〈完結〉【書籍化&コミカライズ】悪妃は余暇を楽しむ

ごろごろみかん。

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3.悪妃はその名を下ろす

とある事情で王家預かりとなった、人形

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恐らく、相当気にしていたらしい。もしかしたら、先程の陛下との問答の間も気にしていたのかもしれない。

それに、くすくすと笑う。
随分、心配をかけてしまったようだったので。

ルーンケン卿はため息と共に俯き、額に指先を押し当てていたが、疲れたようにこちらを見た。

それに、ふと気になっていた疑問を思い出す。
私は口元に指先を当てたまま、彼に尋ねた。

「ルーンケン卿は、あの湖で何をされていたのです?」

「……あの地の浄化を試みていました。人間が多く立ち入ったことで、禁足地ではなくなり、神秘性も薄れた。そのことで、精霊たちは苦しんでいましたので」

「そうでしたの。私は……精霊を見たことがないので、分からないのですが。精霊は回復したのでしょうか?」

精霊、というからにはやはり透き通って、ふわふわしているのだろうか。光の塊、みたいな?
それともゆるふわキャラクターみたいな姿なのか、二頭身のひとみたいな姿のだろうか。

興味はつかないが、聞くのは今ではないだろう。
そう判断していると、ルーンケン卿が答えた。

「多少は。ですが、根本的な解決ではありませんので、応急処置くらいにしかなりません」

「根本的な解決……というのは」

「あの湖をふたたび禁足地にすることです。あの場を荒らされると、精霊たちは疲弊してしまう」

「……ベロニカの件を確認すると共に、ベルネット伯爵に話を聞きましょう」

ベロニカの件は寝耳に水もいいところだけど、ちょうどいい。領収書をもらったことで、動かぬ証拠も手に入ったことだし、言い逃れはできないはず。

私はそう思いながらふと、ルーンケン卿の妹であり、私の友人でもある、ルーンケン公爵家長女ルシアを思い出した。

ルーンケン卿──ルーンケン公爵家が竜の血族、というのなら。

「……ルシアも、竜なのですか?」

私の問いに、ルーンケン卿は困ったように苦笑した。それから、躊躇いを見せつつも答える。

「そうですね、彼女もルーンケン公爵家の人間なので。とはいえ、彼女はまだ半人前ですから、完全な竜体は取れません」

「完全な、ということは──」

「ひとの体に、角としっぽが生えるんです」

ルーンケン卿は、あっさりと答えた。

「…………」

それに、ほんの一瞬、沈黙する。

それから──

(それはそれで見てみたいかも……)

角としっぽが生えるなんて、ちょっと可愛い。それが未熟の証ということであれば、可愛いというのは失礼な表現なのかもしれないが、それはそれとして。
可愛いと思ってしまったのだ。

だけど、いくら友人とはいえ、私が彼女に見せてもらう機会はきっとないだろう。竜体は番にしか見せないもののようだから。
それに、ほんの少し寂しさを覚えた。

その時、ルーンケン卿がぽつりと言った。

「……先程の騒動で気落ちしているかと思いましたが、気に病んではいないようですね」

それは、確認するような声だった。
顔を上げると、ルーンケン卿と視線が交わる。

彼のはちみつ色の瞳に、配慮の色を見つけた私は、肩を竦め、笑った。
先程の騒動、というのは陛下とのやり取りのことだろう。

驚きはした、けれど。
傷ついた──落ち込んだ、ということはない。

苦笑して、私は彼に答えた。

「ええ。お気遣いありがとうございます。今は──そうですわね。早く城に戻って、後始末を終えないと、と思っております」

私の言葉に、ルーンケン卿はため息を吐いた。
それから、くしゃ、と自身の前髪を掴む。

「ベロニカ・ベルネットは余計なことをしでかしてくれましたね」

「ですが、本人は失踪しているのですよね?」

失踪──一体、彼女はどこにいるのだろう。

城を抜け出したとするなら、その後どこに?
宝物庫の国宝を持ち去ったようだし、これは盗難、とも言えるのではないかしら。
頭をめぐらせていると、ルーンケン卿が不自然に沈黙した。

「ルーンケン卿?」

「……ベロニカ・ベルネットは」

言いにくそうに、いえ、言葉を選ぶようにしながら、ルーンケン卿は言った。

「……もしかしたらもう、この世にはいないかもしれません」

おっと、いきなり雰囲気が変わったわね??

随分不穏な物言いである。
思わず彼を見ると、ルーンケン卿は非常に言いにくそうにしながら言葉を続けた。

「あくまで迷信です。ですが、彼女が持ち去ったと言われる国宝の中には、ひとつ……とある事情で王家預かりとなった、人形がありまして──」





侍女が荷物をまとめている最中、私も私で城に戻ってからの算段を立てる。
ソファに座り、忙しなく動く侍女たちを見ながら、ライティングテーブルに備え付けてあった羊皮紙と万年筆を手に、頭を悩ませる。

そうしていると、ふと、誰かが私の前に立った。顔を上げると、それは侍女のリリアだった。

「……リリア?」

思い悩むような彼女の様子に名を呼ぶと、彼女の細い肩が揺れる。何か、思い詰めている雰囲気を感じ、私は再び彼女の名を呼んだ。

「リリア、どうしたの?」

「あの……王妃陛下。私」

彼女は、顔を青ざめさせながらも途切れ途切れ話した。
それは、陛下が私の髪を持っていたのは自分に理由があるかもしれない、と。

そういえば──切った髪を回収し、捨ててくると言ったのは彼女だった。
戻ってきた彼女は、どこか気にかかった様子だったのを思い出す。

『リリア?どうかした?』

そう尋ねれば、慌てて彼女は否定したのだったっけ。

『いいえ。馬車の用意が整いました。いつでも出立は可能です』



「──」

その時のことを明確に思い返していると、リリアはぎゅ、とお仕着せのエプロンスカートを掴むと、話し出した。

「捨てに行く途中で、陛下の侍従の方と会ったんです。その時、それは捨てておくと言われ……迷ったのですが、奪うように取られてしまって」

「そうだったの……」

なぜ、陛下が私の髪を持っていたのか経緯が不明だったが、それが今明らかになった。リリアは、自分に責任があると思っているのだろう。顔を青ざめさせながら、私に深く頭を下げた。

「申し訳ありません……!!ちゃんと私が、ゴミに捨てておけば……!」

「そうだとしても、ゴミ袋を漁ってまで探されたら結局同じようになってたわ」

もっとも、陛下の侍従ともあろうひとがそんなことまでするとは思えないが。
苦笑して、私はリリアに言った。

「あなたは悪くないわ。それに、陛下の侍従なら断れなくて当然よ。気にしないで」

「王妃陛下……」

リリアは眉を下げるとまた一層深く頭を下げた。

「今後はこのようなことがないよう注意いたします」

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