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巣ごもりオメガと運命の騎妃
51.決意は星のように
しおりを挟む国葬に沈む都へ戻ることができたのは、メラを発ってから二日後のことだった。
静まり返った街を大所帯で突っ切るのはよくないだろうと、昨日のうちにハイダルが裏門から入ることを伝えさせていたため、ミシュアルたちは帝宮に直結している北側の門からメラに入った。
一昨日メラを発った時は気づかなかったが、城内では至る所に白い布がはためいている。
ドマルサーニの葬儀では白と黒が使われることは、ミシュアルも知っていた。白は生者の色で、黒は死者の色だ。
(陛下のご葬儀はどうなったんだろう……)
城内は静かだが、忙しそうに人々が行き交う。彼らもまた揃って白装束だった。
ハイダルたちはこれから兵を解散させ、自らの宮に戻るという。ミシュアルもザネリ副師団長に促されて来賓宮へ戻った。
早朝に宿を出たせいもあって、まだ昼にもなっていない。明るい外廊下を進んでいると、白装束に身を包んだ長身がこちらへ歩いてくるのが見えた。
(イズディハール様)
まだ遠くはあるが、ミシュアルの目はいいし、なにより間違うはずがない。あちらも気付いたらしく、踏み出す一歩が目に見えて大きくなった。
腰から下げた剣の鞘すら白いイズディハールは、大股でミシュアルの前にやってくると深く息を吐きだした。
「……昨日で報せは受けていたが、よく戻ってくれた。ミシュアル……」
伸ばされた手が後頭部を抱く。まだ護衛たちが背後にいることはわかっていたが、恥ずかしさよりも再会の喜びが勝り、ミシュアルも体を寄せる。そっと額を合わせると、おかえりと囁かれた。
「ただいま戻りました」
「ああ。……本当に無事でよかった」
よほど気を揉んでいたのだろう。しみじみと言ったイズディハールはミシュアルを一度抱きしめ、背中を何度かさすってから名残惜しそうに体を離した。
「疲れただろう。体を清めたら、もう休むといい。私は傍にいられないが……また昼すぎには戻る」
「今日は何があるんですか?」
ドマルサーニの葬儀は五日に渡って行われるのが通例だ。
すでにシラージュ帝が死去して数日が経っているが、騒動の間にもいくつかの日程は過ぎてしまっている。せめていまからでも参加できるならと声をあげたミシュアルに、イズディハールは浅く頷いた。
「今日はこれから昼の礼がある。夜の礼と埋葬が終われば、葬儀はすべて終了だ」
「じゃあ、最後の日に間に合ったんですね」
葬儀の最終日は、昼の礼と夜の礼、そして埋葬が主な工程だ。
昼の礼では骨が埋葬される大地への挨拶を、夜の礼では魂が昇る空への挨拶が行われる。その後骨が陵墓に納められて葬儀は終わる。
ハイダルはリム奪還のためにシラージュの葬儀に参加しないことを選んだが、最後に見送ることは出来そうだと胸を撫でおろしたミシュアルに、イズディハールは晴れやかな笑顔を見せた。
「ああ。昼の礼には間に合わないが、夜の礼と埋葬には参加できるだろう」
「それなら、俺も夜の礼と埋葬には参列させていただけますか」
「もちろんだ。我がつがいとして、次期皇妃として参列してもらいたい」
そう言うとイズディハールはミシュアルの手を取り、滑らかな褐色の手の甲に唇を当てた。
甘い感触に、思わず胸がどきりと音を立てる。しかし、恋慕の甘さをやり過ごしたミシュアルは、緊張にごくりと唾を飲んだ。
今回の事件で決めたこと。それを、次期皇妃という言葉で思い出したのだ。
(今夜シラージュ帝をお見送りしたら、話をさせてもらおう)
よろこんでと答えたミシュアルはその夜、来賓宮の中庭にいた。
すでに夜の礼と埋葬を終え、正装も解いている。
ハイダルと少し話をするというイズディハールより一足先に戻り、夜風に肌を涼ませていた。
(サリム殿は大丈夫だったかな……)
夜の礼にも埋葬の儀にも、サリムの姿はなかった。
クク山脈から降り、メラへ戻る道中もサリムはずっと寝込んでいた。傍にはハイダルが付き添い、時折水を与えたり話しかけたりしていたが、容体は芳しくないようで、声もほとんど聞こえなかったほどだ。
さらわれる前から体調をひどく崩していたうえ、薬まで使われたのだ。悪い作用が体に残らなければいいと思いながらゴブレットにそそがれた果実水で喉を潤していると、待ち望んだ足音が聞こえた。
扉が外から開かれると、やはり立っていたのはイズディハールだった。
ナハルベルカの正装に身を包んだ若き皇帝は、その堂々たる姿から、月と灯火のみの明かりの中でも輝いているようだ。
それが欲目なのか、それとも王たる資質を持つせいなのかわからなかったが、ぼんやりとミシュアルが見惚れているうちにイズディハールは傍までやってきた。
石のスツールに腰かけたままのミシュアルが隣にずれると、そこへ腰を下ろす。
「終わったな」
「……はい」
イズディハールの一言に、改めて深呼吸をする。
シラージュ帝の急逝から始まり、誘拐騒動に葬儀。たった五日ほどなのに、密度の濃さは一ヶ月分にも相当するように思う。
それでもとりあえずはすべてが終わったのだと肩を落ち着けたところで、ミシュアルはいや、と静かに思った。
すべてが終わったが、新たに始まるものも、始めるために動き出さなければならないものもある。
サリム奪還の決意をしたときから――実際は騎妃という言葉を聞いたときからかもしれないが――、ミシュアルの胸にあったもの。それを、これからの日々を共に歩こうと言ってくれるイズディハールに伝えようと決めた。
腿の上で、ミシュアルはこぶしをぎゅっと握り締めた。
「イズディハール様。――お話したいことがあります」
少しばかり驚いたようなイズディハールの目が、ミシュアルを見つめる。
幼い頃から見続けてきた、蒼い瞳。
この双眸に、ミシュアルは自分という人間はどう映っているのだろうと思った。
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