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アデライン・アシュトンの矜恃 〈前編〉
6.こういうことは貴族の結婚にはよくあること
しおりを挟む私の考えを説明すると、お父様は絶句。
お母様は──意外にも、拍子抜けしたような顔をしていた。
そして、僅かな沈黙の後。
お母様は、ぷっと吹き出した。
「なぁにそれ!面白いじゃない。いいわ、アデル。あなたの思う通りになさい」
「ユーリカ」
「ああそう、セドリック。わたくしは今日から別室で休みます。アデル、もしかしたらある日、あなたに異母姉妹が出来るかもしれないわね?何せ、こういうことは貴族の結婚にはよくあることなのでしょ?身に覚えがなければそんな発言は出ませんでしょ?」
お母様はゆっくり、嫋やかにそう言った。
そして、お父様ににこりと微笑んでみせる。
「──」
お父様はもはや、返す言葉がないのか石のように固まってしまった。
「……お母様」
「アデル、わたくしはあなたたちの味方ですからね。もし隠し子騒動で不名誉を被ることになるようなら、あなたとアンジー。ふたりを連れて、国に帰るわ」
アンジーとは、私の十個離れた妹の名前の愛称である。
正式には、エンジェル。
アンジーは、今年八歳になった。
「待ってくれ、ユーリカ。僕にそんな覚えは」
お父様は弁論のためか焦ったようにそう言うが、お母様はそれを一蹴してしまった。
「あなたのお言葉は結構。セドリック、あなたは言ったわね。わたくしと結婚する時に。その言葉を忘れたのかしら」
「それは」
「『僕と結婚することで、あなたが辛い思いをするようなことは、絶対にしない。僕との結婚のために、あなたが何かを手放す、あるいは我慢するような生活は、あなたには似合わないからだ』……だったかしら?ずいぶん情熱的な言葉だったけれど……。その言葉にころりと私はいってしまったわけだけれど」
(そうだったの……)
父母の馴れ初めを、こんな形で聞くことになるとは思わなかった。
お母様もお父様も、あまり詳しく語る質ではないからだ。
「それで?その言葉があっての、今、なわけだけれど」
「それは……。だけど、ユーリカとアデルは別の人間だろう?アデルはセイクレッド国の貴族だ。あなたとは生まれも育ちも……」
やぶ蛇だわ、と私が感じたと同時。
お母様は穏やかな笑みを浮かべながら、お父様を見つめた。
ただし、その瞳は全く笑っていない。
「よろしい。今のあなたとは話すことはありません。それじゃあね、アデル。吉報を待っているわよ。下品な王女に負けないように」
そう言って、お母様は退室した。
残されたお父様は──
(何歳も、老け込んでしまったかのようだわ……)
お父様の言葉は娘としては思うところがあるものの、貴族としては真っ当な考え方、だと思う。
悔しいことに、悲しいことに。
ままならないことだとも、思うけれど。
貴族の結婚は、そういうものだから。
貴族の結婚なんて、そのほとんどが政略結婚だ。
恋愛感情があるから結ばれた婚約では無い。
互いの家に利があるからこそ、結ばれる一種の契約。
想いあっての婚約ではないのだから、互いに他所に感情が向いてしまうのも、まあ、仕方の無い話なのだと思う。
それが良いか悪いかはともかくとして、お父様の考え方はこの国、セイクレッド国では至極真っ当なもの。
だからこそ、お父様には多少同情する。
これがお母様ではなく、セイクレッド国出身の、そしてアシュトン伯爵家と同格の家柄の女性なら、お父様の考え方に理解を示すだろう。
だけど、お母様は他国の、そして王女であったひと。
お母様には、お母様の矜恃がある。
その矜恃を守ると約束したからこそ、ふたりが結ばれたというのなら、お母様の怒りも尤もだ。
お父様は少し可哀想だけれど──
私には幸運な展開となった。
思いがけない方向に話は進んだものの、これは紛れもなくチャンスだわ。
きっと、成功させてみせる。
私は、顔を上げた。
お父様は相当ショックだったのか、項垂れて執務机に肘をついている。
「お父様。ひとつ、お聞きしたいのですが──」
☆
そして、次の日。
私は、予期しない形で王女殿下と遭遇することになる。
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