〈完結〉前世と今世、合わせて2度目の白い結婚ですもの。場馴れしておりますわ。

ごろごろみかん。

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2.契約は破棄されたものだと思ってた

悪路を進む

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凍りついたように黙り込む彼女に、俺はヤケになりながら言った。

「伯爵家のご令嬢だってさ。深窓の令嬢と名高く、滅多に社交の場に出てこない。気位の高い、面倒な女に違いない」

イーサンの咎める視線を感じながら、俺は葉巻に火をつけた。
煙がふわりと揺れる。
そこで、ようやくグレースが我に返ったように俺の腕に取り下がって言った。

「ま、待って!じゃあ、マシューは望んでないの?」

「当たり前だろ!誰があんな……」

ひとを家畜か何かのように思ってる結婚なんか、したいと思うかよ!

そう言おうとしたが、流石に女性の前だ。
言葉をつぐむ。
グレースは、呑み込んだ俺の言葉に怪訝そうに俺を見てきたが、やがてぽつりと言った。

「私は……嫌だな」

「グレース」

驚いて目を見開く。
グレースは、俯きながら、ちいさな声で続ける。

「マシューが結婚しちゃうなんて。……じゃあ、もうここには来ない?」

縋るようにグレースが俺を見る。
そこで、はじめて俺は彼女の気持ちを知った。

「グレース。マシューは結婚するんだよ」

「いいや、しないね」

「マシュー」

イーサンが咎めるように俺を見る。
だけど俺はそれには構わず、グレースに言った。

「ここに来ない理由がない。仕事終わりにここでいっぱいやるまでが、俺のルーチンワークだからね」

「それじゃあ……!」

「俺が誰と結婚するかは、俺が決める。少なくとも、その相手は彼女じゃない」

グレースに答えることなく、俺は席を立った。
イーサンも同様に席を立ち、帰り支度を進める。

すると、グレースが俺の服の裾を掴んだ。
 
「私じゃダメ?」

「グレース、きみ何言って」

「イーサンは黙ってて!!ねえ、マシュー」

グレースの目は真剣だった。
だけど、だからこそ最初、何を言っているのか分からなかった。
驚きに息を呑む俺に、彼女はさらに言った。

「恋人がいる、っていえばいいよ。上の人たちは、それ以上言えなくなるかもしれない」

「……」

「ね、マシュー。私を利用して」

恋人がいる。
それは、案外いい断り文句のように思えた。

神殿も父親も、王家だって、俺に恋人を捨てさせてまで、政略結婚させる気はないはずだ。

既に彼女に子が宿っているとでも嘘を吐けばいい。

公爵家と伯爵家の結婚。
王家と神殿主導の、黒魔道士と白魔道士の結婚。
ケチはつけたくないだろう。

子供の件は勘違いだったとか、ほかの男の子だったとか、後からいくらでも誤魔化しが効く。

ひとまず、この婚約を回避出来ればそれでいいのだ。
現役の黒魔道士は三十人ほどしかいないが、それでも俺の代わりは探せばいるはずだ、

そう思った俺は、彼女の提案に、乗ることにした。





グレースと結託し、嘘を吐く。
既に彼女が子を宿していると父に報告すれば、殴られたが、婚約の件は考え直すと言った。

これで、カーター家との婚約は防げたのだ。
そう思っていた。

しかし。

「あー……なんだ。先方がな、それでもよいと」

「は……!?」

「王家と神殿も、彼女を愛人として置くならそれで構わないと、そういうお考えだ。それで、だな。……カーター家との婚約が正式に決まった」

結局、俺の企てなど意味がなかったのだ。




正式に、婚約が決まった。
それをグレースに報告すると、彼女は狼狽え、泣きそうな顔になった。

「ねえ……。それなら、嘘を真実にしちゃおうよ」

「は?」

「子供が産まれたら、きっと……。王様も考え直してくれる」

カーター家の娘との結婚は、今から一年後。

神殿、王家、カーター家は、グレースの妊娠を承知の上でこの婚約を進めている。
だけど実際、結婚前(というか直前)に愛人が子を産めば、さすがに婚約を見直すかもしれないと、グレースはそういったのだ。

そもそも、グレースは子を宿していない。
このままでは、とうぜん赤子も生まれない。

彼女の言葉に狼狽えたのは、俺だった。

俺はグレースを愛していない。
彼女のことはこの件が終わったら関係を切るつもりだったのだ。
 
だけど、彼女がそういってから、ようやく気がついた。

グレースは、追い詰められていた。
公爵家の使用人に事実関係を改められ、白眼視され、圧力をかけられ。
別れるよう再三、神殿からも言われ、実家の酒場にも嫌がらせをされていた。
悪評を流され、それでも彼女は微笑んでいた。

『大丈夫だよ、私から言い出したことなんだし』と。

俺はそれに甘えていたのだ。
いつの間にか、いや、いつからか。
彼女はとっくに限界を迎えていた。

酒場にいた頃は溌剌としていたのに、見る影もない。

彼女は震える手で、俺のシャツを掴んでいた。

もはや、彼女が頼れるのは俺だけなのだろう。
神殿に圧力をかけられ、悪評を流された彼女は友人も失った。

「……ごめん、グレース」

俺は謝った。
安易な気持ちで彼女を巻き込んでしまったこと。
そして、彼女に全てを捨てさせてしまったこと。

こうすれば、少しは彼女の気も軽くなるかと思い──そのくちびるに口付けた。
グレースは、泣きながらも、微笑んだ。
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