〈完結〉【書籍化&コミカライズ】悪妃は余暇を楽しむ

ごろごろみかん。

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4.(元)悪妃は余暇を楽しむ

(元)悪妃は余暇を楽しむ

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「『子猫は、イタズラ好きですが』──」

思わず、私は口走っていた。
それに、ルーンケン卿がおや、という顔をした。

「文面覚えていてくださったんですね。……あのハンカチは、とても大切にされているように見受けられましたので。あの子猫も、早くあなたの元に帰りたいだろうと思ったのです」

「……ハンカチを拾ったのは」

私は、掠れる声で呟いた。

「あなた、だったんですのね……」

ルーンケン卿は頷いて答えた。

「私が拾ったと知ると、気まずい思いをさせてしまうかと思いましたので、黙っていました。あのハンカチは──正直、公爵令嬢あなたが持つに相応しいものとは思えなかった。だけど、あなたはそれを持っていたし、あのハンカチをとても大切にされていたように見受けられました。……ですから、その後の付き合いに差し障りがないよう、匿名で届けさせていただいたのです」

「──」

ハンカチを、拾ったのは陛下では……なかった。

ブライアンかれに嘘を吐かれていたショックよりも、拾った相手がルーンケン卿だったことに、私は言葉が出なくなってしまっていた。

ハンカチを拾ったのが陛下なのだと知って、嬉しく思った。拾い主にお礼を言いたいと思っていたからだ。深く、感謝していたから。

あのハンカチは、私が持つには相応しい代物ではなかった。それは、私自身自覚している。
だけどそれでも、とても大事なものだった。大切なものだったのだ。

それを、その思いを汲んでくれたかのように感じて──私はとても、嬉しく思った、というのに。

陛下は、あのエピソードを利用しただけなのだと、気がついた。

私の好感度を手っ取り早く上げるために、てきとうに頷いたのだろう。
思えば彼は、その時以外、ハンカチの話を一切しなかった。

そのハンカチの刺繍についても、メッセージカートについても。

今思えば、あんなに見栄張りのひとが、あのハンカチを婚約者である私が持っていたことに、苦言を呈さないはずがない。

それに気が付かず、ハンカチを拾ってくれた恩人……だと思っていた私は、なんてアホだったのだろう。



私は、指輪をじっと見つめた。

様々な感情がかけめぐり、目に力を込めていないと──涙が、零れてしまいそうだった。

勘違いした恋心は、本心だったのだろうか。
ハンカチの拾い主がブライアンだったから、彼を好きになったわけではない。

だけど、確かにそれはきっかけのひとつになっていた。

……それなら、私の今の感情は。


「…………ありがとう、大好きです」

私は、指輪の三色を見つめながら答えた。
それは涙交じりの鼻声になってしまったが──ルーンケン卿が、ギョッとしたように私を見る。

「クレメンティーナ様?」

その声に、私は顔を上げた。
そして瞬きで涙を散らし、彼にいう。

「ルーンケン卿。……いいえ、ルカ様」

大切にしよう、と思った。
私を大切にしたい、と言ってくれた彼のことを、私は大切にしたい。
彼のその心遣いを無碍にしないように。

「これから、よろしくお願いします。至らないところもありますが──」

そこまで言った時、ルーンケン卿……ルカが首を横に振り、遮った。

「あなたの足りないところは、私が補います。そして私の不得手な箇所はあなたが、助けてください」

「──」

「そうして、互いに助け合う夫婦になりましょう。……ちなみに、オニキスの石言葉は【夫婦の幸福】です」

目尻を赤く染めながらも、ルカはそう言った。
今、石言葉を口にする彼はやっぱり変わっている。
だけど、そんな彼を素敵だな、と思ってしまったのだから、私も人のことは言えない。

「そうですわね、ルカ様。夫婦になりましょう。私も、あなたを大切に──」

はっきり、口にする。
伝えなければならないと、そう思ったから。

「大切にしたいと思っています」

素直では無いけれど、私らしい返答ではないのだろうか。
我ながら自分の回答に内心苦笑していると、そっと肩を引き寄せられた。……ルカだ。

「……ありがとうございます」

短く言った彼の声は、掠れていた。
穏やかな風が吹き、私は身を任せるようにルカの胸元に額を預けた。

……その時。

ドッドッドッドッ、と妙に早い音が聞こえた。

(……私の、心音?)

いえでも、私は自覚するほどの緊張はしていない。
と、なるとこの音は──。

顔を上げると、その音を聞かれたことに気がついたのだろう。
目尻だけでなく、耳元まで赤く染めたルカが、顔を見られないようにするためか、私から視線を逸らした。

「……これでも、緊張していているんですよ」

「気付きませんでしたわ……」

は、顔には出にくいたちのようですから」

私が呼び方を改めたからか、彼もまた、丁寧な物言いをほんの少し、崩したようだった。少しだけ、また、彼の素顔を知れたようで、嬉しく思う。

私はクスクス笑いながら、彼に言った。

「やることが目白押しですわね。帰ったら、忙しくなりますわ」

もっとも、私の休暇は十日だが、ルカは二日なので、彼は明後日には城に帰らなければならない。
即位が控えているので仕方ないのだけど、少し気の毒である。

ルカは、私を抱きしめて言った。

「余暇を楽しんだら、帰ってきてください。……待っていますので」

彼の言葉に、私は笑みを浮かべて頷いた。
それにルカがほっとした様子を見せ──ゆっくりと距離が縮まる。

「──」

短い口付けが、額に落とされる。
思わず、ぱちぱちと瞬いた。

それに、ルカが首を傾げる。

「どうかしましたか?」

「いえ、あの……」

私は、おでこを抑えて答えた。

(てっきり、くちびるにされるとばかり……)

そう思った直後、まるで私がそれを望んでいるかのように思えて、沈黙する。
その僅かな間で、ルカも気がついてしまったのだろう。私が、思ったことに。

彼は「ああ」と答えてから、言った。
あっさりと、なんてことないように。

くちびるのキスそれは、式まで取っておきましょう」

彼の人差し指が、私のくちびるに触れる。
口付けを思わせる仕草だった。

それに、私は──






「まさか、思わないじゃない……」

翌々日。
ルカは、予定通り城に戻った。
残ったのは、私と護衛騎士のふたりと、侍女の三人だけ。

私はふたたび、前にも言ったことのあるようなセリフを口にした。

(まさか思わないじゃない……!!)

ルカがあんなに優しく触れてくる、なんて。
あんな、あんな……口説くような文句を口にする、なんて……!

私は結婚は二回目だというのに、彼はまるで清廉な淑女を相手にするように、振る舞う。
頬は熱を持つし、彼のことを考えるとどうにも落ち着かない。
私はため息を吐いた。

本日は、猫通りロードを散策した。
ホットタオルを用意したメアリーが、首を傾げて私を見た。

「クレメンティーナ様?」

「……何でもないわ。ベロニカは……もう、人形から出られないのかしら、と思って」

ベロニカが宝物庫から持ち出した宝飾品は、幸いなことに彼女の部屋から見つかったらしい。

肝心の本人は──
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