【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ

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第8章 砂漠の英雄

第30話 真実の対価

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「『大地に安らぎを与えたまえ。死した命を母なる胎内のように包みたまえ』」

 ヴィレッタの放つ聖なる光が、夜の闇を浄化の白で染め上げていく。
 それはこの罪深き土地に、久しぶりに訪れた夜明けのように。
 光に照らされた骸骨兵たちは、呪われた生命を使い果たしたかのようにカタカタと骨を鳴らし、崩れ落ちていく。
 ジーニアの魔力によって動かされていたグール兵たちも次々と地に伏し、二度と動くことはなかった。

 ただ、そんな神々しい光景の中で、クレバスもシオンも残った衛兵たちも、武器を構えることすら忘れて呆然と立ち尽くしていた。
 彼らの視線は私たちにもエリにも向けられていない。自らの内なる崩壊した世界を映しているかのように、瞳は虚ろだ。

「嘘……だと……」

 誰かが絞り出した声は、乾いた砂のように掠れている。

「俺たちが……守ってきたものは……。あの赤子の……命は……」
 
「ただの……魔女の戯言だったと……いうのか……」

 衛兵たちの呟きは怒りよりも深い絶望の色を帯びていた。
 7年間、信じてきた。この街の平和のため、アルベルト・エイエスの無念を晴らすため、自分たちの犯した罪は「必要悪」なのだと。そんな信念だけが、彼らを支える唯一の柱だったのだ。

 クレバスは剣を握ったまま微動だにしない。
 けれど彼の隻眼から一筋の涙が静かに流れ落ちるのを、私は見た。
 7年間の重みが、たった一滴の雫に凝縮されているかのように。
 彼が殺してきた誇り。彼が背負ってきた罪。その全てが今、意味を失った。

「エリ……!」

 最初に動いたのはシオン。
 彼女の剣の切っ先が、憎悪に震えながらエリへと向けられる。

「どうして……! なぜこんなことを! 義父たちの死を……私たちの覚悟を……弄んで!」

 彼女の悲痛な叫びに、エリは心底愉快そうに唇の端を吊り上げる。

「弄ぶ? 人聞きの悪いことを言うな、シオン・エイエス。私はお前たちに『機会』を与えただけだ。マーインへの復讐の機会を。圧政から解放される機会を。そして……平和になる機会をな」

「ふざけるな! お前の嘘のせいで、私たちは……!」

「嘘? フフフ……偽りの誓約をしたのはテオ・マーインが雇ったならず者の魔女ヴィルマよ。私はそれに目をつけただけだ。それに、もう嘘ではない」

 エリの声は氷のように冷たく、静まり返った戦場に響き渡る。

「お前たちの7年間は無意味でも無駄でもない。……むしろ感謝したいくらいだ。お前たちが『呪いは実在する』と信じ、怯え、祈り、そして罪を犯し続けたおかげで……魔女ヴィルマの遺した偽りの誓約は、本物の『真実』となったのだからな」

 エリがそう言った瞬間。
 ヴィレッタの光によって浄化されたはずの盛り土の中心が、不吉な紫黒の光を放ち始めた。
 ビリビリと空気が震え、地面が低く呻く。
 土くれがひとりでに盛り上がり、中から禍々しい魔力を放つ一枚の羊皮紙が、ゆっくりと姿を現す。
 古びた羊皮紙の上には、おぞましいことに小さな子供のものと分かる、ミイラ化した右手が黒々とこびりついていた。

 あれが、マーインの息子に乱暴されたレックの娘が産んだ命の成れの果て。
 7年前なのに……母子ともども名前も分からない、けれどもこの世に確かに存在した命に、私は言いようのない虚無感に襲われていく。

 仲間たちも、この街の引き起こした悲劇に全員が絶句と悲痛の表情を浮かべている。
 
 それでも私は、自分ができることをするために心を奮い立たせる。

「いけない! 土地そのものが呪いの器になってる! もう街ごと吹き飛ばせるくらいの魔力が溜まってる!」

 私の絶叫が木霊する。
 7年間、この街の民が抱き続けた恐怖と罪悪感。それが呪いの養分となり、偽りの誓約書を本物の破滅装置へと変貌させていたのだ。
 言葉は言霊。彼らの信じた嘘が最悪の形で現実になったのだ。
 人間の器でできる、最悪の呪いシステムで。

 クレバスが、シオンが、衛兵たちが、息を呑んで浮かび上がる呪いの誓約書を見つめている。
 自らが育て上げた、破滅の果実を。

 エリは満足げに羊皮紙を見下ろすと、再び私たちとクレバスたちに向き直った。
 彼女の顔は絶対的な支配者の笑みが浮かんでいる。

「私が少し魔力を干渉させれば、この赤子の右手は塵となり、誓約は成就する。この街も、お前たちも、そこにいるローゼマリー一行も、全て砂に還るだろう」

 エリはゆっくりと、慈しむように羊皮紙へと手を伸ばす。
 彼女の魔力が触れれば、全てが終わる。
 クレバスたちが7年間守り続けた街が、彼ら自身の恐怖によって滅びるのだ。

「――さて」

 エリは冷酷でいて甘美に浸る声色で告げてくる。

「お前たちが従うのは、どっちだ? 私の言葉を信じ、私に跪いて、この偽りの平和を続けさせろと乞うか。それとも……そこにいる元ベルガーの姫君、ローゼマリー・ベルガーに全てを託し、この街もろとも誇り高く滅びるか。……選べ」

 絶望が支配する静寂。
 風の音すら聞こえない。誰もがエリの突きつけた残酷な天秤の前で、魂の重さを計られているかのように。
 衛兵たちの何人かが崩れ落ち、乾いた砂に膝をこすりつける。
 シオンの噛み締める唇から血が滲んでいた。

 そんな絶望に染まった沈黙を破ったのは、低く、押し殺したような笑い声。

「クックック……ハハハハハ!」

 クレバスだった。
 彼は天を仰ぎ、声を上げて笑っていた。
 狂気の笑いではなく、あまりにも長く続いた悪夢からようやく覚めた者の、乾いた解放の笑い声だ。
 彼の隻眼から流れ落ちた涙の跡は、とうに乾いている。

「どちらも選ばん」

 クレバスはゆっくりと顔を上げ、ただ一つの瞳でエリと呪いの誓約書を真っ直ぐに射抜く。
 もはや彼に絶望の色はない。あるのは7年間殺し続けてきた、燃えるような決意の光だけだ。

「俺たちの罪は、お前の玩具になることでも、見ず知らずの連中に押し付けることでもない。俺たちが始めたこの間違いは、俺たちの手で終わらせる」

 彼は剣を握り直す。向けられた視線はエリでも、私たちでもない。
 不吉な光を放ち続ける、元凶――赤子の右手がこびりついた羊皮紙に。

「エリ……お前の言う通りだ。俺たちはお前の掌で踊っていただけなのかもしれん。だが、今日までだ。俺たちは最後まで、俺たちの罪を背負い続ける」

「クレバス……!」

 シオンが息を呑む。
 クレバスは彼女に一度だけ視線を送ると、フッと微笑んだ。

「シオンさん、あんたは生きろ。アルベルト様はあんたにそう言ったんだろう」

 そう言うと、彼は地を蹴った。
 残った衛兵たちもまた、絶望の淵から顔を上げ、クレバスの後に続かんと武器を構える。
 彼らが選んだのは服従でも滅びでもない。
 自らの罪の象徴を、身命賭して護るという壮絶な贖罪。

「やってみろエリ! たとえ呪いの紙切れだろうと、それが今のこの街の命綱だ! 俺の命に代えても守り抜く!」

「ならば死ね。全員、この土地ごと死ぬがいい!」

 エリの指先が、彼らに向けられた。
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