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第5章 籠の中の鳥
第21話 鍵はぬいぐるみ?
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「どうも……会話が少々、妙な方向に進んでいるように見受けられますが……ローゼ姫様、レオノール様?」
声の主はヴィレッタだった。
舞台の幕が上がるかのような絶妙なタイミングで、彼女は部屋の入口にすっと姿を現した。
その表情は、私たちのやり取りを聞いていたのか、少し呆れているようにも見える。
「わっ! ヴィレッタさん! 申し訳ありません、つい夢中になってしまってました。……ルリアさんとシャルロッテさんは、どうされましたか?」
レオノールが慌てて居住まいを正す。
「モリーナ寮長から、年末年始期間中の女子寮使用に関する手続きについて呼び止められました。シャルロッテが、ローゼ姫様とわたくしの分の手続きも代行してくれております」
「へぇ~、そんな手続きがあるんだ。寮に残る人もいるってことね」
「ところで、ローゼ姫様。せっかく2人きりになる機会を設けたというのに、謎解きにあまり集中されていなかった様子でございますね」
ヴィレッタの声音が、すっと冷たくなった。
まずい……これは、お説教モードに入る前の静けさだ。
勘弁してほしい!
「い、いえいえ、ヴィレッタさん! きちんと進展はありました! この、なんとも禍々しいオーラを放つぬいぐるみのモデルの男性……リョウさんと、ローゼ姉様が恋人同士であった! という、衝撃の事実を突き止めたところです!」
レオノールは、まるで大手柄を立てたかのように、胸を張って無邪気に言い放った。
こらー! レオノール! さっき自分で言っていたでしょうが! ヴィレッタが、その男……リョウに対して怒っていた、って!
なんでわざわざ地雷を踏みに行くんだ、この天然脳筋姫は!
……でも、もう遅い。ヴィレッタの鋭い視線が私に突き刺さる。
なにこれ? めっちゃ怖いんですけど。
「……それは、真実なのですか? ローゼ姫様?」
低い声。有無を言わさぬ圧力。まるで尋問官だ。
「え、えっと……た、多分、違うんじゃないかな? まだ、そういう特別な関係じゃ……なかった、ような……?」
「まだ……でございますか? では、その方は、いずれローゼ姫様の恋人になる、と?」
じりじりと詰め寄ってくるヴィレッタ。
もう、凄腕の拷問官にしか見えない。
こ、これ、正直に答えないと、後が怖いパターンだ!
「もし、仮に、そのような未来があり得るのでしたら、この殿方の戦闘能力以外のあらゆる無能さを、わたくしが責任を持って徹底的に矯正しなければなりません。……ああ、でも……なぜでしょう、もうすでに、何度も何度も矯正しようと苦慮していたような……そんな気も……?」
ヴィレッタは何かを思い出しかけたように眉間を寄せ、部屋の隅に置かれた例のぬいぐるみに視線を移した。
その瞳には怒りとも諦めともつかない、複雑な色が浮かんでいる。
「……この世界が偽りなのだとしても、これらのぬいぐるみのモデルとなった方々は、どこかに実在するはずです。ならば、その方々を実際に見つけ出す、というのも一つの手かもしれません」
ヴィレッタが、気を取り直すように冷静に提案する。
「おお! それはつまり、新たな冒険の始まりということですね! ワクワクしてまいりました! 失われた恋の記憶を頼りに、未知の大地へと旅立ち、そこで同じ記憶を持つ男性と運命の再会を果たし、紆余曲折を経て結ばれ、結婚へ……! なんと素晴らしい!」
レオノールは、ヴィレッタの言葉尻を捉えて、再び目を輝かせながら大興奮している。
「いやいやいや! どこにいるかもわからない人をどうやって探すの! それに、結婚とか飛躍しすぎだから!」
「そうでしょうか? これらのぬいぐるみが作られた場所、あるいは売られていた場所があるはずです。そこから手がかりを辿っていけば、何か分かるかもしれません」
なるほど……ヴィレッタの言う通りかもしれない。
このぬいぐるみ自体が、道標になる……?
でも、これらのぬいぐるみを集めてきたレオノールによれば、クラスメイトたちは誰も入手経路を覚えていなかった。
それどころか自分が持っていること自体、曖昧な認識だったという。
「つまり……今の私たちがいるこの『偽りの世界』では作られていないはずなのに、なぜか今、ここにこのぬいぐるみたちが存在している。……はっ⁉ 姉様、ヴィレッタさん! やはり、このぬいぐるみこそが、この状況を解き明かす『鍵』に違いありません!」
レオノールが、鼻息荒く断言する。
「鍵、か。……そうだね。少なくとも、全く別の世界に飛ばされたとか、完全に過去に戻ったとか、そういうわけじゃなさそう。このぬいぐるみたちが、元の世界から持ち込まれた……あるいは、この偽りの世界に『干渉』している証拠なのかも。これを手掛かりにすれば、状況を打破できる」
私はヴィレッタに向き直る。
彼女もまた何かを深く考えているようだったが、私の視線に気づいて口を開いた。
「そういえば、ローゼ姫様。もう一つ、不可解な点が……」
「もしかして、ルリアさんのこと?」
「はい。先ほど、寮生の入退寮記録を確認しようと寮長室へ伺ったのですが、帳簿そのものが紛失している、と判明し、モリーナ寮長も困惑しておられました。ただ、少しだけお話を伺うことはできました」
「えっ⁉ ルリアさんがどうかしたのですか⁉」
レオノールが心配そうに身を乗り出す。
「ルリアさんご自身に何かあったわけではありません。ですが、彼女の以前のルームメイトが約ひと月ほど前に突然退寮した事実がございました。わたくしが『では、その方はレオノール様と3人部屋だったのですか?』とお尋ねしたのですが、寮長はただ首を傾げるばかりで……」
「へえ? 私、そんな話は知りません」
レオノールは心底不思議そうにしている。
けれど、私は何となく察しがついた。
このズレこそが、世界の歪みを示している。
「レオノールは、今年の4月に入寮してからずっとルリアさんと2人部屋だった、ということになっているはず。でも、本当は違う。ヴィレッタ、その元ルームメイトの名前は聞いた?」
「はい。リリ・クラーク、と仰っていました。成績は常にトップクラスで、ルリアさんと同室だった間も、特に問題を起こすようなことはなかったそうです。ただ……もう1人、リリ・クラークには双子の妹がいて、ロロ・クラークというそうですが、その子も同時期に退寮しているようです」
「リリ・クラーク……ロロ・クラーク……ああ、あの双子! 知っています! お人形さんみたいに綺麗な子たちですよ! でも、すっごく無愛想で何度かパーティーでお見かけして話しかけたことがあるんですけど、まともに会話が成立した試しがないんです!」
レオノールが悔しそうに唇を尖らせる。
この国の王女である彼女を無視するなんて、よっぽど変わった姉妹だと想像できる。
「その双子、退寮した後はどうなったか、というのは?」
「学校を正式に辞めて、領地に戻られたそうです。……ただ、ソフィア様やベーベル様にも少し話を伺ったのですが、お2人が言うには、『寮で恐ろしい怪奇現象に遭遇して心神喪失状態になり、今は領地で療養中だ』という噂が流れている、とのことでした」
怪奇現象。その言葉に、レオノールが弾かれたように顔を上げた。
「あっ! それです! それです、姉様、ヴィレッタさん! 思い出しました! そもそも、私たちがこの女子寮に潜入したのは、その怪奇現象の謎を解明するためだったんです! そうに違いありません!」
レオノールが再び興奮し、1人で納得している。
うーん……目的はそれだったかもしれないが、状況はもっと複雑な気がする。
「いずれにせよ、ルリアさんと一度、改めてじっくりお話をする必要がありそうですね。あまり問い詰めるような形ではなく、それとなく……彼女が何か隠している、あるいは、彼女自身も気づいていない何かがあるのかもしれません」
ヴィレッタの冷静な提案に、私も頷いた。
そうだ、ルリアさんだ。彼女の存在が、妙に気になる。
この絡み合った謎を解きほぐす鍵は、もしかしたら彼女が握っているのかもしれない。
でも、どうやって話を切り出そう?
単純に「この世界、おかしいと思わない?」なんて聞けるわけがない。
彼女の事情も、元の世界とこの世界で何が変わってしまっているのかも、全くわからないのだから。
……待てよ。私が魔法を使えるということは、他にも使える人間がいてもおかしくない。
もしかしたら、この偽りの世界そのものが、誰かの強大な魔力によって維持されているとしたら……?
昔、禁断の森で読んだ古い魔導書に、そんな記述があった気がする。
制御を失い暴走した魔力が、現実を歪め、不可解な現象……あるいは、閉じた異空間を作り出してしまうことがある、と。
思い出せ、私……! もしそうだとしたら、この状況を解除するには、その暴走した魔力の源を突き止め、制御するか、あるいは破壊するしかないはずだ。
……そうか、『暴走』だ。
「ヴィレッタ、レオノール。ちょっと試してみたいことがあるんだけど……協力してくれる?」
私は2人に向き直り、意を決して告げた。
もし、私の推測が当たっていて、そして、私の試みが成功すれば御の字だ。
でも、もし失敗したら?
下手すれば、この偽りの世界そのものを不安定にして、もっと危険な状況を招くかもしれない。
あるいは……この世界での私は、『魔王』なんて呼ばれて、断罪されることになる可能性すらある。
一瞬、不安がよぎる。けれど、迷っている時間はない。
***
王立学校の荘厳な門の前。
リョウたちは、アレックスから得た許可証を手に、女子寮へとやって来ていた。
「やれやれ、結局来ちゃったわね、男子禁制の園に」
ベレニスが面白そうに周囲を見回す。
「ローゼ、喜ぶかなあ?」
クリスは暢気に呟く。
フィーリアは何度か訪れているため、勝手知ったる様子で門番の兵士に声をかけた。
休日にも関わらず、門には2人の女性兵士が立っている。
「ご苦労様っす。ちょっと、ローゼさんに会いに来たんすけど」
「フィーリア様ですね。どうぞ、こちらへ」
門番の1人がにこやかに応じ、フィーリアを寮の中へと案内し始める。
「ホッホッホ、なるほど、門番も女性兵士とは徹底しておるのう」
ガードン子爵が感心したように頷く。
その瞳は好奇心でキラキラと輝いているように見えた。
「じゃあ、まずは自分1人でローゼさんたちに接触して、事情を説明してくるっす。リョウ様、くれぐれも女生徒が出てきても、顔を合わせたりしないようにして、ここで大人しく待っているんすよ」
フィーリアは念を押すようにリョウに注意すると、案内役の門番兵と共に、重厚な扉の向こうへと消えていった。
残されたのは、リョウ、ベレニス、クリス、ガードン子爵、そしてもう1人の門番兵。
冬の午後の冷たい風が吹き抜け、木の葉がカサカサと音を立てる。
それ以外は、妙に静かだった。
「……それにしても、フィーリア遅いわね。ちょっと様子を見に行っただけでしょう?」
数分が経過し、ベレニスが痺れを切らしたように呟く。
「ローゼなら、リョウが来たって聞いたら、すぐに飛んで来そうなのに。なんか、静かすぎて不気味だね~」
クリスも、普段の暢気さはどこへやら、不安げに寮の建物を見上げている。
ベレニスがイライラと足踏みをし、クリスが心配そうに壁を見つめる中、残っていた門番兵も、さすがに不審に思ったようだ。
「……少々、様子がおかしいようです。中を確認してまいります。皆様は、ここで待機していてください」
そう言うと、門番兵は硬い表情で寮の中へと入っていった。
「気になるから、私も行くわ! クリスも行くわよ!」
「うん!」
「おい、ベレニス! クリス!」
リョウが制止する間もなく、ベレニスとクリスも門番兵の後を追って、扉の中へと駆け込んでしまった。
再び、静寂が訪れる。
門前に残されたのは、リョウとガードン子爵だけになった。
……5分が経過した。
しかし、寮の中から誰1人として戻ってくる気配はなかった。
物音一つ聞こえない。
寮全体が深い眠りに落ちてしまったかのように、不気味なほど静まり返り、ガードン子爵の口角が歪んだ。
声の主はヴィレッタだった。
舞台の幕が上がるかのような絶妙なタイミングで、彼女は部屋の入口にすっと姿を現した。
その表情は、私たちのやり取りを聞いていたのか、少し呆れているようにも見える。
「わっ! ヴィレッタさん! 申し訳ありません、つい夢中になってしまってました。……ルリアさんとシャルロッテさんは、どうされましたか?」
レオノールが慌てて居住まいを正す。
「モリーナ寮長から、年末年始期間中の女子寮使用に関する手続きについて呼び止められました。シャルロッテが、ローゼ姫様とわたくしの分の手続きも代行してくれております」
「へぇ~、そんな手続きがあるんだ。寮に残る人もいるってことね」
「ところで、ローゼ姫様。せっかく2人きりになる機会を設けたというのに、謎解きにあまり集中されていなかった様子でございますね」
ヴィレッタの声音が、すっと冷たくなった。
まずい……これは、お説教モードに入る前の静けさだ。
勘弁してほしい!
「い、いえいえ、ヴィレッタさん! きちんと進展はありました! この、なんとも禍々しいオーラを放つぬいぐるみのモデルの男性……リョウさんと、ローゼ姉様が恋人同士であった! という、衝撃の事実を突き止めたところです!」
レオノールは、まるで大手柄を立てたかのように、胸を張って無邪気に言い放った。
こらー! レオノール! さっき自分で言っていたでしょうが! ヴィレッタが、その男……リョウに対して怒っていた、って!
なんでわざわざ地雷を踏みに行くんだ、この天然脳筋姫は!
……でも、もう遅い。ヴィレッタの鋭い視線が私に突き刺さる。
なにこれ? めっちゃ怖いんですけど。
「……それは、真実なのですか? ローゼ姫様?」
低い声。有無を言わさぬ圧力。まるで尋問官だ。
「え、えっと……た、多分、違うんじゃないかな? まだ、そういう特別な関係じゃ……なかった、ような……?」
「まだ……でございますか? では、その方は、いずれローゼ姫様の恋人になる、と?」
じりじりと詰め寄ってくるヴィレッタ。
もう、凄腕の拷問官にしか見えない。
こ、これ、正直に答えないと、後が怖いパターンだ!
「もし、仮に、そのような未来があり得るのでしたら、この殿方の戦闘能力以外のあらゆる無能さを、わたくしが責任を持って徹底的に矯正しなければなりません。……ああ、でも……なぜでしょう、もうすでに、何度も何度も矯正しようと苦慮していたような……そんな気も……?」
ヴィレッタは何かを思い出しかけたように眉間を寄せ、部屋の隅に置かれた例のぬいぐるみに視線を移した。
その瞳には怒りとも諦めともつかない、複雑な色が浮かんでいる。
「……この世界が偽りなのだとしても、これらのぬいぐるみのモデルとなった方々は、どこかに実在するはずです。ならば、その方々を実際に見つけ出す、というのも一つの手かもしれません」
ヴィレッタが、気を取り直すように冷静に提案する。
「おお! それはつまり、新たな冒険の始まりということですね! ワクワクしてまいりました! 失われた恋の記憶を頼りに、未知の大地へと旅立ち、そこで同じ記憶を持つ男性と運命の再会を果たし、紆余曲折を経て結ばれ、結婚へ……! なんと素晴らしい!」
レオノールは、ヴィレッタの言葉尻を捉えて、再び目を輝かせながら大興奮している。
「いやいやいや! どこにいるかもわからない人をどうやって探すの! それに、結婚とか飛躍しすぎだから!」
「そうでしょうか? これらのぬいぐるみが作られた場所、あるいは売られていた場所があるはずです。そこから手がかりを辿っていけば、何か分かるかもしれません」
なるほど……ヴィレッタの言う通りかもしれない。
このぬいぐるみ自体が、道標になる……?
でも、これらのぬいぐるみを集めてきたレオノールによれば、クラスメイトたちは誰も入手経路を覚えていなかった。
それどころか自分が持っていること自体、曖昧な認識だったという。
「つまり……今の私たちがいるこの『偽りの世界』では作られていないはずなのに、なぜか今、ここにこのぬいぐるみたちが存在している。……はっ⁉ 姉様、ヴィレッタさん! やはり、このぬいぐるみこそが、この状況を解き明かす『鍵』に違いありません!」
レオノールが、鼻息荒く断言する。
「鍵、か。……そうだね。少なくとも、全く別の世界に飛ばされたとか、完全に過去に戻ったとか、そういうわけじゃなさそう。このぬいぐるみたちが、元の世界から持ち込まれた……あるいは、この偽りの世界に『干渉』している証拠なのかも。これを手掛かりにすれば、状況を打破できる」
私はヴィレッタに向き直る。
彼女もまた何かを深く考えているようだったが、私の視線に気づいて口を開いた。
「そういえば、ローゼ姫様。もう一つ、不可解な点が……」
「もしかして、ルリアさんのこと?」
「はい。先ほど、寮生の入退寮記録を確認しようと寮長室へ伺ったのですが、帳簿そのものが紛失している、と判明し、モリーナ寮長も困惑しておられました。ただ、少しだけお話を伺うことはできました」
「えっ⁉ ルリアさんがどうかしたのですか⁉」
レオノールが心配そうに身を乗り出す。
「ルリアさんご自身に何かあったわけではありません。ですが、彼女の以前のルームメイトが約ひと月ほど前に突然退寮した事実がございました。わたくしが『では、その方はレオノール様と3人部屋だったのですか?』とお尋ねしたのですが、寮長はただ首を傾げるばかりで……」
「へえ? 私、そんな話は知りません」
レオノールは心底不思議そうにしている。
けれど、私は何となく察しがついた。
このズレこそが、世界の歪みを示している。
「レオノールは、今年の4月に入寮してからずっとルリアさんと2人部屋だった、ということになっているはず。でも、本当は違う。ヴィレッタ、その元ルームメイトの名前は聞いた?」
「はい。リリ・クラーク、と仰っていました。成績は常にトップクラスで、ルリアさんと同室だった間も、特に問題を起こすようなことはなかったそうです。ただ……もう1人、リリ・クラークには双子の妹がいて、ロロ・クラークというそうですが、その子も同時期に退寮しているようです」
「リリ・クラーク……ロロ・クラーク……ああ、あの双子! 知っています! お人形さんみたいに綺麗な子たちですよ! でも、すっごく無愛想で何度かパーティーでお見かけして話しかけたことがあるんですけど、まともに会話が成立した試しがないんです!」
レオノールが悔しそうに唇を尖らせる。
この国の王女である彼女を無視するなんて、よっぽど変わった姉妹だと想像できる。
「その双子、退寮した後はどうなったか、というのは?」
「学校を正式に辞めて、領地に戻られたそうです。……ただ、ソフィア様やベーベル様にも少し話を伺ったのですが、お2人が言うには、『寮で恐ろしい怪奇現象に遭遇して心神喪失状態になり、今は領地で療養中だ』という噂が流れている、とのことでした」
怪奇現象。その言葉に、レオノールが弾かれたように顔を上げた。
「あっ! それです! それです、姉様、ヴィレッタさん! 思い出しました! そもそも、私たちがこの女子寮に潜入したのは、その怪奇現象の謎を解明するためだったんです! そうに違いありません!」
レオノールが再び興奮し、1人で納得している。
うーん……目的はそれだったかもしれないが、状況はもっと複雑な気がする。
「いずれにせよ、ルリアさんと一度、改めてじっくりお話をする必要がありそうですね。あまり問い詰めるような形ではなく、それとなく……彼女が何か隠している、あるいは、彼女自身も気づいていない何かがあるのかもしれません」
ヴィレッタの冷静な提案に、私も頷いた。
そうだ、ルリアさんだ。彼女の存在が、妙に気になる。
この絡み合った謎を解きほぐす鍵は、もしかしたら彼女が握っているのかもしれない。
でも、どうやって話を切り出そう?
単純に「この世界、おかしいと思わない?」なんて聞けるわけがない。
彼女の事情も、元の世界とこの世界で何が変わってしまっているのかも、全くわからないのだから。
……待てよ。私が魔法を使えるということは、他にも使える人間がいてもおかしくない。
もしかしたら、この偽りの世界そのものが、誰かの強大な魔力によって維持されているとしたら……?
昔、禁断の森で読んだ古い魔導書に、そんな記述があった気がする。
制御を失い暴走した魔力が、現実を歪め、不可解な現象……あるいは、閉じた異空間を作り出してしまうことがある、と。
思い出せ、私……! もしそうだとしたら、この状況を解除するには、その暴走した魔力の源を突き止め、制御するか、あるいは破壊するしかないはずだ。
……そうか、『暴走』だ。
「ヴィレッタ、レオノール。ちょっと試してみたいことがあるんだけど……協力してくれる?」
私は2人に向き直り、意を決して告げた。
もし、私の推測が当たっていて、そして、私の試みが成功すれば御の字だ。
でも、もし失敗したら?
下手すれば、この偽りの世界そのものを不安定にして、もっと危険な状況を招くかもしれない。
あるいは……この世界での私は、『魔王』なんて呼ばれて、断罪されることになる可能性すらある。
一瞬、不安がよぎる。けれど、迷っている時間はない。
***
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リョウたちは、アレックスから得た許可証を手に、女子寮へとやって来ていた。
「やれやれ、結局来ちゃったわね、男子禁制の園に」
ベレニスが面白そうに周囲を見回す。
「ローゼ、喜ぶかなあ?」
クリスは暢気に呟く。
フィーリアは何度か訪れているため、勝手知ったる様子で門番の兵士に声をかけた。
休日にも関わらず、門には2人の女性兵士が立っている。
「ご苦労様っす。ちょっと、ローゼさんに会いに来たんすけど」
「フィーリア様ですね。どうぞ、こちらへ」
門番の1人がにこやかに応じ、フィーリアを寮の中へと案内し始める。
「ホッホッホ、なるほど、門番も女性兵士とは徹底しておるのう」
ガードン子爵が感心したように頷く。
その瞳は好奇心でキラキラと輝いているように見えた。
「じゃあ、まずは自分1人でローゼさんたちに接触して、事情を説明してくるっす。リョウ様、くれぐれも女生徒が出てきても、顔を合わせたりしないようにして、ここで大人しく待っているんすよ」
フィーリアは念を押すようにリョウに注意すると、案内役の門番兵と共に、重厚な扉の向こうへと消えていった。
残されたのは、リョウ、ベレニス、クリス、ガードン子爵、そしてもう1人の門番兵。
冬の午後の冷たい風が吹き抜け、木の葉がカサカサと音を立てる。
それ以外は、妙に静かだった。
「……それにしても、フィーリア遅いわね。ちょっと様子を見に行っただけでしょう?」
数分が経過し、ベレニスが痺れを切らしたように呟く。
「ローゼなら、リョウが来たって聞いたら、すぐに飛んで来そうなのに。なんか、静かすぎて不気味だね~」
クリスも、普段の暢気さはどこへやら、不安げに寮の建物を見上げている。
ベレニスがイライラと足踏みをし、クリスが心配そうに壁を見つめる中、残っていた門番兵も、さすがに不審に思ったようだ。
「……少々、様子がおかしいようです。中を確認してまいります。皆様は、ここで待機していてください」
そう言うと、門番兵は硬い表情で寮の中へと入っていった。
「気になるから、私も行くわ! クリスも行くわよ!」
「うん!」
「おい、ベレニス! クリス!」
リョウが制止する間もなく、ベレニスとクリスも門番兵の後を追って、扉の中へと駆け込んでしまった。
再び、静寂が訪れる。
門前に残されたのは、リョウとガードン子爵だけになった。
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