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ご
しおりを挟む手紙の返事はなかった。
無視されているのか、本当に忙しいのか。
だけど、五分でいい。
デイジーは、彼の心が知りたい。
そう思って、彼女はランドール伯爵家を訪ねた。
出迎えた執事はとても驚いた顔をしていた。
バツが悪くなるが、ここまで来たら引き返せない。
「どうした、ジェイムズ?」
ずっと、聞きたかった人の声が聞こた。
デイジーはパッと顔を上げた。
しかし、レイモンドはデイジーが玄関ホールにいることに気付くと、血相を変えた。
「どうしてきた!?しばらく会えないって言っただろ!!」
「っ……」
ビリビリとした怒声だった。
他人に怒鳴られたことの無いデイジーは驚きに身がすくんだ。
それに、その相手がレイモンドだということにも。
息を呑み、小刻みに震える彼女にレイモンドは煩わしそうに舌打ちをした。それにも、彼女の心が音を立てて跳ねる。
「仕方ない。来てしまったのなら……」
「レイモンド、私」
「すぐ帰りなさい」
「どうして……!?お願い、少しでいいの。話をしましょう!?私、明後日のことで」
「帰れと言ってるのが分からないのか!?」
レイモンドが再び怒鳴ったと同時。
轟音が外から聞こえてきた。
「きゃあっ……!?」
床が震えるほどの振動が伝わってきて、バランスを崩したデイジーを、レイモンドが支えた。
レイモンドは、扉の外を睨みつけるようにしながら、呟いた。
「クソ……あいつら、わざとデイジーを見逃したな」
「旦那様、どうされますか」
「援軍が来るまで持ちこたえる……と言いたいところだが」
執事のジェイムズとレイモンドの言葉が、デイジーの耳を滑っていく。
「既にアンダーソンとエルトンの家は落ちた。ここも、どこまで持つか分からない。デイジー」
「……」
デイジーは、呆然としていた。
何が何だか、分からない。
轟音──いや、発砲音だ。
先程の音は、銃声だったのだ。
それに気づいた彼女は、足がすくんだ。
何か起きているのか、分からない。
頭が真っ白になり、言葉も出ない。
愕然とする彼女の肩を強く掴んだレイモンドが、彼女に言った。
「デイジー!」
「っ……!」
驚きに、デイジーは目を見開いた。
気が付くと、すぐ近くにレイモンドの顔があった。
「きみは逃げるんだ。裏口ならまだ、間に合う。厩番に言って、そのままディズリーの家に向かうんだ。それでディズリー伯爵に伝えてくれ」
「待って、レイモンド。私、何が何だか」
「ランドールは、もう持たない、と」
その言葉だけで、デイジーは理解した。
理解して、しまった。
今現在、ランドール伯爵邸は何者かによって包囲されている。
そして、攻撃を受けているのだ。
「逃げるんだ、デイジー。分かるかい」
「嫌よ!どうして逃げなきゃならないの!?レイモンドはどうするの!?」
「僕は──」
その時、ランドールの私兵が玄関ホールに飛び込んできた。
「旦那様、表門が破られました!急ぎ、避難を!」
「っ……今行く!デイジー、いいな!?きみは裏口に!」
「嫌!!」
「ジェイムズ、彼女を」
「ねえ、待って!レイモンドはここに残ってどうするの!?死ぬつもりなの!?」
分からない、けれど。
このままここに残ろうとするレイモンドは、きっと──。
デイジーはなにがなんだかわからないまま、彼にすがりついた。
レイモンドは、ゆっくりと彼女の指を掴んで離すと、笑いかける。
彼女が好きな、穏やかな顔で。
「きみの幸福を、願ってるよ」
「嫌……!!」
「旦那様……!」
急かす私兵に、レイモンドが答えた。
「分かってる!デイジー、早く」
「嫌──」
そこまで口にした彼女だが、しかし、もうどうしようもないことは分かっていた。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。
彼女は今日、婚約の話を彼にするつもりできたのに。
そのはずだったのに、なぜ──。
ここで、泣いても喚いても、きっとレイモンドは変わらない。
彼は、ここに残る。
それが、ランドール当主の役目だからだ。
彼には、守るべき使用人がいて、率いる私兵がいる。
自分ひとり、逃げるひとではない。
デイジーはそれをよく知っていた。
彼は、自分だけ助かることを良しとしない。
彼女のよく知る、彼女の恋した男は、ここできっと……。
(それなら)
デイジーはもう、覚悟を決めていた。
ずっと、ずっといいたかった言葉を口にした。
「レイモンド、私、あなたが好き」
「何を……」
こんな時に何を言い出すのか、と言いたいのだろう。
僅かに、困惑した気配を感じた。
だから、デイジーは言うのだ。
とびきり美しく見える角度に首を傾げて、美しい微笑みを浮かべて。
「だから、私、あなたが死ぬのなら私も一緒に死ぬわ」
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