【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ

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第1章 復讐の魔女

第1話 旅立ち

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 トコトコと揺れる鍋を竈から下ろし、食卓へ。
 味見したシチューの出来は我ながら満足なものだ。

「お祖母ちゃん、朝食の準備できたよ~」

 書庫にいる祖母に呼びかけると、すぐに返事が返ってきた。
 扉を開けると書棚の前に佇む祖母の姿があった。

 私の声に反応して振り返った祖母の表情には、深い皺が刻まれている。
 でも若い頃はさぞかし美人だったんだろう。
 そう思わせる気品が漂っていた。

「ローゼ、先に食べてていいよ。私はもうちょい本を読んでるさね」

「何言ってるの? 食べ終わったら私は旅に出るんだから最後ぐらい一緒に食べるの」

「ああ、そうだったね。しゃあない、不出来な弟子の見送りぐらいしてやらないとね」

「もう、最後ぐらい褒めてくれたって良いじゃない。魔女ディルの最高の愛弟子なんだから」

 この世界は魔法と呼ばれる超常的な力を操れる者がいる。
 その者たちを人々は魔女と呼ぶ。
 時に尊敬され、あるいは畏怖され、恐怖される存在だ。

 そして私はとある事情により、5歳の時に魔女ディルに預けられ10年の歳月を共に過ごした。
 彼女のもとで学び、彼女と共に暮らしてきた私の実力は確かなものになった。

 幼き幼女だった私は15歳の少女へ成長した。
 金髪ショートヘアに碧眼の、自分で言うのもあれだけど結構な美少女になったのだ。
 旅に出ても問題ないと太鼓判を押してもらった。

 もっとも祖母は最初から10年だけ面倒見るからね、その後は好き勝手生きなと言っていたのだが。

 だから今日、私は師匠であり祖母と慕う魔女ディルのもとを離れ、新たな土地へと旅立つのだ。
 私がテーブルに着くと、祖母が向かい側の椅子に腰掛ける。

「何処へ向かうか決めたのかね?」

「一応ね。王都ベルンに行って目的果たしたら気ままに旅するつもり。母の生まれ故郷であるファインダ王国にも行ってみたいしね」

「そうかい。女の1人旅は危険がいっぱいじゃが、お前さんなら大丈夫じゃろ」

 盗賊に、魔獣に、民衆の反乱に、貴族の謀反に、国家間での戦争。
 ベルガー王国に限らず、この大陸にある7つの王国は全て何かしらの問題を抱えている。

 大陸暦と呼ばれる今の暦は1117年。
 今から1117年前に七英雄と呼ばれる人たちがいた。
 彼らは異界である魔界より現れ、大陸を支配していた魔王を倒し、世界に平和をもたらしたという御伽噺がある。

 それから現在まで、いくつもの国が興亡を繰り返してきた。
 そんな戦乱の火種が、今の時代に再び燻り始めているという噂もある。

「お祖母ちゃんはこれからどうするの?」

 人里離れた森の奥でひっそり暮らしている祖母が、これから先どうするつもりなのか少し気になった。

「私も旅に出るよ。あんたがいなくなれば、ここも用済みさね」

「いい歳なんだから、無茶しない方がいいと思うんだけど……」

 私は呆れた顔を浮かべながら言う。

 祖母の年齢は不明だ。
 はっきりしてるのは10年前、私が5歳の時に初めて見た祖母の顔と、今現在の顔に違いがないってことぐらい。
 外見年齢は70代にしか見えない。

 最初の修行前の、祖母の開口一番が『10年面倒見てやる』だったのを今でも覚えてる。

 私はその返しに、スカートの裾を両手で摘み上げながら、こう言った。

「10年の間に寿命で貴女が亡くならないか心配ですわ」

 すると思い切り風魔法を全身に当てられ、木に背中をぶつけたものだ。
 それ以来、この人は怒らせないようにしようと心に誓った。

「人の心配より自分の心配をするんじゃな。ローゼよ、お前さん両親の復讐をするんじゃろ?」

「そりゃあ、その目的で辛い修行の日々を送ったんだし」

 魔獣だらけの場所に放置されたこともある。
 パイが焼けたからお食べと言われ、喜んで窯から取り出し頬張ったら毒入りだったこともある。

 よく死ななかったもんだよ私。
 そんな厳しい修行を乗り越えて今の私があるのだ。

 私の目的……それは両親を殺した者への復讐と仇を討つこと。

「最後に確認するけど、お祖母ちゃんは私の両親を殺した黒髪の女の人で、漆黒の剣の持ち主に心当たりはないの? 母がどうして魔女ディルに頼れと言ったのかの理由もまだ聞いてないし」

「王国の事情なんか儂が知るかね。黒髪の女なんぞ東の国では珍しくないからの」

「両親が殺された時、その場所の音が外に漏れてなかったし、多分あれは魔法によるものだと思うんだけど」

 両親が殺されたあの日、私はまだ幼い子供だった。
 それでも鮮明に覚えている。
 王宮の王と王妃と王女が眠る寝室に忍び込んだ黒髪の女。
 たまたま私がトイレに起きて、アデルに連れられた時の凶行。

「狙いが両親であって、私も対象だったのかも分からないし」

 母の転移魔法でスノッサの森に飛ばされ、ディルに救われなかったら、私も両親と一緒に死んでいたのだろうか。

「ホッホッホ、お前さんも既に公的には死んだ身よ。復讐相手が血眼になってお前さんを探してたとしたら、とっくに刺客が送られてきててもおかしくないわい。そんな心配は無駄じゃろうて」

 たしかに魔女ディルの所では、ディル以外の人間から命の危険を感じたことはない。
 ……まあ他の人間なんて実力不足なのに森に入ってきて魔獣に襲われているのを、何度か助けてあげたことぐらいしか関わってないけど。

「国ではお祖母ちゃんの改竄魔法で、両親は暗殺じゃなくて私も含めて病死したことにされてるんだっけ。……犯人はそれをどう思ってるんだか」

「ホッホッホ、儂の改竄魔法は完璧じゃよ。国中の魔女を総動員しても見破ることなどできやしないさね」

 この会話から察するに、お祖母ちゃんは自身の力に相当自信を持ってるようだ。
 10年も一緒に暮らしたけど未だに底が知れない。
 ……本当に謎が多い人だ。

「じゃから、お前さんの復讐の旅に王女という身分は使えん。起こった事実すら他人は理解しておらん。そんな状況で、お前さんの復讐の旅が成功するか見ものじゃわい。ホッホッホ、せいぜい頑張りなされ」

 人の心配より自分の心配をしろと言いたいぞ。
 復讐は1人でやると決めてるから心は揺らがない。
 両親の無念を晴らすためなら、どんなことでもするつもりだし命も惜しくない。

 絶対にあいつを許さない。
 私の目の前で、父と母を殺した黒髪の女を倒すまで私は死ねない。

 だから私は王都ベルンを目指すのだ。
 復讐を果たすために、両親の仇を討つために。

 朝食を終え荷造りを終えると旅支度が完了した。
 白いブラウスに紺のスカート。どっちも魔法服。手には白銀の杖を持つ。

 最後に祖母の書庫をぐるりと見渡す。
 もう来ることはないであろうこの場所を目に焼き付けた。
 10年暮らした我が家ともこれでお別れだ。

 部屋を出ようとしたその時、後ろから祖母に呼び止められる。
 振り向くと、いつものしわがれた声ではなく、少し重々しい声色で私に語りかけてきたのだ。
 その声音から私はいつもと違う雰囲気を感じ取り、これから語られる内容を察したのである。

 きっと……別れの言葉を言うつもりなんだ……と。

「ローゼ、王都へ行っても儂の教えを忘れるんじゃないよ」

 祖母は私に歩み寄りながら、諭すように言った。
 その声には普段聞くことのない温かみが感じられた。

 私は深く息を吸い、祖母と同じ碧眼の瞳を見つめ返して、はっきりと答えた。

「うん! お祖母ちゃんの教え……決して忘れないから!」

 私の声には初めて出会った時のような、いやそれ以上の決意が込められていた。

「ま、精々足掻くんじゃな。つまらんつまらん。儂は我儘姫が王女の身分を戻せと言ってくるのを、今か今かとずっと待っておったのに、ついぞその願いは叶わんかったわい。全く持ってつまらん」

 私はこの10年、師匠である祖母に魔法だけでなく、武芸や王族としての礼儀作法を厳しく叩き込まれてきた。
 だから復讐の旅に出る前に、何か一言でも労いの言葉を掛けてくれるのかと期待したのだが……
 返ってきた返答は、なんとも肩透かしなものであった。

「あはは……私は後悔してないよ。あのままだったら両親殺しはアデルの犯行、私も行方不明扱いで捜索されて、魔女の修行もできなくなってたかもだし」

 私は苦笑いしながら答えた。

「ふん! まあいいわい。儂は10年お前さんに付き合うた。その代償をこれから貰うだけじゃから」

 祖母は意地悪く笑うと、私に一冊の本を手渡してきた。

「なにこれ? 白紙じゃない」

 凄い魔法書かと期待したのに、渡された本は表紙にタイトルすら書かれていない謎の書物だ。
 魔女ディルが書いた研究成果を記したものでもなければ魔法書でもない。
 何も書いてない白紙の本である。
 これを私に渡して、どうするつもりなのか理解に苦しむ。

「ローゼよ。その本に日記を記しな」

 この白紙の本に私がこれからどんなことを経験し、何を思い、どう行動するか記録しろと言いたいのだろうか。
 見返して見つめ直すことで、何かが見えてくるのかもしれない。
 祖母の言う通り、この日記に私のこれからを記していこう。

「うん、わかった。この日記に私が経験したこと、思ったこと、感じたことを記録すれば良いんだね」

 私は祖母から白紙の本を受け取ると、荷物に入れた。
 これで準備は整ったようだ。
 もうそろそろ行かなければ、村へ辿り着くのに日が暮れてしまうだろう。

 私は最後にもう一度だけ、感謝の気持ちを込めてこう言うのだ。

「我が師にして祖母にも等しき魔女ディルよ。10年という長い間、本当にお世話になりました。これから私は旅立ちますが、ディルのことは生涯忘れません」

 頭を深く下げ感謝と別れの言葉を述べた後、最後に祖母の顔を見て笑顔でこう言うのだ。

「また必ず会えると信じてるから、寿命でぽっくり逝かないでよ。じゃ、行ってきます!」

「何を抜かすか。くだらないことをほざいておらんで、とっとと行くがいい。結婚式には顔を出してやるわい」

「ちょっ! いきなり何を別れのセリフで口にしてるんだあああああああああ!」

 振り返ると、祖母は今まで見たことがないような優しい笑みを浮かべていた。

「もう! 行ってきます!」

「ああ、行っておいで」

 私はもう振り返らず、前だけを向いてスノッサの森から旅立つのだった。
 胸に秘めた復讐心と、未知の世界への期待が入り混じる。
 まず何をすべきか、頭の中で計画を整理する。
 情報収集、そして手がかりを探す。
 一歩一歩、確実に目標に近づいていこう。

 魔女ディルに10年師事し、そこで魔法や武芸だけでなく多くを学んだ。
 その経験が私を必ずや復讐へと導いてくれると信じて。
 10年間過ごした思い出に少し浸りながら、スノッサの森を歩き出した。

 ***

 ……ローゼの消えゆく後ろ姿を眺め終えると、ディルはボソリと呟く。

「やれやれ、きちんと日記を付けるんじゃぞ。死んだ時に回収して読むのが楽しみじゃわい。ホッホッホ」

 スノッサの森の奥深くにあった、魔女ディルの家は消えた。
 長年にわたり魔女ディルに怯えていた森に棲まう魔獣は、突然消えた強大な魔力に戸惑いを隠せなかった。
 新緑の木々の揺らめきだけが、彼女の痕跡を物語っていた。

 ***

 ベルガー王国は大陸西部に版図をもつ大国である。
 国土の半分を山岳地帯が占める国だ。
 国の中央部にはなだらかな平野があり、そこを王都ベルンが統治している。
 王都を中心として放射線状に街や村は点在している。
 王都から東西南北に広がる領土は、基本的に四方を山や森で覆われている。
 自然の恵みを受ける一方で山や森は魔獣の住処にもなっており、人々の生活を脅かす要因にもなっている。

 王都には国を統治する王の居城が存在する。
 現在この国の政治を取り仕切るのは、宰相テスタ・シャイニング。
 彼は王の代理人として国政を担っている。

 テスタ宰相の評判はすこぶる悪い。
 10年前まで国政を担っていたカエサル王と宰相フリッツ・レスティアの、身分にとらわれない人材起用と公正な政治手腕とは打って変わり、平民に圧政を強いる悪政を行っている。
 例えば、重税の徴収や貴族への特権付与などだ。

 これにより王国の領内には暗い雰囲気が漂い、民衆の生活は困窮していった。
 魔獣や魔物の増加も民たちの生活を脅かし、盗賊も横行する。
 これが今のベルガー王国の現状だ。

 現王は先王カエサルの実弟であるサリウス・ベルガー。
 だがテスタ宰相のお飾りであり、実権はなく表舞台に出てくることもない。

 そんな情勢の中、スノッサの森の奥深くの魔女の家から1人の少女が旅立った。
 金色の髪と青い瞳をもつこの少女の名はローゼ。
 15歳になったばかりの彼女は、今日まで祖母に等しき魔女ディルから魔法を学んできた。

 これからどのような冒険が待っているかなど知る由もないローゼは、ただ前だけを向いて歩き続けるのだった。
 
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