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第3章 公爵令嬢の選択
第1話 ヴィレッタ・レスティア
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王都ベルンにある王立学校の夏季休暇が終わり、レスティア公爵家の令嬢ヴィレッタ・レスティアも、領地から王都へと戻ろうとしていた。
15歳になったばかりだが、自身の髪色と同じ濃い青色のドレスを身にまとい、凛とした気品溢れる佇まいで馬車に揺られながら座っていた。
御者をするのはメイドのエマ・グレイフォード。
エマは家事全般に精通し、胆力に武勇もあり、ヴィレッタのお世話係兼護衛役として普段から傍にいる女性だ。
年齢は今年で23歳、ヴィレッタに仕えて5年目になる。
ストロベリーブロンドのウェーブショートヘア、髪に白いカチューシャ、衣服は黒を基調としたメイド服の格好をしている。
人口20万を超える王都ベルンの街並みは、活気に溢れている一方で、生活の不安に怯えている人々が道すがら見られた。
「ヴィレッタ様、あまりお覗きになられませんよう」
馬車の窓から街並みを眺めていたヴィレッタに、エマは注意を呼びかけた。
「良いのです。この目で見ておきたいから」
馬車を見上げる人々の中には、汚れ破れた服に身を包んでいる人も存在した。
やがて馬車は大衆通りから貴族街へと入っていく。
すると、活気がなくなった代わりに、うす汚い雰囲気も消えた。
レスティア公爵邸に到着すると、玄関の前で1人の青年が待ち構えており、馬車を視認するや右手を恭しく胸に添えて礼をしてきた。
王国軍近衛隊長のラシル・ブリュンヒルドであった。
年齢は20歳の爽やかなスマイルが特徴の金髪美青年である。
王族であり、世が世ならローゼマリー王女と結婚し、王になっていたかもしれない男であった。
なぜここへ? と疑念に思いながらもヴィレッタは馬車から降りて、ドレスの両裾を摘み頭を下げた。
「これはラシル殿下。わざわざ屋敷までお出迎えいただき、ありがとうございます」
ヴィレッタの言葉のあと、エマも続けて頭を下げた。
「懐かしいね。ヴィレッタちゃん。いや、ヴィレッタ・レスティア公爵令嬢。何年振りかな?」
「お話するのは、ローゼマリー姫殿下が、5歳の誕生日を迎えた日が最後かと記憶しております」
「となると10年も前か。あはは、僕は君たち3人のやんちゃなお姫様たちに、よく敵認定されてたっけ。いやあ懐かしい思い出だよ」
共通の過去を語るのは、何かしらの策があるからだとヴィレッタは警戒していた。
目に映るのは王国軍近衛隊長に相応しい、黒の鎧に黒いマントを羽織るラシルの姿。
ラシルの態度は、表面上は友好的だが、その目には冷たい打算が宿っている。
ヴィレッタはその二面性に警戒心を抱いた。
ラシル殿下は外見は美青年の優男で、性格は柔和で人当たりが良く好青年な振る舞いと評判である。
しかしそれは表の顔であり、本性は腹黒なのを幼き頃からの経験でヴィレッタは知っている。
「立ち話も何ですので、屋敷へどうぞお入りくださいませ」
「いや、ここでいい」
「はあ……」
コホンと咳払いして、ラシルは口を開いた。
「サリウス陛下に、君を側室に迎えるよう進言した。恨むなら僕を恨んでくれても構わない。……おや? もっと顔面蒼白になって、睨まれるかと思ったけど落ち着いているね。知ってた? いや、でもついさっきだしなあ」
「……公爵家の、それも現在は王都で役職のない我がレスティア家です。そのような好条件を具申して頂き、私が断る理由はありません。むしろ感謝するべきでございましょう」
ラシルは、わざと小馬鹿にするような言葉をヴィレッタに投げかけたが、彼女は感情を抑えた様子で返答したのであった。
「ヴィレッタ様! いかに王家の意向であろうと、このような礼儀作法も知らぬ告げ方に、私は納得できません!」
憤るエマを制し、ヴィレッタは再びラシルに対して顔を上げた。
「正式発表はいつでございしょう?」
「明日王宮に挨拶に来るでしょ? その時に、かな?」
「疑問形では困ります。王立学校は辞めたほうがよろしいのでしょうか?」
「あはは、待った待った。まだそういう打ち合わせは何もしてないから。学校は当面通っていて大丈夫だから、卒業後に側室になる手筈でどうだい?」
「承知しました。2年と半年の間で、なんとかするということですね」
『なんとかする』に、含みを込めて呟くヴィレッタに、ラシルは苦笑した。
「じゃあ、そういうことで。明日はよろしくね。……そうそう、ついでにもう一つ、最近王都で噂になっている話を教えておこうかな」
「……拝聞いたします」
ヴィレッタはラシルの話に耳を傾けた。
「10年前の先王陛下と先王妃は、実は病死ではなく殺されたと巷で噂になっている。……僕もこの噂は信じている1人だ」
ヴィレッタの体がビクッと動いたが、ラシルはその反応には気づかない振りをした。
「けれど、ローゼマリー姫殿下は殺されたとは噂になってない。……これはどういうことだろうね?」
そう言い残しラシルは去っていった。
全身の力が抜けるのをヴィレッタは感じ、慌ててエマがその体を支えていく。
「ヴィレッタ様!」
「今日は疲れました。教会には明日の王城への帰りに寄りましょう」
「ご無理をなさらぬよう。どうか御自愛を」
「ええ……わかってます」
ヴィレッタは、王の側室となるなんてどうでもいいことだった。
でも……10年前に喪った生涯の主と決めていた人物の情報に、心が揺らがぬわけがなかった。
***
翌日、ヴィレッタは王宮にてサリウス王の側室になると正式に発表された。
サリウス王の正妃であった、テスタ宰相の長女ブランカが病死してから1年の月日が流れている。
世継ぎもいないために、妥当との声が重臣たちから上がった。
宰相派閥の貴族たちも、側室なら問題ないと鼻で笑っている。
ヴィレッタ・レスティア公爵令嬢を、王立学校卒業の2年と半年のその日まで、王の婚約者として接するようにと貴族たちや民衆に通達された。
その日の午後、王都にある女神フェロニアを祀る教会に来訪したヴィレッタは祈りを捧げていた。
「熱心に祈られているようですが、何か悩み事でも?」
女神フェロニアに仕える、若いオレンジ髪のシスターがヴィレッタに声をかけた。
「いえ……ただ大陸が平和で、生きとし生けるものが等しく幸せでありますようにと、祈っておりました」
ヴィレッタの返答にシスターは微笑みを返した。
「公爵令嬢のヴィレッタ様に、そのように祈って頂けて女神様も喜んでおります」
「ありがたきお言葉です」
シスターと微笑みを交わし、立ち上がったヴィレッタは教会から去ろうとしていた。
「見ない顔のシスターでございました。随分若く、手に剣ダコがあるようでした」
「エマ、人にはそれぞれ事情があります。詮索は失礼ですよ」
ヴィレッタに咎められ、エマは申し訳ございませんと頭を下げた。
2人の後ろ姿を眺めていたシスターの口元が歪む。
「キヒ♥」
教会の扉が開き、覆面を被った者が複数現れ、ヴィレッタとエマへ、白刃が襲う。
静寂で荘厳な教会の中に、狂気の渦が舞い上がろうとしていた。
15歳になったばかりだが、自身の髪色と同じ濃い青色のドレスを身にまとい、凛とした気品溢れる佇まいで馬車に揺られながら座っていた。
御者をするのはメイドのエマ・グレイフォード。
エマは家事全般に精通し、胆力に武勇もあり、ヴィレッタのお世話係兼護衛役として普段から傍にいる女性だ。
年齢は今年で23歳、ヴィレッタに仕えて5年目になる。
ストロベリーブロンドのウェーブショートヘア、髪に白いカチューシャ、衣服は黒を基調としたメイド服の格好をしている。
人口20万を超える王都ベルンの街並みは、活気に溢れている一方で、生活の不安に怯えている人々が道すがら見られた。
「ヴィレッタ様、あまりお覗きになられませんよう」
馬車の窓から街並みを眺めていたヴィレッタに、エマは注意を呼びかけた。
「良いのです。この目で見ておきたいから」
馬車を見上げる人々の中には、汚れ破れた服に身を包んでいる人も存在した。
やがて馬車は大衆通りから貴族街へと入っていく。
すると、活気がなくなった代わりに、うす汚い雰囲気も消えた。
レスティア公爵邸に到着すると、玄関の前で1人の青年が待ち構えており、馬車を視認するや右手を恭しく胸に添えて礼をしてきた。
王国軍近衛隊長のラシル・ブリュンヒルドであった。
年齢は20歳の爽やかなスマイルが特徴の金髪美青年である。
王族であり、世が世ならローゼマリー王女と結婚し、王になっていたかもしれない男であった。
なぜここへ? と疑念に思いながらもヴィレッタは馬車から降りて、ドレスの両裾を摘み頭を下げた。
「これはラシル殿下。わざわざ屋敷までお出迎えいただき、ありがとうございます」
ヴィレッタの言葉のあと、エマも続けて頭を下げた。
「懐かしいね。ヴィレッタちゃん。いや、ヴィレッタ・レスティア公爵令嬢。何年振りかな?」
「お話するのは、ローゼマリー姫殿下が、5歳の誕生日を迎えた日が最後かと記憶しております」
「となると10年も前か。あはは、僕は君たち3人のやんちゃなお姫様たちに、よく敵認定されてたっけ。いやあ懐かしい思い出だよ」
共通の過去を語るのは、何かしらの策があるからだとヴィレッタは警戒していた。
目に映るのは王国軍近衛隊長に相応しい、黒の鎧に黒いマントを羽織るラシルの姿。
ラシルの態度は、表面上は友好的だが、その目には冷たい打算が宿っている。
ヴィレッタはその二面性に警戒心を抱いた。
ラシル殿下は外見は美青年の優男で、性格は柔和で人当たりが良く好青年な振る舞いと評判である。
しかしそれは表の顔であり、本性は腹黒なのを幼き頃からの経験でヴィレッタは知っている。
「立ち話も何ですので、屋敷へどうぞお入りくださいませ」
「いや、ここでいい」
「はあ……」
コホンと咳払いして、ラシルは口を開いた。
「サリウス陛下に、君を側室に迎えるよう進言した。恨むなら僕を恨んでくれても構わない。……おや? もっと顔面蒼白になって、睨まれるかと思ったけど落ち着いているね。知ってた? いや、でもついさっきだしなあ」
「……公爵家の、それも現在は王都で役職のない我がレスティア家です。そのような好条件を具申して頂き、私が断る理由はありません。むしろ感謝するべきでございましょう」
ラシルは、わざと小馬鹿にするような言葉をヴィレッタに投げかけたが、彼女は感情を抑えた様子で返答したのであった。
「ヴィレッタ様! いかに王家の意向であろうと、このような礼儀作法も知らぬ告げ方に、私は納得できません!」
憤るエマを制し、ヴィレッタは再びラシルに対して顔を上げた。
「正式発表はいつでございしょう?」
「明日王宮に挨拶に来るでしょ? その時に、かな?」
「疑問形では困ります。王立学校は辞めたほうがよろしいのでしょうか?」
「あはは、待った待った。まだそういう打ち合わせは何もしてないから。学校は当面通っていて大丈夫だから、卒業後に側室になる手筈でどうだい?」
「承知しました。2年と半年の間で、なんとかするということですね」
『なんとかする』に、含みを込めて呟くヴィレッタに、ラシルは苦笑した。
「じゃあ、そういうことで。明日はよろしくね。……そうそう、ついでにもう一つ、最近王都で噂になっている話を教えておこうかな」
「……拝聞いたします」
ヴィレッタはラシルの話に耳を傾けた。
「10年前の先王陛下と先王妃は、実は病死ではなく殺されたと巷で噂になっている。……僕もこの噂は信じている1人だ」
ヴィレッタの体がビクッと動いたが、ラシルはその反応には気づかない振りをした。
「けれど、ローゼマリー姫殿下は殺されたとは噂になってない。……これはどういうことだろうね?」
そう言い残しラシルは去っていった。
全身の力が抜けるのをヴィレッタは感じ、慌ててエマがその体を支えていく。
「ヴィレッタ様!」
「今日は疲れました。教会には明日の王城への帰りに寄りましょう」
「ご無理をなさらぬよう。どうか御自愛を」
「ええ……わかってます」
ヴィレッタは、王の側室となるなんてどうでもいいことだった。
でも……10年前に喪った生涯の主と決めていた人物の情報に、心が揺らがぬわけがなかった。
***
翌日、ヴィレッタは王宮にてサリウス王の側室になると正式に発表された。
サリウス王の正妃であった、テスタ宰相の長女ブランカが病死してから1年の月日が流れている。
世継ぎもいないために、妥当との声が重臣たちから上がった。
宰相派閥の貴族たちも、側室なら問題ないと鼻で笑っている。
ヴィレッタ・レスティア公爵令嬢を、王立学校卒業の2年と半年のその日まで、王の婚約者として接するようにと貴族たちや民衆に通達された。
その日の午後、王都にある女神フェロニアを祀る教会に来訪したヴィレッタは祈りを捧げていた。
「熱心に祈られているようですが、何か悩み事でも?」
女神フェロニアに仕える、若いオレンジ髪のシスターがヴィレッタに声をかけた。
「いえ……ただ大陸が平和で、生きとし生けるものが等しく幸せでありますようにと、祈っておりました」
ヴィレッタの返答にシスターは微笑みを返した。
「公爵令嬢のヴィレッタ様に、そのように祈って頂けて女神様も喜んでおります」
「ありがたきお言葉です」
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「見ない顔のシスターでございました。随分若く、手に剣ダコがあるようでした」
「エマ、人にはそれぞれ事情があります。詮索は失礼ですよ」
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