巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編完結】

晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売

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巣ごもりオメガと運命の騎妃

30.監視塔

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 ミシュアルが山を駆け降りた頃、すでに陽は落ちかけていた。夕陽を見て、方角を確認する。

(川は……見えないな。国境を目指すしかないか)

 しばらく西へ向かって、川が見えなければ南下してもメラのあるあたりに行けるような気がしたが、ミシュアルがドマルサーニを訪れたのはこれが初めてだ。地図もぼんやりとしか覚えていないし、距離感もわからない。

 国境を目指すのは遠回りにもなるかもしれなかったが、確実性を求めた結果、ミシュアルは素直に南を目指すことにした。

「飛ばされるなよ……」

 駆け降りてきた道から一番外側にせり出した細い木に、裂いた服の端を結びつける。ミシュアルは山すそをなぞるように移動しながら、これを何度も繰り返した。直接ロカムへ行くのでなく、サリムの後を追うことになる時、少しでも目印になればと思った。

 しかしその途中、思わぬ不運に見舞われた。唐突に馬が歩かなくなったのだ。

 しきりに脚を気にするそぶりを見せる馬は、ミシュアルが降りると歩き出す。しかし前足をかばっているようで、ミシュアルは手綱を握って歩きながら、ぼんやりとした月明かりでしか確認できない前脚をちらりと見た。

(木箱が当たってたのか? だとしたら悪いことをしたな……)

 あの時、逃げることに夢中で気づいていなかったが、もしかしたらミシュアルが蹴り飛ばした木箱の破片が当たって、怪我をしていたのかもしれない。もしそうなら、山を駆け降りさせたことは怪我の悪化につながる。

 申し訳ないことをしたと頭を撫でてやると、穏やかな気性らしい馬は、飼い主でないミシュアルにもぶるんと一つ鳴くだけで暴れたりはしなかった。

 それからしばらく歩いたミシュアルは、ふと高い建物が夜の平原の中にぽつんとあるのを見つけた。

(あれは……塔か?)

 何もない平原のなかで、すっと突き出た細い建物は異様に目立つ。しかし、近づくにつれて国境を示す塔であるとわかったミシュアルは、喜びに深いため息をついた。

 サマネヤッド同盟やその付近では、国境に塔を点在させている。戦乱時には監視塔として機能するが、今は争いもなく、監視塔として使わられることはほとんどない。しかし、その塔があるということは、国境に辿り着いたということだ。

 塔に上れば、その次の塔が見える。それを辿れば、国境付近にある町に着く。運が良ければ、塔の管理人や駐在者からメラへ連絡をすることも出来るかもしれない。

「もう少し頑張ってくれ」

 相変わらず脚を引きずる馬を励まして、ミシュアルは自らも重く感じる足で歩いた。

 食事も水も、朝に摂ったきりだ。疲労と空腹でふらふらする。一刻も早くメラへ救援を求めたい気持ちはあるが、ここで無理をして倒れたりしては元も子もない。

(塔についたら少し休もう。夜が明けたら、すぐに出られるように)

 ナハルベルカの国境の塔には行ったことがある。そこには駐在する兵のための簡単なベッドがあった。ドマルサーニの国境の塔に入ったことはないが、体を休めることは出来るかもしれない。

 無理はせずに明日にかけようと塔を目指したミシュアルはのろのろと歩みを進めた。ようやく塔に辿り着いた時には、まばらな雲の隙間から見える月がだいぶ傾いていた。

 塔は、やはり監視塔のようだった。傍に馬を係留させるための小屋があり、扉を確認してから小屋に馬を留めたミシュアルは、そのまま隅にあった枯草の山にもぐりこんだ。

 服を裂いて目印にしながら歩いてきたため、着ていたトウブの上半身はもうない。辛うじて革ベルトで腰から下が覆われている程度だ。そのせいで背中がちくちくしたが、ここ以外で体を休めることもできない。

 横になって、ようやくミシュアルは一息ついた。

 さっき見た扉には、鍵がかかっていた。古ぼけていたり、壊れているようならどうにか外して中に入ることもできたが、しっかりとしたつくりの扉は壊れそうもない。余力もなかった。

 頭がぼんやりする。脚も重い。疲労や空腹のせいもあるだろうが、それにしても体が重いのが気になった。

(あの薬の影響がまだあるのか……?)

 あの時地面にたたきつけられた薬の匂いはきつかったが、どこか嗅いだことのある匂いだとも思った。それを考えたいのに、思考がまとまらない。

 サリムは無事だろうか、あの一行はあれから山脈を越えたのだろうか、イズディハールやハイダルは今頃どうしているだろうか。ここから国境の町までどれくらいだろうか、水が飲みたい、イズディハールに会いたい――……。

 ぐるぐるととりとめなく考えているうちに、ミシュアルの瞼は深く落ちていく。

 寄り添ってくれる馬に温められながら眠りに落ちたミシュアルは、陽が昇ったことに気付かなかった。

 眠る彼を、馬上から見つめる目にも。


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