。短くなった髪が、首筋にあたる。

「今までの自分に、です」

私の回答に、しかし王太后陛下は予想していたのだろうか。
ほんの少し、微笑んだように見えた。

「……そう。クレメンティーナ妃。私はね、今まで、あなたのこと嫌いだったのよ」

「…………」

面と向かって『あなたが嫌いだった』と言われたら、どう反応するのが正解なのだろう。笑みを保ったまま固まる私に、王太后陛下が笑った。ころころと、上品に。

「でも、そうね。今のあなたは嫌いではない……。それどころか、羨ましいとすら思うわ」

「羨ましい……ですか?」

首を傾げる。王太后陛下は私──では、ない。
彼女は短くなった私の髪を見ながら、目を細めて答えた。

「私には、できないことだったもの」



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