【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ

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第5章 籠の中の鳥

第29話 黒幕は……

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 早朝の日の出前。
 ひんやりとした空気が肌を刺す中、私は王宮内の静まり返った廊下を1人歩いていた。
 足音は磨き上げられた大理石の床に吸い込まれ、壁に掛けられた豪華なタペストリーが薄明かりに揺れる。

 衛兵が敬礼してくるが、今の私はただの客人扱い。
 まあ、あの世界の王女様ごっこよりは気楽でいいか。

 あいつは今頃、中庭にいるはずだ。
 寝癖がついていないことを確認し、いつもの旅装に着替えて向かう。

 中庭に辿り着くと、やっぱりいた。
 夜明け前の薄明かりの中、リョウは木剣を手に黙々と鍛錬に励んでいる。

 剣に淡い剣気を纏わせ、同じ型を何度も繰り返す。
 その真剣な横顔と、流れる汗が朝日にキラキラと反射している。
 剣から放たれる鋭い風圧が、近くの草花をそっと揺らしていた。

 あいつの姿を見た瞬間、胸の奥がキュッと締め付けられた。
 偽りの世界で感じた時間感覚だと2週間ぶり?
 現実時間でも丸1日以上寝ていたのを含めれば、10日近く顔を見ていなかったことになる。
 こんなに長く会わなかったのは、リョウと出会ってから初めてかも。
 でも、この変わらない姿が妙に心を落ち着かせてくれる。

 さて、なんて声をかけようか?
 ヴィレッタの話だと、私が目を覚まさない間、側に付き添うわけでもなく、心配する言葉すらかけなかったらしいじゃない。
 むっ、思い出すとムカついてきたぞ!

 私は音もなくリョウの背後に忍び寄り、木剣を振り上げたそのタイミングで、近づく。

「わあっ!」

「うおっ⁉」

 驚いたリョウは見事にバランスを崩し、手から木剣がコロリと落ちた。

「ふふん♪ 修行が足りないみたいね~」

「……ローゼか。全く、心臓に悪い。……もう、身体はいいのか?」

 ニヤニヤしながら言うと、リョウは呆れたようにため息をつき、私を一瞥した。

「うん。……って、そういう時は『もう、いいのか?』じゃなくて、『もう大丈夫なのか? 怪我はないか? 心配したぞ』って言うのがセオリーでしょ!」

 私はリョウの目の前に詰め寄り、ぷんすかと頬を膨らませる。
 これはヴィレッタの分の怒りも含まれているのだ!
 リョウは気まずそうに視線を逸らした。

「ああ、いや……怪我がないのはわかっていたし、見た感じ大丈夫そうだったから……すまん。昨日、ヴィレッタにも全く同じことを言われて、1時間以上説教されたばかりなんだ。説教は勘弁願いたい」

「まったく! それだからリョウは駄目なのよ! 女の子がキュンとするような、気の利いた言葉の一つくらい、さっと言えるようになりなさい!」

「……善処する」

 絶対善処しないくせに!

 リョウは落ちた木剣を拾うと、すぐに鍛錬に戻ろうとする。
 本当に、この男は剣のことしか頭にないんだから。

 はあ……なんだか、このやり取り、すごく懐かしい気分。
 偽りの世界での体感時間と、現実の時間。
 丸1日以上も寝ていたなんて、時間の感覚まで狂わされていたのかもしれない。
 それにしても、私だけが寂しい思いをしていたなんて、なんだか悔しい!
 よし、ここは意地でもリョウに私を心配させるような言葉を……いや、今はそれどころじゃないか。

「ところでリョウは何してたの? 私が大変なことになっている時、少しは慌てたりした?」

 ちょっとだけ期待を込めて聞いてみる。

「慌てたさ。だが、俺にできることは情報収集くらいだった。焦っても仕方ないからな、そっちに集中していた」

 むっ! 『心配で夜も眠れなかった』くらい言えないわけ⁉ まあ、リョウらしいけど!

「ふーん。で、情報収集で何かわかったわけ?」

「なんだ、まだ詳しくは聞いていないのか?」

「ヴィレッタから概要は聞いたけど、リョウたちがどう動いていたかは全然」

「そうか。……魔女ディルに会った」

「……は? えっ……ちょっと待って! どこで⁉ あのクソババアが、なんでファインダに⁉」

 驚きのあまり、素っ頓狂な声が出た。
 あの師匠(ババア)が? しかも私に会わずにリョウに接触? 一体、何をしに来たっていうんだ?

「ガードン子爵という歴史家に化けていた。俺たちに近づいて、何かを探っていたようだ。去り際に、ローゼへの伝言を頼まれた。『未熟者め、魔法の罠に簡単に引っかかりおって』だそうだ」

「あのクソババア……!」

 たしかに簡単に引っかかったが、わざわざ嫌味な伝言を残していくなんて、相変わらず性格が悪すぎる!

「クソババア、と言うが……俺が見た魔女ディルは、ローゼと同じ年頃の少女の姿だったぞ」

「なぬっ⁉ ちょっと、それ詳しく聞かせて!」

 リョウから、偽ガードン子爵(ディル)の奇妙な言動、邪教の双子の魔女リリとロロとの戦闘、そしてディルが残した『クレマンティーヌ様』への謎の伝言について聞き、私は深い思案に沈んだ。

 若返りの魔法でも使っているの? それとも……?

「……その双子の魔女は今どうなっているの?」

「地下牢に拘束されている。だが、完全黙秘を貫いているそうだ。今日、ダリム宰相の指示で、俺も取り調べに立ち会うことになっている」

「……それ、私も同行していい?」

「ああ、構わない」

 よし。今後のやるべきことが少し見えてきた。
 双子の魔女の尋問、モリーナ寮長の処遇、そしてディルのこと。

「ガードン子爵っていう、本物の歴史家の人にも会わないとね。ファインダの魔女の歴史について、根掘り葉掘り聞かせてもらわないと。紹介よろしく!」

 私が指折り数えながら言うと、リョウは静かに頷いた。

「そうだ! そのガードン子爵のところに、一緒に行きたい子がいるんだ。ルリア・ニーマイヤーっていう、女子寮の寮生なんだけど魔力の使い方も知らなかったのに、実はすごい魔女の素質があったんだ。ニーマイヤー家って、ファインダでは色々あった家らしいけど、家系を辿ればすごい魔女の一族かもって思って……ん? どうしたの? リョウ?」

 私の長話に、リョウはいつもなら黙って耳を傾けてくれるのに、この話だけは違った。
 彼の表情がみるみるうちに硬くなり、私の言葉を遮るように、重い口調で言った。

「ローゼ、落ち着いて聞いてくれ。……そのルリア・ニーマイヤーのことなんだが……」

「……ルリアがどうかしたの?」

「女子寮の事件の後……マーガレット王妃たちが寮内に突入して、眠っていた寮生たちを救出したんだが……その場に、ルリア嬢の姿だけがなかったそうだ」

「…………え?」

 一瞬、リョウが何を言っているのか理解できなかった。
 ルリアが? いなかった?

「モリーナ寮長の事件への関与も疑われているが……ルリア嬢が自ら姿を消した可能性も高く、現在、王宮騎士団が行方を追っている」

 リョウの言葉が、冷たい刃のように胸に突き刺さる。
 あの時、最後に聞いた声が脳裏に鮮明に蘇る。

『ローゼマリー様、貴重な実験結果、誠にありがとうございました』

 やはり、あれはルリアの声だったのだ。

「……嘘……でしょ……? 確かめなきゃ……!」

 私はリョウの腕を掴むと、考えるよりも先に走り出していた。
 あの優しい笑顔が、全て計算された演技だったなんて、信じたくない。
 でも、もしそれが真実なら……!

「お、おい、ローゼ!」

 リョウの戸惑う声も耳に入らない。
 衛兵の制止も振り切り、私たちはレオノールがいるはずの部屋へと駆け込んだ。

 部屋の中では、レオノールや他の寮生たちが朝の着替えをしているところだった。

 ……しまった! とりあえずリョウから離れないと!

「きゃあああああああ! 男⁉ なぜ姫殿下の部屋に!」

「不審者ですわ! レオノール様! 危ない!」

 ソフィアとベーベルが悲鳴を上げ、あろうことか、まだ制御もおぼつかない魔法の光弾をリョウに向かって放った!

「なっ⁉ いや、不審者では……すまん! この埋め合わせは必ず! ……ぐふっ」

 リョウは訳もわからず謝罪しながら、ついでに私の追撃の一撃(もちろん手加減済み!)を受けて、あっけなく意識を失った。……よし。

「あ! 姉様! 目覚められたのですね! さすがです! ソフィアさん、ベーベルさん、落ち着いてください! その男は私の師匠のリョウ・アルバース! 私たちの仲間なのです!」

 レオノールは、まるで何事もなかったかのように、気絶したリョウを指差して紹介する。
 下着姿で平然としているなっての! 少しは状況を考えなさいよ、この子は!

「師匠……? まさか、あの『魔除け』みたいなぬいぐるみのモデルの方ですの⁉ レオノール様が前に話していた……」

「リョウ・アルバースといえば、ファインダでも噂の『ハーレムクソ野郎』ではありませんか! レオノール姫様、そのような方とお近づきになるのは感心しません!」

 ソフィアさんがぬいぐるみの件を思い出し、ベーベルさんが別の噂を持ち出してくる。
 え、ええっと……リョウ、本当にドンマイ。
 風評被害がとんでもないことになっているが、誤解を解くのは、また今度ね。

 駆けつけた衛兵にリョウを預け、私はレオノールに向き直る。

「レオノール! ルリアは? ルリア・ニーマイヤーは本当にいないの⁉」

 私が一番聞きたかったことを問いかけると、レオノールの快活な表情が曇った。

「……はい。皆さんが発見された時、ルリアさんの姿だけが、どこにも見当たらなかった、と……」

 やはりリョウの言った通りだった。
 愕然とする私に、レオノールは続けた。

「でも姉様! 私は、ルリアさんが悪い人だとは思えません! あの戦いで、彼女は私たちと一緒に戦ってくれました! きっと、何か事情があるに違いありません! だからもう一度会って、ちゃんとお話がしたいです」

 レオノールの真っ直ぐな瞳。
 彼女の言葉に、周りの寮生たちも同意するように頷いている。
 ……そうだ。私もそう信じたい。裏切られたなんて思いたくない。

 ルリアの真意はわからない。
 モリーナ寮長のことも、双子の魔女のことも、ディルの動きも、何もかもが謎だらけだ。

 私はレオノールに向かって頷く。

「当然、私も力を貸す。この事件の真相、必ず突き止める。……遠慮なく頼ってよね、レオノール」

 私の言葉に、レオノールは力強く頷き返してくれた。
 今はまだ混乱の中だが、やるべきことは一つだ。
 
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