【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ

文字の大きさ
308 / 314
第8章 砂漠の英雄

第28話 死兵

しおりを挟む
「キャハ♥」

 あいつの声は夜の静寂を切り裂くガラスの破片のように鋭く、不気味なほど無邪気に響き渡った。
 盛り土――名もなき者たちの墓の上にシスター服の少女がつま先立ちで立っている。
 月明かりが彼女のオレンジ色のおさげ髪を淡く照らすシルエットは、夜の闇に舞い降りた妖精のように可憐で儚げに見えた。
 けれど彼女の顔に浮かぶのは、三日月のように歪んだ残酷な笑み。右手の人差し指が、戯れるように虚空をなぞり、スッと自身の目の前に立てられる。

 カタカタカタ……。

 不快な骨の軋む音が、足元の土の中から響き渡る。
 ヴィレッタの放つ神聖な光に浄化されて安らかな眠りについたはずの骸骨兵たちが、再び呪われた生命を吹き込まれ蠢き始めたのだ。
 土くれをかき分け、泥のついた骨の手が次々と地上に現れる。

「ジーニア! 何を⁉」

 反射的にそちらへ意識を向けた私の頬を、鋭い冷気が掠める。

「ローゼさん、よそ見は駄目っす!」

 フィーリアの叫び声で我に返った瞬間、目の前のエリから放たれた氷の槍の連弾が私に向けて殺到していた。
 私は咄嗟に炎の壁を展開して氷を蒸発させる。熱と冷気がぶつかり合い、濃い水蒸気が視界を白く覆う。
 ヴィレッタは骸骨兵の再起動を阻止すべく、さらに強い浄化の光を放ち続けている。
 彼女の守りを解くわけにはいかない。エリの猛攻も止めなくてはならない。
 私とフィーリア、ヘクターさんの3人は、完全にこの場に釘付けにされてしまった。

 ベレニスが「ジーニア! あんたっ!」と怒りの声を上げ、衛兵の1人をレイピアの柄で打ち据えてジーニアへ向かおうとする。
 しかし、すぐに別の衛兵が盾となって彼女の進路を塞ぎ、鈍い金属音が夜闇に響いた。

 レオノールもまた、数人の衛兵に囲まれ、二刀を巧みに振るって薙ぎ倒していくが、表情には焦りの色が濃い。
 致命傷を与えない戦いは、この終わりのない悪夢の前でもどかしく、彼女たちの体力を確実に削っていく。

 ジーニアの登場が、戦況の天秤を完全に傾けたのだ。

 そしてジーニアは、さらに残酷な一手を見せつける。

「クソガキエルフとファインダの姫ねぇ。気絶させた衛兵は今んとこ5人かぁ。キヒ♥ こいつら貰っていぃ?」

 マズい!
 脳裏に王都ベルンで起きた悪夢が鮮明に蘇る。
 血の海に沈んだルインズベリー公爵邸、虚ろな目で教会に彷徨うシスターたちの亡骸。
 あの狂気に満ちた光景を、ここで再現させるわけにはいかない。

「魔女ローゼ、あんたの相手は私でしょ?」

 エリが私の懐に入り覗きこみ放つ氷魔法が、月光を反射して妖しく煌めく。
 彼女の冷徹な視線が、私の一挙手一投足を縛り付ける。

「ああ、いいぜ。ジーニア」

 リョウと激しく剣を打ち合わせながら、クレバスが吐き捨てるように言った。
 クレバスの許可を得た瞬間、ジーニアは地面に倒れていた衛兵の胸に、躊躇なく漆黒の剣を突き立てていく。
 グチュリ、と肉を抉る生々しい音が響く。それは人の命が呆気なく潰える音。
 
 ……くっ! 人の命を、なんだと思ってる!
 
 心臓を貫かれた衛兵は痙攣したかと思うと、ぎこちなく立ち上がる。
 もう瞳に光はなく、傷口からはおびただしい血が流れ落ちているのに、痛みを感じる様子は微塵もない。
 ただ生前の意志とは無関係に、ジーニアの魔力だけを動力源として動く殺戮人形――グールが新たに生まれてしまった。

「私が……私が気絶させた衛兵を……」

 レオノールの声が絶望に震えた。

「レオノール! 動揺しない! 気絶させなきゃジーニアの思い通りにならない!」

 ベレニスが叱咤するが、彼女自身のレイピアの冴えも、明らかに鈍くなっていた。
 目の前の敵を倒せば、より強力な不死の敵となって蘇る事実が、重い枷となって彼女たちの手足を縛り付けているのだ。
 
 衛兵に加え、骸骨兵とグールの対処も2人がする羽目になった状況。
 ヴィレッタの光とフィーリア、ヘクターさんの擁護で本来の能力を封じ込めてはいるものの、負担を増してしまった形勢になってしまった。

「キャハ♥ 全力で相手してやりなってぇ。衛兵たちはみーんな、ここで命を散らすつもりなのにさぁ。本気で相手しないなんて、失礼だと思わなぁい? お姫様はぁ『全ての罪を背負う』んだろ? なら、あたしがその罪、いーっぱい増やしてあげるねぇ。キヒ♥ ……気絶したら文字通り死兵にしてやる。衛兵さんたちぃ、頑張ってねぇ」

 ジーニアの甲高い嘲笑が戦場を支配する。
 狂気は伝染するかのように、リョウやクリスの剣戟からも冷静さを奪い、焦りの色を滲ませ始めていた。

「なぜ……なぜこのような真似ができるのですか! ルインズベリー家を滅ぼし、シャルロッテを邪教に取り込むだけでは飽き足らず、あなたはどこまで非道をすれば気が済むのですか!」

 ヴィレッタの悲痛な叫びが夜空に木霊するも、ジーニアはただ嗤うだけだ。

 私とエリの魔法の応酬も激しさを増す。
 炎と氷が夜闇を焦がし、凍らせる。
 一つでも対処を誤れば戦線のどこかが崩壊する緊張感が、私の精神をギリギリと締め付けていた。

「クスッ、ジーニア、今回見てるだけじゃなかったの? グール兵の話は聞いていたけど凄いじゃない」

「キヒ♥ サービスなだけぇ。戦力差的にぃ、お姫様一行に劣ってそうだったから少ぉしだけねぇ。もう何人かグールにしたら消えるからぁ、ちょおっとだけぇ、愉しませてぇ」

「フフフ……両親の仇の相手を真似するなんて。せっかく私が殺してあげたのに。ねえ、レアード王国の第一王女様」

 ……え?

「エリ! 殺されてえか! 黙って戦ってろ! レアードの姫はてめえもそうだろ!」

「いいじゃない。因縁深いんでしょ? 死ぬ前に、少しぐらいあなたのこと覚えてもらいたいじゃない? ねえ、魔女ローゼ御一行さん?」

 エリの挑発に、ジーニアの無邪気な仮面が剥がれ落ちる。
 感情を爆発させた彼女の顔は、憎悪と苦痛に激しく歪んでいた。
 
 ……レアードの姫? ジーニアとエリさんが?

「聞いたことあるっすね。10年前、レアード王国で死者が蘇った騒ぎの噂を」

「墓から溢れ出た亡霊により、多くの犠牲者が出たって眉唾物の話か。レアードは秘密主義の国で王族の情報は外部に漏れんが……王の逝去は公式に発表されている。先王が逝去したのは10年前。ベルガー王国の先王と先王妃の逝去と……そこにいるローゼマリー姫の逝去の1年後だな」

 ヴィレッタを守りながら、フィーリアとヘクターさんの鋭い視線がジーニアに注ぐ。

「騒ぎを鎮静化させたのは黒髪の老婆の魔女……以前ジーニアが口にしていた『マツバ様があたしを拾ってくれた。マツバ様があたしを育ててくれた。マツバ様があたしに好きに生きていいって言ってくれた』ってセリフ……」

「フィーリア、それってやっぱり六賢魔のマツバ……」

 私の脳裏に千年前の記憶が蘇る。いつも真っ直ぐな黒曜石のような瞳で私を見つめ、時折見せる笑顔が眩しかった側仕えの少女の姿が。

「ちっ……これだからムカつくんだよ! チビジャリドワーフ! エリもだ! 余計なことくっちゃべってねえで戦ってろ!」

「はいはい。グール化の魔力だけ残して消えなさい。南部諸国群に早く行かないと、六賢魔様たちに告げ口するわよ。あとでこいつらのグール化姿、見せてあげるから。イフリート復活の任務があるんでしょ?」

「ちっ……わーったよ。せいぜい頑張んな、エリ……従姉さん」

 ジーニアの姿が、ふっと闇に溶けるように消える。
 あいつの狂気を直接相手にしなくて済むことに安堵すべきか。
 それとも、多くの因縁をここで断ち切れなかったことに絶望すべきか。
 残されたのは倒せば倒すほどに増えていく不死の軍団と、それを率いるクレバスとシオン、それに元凶の魔女エリ。

 私たちの状況は、刻一刻と絶望の色を深めていった。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

クラス転移したからクラスの奴に復讐します

wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。 ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。 だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。 クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。 まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。 閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。 追伸、 雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。 気になった方は是非読んでみてください。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...