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第3章 公爵令嬢の選択
第26話 形勢逆転
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ニクラス・レスターからの早馬が告げた内容はこうだった。
「へ、陛下がアデル・アーノルド邸におられ、アデルの捕縛に失敗しました! 陛下から、宰相とルインズベリー家は急ぎ出仕せよとのことでございます」
王命とあっては、宰相でも抗うわけにはいかないはずだが、その報告にテスタ宰相は怒りで身体を震わせた。
「おのれ! 余を裏切り、王側に漏らした奴がいるな! トールとは作戦の打ち合わせから実行まで、余とずっと一緒だった! ドリトル! 貴様が怪しいぞ!」
王の命を狙った罪によるアデルの捕縛は、テスタ宰相の命令で実行したことだ。
それを事前に知っていた者は限られている。
「まさか! 儂は夜中に叩き起こされ、兵を集めた身ですぞ! 疑うなんて、あまりにも酷なことを仰る」
ドリトルは怒りで顔を真っ赤にした。
「なら末端の兵か! 虱潰しにしてでも見つけ出せ!」
「宰相……今はそれよりも、急ぎ王宮に向かい、陛下への弁明をすべきでしょう」
トールの諫言に、テスタ宰相は屈辱感を味わう。
しかし、何としてもレスティア公爵令嬢と魔女ローゼなる存在を取り除かねばなるまいと、テスタは思考する。
サリウス王の王妃だった己の娘が病弱で、世継ぎも産まずに死別さえしていなければ、こんな展開にはならなかった。
一族から適齢期の女を養子にして王妃にする策は進行中であったが、気品も器量も並以下ばかりでイライラしていたところへの、ヴィレッタ・レスティア公爵令嬢を側室にするという王の発表。
側室という表現が、宰相である己を恐れている証拠と、聞いた当初は腹を抱えて笑ったテスタであったが、ポール・ルインズベリーからの一言で王の真意が読めた。
王は正妃を、いずれ時節を見計らって他国の姫か貴族の娘から迎え入れるつもりだと言っていたが、真実は違う。
レスティア公爵領を実効支配し、周辺諸侯も味方に引き入れ、サリウス王はローゼマリー王女に禅譲して自らは宰相として君臨するという腹づもりであるとポールは告げたのだ。
だからこそ、先手を打ってレスティア公爵令嬢を排除するように動いた。
おまけに、目障りだが始末するには民衆人気が高く、落ち度のないアデル・アーノルドを道連れにできる策をポールは用意していた。
だが、全てが裏目に出た。
まだ王に宰相である自分や宰相一派を粛清する力はないだろうが、後々に響くのは確実だ。
せめて、この魔女ローゼという王女らしき女を始末せねば、最悪の未来が待っているであろう。
己が失脚し、処刑される未来が。
弁明もクソもない。ただの冒険者に過ぎない。
この戦闘において、ヴィレッタ・レスティア公爵令嬢を護衛していた冒険者が1人、命を落とした。
ただそれだけの話だ。それで溜飲を下げてやろう。
「ぐぬぬ……ふう。レスティア家のヴィレッタよ! 此度の騒動、何か手違いだったようだ。すまぬ、許せよ。ドリトルよ! 兵を撤収の準備をせよ!」
突如テスタの声色が変わる。
兵たちは倒れた怪我人を回収しつつ、宰相の背後へと整列していった。
「此度の件、陛下には余すことなくお伝えします。ですが、こちらに負傷者もおりません。この件は、お互いなかったことに致しましょう」
ヴィレッタは怒りを堪えて、そう告げる。
宰相はその言葉を深刻に受け取った振りをしつつ、次の言葉を口にする。
「そこの魔女ローゼとやら。魔法の腕前見事であったぞ。先王の姫との噂があったが、いやはや噂とは真実を隠すための都合の良い口実とはよく言ったものだ。魔女ローゼは、ローゼマリー王女ではなく、冒険者に相違ないと確信したぞ」
テスタは口元に笑みを浮かべ、話を続ける。
その笑顔にトールは嫌な予感がした。
この笑い方をする時のテスタ宰相は、何か悪巧みをしている時だと知っていたから。
しかし、ここで口を挟むわけにも行かず黙って成り行きに任せた。
かの者たちならば大丈夫だろうと信じたのである。
「魔女ローゼよ! 余が召し抱えよう。出自が卑しかろうが、いくらでも働きで取り立ててやろうぞ。余の養女となって、王侯貴族に嫁ぐのも良かろう。何なら余の妾でもいいぞ! ふははは……」
ローゼは冷静に言葉を返す。
ここで感情的になれば、相手の思う壺であることを理解しているから。
それに、このテスタという男は自分の利益しか考えない人間なのだ。
「お断りします。私は冒険者として、自由に生きると決めておりますから」
その言葉を待っていたかのようにテスタはほくそ笑む。
「ならば此度の詫びとして、余の宝具を一品そなたへ贈ろう。こちらへ来て選ぶがいいぞ」
この流れで断れるはずもなく、ローゼはテスタの前まで足を進めた。
この男のことだ、ロクな物を渡すはずはないが……と警戒しつつ。
テスタの前まで来て馬上を見上げるローゼ。
次の瞬間。
「ドリトルよ! 斬り殺せ‼」
テスタが鋭く叫び、ドリトル将軍の剣が抜き放たれ、鋭い一閃がローゼを襲う。
その瞬間、ヴィレッタが叫ぶ!
言葉なのか判別できない悲痛な叫び。
宰相の命令に兵たちも動揺する。
ガキンと、金属音が響き渡った。
ローゼに動揺も困惑の表情もない。
ただ、こうなったかとの感想と、ドリトルの剣を受け止めたリョウへの感謝の想い。
「こ、小僧! おのれっ!」
「悪いが、この魔女ローゼは俺の仲間でね」
ドリトルの剣をリョウは弾いた。
「ぐぬぬぬ!」
テスタが舌打ちする声が響く。
リョウはドリトル将軍を牽制しつつ、ローゼと共にテスタに対峙する。
「宰相閣下。余興ですかな? 終わりでしたら、身につけている宝具全てを頂戴して帰りますが?」
ローゼはにっこりと微笑んだ。
「おのれ、コケにしおって!」
「閣下、ここは引いたほうが無難です。周りを見てくだされ」
トールに言われ、周囲を見渡したテスタとドリトルは絶句した。
近衛騎士団の精鋭たちが取り囲んでいたからだ。
先頭に立つ近衛隊長ラシル・ブリュンヒルドの声が響き渡る。
「陛下のおわす王都にて、私闘をしているとは何事だ! ドリトル将軍、テスタ宰相閣下! 陛下がお待ちである。速やかに王宮へ参られよ!」
「これはこれはラシル殿下。私闘はしておりませんぞ。ただの余興です。トール! ドリトル! 王宮へ急ぎ馳せ参じるぞ! ではレスティア公爵令嬢、この続きは王宮で……」
テスタは苦虫を噛み潰したような顔をして去った。
その背中にベレニスがあっかんべえをして、ローゼは溜飲を下げるのであった。
近衛兵が複数、緩やかな馬の速度でヴィレッタの側へとやってくる。
「災難だったね。ヴィレッタ嬢。まあこれで宰相もおいそれと貴女を殺せなくなったから良しとしよう。他の貴族たちも、同じく手出しできなくなっただろうね」
ラシルの言葉に、ヴィレッタはホッとした。
「駆けつけていただき感謝します。ラシル殿下」
「魔女ローゼたちも護衛として御苦労だったね。さて、また何かあれば遠慮なく頼ってくれたまえ」
ラシルは馬上からそう告げると、王宮へと去っていった。
忙しないがラシルの職務は王の護衛が最優先だ。
ここに現れること自体が特例なのだ。
ヴィレッタは、ラシルの後ろ姿に頭を下げるのであった。
「へ、陛下がアデル・アーノルド邸におられ、アデルの捕縛に失敗しました! 陛下から、宰相とルインズベリー家は急ぎ出仕せよとのことでございます」
王命とあっては、宰相でも抗うわけにはいかないはずだが、その報告にテスタ宰相は怒りで身体を震わせた。
「おのれ! 余を裏切り、王側に漏らした奴がいるな! トールとは作戦の打ち合わせから実行まで、余とずっと一緒だった! ドリトル! 貴様が怪しいぞ!」
王の命を狙った罪によるアデルの捕縛は、テスタ宰相の命令で実行したことだ。
それを事前に知っていた者は限られている。
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ドリトルは怒りで顔を真っ赤にした。
「なら末端の兵か! 虱潰しにしてでも見つけ出せ!」
「宰相……今はそれよりも、急ぎ王宮に向かい、陛下への弁明をすべきでしょう」
トールの諫言に、テスタ宰相は屈辱感を味わう。
しかし、何としてもレスティア公爵令嬢と魔女ローゼなる存在を取り除かねばなるまいと、テスタは思考する。
サリウス王の王妃だった己の娘が病弱で、世継ぎも産まずに死別さえしていなければ、こんな展開にはならなかった。
一族から適齢期の女を養子にして王妃にする策は進行中であったが、気品も器量も並以下ばかりでイライラしていたところへの、ヴィレッタ・レスティア公爵令嬢を側室にするという王の発表。
側室という表現が、宰相である己を恐れている証拠と、聞いた当初は腹を抱えて笑ったテスタであったが、ポール・ルインズベリーからの一言で王の真意が読めた。
王は正妃を、いずれ時節を見計らって他国の姫か貴族の娘から迎え入れるつもりだと言っていたが、真実は違う。
レスティア公爵領を実効支配し、周辺諸侯も味方に引き入れ、サリウス王はローゼマリー王女に禅譲して自らは宰相として君臨するという腹づもりであるとポールは告げたのだ。
だからこそ、先手を打ってレスティア公爵令嬢を排除するように動いた。
おまけに、目障りだが始末するには民衆人気が高く、落ち度のないアデル・アーノルドを道連れにできる策をポールは用意していた。
だが、全てが裏目に出た。
まだ王に宰相である自分や宰相一派を粛清する力はないだろうが、後々に響くのは確実だ。
せめて、この魔女ローゼという王女らしき女を始末せねば、最悪の未来が待っているであろう。
己が失脚し、処刑される未来が。
弁明もクソもない。ただの冒険者に過ぎない。
この戦闘において、ヴィレッタ・レスティア公爵令嬢を護衛していた冒険者が1人、命を落とした。
ただそれだけの話だ。それで溜飲を下げてやろう。
「ぐぬぬ……ふう。レスティア家のヴィレッタよ! 此度の騒動、何か手違いだったようだ。すまぬ、許せよ。ドリトルよ! 兵を撤収の準備をせよ!」
突如テスタの声色が変わる。
兵たちは倒れた怪我人を回収しつつ、宰相の背後へと整列していった。
「此度の件、陛下には余すことなくお伝えします。ですが、こちらに負傷者もおりません。この件は、お互いなかったことに致しましょう」
ヴィレッタは怒りを堪えて、そう告げる。
宰相はその言葉を深刻に受け取った振りをしつつ、次の言葉を口にする。
「そこの魔女ローゼとやら。魔法の腕前見事であったぞ。先王の姫との噂があったが、いやはや噂とは真実を隠すための都合の良い口実とはよく言ったものだ。魔女ローゼは、ローゼマリー王女ではなく、冒険者に相違ないと確信したぞ」
テスタは口元に笑みを浮かべ、話を続ける。
その笑顔にトールは嫌な予感がした。
この笑い方をする時のテスタ宰相は、何か悪巧みをしている時だと知っていたから。
しかし、ここで口を挟むわけにも行かず黙って成り行きに任せた。
かの者たちならば大丈夫だろうと信じたのである。
「魔女ローゼよ! 余が召し抱えよう。出自が卑しかろうが、いくらでも働きで取り立ててやろうぞ。余の養女となって、王侯貴族に嫁ぐのも良かろう。何なら余の妾でもいいぞ! ふははは……」
ローゼは冷静に言葉を返す。
ここで感情的になれば、相手の思う壺であることを理解しているから。
それに、このテスタという男は自分の利益しか考えない人間なのだ。
「お断りします。私は冒険者として、自由に生きると決めておりますから」
その言葉を待っていたかのようにテスタはほくそ笑む。
「ならば此度の詫びとして、余の宝具を一品そなたへ贈ろう。こちらへ来て選ぶがいいぞ」
この流れで断れるはずもなく、ローゼはテスタの前まで足を進めた。
この男のことだ、ロクな物を渡すはずはないが……と警戒しつつ。
テスタの前まで来て馬上を見上げるローゼ。
次の瞬間。
「ドリトルよ! 斬り殺せ‼」
テスタが鋭く叫び、ドリトル将軍の剣が抜き放たれ、鋭い一閃がローゼを襲う。
その瞬間、ヴィレッタが叫ぶ!
言葉なのか判別できない悲痛な叫び。
宰相の命令に兵たちも動揺する。
ガキンと、金属音が響き渡った。
ローゼに動揺も困惑の表情もない。
ただ、こうなったかとの感想と、ドリトルの剣を受け止めたリョウへの感謝の想い。
「こ、小僧! おのれっ!」
「悪いが、この魔女ローゼは俺の仲間でね」
ドリトルの剣をリョウは弾いた。
「ぐぬぬぬ!」
テスタが舌打ちする声が響く。
リョウはドリトル将軍を牽制しつつ、ローゼと共にテスタに対峙する。
「宰相閣下。余興ですかな? 終わりでしたら、身につけている宝具全てを頂戴して帰りますが?」
ローゼはにっこりと微笑んだ。
「おのれ、コケにしおって!」
「閣下、ここは引いたほうが無難です。周りを見てくだされ」
トールに言われ、周囲を見渡したテスタとドリトルは絶句した。
近衛騎士団の精鋭たちが取り囲んでいたからだ。
先頭に立つ近衛隊長ラシル・ブリュンヒルドの声が響き渡る。
「陛下のおわす王都にて、私闘をしているとは何事だ! ドリトル将軍、テスタ宰相閣下! 陛下がお待ちである。速やかに王宮へ参られよ!」
「これはこれはラシル殿下。私闘はしておりませんぞ。ただの余興です。トール! ドリトル! 王宮へ急ぎ馳せ参じるぞ! ではレスティア公爵令嬢、この続きは王宮で……」
テスタは苦虫を噛み潰したような顔をして去った。
その背中にベレニスがあっかんべえをして、ローゼは溜飲を下げるのであった。
近衛兵が複数、緩やかな馬の速度でヴィレッタの側へとやってくる。
「災難だったね。ヴィレッタ嬢。まあこれで宰相もおいそれと貴女を殺せなくなったから良しとしよう。他の貴族たちも、同じく手出しできなくなっただろうね」
ラシルの言葉に、ヴィレッタはホッとした。
「駆けつけていただき感謝します。ラシル殿下」
「魔女ローゼたちも護衛として御苦労だったね。さて、また何かあれば遠慮なく頼ってくれたまえ」
ラシルは馬上からそう告げると、王宮へと去っていった。
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