巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編完結】

巣ごもりオメガと運命の騎妃

8.別れと約束

　ハイダルとサリムがナハルベルカに滞在する一週間は、あっという間に過ぎていった。

　イズディハールとハイダルは連日会談を行い、視察に出かけ、夜は酒を酌み交わしている。同じようにミシュアルもほとんど毎日サリムと顔を合わせた。

　ある日はイズディハールの姉であるルルアとラナを招いて茶会をし、ある日は二日かけて国都中を案内して回った。特に予定のない日もふたりで鍛錬の話で盛り上がり、そのまま中庭で弓を引いて射的に興じたり、互いの国の主な剣術を見せ合ったりもした。
　サリムたちがナハルベルカに来るまではどう扱えばいいのかと不安ばかりだったのに、いざ別れの日が来ると寂しくて仕方なくなるほど、ミシュアルはサリムとの仲を深めていた。

「ミシュアル様、一週間本当にありがとうございました。あなたのおかげで、毎日が本当に楽しかった」

　初めて顔を合わせた一週間前に比べ、愛想ではないとわかるほど美しく穏やかに微笑んだサリムに手を差し出されて、ミシュアルは震えながら一回りほども小さなその手を両手で握った。

「俺のほうこそ、あっ……ありがとう、ございました」

　サリムと過ごせた日々はたった一週間だったが、本当に楽しかった。だから一緒にいられたことが嬉しかったこと、また会いたいことを伝えたかったが、ミシュアルの鼻の奥は早くもつんと痛みだして、目の前がじわじわと水気を増していく。

　今生の別れでもあるまいし、泣くようなことではない。ぐっと歯を食いしばったが、なだめるようにイズディハールの手が背を撫でると、耐え切れずにぼろっと涙がこぼれた。

「す、すみません……」

　情けないとあわてて頭を下げると、手を繋いだままのサリムはいいえと首を振ってくれた。

「手紙を書きます。返事をいただけたら嬉しいです」
「もちろんです」

　鼻声のうえ、頬はびしょびしょでどうにも恰好はつかないが、それほど別れを惜しむ友人ができたのは嬉しいことなのかもしれない。
　どうにか顔をぬぐい、ミシュアルは出来る限りの笑顔を浮かべた。サリムも笑顔だった。

　そして、サリムはハイダルとともに去っていった。

　ミシュアルはすんと鼻をすすり、彼らの乗る馬車とその護衛団が宮殿の門を出て大通りをまっすぐ走っていくのを見えなくなるまで見送った。