巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編完結】

巣ごもりオメガと運命の騎妃

50.安堵のなかで

「……の……きは、ザネリ将軍に任せる」

（……ハイダル様……？）

　沼底に沈んだように、瞼も体も重かった。それでも聞こえた声と気配に、サリムは意識を浮上させた。

　薄く目を開くが、暗くてよくわからない。一瞬目がおかしくなったのかと思ったが、視界の端で炎が揺れて、いまが夜なのだと知った。

「かしこまりました。それでは」
「ああ」

　すぐ近くからハイダルの声がする――むしろ、体を寄せている温もりから響いている。

「ハイダル殿下、サリム殿は」

　ミシュアルの声がする。ということは、必死で逃がした彼は無事にメラへ戻ることができたのだ。

　よかったと思うも体が重く、ぐったりとしたままサリムは頭上で交わされる会話に耳を澄ませた。

「まだ眠っている。明日も早い、ミシュアル殿も休んでくれ。昨日に続いて、今日も奮戦してくれた。疲れているだろう」
「いえ、私は何も……それより、他の四人のオメガですが……」

　ぼやけた視界と同じように、意識もぼんやりする。

　お腹がすいているような、気持ち悪いような、喉が渇くような。不快ばかりがあるのに、それらをすべて押しのけてやってきた睡魔に流されようとしていたサリムだったが、ミシュアルの言葉にふっと意識がはじけた。

（四人……そうだ、アーヤに持たせた石が……）

　いくつかは商人たちが拾ってしまったが、あれを手掛かりにすれば、四人の行方が辿れるはずだ。

「……いし、を」
「サリム？」

　喘ぐようにこぼれた小さな声を、ハイダルはすぐに聞き取ってくれた。背中から二の腕にかけてぎゅっと熱が寄る。横抱きにされていたのだなと思いながら、サリムは眠気にふやけそうな口を開いた。

「商人たちが、石を……石を持っています。それを辿って……アーヤが……」
「アーヤ？」
「飾り紐の石を落とすように言って……商人が、それを拾ったんです。山は下りず、上に上るように……」

　もっとはっきりとした言葉で順序立てて言わなければいけないことはわかっているのに、眠気がすべてをかき乱す。それでも必死になってぼそぼそと言うと、ハイダルは耳を寄せてくれた。

「……アーヤという者に、飾り紐を託したんだな？　石を落として辿れるようにしたのに、商人が拾ったのか」
「はい」

　もう返事をするのも限界だ。それでもハイダルはサリムの言いたいことを汲んでくれた。ほっとしたと同時に、体中からどっと力が抜ける。今度こそもう抗えなかった。

（ああ、もう大丈夫だ……）

　ミシュアルが無事で、ほかのオメガたちも保護されて、アーヤたちもきっと見つかる。そして傍にハイダルがいてくれる。もうなにも心配することはない。

「ナスリ将軍を呼んでくれ、オメガたちについてサリムが……サリム？」
「サリム殿っ」

　安堵にゆるんだ意識を、泥濘のような眠気が包み込んでいく。

　焦ったようなハイダルとミシュアルの声を聞きながら、サリムの意識はまたもや深い静寂に落ちていった。




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いつも【巣ごもりオメガと運命の騎妃】を読んでいただきありがとうございます！

9/10にアンダルシュノベルズより【死に戻りの神子は災禍の王の溺愛を知らない】が発売されます。
WEB版を改稿し、新たなエピソードも挿入しました。
WEB版を読んでくださった方もまた新たに楽しんでいただけるよう頑張りましたので、
もしよろしければお手に取っていただけると嬉しいです°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°