〈完結〉【書籍化&コミカライズ】悪妃は余暇を楽しむ

ごろごろみかん。

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4.(元)悪妃は余暇を楽しむ

竜であることを証明するもの

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「……?」

顔を上げると、彼はどこか遠くを見る顔をしていた。目を細め、過去を思い返しているようだ。
私が、彼と出会った時のことを。

「あなたに会った時、正直、面倒だと思いました。やる気だけあっても技量が欠如していればそれはマイナスにしかなりません」

「…………」

相変わらず、ハッキリ言ってくれるひとである。

私は、先程の会話も忘れ、顔がひきつった。

つまり、やる気のある無能はお荷物、と言いたいのだろう。確かにその通りだと思う。
その通りだと思うのだけど、もう少し手心というものが欲しい。

硬直する私に構わず、ルーンケン卿は淡々と語った。まるで、思い出語りをするように。

「……少し冷たくすれば、すぐ諦めるかと思いました。貴族女性というは得てして高慢で──失礼、プライドが高いものですから。だから、使えないと示唆すれば、矜恃を傷つけられ、帰るかと思った」

「……しつこくて悪かったわ」

あの時のことを思い返すと、本当に恥ずかしくて──それこそ、黒歴史なので、あまり深く思い出したくない。

何も出来ないのにやる気だけはある、使えない新人。私はまさにそれだったからだ。

気まずくて顔を逸らすと、彼が笑った気配を感じた。
顔を上げると、ルーンケン卿はくすくすと笑っていた。

彼はいつも澄ました顔をしているので、頬を弛めている姿はとても珍しい。思わず見つめていると、ルーンケン卿は私の視線に気がついたのだろう。

笑みをおさめ、私を見て言った。
そのはちみつ色の瞳が妙に優しく見えて、落ち着かない。

「……すげなくてされても、冷たくされても、追い払われても。めげないあなたを見て、私も考えが変わりました」

褒められているのか、褒められていないのか微妙なラインである。

(褒め言葉として受け取ってもいいものなのかしら……)

そう思っている間も、彼の話は続いた。

「あなたはいつも一生懸命で、甘えを許さず、自他ともに公平であろうと居続けた。ご自身の幸せは二の次で、正しさを求め、理想を体現しようとした。私は、そんなあなたを見て──」

そこで、彼は言葉を止めた。
先を促すように彼を見ていると、彼が首を傾げ、微笑む。

「いつからか、私があなたを幸福にしたい、と思うようになった」

「こっ……」

「もっとも、それに気がついたのはつい最近──ニュンペーであなたと話して、からなのですが。あなたは、ご自身の幸せに疎すぎる。あなたが自分を大切にしないのなら、私があなたを、大切にしたい」

「──」

この時、私はなんて答えればいいか分からなかった。
そもそも私は恋愛ごとに疎い。唯一、恋をした相手は(黒歴史だけど)あの男ブライアンだけ。
恋愛偏差値は底を這うほどの低さで、つまり、耐性がない。
ぼっ、と顔に火が灯るような熱を感じた。

(だ、だって……!!)

私は言い訳にもならない言い訳を心の中で唱えた。
まさか、ルーンケン卿が!!よりによって彼が!!こんな熱烈な口説き文句を口にするとは思わないじゃない……!!

このまま、顔を伏せて逃走したいほどに、恥ずかしい。
視線をさまよわせると、ルーンケン卿が苦笑した。

「返事は急ぎません、といいたいところですが、そうも言っていられないのが現状です。一ヶ月以内に、返事をいただけますか」

一ヶ月──
ルーンケン卿の戴冠式は来月を予定しているので、期日はそれまでのようだ。

「……分かりました」

頷いて答えると、ルーンケン卿はホッと安堵した様子を見せた。

「……どうか、責任感や、そうしなければならないから、という理由で決めないでください。立場や肩書きは二の次です。今は、あなたの気持ちを優先してください」

ルーンケン卿らしい言葉だ。
それに苦笑して、私は顔を上げる。

「……もし、お断りしたらどうするのです?」

断ったとしても、きっとルーンケン卿は上手く取り成して、双方不都合がないように取り計らうのだろう。彼の用意周到さは、先程目の当たりにしたばかりだ。
そう思っていたのだが、しかし、ルーンケン卿は私の予想もしていなかったことを口にした。

「その時は──諦められるかは分かりません。なにぶん、こういった感情を抱くのは初めてですら」

「え……」

その時、する、と頬を撫でられた。
彼の手のひらが、私の頬に触れる。

「──」

(撫、で──)

ほんの、僅かな接触だというのに驚きのあまり、肩が跳ねた。
するりと、それはすぐに離れた。

思わず、頬を手で抑えたくなった。

(な、何、今の!?何今の……!!!!)

夜でよかった。
今の私はきっと、どうしようもないくらい顔が赤くなっていることだろう。
一瞬、ほんの少し触れられただけなのに──それは、違う意味を持っているようで。
言外のメッセージがあるように思えて。
胸が忙しなく、漣のように音を立てる。

呆気に取られた私に、彼も説明する気はなかったらしい。ルーンケン卿は困ったように笑った。

「……では、また」

「は……え、ええ」

困惑しながらも、私も、頷いて答えた。

『さっきのは何ですの?』と尋ねる方が、おそらく、無粋なのだと思ったから。

このまま、解散になるだろう。
そう思っていると、踵を返そうとしたルーンケン卿が、ぴたりと足を止めた。

「…………何か?」

先程の接触の件で、警戒心を拭えないまま彼に尋ねる。
すると、ルーンケン卿が言い忘れていた、という様子で、話を切り出した。

「ひとつ、あなたにお伝えしたいことがあります」

「何でしょう?」

今度こそ、仕事の話だろうか。
そういえば、ニュンペーの件をどうするか彼とはまだ話し合っていない。

そう思っていると、ルーンケン卿がおもむろに、シャツの袖を捲りあげた。

「何を──」

しているのかしら?と思って、彼の袖口を見つめる。シャツの下からは、白い肌が現れ──息を呑む。

外側の腕に見えたのは、鱗、だった。

「これ……」

私の言葉を引き継ぐようにして、ルーンケン卿が頷いて答えた。

「これは、竜の鱗です。私が、竜であることを証明するものでもある」

「こんなに、ハッキリと……」

思わず、じっと見つめてしまう。
彼の肌は、肘あたりから、人間の皮膚ではなく、動物の鱗に変化していた。

ルーンケン卿は私にそれを見せると、捲りあげていたシャツの袖を元に戻す。そうすると、彼が竜である証拠は、見えなくなった。

「……先祖返りか、私は竜の血が濃いらしい。あなたもご存知かと思いますが、かつての私の婚約者は、ふたりとも精神に異常を来たしました」

「あ……」

「婚約者の様子がおかしくなったのは、私に原因があります」

ルーンケン卿は、はっきりと断言した。
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