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3.悪妃はその名を下ろす
重要参考人のベロニカ
しおりを挟む「きみはなぜ、その男といるんだい?」
「その男っ、て」
陛下の視線の先を辿ると、そこにはルーンケン卿がいた。
陛下の瞳が威嚇するようにギラギラと煌めくのを見て、彼の不機嫌の理由を察する。
(なるほど、陛下はルーンケン卿と仲が悪いものね)
彼らは従兄弟という関係であるが、陛下からしたらいつ足をすくわれるか分からない相手、ということなのだろう。
ルーンケン公爵前当主であり、前国王陛下の弟君は、ブライアン陛下の叔父にあたる。
現在、王位継承権第一位はルーンケン卿である。
陛下に何かあったら、次の王はルーンケン卿になるのだ。
それに脅威を覚えているのだろう。陛下は、ルーンケン卿に対してことさらに当たりが強い。
「それは──っ……!」
なぜルーンケン卿がここにいるのか。
それを説明しようと口を開いたところで、掴まれた手首に力を込められた。
(痛っ……!!)
思わず眉を寄せると、話題の当事者であるルーンケン卿が足を踏み出し、話に加わった。
「王妃陛下とは偶然お会いしたんですよ」
「お前には聞いていない」
吐き捨てるように言う陛下に、ルーンケン卿は指摘するように陛下に言った。
「手」
「……?」
「そうも乱暴に掴むのは、いかがかと思いますが」
「お前はまた……!」
「きゃっ……!」
振り払うように手首が解放される。
勢い余ってよろけるが、背後から両肩を支えられた。見ずともわかる。ルーンケン卿だ。
「ありがとうございます」
礼を言うと、陛下が私たちを見て鼻で笑う。
「ハッ……おかしいとは思ったんだ、きみが長期休暇なんてね。そいつと愛を確認でもしていたのか?」
「下賎な勘ぐりはやめてくださいませ。私は不貞は働きません」
「それはどうだか。僕への当てつけ?」
「……ご自身が、身に覚えがあるからといって、誰も彼もが不貞を働くとは思わないでいただきたいものですわ」
私はルーンケン卿に頷いて、もう支えてもらわずとも問題ないことを言外に伝えると、陛下を見た。
そして、もう一度彼に言う。
「お帰りください、陛下」
「嫌だね。ねえ、クレメンティーナ。きみは僕のために髪を切った。その長い髪を。僕を想っていたからだ」
「もし、あなたが本心からそう思っていらっしゃるのなら、記憶力に問題があるかと思います」
「憎らしいな。しおらしく涙のひとつでも見せればいいというものを」
「生憎、泣くだけの女ではありませんので」
「可愛げがない」
「持ち合わせがあれば、今とは違う未来もあったかもしれませんわね」
陛下が的はずれな怒りを見せたことで、ほんの少し、私は落ち着きを取り戻していた。
なぜ、陛下が今になって私に執着を見せているか分からない。
そこに恋情の類はないだろう。それは間違いない。現に、今、対面している陛下の瞳に熱はなく、凍りついたように冷たかった。
私たちの間に、ぴりついた空気が広がる。
その緊張を崩したのは、私たちの会話を静かに聞いていた、ルーンケン卿だった。
「……差し出がましいことを言いますが」
「何かな?お前に発言の許可は出していないが」
陛下の紫の瞳が細められる。殺意と嫌悪の交じった視線だ。
それを受けながらも、しかし彼はそう言った視線を受けることに慣れているのだろう。ルーンケン卿はいつものように、淡々とした声で言った。
「緊急時と判断し、申し上げます。陛下。あなたは今、城を空けていて問題ないのですか?」
「何を、」
不遜にも、ルーンケン卿は陛下の言葉をさえぎり、言った。
「いえ、こう言った方がいいですね。城から逃げてこられたのですか?」
「は──」
なっ……
思わず、息を呑む。
彼が何を言い出したのか分からず、思わずルーンケン卿を振り返った。彼は私ではなく、陛下を見ていた。
(逃げてきた?)
それは、誰から?
私が目を見開いてると、背後──つまり、陛下が地を這うような声で、言った。
「貴様、発言には気をつけろ。立場が惜しくないのか?」
振り返れば、陛下が片手をあげていた。
その指示を受け、彼の背後に立つ近衛騎士が、剣の柄に手をかけている。
殺意を向けられてるとは思えないほど落ち着いた声で、ルーンケン卿が言った。
「私は臣下として当然の忠言をしたまでですよ」
「貴様に命令される覚えはない。いや、良い機会だ。前々から思っていたんだよ、お前はあまりにも目障りだ。ルーンケン公爵家が力をつけすぎていることへの不信感もあった。よって、お前には罰を与えよう」
「!お待ちくださ──」
話の流れが読めない。
だけど、このまま放っておいてもいいとも思えず、私は制止の声をあげようとした、その時。
その場に、第三者の声が響いた。
「陛下!!こちらにいらっしゃいましたか……!!」
三人揃って、振り返る。
そこには、城からの使者だと思われる騎士と文官が数人、焦燥も露わにこちらに駆けてきた。
「至急、城にお戻りください!」
陛下が舌打ちをする。
私にも、ルーンケン卿にも城に戻れと再三言われて機嫌が悪いのだろう。
だけど、使者の様子を見るに、緊急を要することのようだった。
私が話の続きを促して彼らを見ると、彼らはその場に私とルーンケン卿がいることにぎょっとした様子だった。
しかし、報告をするに問題ないと判断したのか、ハキハキと文官のひとりが陛下に告げた。
「重要参考人のベロニカ様が失踪しました……!!」
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