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4.(元)悪妃は余暇を楽しむ
大事に、してくださる?
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私の言葉に、驚いたのだろう。
ルーンケン卿が僅かに目を見開く。
そして、僅かの沈黙の後、彼は頬を薄く染めて答えた。
「……私は猫、好きですよ」
(薬指にキスをしておいて、これで照れる彼の基準が分からないわ……)
猫好きだと公言するのは、彼にとって恥ずかしいことらしい。
そんな全身で『猫ちゃん好きです!』と示すような格好をしておいて。
私はなんだか面白いと思ったが、そのまま話を続けることにした。
「……再婚したら、自邸で猫を飼いたいと思っておりましたの」
「城の一室で飼えるように手筈を整えましょうか。城の外は危険ですので……外へは出してあげられませんが」
ルーンケン卿は、私の言葉を要望だと受け取ったのだろう。
段取りを考える彼に、思わず、くすくすと笑みがこぼれた。
結婚は、契約だ。
契約には、信頼が必要だ。
そして私は──彼を、信頼している。
私は言葉を探して、顔を上げた。
そしてやっぱり、こんな時でも素直になれない私は、素直になれないまま、彼に言った。
「…………大事に、してくださる?」
明確な主語は口にしなかったが、どちらで受け取られても構わなかった。
ただ、聞きたかったのだ。
もうこれを聞いている時点で答えは決まっているも同じなのに、この期に及んで、私は踏み込めずにいた。
だって──
(恥ずかしい、じゃない……!!)
ついこの前まで、職場の上司程度にしか思っていなかった相手よ!?
そのひと相手に、素直に心の内を伝える……というのは、なかなか難しい。
ルーンケン卿は私の言葉に微笑んで言った。
「……もちろん」
そして彼は、ゆっくり、言葉を続ける。
「あなたも──猫も、大事にします。ですから、手を」
ルーンケン卿は、ジャケットのポケットを探る。
何を出すのかしら……?
不思議に思いながら、手を差し出す。
すると、ルーンケン卿が困ったように言った。
「右手ではなく、左手を」
「あっ、え、ええ!これでいい、かしら……」
最後の方はしりすぼみになってしまった。
彼が何をしようとしているのか、理解したからだ。
左手を差し出して、恥ずかしさが込み上げてくる。こんな時、女性はどうすればいいのだろう。どこを見ていればいいかわからず、視線を彷徨わせる。
緑鮮やかな森の中。湖面に次々と波紋が広がる。
(……楽し、そう?)
その波紋が精霊の動きだとするのなら、随分活発のようだ。思わずその動きを見つめていると、ルーンケン卿に呼ばれた。
「クレメンティーナ様」
「は、はい」
彼はいつの間にか、膝をついていた。
森の中だから、そんなことをしたら服が汚れてしまうのに。清潔好きというか、潔癖そうに見えるルーンケン卿が躊躇いもなく膝をついていたことに、内心少し、驚いた。
そして、彼が手にしていたのはやはり、小箱だった。
おそらく、指輪が収められている、ベルベット生地に包まれた小箱。
パカ、とそれを開くと、予想通り指輪が収められていた。
「これを、あなたに」
「…………」
ルーンケン卿が私の左の薬指に、指輪を通す。
私も、断らなかった。
それが、何よりの答え、なのだろう。
私は、薬指に嵌められた指輪を見つめた。
婚約の証なのだと思うと、感慨深い──と思ったのだけど。
私は、指輪のデザインに目を見開いた。
シルバーのアームを細かなダイヤモンドが煌びやかに飾っている。
そしてセンターストーンには、一際大きなダイヤモンドと──サイドストーンには褐色の石、そして黒の石が、ちょこんと載っている。
(これ、まるで……)
私が目を見開くと、ルーンケン卿はそれに気がついたのか、苦笑する。
「アンバーと、オニキスです。ダイヤモンドで揃えようと思ったのですが……石言葉が素敵だったので」
「このデザインは……あの」
私の思い違いだったら恥ずかしい。
いえ、でもこれはきっと。
そう思ってルーンケン卿に尋ねると、彼はあっさりと答えた。
「はい。三毛猫です。あなたは……猫の中でも、キャリコキャットに思い入れがあるように見えましたので」
そう。センターストーンのダイヤモンドの上部には、オニキスとアンバーの小さな石がそっと、品良く載せられ──まるで、三毛猫の柄のようになっているのだった。
「うそ……」
ぽつり、私は呟いた。
三毛猫は、前世の私が長く飼っていた猫だ。
前世の私の家族であり、唯一の存在だった。
だけどそれを、彼に伝えたことは無い。
なぜ、知っているのだろう。
唖然としていると、ルーンケン卿が首を傾げた。
「……違いましたか?」
「いえ。その通りですわ。ですが……どうして?」
短い言葉になってしまったが、ルーンケン卿は的確にその意味を理解したようだった。
彼は、あっさりと答えた。
「社交界デビューの直後……キャリコキャットの刺繍が入ったハンカチを、落としましたよね?」
彼の言葉に、今度こそ私は言葉を無くした。
ルーンケン卿が僅かに目を見開く。
そして、僅かの沈黙の後、彼は頬を薄く染めて答えた。
「……私は猫、好きですよ」
(薬指にキスをしておいて、これで照れる彼の基準が分からないわ……)
猫好きだと公言するのは、彼にとって恥ずかしいことらしい。
そんな全身で『猫ちゃん好きです!』と示すような格好をしておいて。
私はなんだか面白いと思ったが、そのまま話を続けることにした。
「……再婚したら、自邸で猫を飼いたいと思っておりましたの」
「城の一室で飼えるように手筈を整えましょうか。城の外は危険ですので……外へは出してあげられませんが」
ルーンケン卿は、私の言葉を要望だと受け取ったのだろう。
段取りを考える彼に、思わず、くすくすと笑みがこぼれた。
結婚は、契約だ。
契約には、信頼が必要だ。
そして私は──彼を、信頼している。
私は言葉を探して、顔を上げた。
そしてやっぱり、こんな時でも素直になれない私は、素直になれないまま、彼に言った。
「…………大事に、してくださる?」
明確な主語は口にしなかったが、どちらで受け取られても構わなかった。
ただ、聞きたかったのだ。
もうこれを聞いている時点で答えは決まっているも同じなのに、この期に及んで、私は踏み込めずにいた。
だって──
(恥ずかしい、じゃない……!!)
ついこの前まで、職場の上司程度にしか思っていなかった相手よ!?
そのひと相手に、素直に心の内を伝える……というのは、なかなか難しい。
ルーンケン卿は私の言葉に微笑んで言った。
「……もちろん」
そして彼は、ゆっくり、言葉を続ける。
「あなたも──猫も、大事にします。ですから、手を」
ルーンケン卿は、ジャケットのポケットを探る。
何を出すのかしら……?
不思議に思いながら、手を差し出す。
すると、ルーンケン卿が困ったように言った。
「右手ではなく、左手を」
「あっ、え、ええ!これでいい、かしら……」
最後の方はしりすぼみになってしまった。
彼が何をしようとしているのか、理解したからだ。
左手を差し出して、恥ずかしさが込み上げてくる。こんな時、女性はどうすればいいのだろう。どこを見ていればいいかわからず、視線を彷徨わせる。
緑鮮やかな森の中。湖面に次々と波紋が広がる。
(……楽し、そう?)
その波紋が精霊の動きだとするのなら、随分活発のようだ。思わずその動きを見つめていると、ルーンケン卿に呼ばれた。
「クレメンティーナ様」
「は、はい」
彼はいつの間にか、膝をついていた。
森の中だから、そんなことをしたら服が汚れてしまうのに。清潔好きというか、潔癖そうに見えるルーンケン卿が躊躇いもなく膝をついていたことに、内心少し、驚いた。
そして、彼が手にしていたのはやはり、小箱だった。
おそらく、指輪が収められている、ベルベット生地に包まれた小箱。
パカ、とそれを開くと、予想通り指輪が収められていた。
「これを、あなたに」
「…………」
ルーンケン卿が私の左の薬指に、指輪を通す。
私も、断らなかった。
それが、何よりの答え、なのだろう。
私は、薬指に嵌められた指輪を見つめた。
婚約の証なのだと思うと、感慨深い──と思ったのだけど。
私は、指輪のデザインに目を見開いた。
シルバーのアームを細かなダイヤモンドが煌びやかに飾っている。
そしてセンターストーンには、一際大きなダイヤモンドと──サイドストーンには褐色の石、そして黒の石が、ちょこんと載っている。
(これ、まるで……)
私が目を見開くと、ルーンケン卿はそれに気がついたのか、苦笑する。
「アンバーと、オニキスです。ダイヤモンドで揃えようと思ったのですが……石言葉が素敵だったので」
「このデザインは……あの」
私の思い違いだったら恥ずかしい。
いえ、でもこれはきっと。
そう思ってルーンケン卿に尋ねると、彼はあっさりと答えた。
「はい。三毛猫です。あなたは……猫の中でも、キャリコキャットに思い入れがあるように見えましたので」
そう。センターストーンのダイヤモンドの上部には、オニキスとアンバーの小さな石がそっと、品良く載せられ──まるで、三毛猫の柄のようになっているのだった。
「うそ……」
ぽつり、私は呟いた。
三毛猫は、前世の私が長く飼っていた猫だ。
前世の私の家族であり、唯一の存在だった。
だけどそれを、彼に伝えたことは無い。
なぜ、知っているのだろう。
唖然としていると、ルーンケン卿が首を傾げた。
「……違いましたか?」
「いえ。その通りですわ。ですが……どうして?」
短い言葉になってしまったが、ルーンケン卿は的確にその意味を理解したようだった。
彼は、あっさりと答えた。
「社交界デビューの直後……キャリコキャットの刺繍が入ったハンカチを、落としましたよね?」
彼の言葉に、今度こそ私は言葉を無くした。
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