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ろく
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敵の攻撃はどんどん酷く、苛烈なものになっていった。
奥の当主の私室に向かいながら、レイモンドはデイジーに事の経緯を説明した。
調査の結果、大規模な違法取引──武器の売買、密輸が行われていたこと。
だけど、決定的な証拠を抑えることは出来ず、全ての鍵を握っていると思われるジェスコ・ジェルソンの尋問を行う手筈だった。
しかし、どこからか情報が漏れていたのか、ジェスコは逃亡した。
レイモンドたちも彼の行方を追っていたが、ここにきて、彼は攻撃に転じてきた、というわけだ。
彼は、自暴自棄になっていた。
密輸にて手に入れた大型火器を手にし、自身を追い詰めることとなった人間を殺すことにしたのだ。
それには、第二王子の側近であり、摘発の一躍を買ったレイモンドも、含まれる。
「ジェスコ・ジェルソンがどう出るか分からなかったから、きみとも距離を置いた。僕にとって、致命的な弱点は、きみだ」
「どうして教えてくれなかったの」
知っていたら、ディズにもなにか出来たかもしれない。
遠くから轟音が聞こえる。
その度に、レイモンドは僅かに足を止める。
きっとまだ、迷っている。
本当にデイジーを道連れにしていいのか、と。
だから、デイジーは更に言うのだ。
「私、そんなにあなたに信頼されてなかった?」
「違う。巻き込み──いや、きみには、知らないでいて欲しかった」
「…………」
やはり、自分では力になれないからか、と落ち込みかけたところで、レイモンドが言う。
「きみは、そういう暴力とか、策略とは──遠いところに、居て欲しかったんだ。僕の、ただのわがままだ」
「──」
デイジーは息を飲んだ。
その時、階下から歓声のようなものが聞こえてきた。
思わず振り返るデイジーに、レイモンドが言う。
「急ごう。……邸に突入された」
ふたりは私室に入ると、レイモンドが扉に鍵をかけた。
「これで、少しは時間を稼げるだろう」
そう言って。
そして、彼は棚の引き出しから、なにか取り出した。
てっきり、武器の類いだろうとデイジーは思ったのだけど──彼が取り出したのは、小箱だった。
ベルベット生地に包まれた、デイジーの手のひらサイズの、小さな小箱。
「それ……」
「本当は、式の日に渡したかったんだ。……こんなことになってしまって、すまない。きみを、巻き込んだ」
「──」
デイジーは、言葉が出ない。
レイモンドが、箱を開ける。
中には、指輪が収められていた。
煌びやかなダイヤモンドが縦爪の指輪に嵌められている。
呆然とするデイジーの指を取り、レイモンドが指輪を填めた。
「……僕は、きみが一番大切だよ。僕の可愛いお姫様。きみだけは、巻き込まないと……そう、誓ったんだけどな」
「レイモンド、これ」
「ディズリー伯爵は、きっと僕を恨むね。きみを守るどころか、道ずれにする、不出来な男を」
「ねえ、これ。……私、あなたの」
あなたの、妻になることを許されるの?
あなたは、私でいいの?
そんな言葉を口にしようとして、言葉に詰まる。
結局、口にできたのは──愛の言葉だけ。
デイジーは、彼に抱きついて、涙を零した。
「私、今、すごく幸せなの。私ね、ずっとあなたが好きだったの。今も好き。初恋なの」
「……知ってる。でも、実際の僕はこんなに頼りなく、情けない男だ。きみなら、もっとふさわしい男が社交界に山ほどいるだろう。本当に、いいの?」
この期に及んで良いも悪いもないのだが、きっと今だからこそ、レイモンドも尋ねられたのだろう。それが分かっていたから、デイジーは何度も頷いた。
「私、あなたの妻になるわ。ここには神父様も、永遠を誓う女神像も、参列者も、婚姻誓約書だってないけど──でも、いいの。これだけで、いいの」
デイジーは、自身の指に嵌められた指輪に触れた。
涙を零しながら笑みを浮かべる彼女に、レイモンドが困ったように笑う。
そして、彼らはどちらともなく──口付けを交わした。
初めての、キスだった。
扉の向こうから、怒号が聞こえる。
もはや、失うだけのジェスコは、なりふり構っていられないだろう。
このまま待てば、城からの応援が到着すると思われるが……その時間は、ないようだった。
当主の私室に鍵が掛けられていることに気がついたのだろう。
怒声が向こうから聞こえ、続いて扉を壊さんと何かを叩きつける暴力的な音が響いた。
咄嗟に、デイジーの肩が跳ねる。
そんな彼女の背中を撫で、レイモンドが言った。
「デイジー、一緒に死のうか」
柔らかく、微笑んだ彼に、デイジーは目を見開く。
そして、彼女は思い知ったのだ。
自身の誤りを。
(私……本当は)
本当は、愛されていた。
私のことなど愛していないと思った、この、冷たく見える婚約者に──。
その日、当主の私室から──二発の、銃声が聞こえた。
レイモンドが所持する拳銃で、彼らは心中したのだ。
そのことは、後世において、【ランドールの悲劇】として語り継がられることになる。
ジェスコが主導した大規模なクーデターは、数時間後には騎士軍に制圧されたが、死者はかなりの数が出た。
その中には、貴族も数名含まれていた。
王家は、大勢の犠牲者を出したことを嘆き、その死を悼むために、石碑を立てた。
以来、その日を迎えると、石碑には多くの白百合が捧げられるようになったのだ。
奥の当主の私室に向かいながら、レイモンドはデイジーに事の経緯を説明した。
調査の結果、大規模な違法取引──武器の売買、密輸が行われていたこと。
だけど、決定的な証拠を抑えることは出来ず、全ての鍵を握っていると思われるジェスコ・ジェルソンの尋問を行う手筈だった。
しかし、どこからか情報が漏れていたのか、ジェスコは逃亡した。
レイモンドたちも彼の行方を追っていたが、ここにきて、彼は攻撃に転じてきた、というわけだ。
彼は、自暴自棄になっていた。
密輸にて手に入れた大型火器を手にし、自身を追い詰めることとなった人間を殺すことにしたのだ。
それには、第二王子の側近であり、摘発の一躍を買ったレイモンドも、含まれる。
「ジェスコ・ジェルソンがどう出るか分からなかったから、きみとも距離を置いた。僕にとって、致命的な弱点は、きみだ」
「どうして教えてくれなかったの」
知っていたら、ディズにもなにか出来たかもしれない。
遠くから轟音が聞こえる。
その度に、レイモンドは僅かに足を止める。
きっとまだ、迷っている。
本当にデイジーを道連れにしていいのか、と。
だから、デイジーは更に言うのだ。
「私、そんなにあなたに信頼されてなかった?」
「違う。巻き込み──いや、きみには、知らないでいて欲しかった」
「…………」
やはり、自分では力になれないからか、と落ち込みかけたところで、レイモンドが言う。
「きみは、そういう暴力とか、策略とは──遠いところに、居て欲しかったんだ。僕の、ただのわがままだ」
「──」
デイジーは息を飲んだ。
その時、階下から歓声のようなものが聞こえてきた。
思わず振り返るデイジーに、レイモンドが言う。
「急ごう。……邸に突入された」
ふたりは私室に入ると、レイモンドが扉に鍵をかけた。
「これで、少しは時間を稼げるだろう」
そう言って。
そして、彼は棚の引き出しから、なにか取り出した。
てっきり、武器の類いだろうとデイジーは思ったのだけど──彼が取り出したのは、小箱だった。
ベルベット生地に包まれた、デイジーの手のひらサイズの、小さな小箱。
「それ……」
「本当は、式の日に渡したかったんだ。……こんなことになってしまって、すまない。きみを、巻き込んだ」
「──」
デイジーは、言葉が出ない。
レイモンドが、箱を開ける。
中には、指輪が収められていた。
煌びやかなダイヤモンドが縦爪の指輪に嵌められている。
呆然とするデイジーの指を取り、レイモンドが指輪を填めた。
「……僕は、きみが一番大切だよ。僕の可愛いお姫様。きみだけは、巻き込まないと……そう、誓ったんだけどな」
「レイモンド、これ」
「ディズリー伯爵は、きっと僕を恨むね。きみを守るどころか、道ずれにする、不出来な男を」
「ねえ、これ。……私、あなたの」
あなたの、妻になることを許されるの?
あなたは、私でいいの?
そんな言葉を口にしようとして、言葉に詰まる。
結局、口にできたのは──愛の言葉だけ。
デイジーは、彼に抱きついて、涙を零した。
「私、今、すごく幸せなの。私ね、ずっとあなたが好きだったの。今も好き。初恋なの」
「……知ってる。でも、実際の僕はこんなに頼りなく、情けない男だ。きみなら、もっとふさわしい男が社交界に山ほどいるだろう。本当に、いいの?」
この期に及んで良いも悪いもないのだが、きっと今だからこそ、レイモンドも尋ねられたのだろう。それが分かっていたから、デイジーは何度も頷いた。
「私、あなたの妻になるわ。ここには神父様も、永遠を誓う女神像も、参列者も、婚姻誓約書だってないけど──でも、いいの。これだけで、いいの」
デイジーは、自身の指に嵌められた指輪に触れた。
涙を零しながら笑みを浮かべる彼女に、レイモンドが困ったように笑う。
そして、彼らはどちらともなく──口付けを交わした。
初めての、キスだった。
扉の向こうから、怒号が聞こえる。
もはや、失うだけのジェスコは、なりふり構っていられないだろう。
このまま待てば、城からの応援が到着すると思われるが……その時間は、ないようだった。
当主の私室に鍵が掛けられていることに気がついたのだろう。
怒声が向こうから聞こえ、続いて扉を壊さんと何かを叩きつける暴力的な音が響いた。
咄嗟に、デイジーの肩が跳ねる。
そんな彼女の背中を撫で、レイモンドが言った。
「デイジー、一緒に死のうか」
柔らかく、微笑んだ彼に、デイジーは目を見開く。
そして、彼女は思い知ったのだ。
自身の誤りを。
(私……本当は)
本当は、愛されていた。
私のことなど愛していないと思った、この、冷たく見える婚約者に──。
その日、当主の私室から──二発の、銃声が聞こえた。
レイモンドが所持する拳銃で、彼らは心中したのだ。
そのことは、後世において、【ランドールの悲劇】として語り継がられることになる。
ジェスコが主導した大規模なクーデターは、数時間後には騎士軍に制圧されたが、死者はかなりの数が出た。
その中には、貴族も数名含まれていた。
王家は、大勢の犠牲者を出したことを嘆き、その死を悼むために、石碑を立てた。
以来、その日を迎えると、石碑には多くの白百合が捧げられるようになったのだ。
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