巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編完結】

晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売

文字の大きさ
39 / 83
巣ごもりオメガと運命の騎妃

19.巡香会場へ

しおりを挟む

 ドマルサーニでの滞在も六日目となった今朝、ミシュアルは上機嫌だった。
 昨日はやっと会議の終わったイズディハールと一緒に布市場を訪れ、それから広場に設置された噴水も見に行った。

 他の来賓たちはすでに帰ったので夜に宴が開かれることもなく、ふたりで果実や干し肉を肴に酒を酌み交わし、それからなだれるように寝台にもぐりこんだ。さすがに招かれて訪れた他国でことに及ぶことはできないので、イズディハールをなだめつつ、何度もキスをしたりじゃれあったりして眠りについた。それだけでも幸せだったのに、幼い頃の自分たちが一緒に本を読んでいる夢まで見て、これ以上ないほどミシュアルは朝から幸福感に包まれていた。

「機嫌がいいな、ミシュアル。歌でも歌いだしそうだ」
「うっ、歌わないです。でも……昨日が楽しくて」

 実際のところ、日課の鍛錬に励んでいた時にうっかり鼻歌など歌ってしまったが、聞こえていなかったはずだ。
 さっと顔が赤くなるのを感じながら、それでも自分の上機嫌の理由を言うと、イズディハールも嬉しそうに破顔してくれた。

「私も昨日は楽しかった。あれほど一緒に街をまわったことなど、今までもそうなかったからな」
「はい、ナハルベルカでもなかなか……。でも、ああやって街をまわるのはいいことですね。俺も城下育ちですが、隅々まで歩き回ったわけではないので、自分で見て感じることは大切だと思いました」
「見聞を広めるには、自分の目と耳で使うのが一番だからな。ナハルベルカに戻ったら、昨日のように一緒に城下を見てまわろう。お前の視点から得られるものを知りたい」
「はい」

 昨日の一日だけでも幸せでたまらなかったのに、ナハルベルカに帰ってからの楽しみまでできた。なんていい日だろうと思いながらイズディハールと揃って朝餉を終えたミシュアルは、これから会議の打ち合わせだという彼を見送り、自分も出かける準備を始めた。

 明日にはドマルサーニを発つが、その前に見ておきたいものがあったのだ。

 時間を確認し、急いで身支度を整えたミシュアルは、腰帯に金細工の飾りをつけたところで、少し考えた。
 今日行く場所は神殿だ。近く巡香会が行われるために準備があると言うサリムが、ついでにと神殿の見学を勧めてくれたのだ。

 神殿と言えば静謐で神聖な場所だ。華美なもので飾り立てて行くべきではないだろうと考えて、ミシュアルは金細工を取り外した。
 髪は三つ編みにしてまとめたし、服も白と深い青を基調にした落ち着いたものにした。飾りがまったくないのも失礼かと、イズディハールからもらった銀の細い腕環だけをひとつつけたミシュアルが待っていると、やがてサリムが現れた。

「お待たせしました。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」

 ナハルベルカにも神殿はあり、信仰している神も同じだが、巡香会というものはない。国が主催するアルファとオメガの出会いの場ということだが、準備段階と言っても現場を見られるのは貴重な機会だ。
 緊張と興奮に胸を躍らせるミシュアルは、いつも通り凛として物静かなサリムとともに王宮を出た。

 神殿は遠くはないものの、丘の上にある。馬が牽く輿に乗って坂道の上にある神殿へ向かうと、神殿の前にはすでに何台も馬車が停まっていた。

「人が多いですね」

 ナハルベルカの神殿に比べて建物が多く、人や馬も多い。窓から外を見ていたミシュアルがつぶやくと、サリムははいとうなずいた。

「明日が登録の締め切り日なんです。遠方から来る場合は乗り合いで来ることが多くて、今日がいちばん混む日なんです」
「参加者は何人くらいになるんですか?」
「大体三百人前後ですね。アルファが来れば、その倍以上になりますが、今は希望者だけの自由参加なので、これでも小規模になった方です。皇太子や皇帝陛下のつがいが決まっていなければ、参加者は十倍に増えます」
「たっ……大変ですね……」

 ミシュアルが思い描いていたよりも遥かに人数が多い。まだ王宮内での役職がないミシュアルからすれば、想像もできない規模の話だ。
 思わず絶句しているうちに馬車は神殿の奥の方へと入っていき、やがて止まった。
 扉が開けられるのを待っていると、サリムがうなずいた。

「……はい、大変です。でも、光栄なことでもあります。この任は、陛下より賜った私の仕事。なので、友人に、こうやって案内できることはとても誇らしいです」

 サリムの白い頬が少し赤い。いつも凛とした横顔を見せる彼がどこか照れたように笑うものだから、思わずミシュアルも自分の頬に熱が上がるのを感じた。

(友人……)

 同じような地位にいて、同じオメガで、同性。そんなサリムから友人と呼ばれ、ミシュアルは目頭が熱くなるのを感じた。

「あ――ありがとうございます……っ」

 もっと言いたいことがあったが、これ以上目が潤むのをこらえているミシュアルにとっては精いっぱいだ。せめてと震える声で礼を言ったところで、輿の扉が叩かれた。

「行きましょう、ミシュアル様」

 サリムが微笑んで席を立つ。その後に続き、護衛たちにも知られないようにそれとなく目もとをこすりながら、ミシュアルはこの関係がずっと長く続きますようにと願った。





------------
※書き直しをしたため、19話、20話はいったん削除後改稿したものを再掲しています。
しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

生き急ぐオメガの献身

雨宮里玖
BL
美貌オメガのシノンは、辺境の副将軍ヘリオスのもとに嫁ぐことになった。 実はヘリオスは、昔、番になろうと約束したアルファだ。その約束を果たすべく求婚したのだが、ヘリオスはシノンのことなどまったく相手にしてくれない。 こうなることは最初からわかっていた。 それでもあなたのそばにいさせてほしい。どうせすぐにいなくなる。それまでの間、一緒にいられたら充分だ——。 健気オメガの切ない献身愛ストーリー!

策士オメガの完璧な政略結婚

雨宮里玖
BL
 完璧な容姿を持つオメガのノア・フォーフィールドは、性格悪と陰口を叩かれるくらいに捻じ曲がっている。  ノアとは反対に、父親と弟はとんでもなくお人好しだ。そのせいでフォーフィールド子爵家は爵位を狙われ、没落の危機にある。  長男であるノアは、なんとしてでものし上がってみせると、政略結婚をすることを思いついた。  相手はアルファのライオネル・バーノン辺境伯。怪物のように強いライオネルは、泣く子も黙るほどの恐ろしい見た目をしているらしい。  だがそんなことはノアには関係ない。  これは政略結婚で、目的を果たしたら離婚する。間違ってもライオネルと番ったりしない。指一本触れさせてなるものか——。  一途に溺愛してくるアルファ辺境伯×偏屈な策士オメガの、拗らせ両片想いストーリー。  

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます! 婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。 他サイトでも公開中

悪役令息を引き継いだら、愛が重めの婚約者が付いてきました

ぽんちゃん
BL
 双子が忌み嫌われる国で生まれたアデル・グランデは、辺鄙な田舎でひっそりと暮らしていた。  そして、双子の兄――アダムは、格上の公爵子息と婚約中。  この婚約が白紙になれば、公爵家と共同事業を始めたグランデ侯爵家はおしまいである。  だが、アダムは自身のメイドと愛を育んでいた。  そこでアダムから、人生を入れ替えないかと持ちかけられることに。  両親にも会いたいアデルは、アダム・グランデとして生きていくことを決めた。  しかし、約束の日に会ったアダムは、体はバキバキに鍛えており、肌はこんがりと日に焼けていた。  幼少期は瓜二つだったが、ベッドで生活していた色白で病弱なアデルとは、あまり似ていなかったのだ。  そのため、化粧でなんとか誤魔化したアデルは、アダムになりきり、両親のために王都へ向かった。  アダムとして平和に暮らしたいアデルだが、婚約者のヴィンセントは塩対応。  初めてのデート(アデルにとって)では、いきなり店前に置き去りにされてしまい――!?  同性婚が可能な世界です。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。  ※ 感想欄はネタバレを含みますので、お気をつけください‼︎(><)

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

事故つがいの夫が俺を離さない!

カミヤルイ
BL
事故から始まったつがいの二人がすれ違いを経て、両思いのつがい夫夫になるまでのオメガバースラブストーリー。 *オメガバース自己設定あり 【あらすじ】 華やかな恋に憧れるオメガのエルフィーは、アカデミーのアイドルアルファとつがいになりたいと、卒業パーティーの夜に彼を呼び出し告白を決行する。だがなぜかやって来たのはアルファの幼馴染のクラウス。クラウスは堅物の唐変木でなぜかエルフィーを嫌っている上、双子の弟の想い人だ。 エルフィーは好きな人が来ないショックでお守りとして持っていたヒート誘発剤を誤発させ、ヒートを起こしてしまう。 そして目覚めると、明らかに事後であり、うなじには番成立の咬み痕が! ダブルショックのエルフィーと怒り心頭の弟。エルフィーは治癒魔法で番解消薬を作ると誓うが、すぐにクラウスがやってきて求婚され、半ば強制的に婚約生活が始まって──── 【登場人物】 受け:エルフィー・セルドラン(20)幼馴染のアルファと事故つがいになってしまった治癒魔力持ちのオメガ。王立アカデミーを卒業したばかりで、家業の医薬品ラボで仕事をしている 攻め:クラウス・モンテカルスト(20)エルフィーと事故つがいになったアルファ。公爵家の跡継ぎで王都騎士団の精鋭騎士。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。