【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ

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第6章 雪原は鮮血に染まる

第14話 ディンレル王国滅亡 平和な日常

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 教会に、夕陽がステンドグラスを通して柔らかく差し込んでいる。
 昼間の喧騒が嘘のように静かになった聖堂の片隅で、俺、ザックスは宮廷魔術師長であるクレマンティーヌと酒を酌み交わしていた。

 ディルやチャービルたちは、少し前にマツバ嬢や新入りの子たちと一緒に王城へ戻って行った。
 騒がしいのがいなくなって、ようやく一息つけるってもんだ。

「それにしても、この王都は相変わらず平和だねえ。人もエルフもドワーフも多くいて、実に居心地が良いさね」

 クレマンティーヌが銀の髪を揺らしながら、満足そうにグラスを傾ける。
 長い旅から戻ったばかりの彼女にはリュンカーラの空気がことさら心地よく感じられるのだろう。

「へへ、クレマンティーヌ様もそう思いますか。俺も、ここに流れ着いて良かったって、つくづく思いますぜ」

 教会の奥から雑巾がけを終えたらしいササスが、少し遠慮がちに顔を出した。
 数刻前、広場でみっともない騒ぎを起こしていたのが嘘のように、今は神妙な顔で教会の雑務を手伝っている。
 アリス姫に紹介されて真面目に働いている……今のところは。

「お疲れさん、ササス。まあ、こっち来て一杯どうだ? クレマンティーヌ様もいることだし」

「へ、へい! ありがてえです、ザックス様!」

 ササスは恐縮しながらも嬉しそうに俺たちの輪に加わった。
 安物の杯だけど、注がれた酒に目を輝かせている。
 こいつも根は悪いやつじゃないんだろうが……まあ、見守ってやるしかないか。

「クレマンティーヌ様のお噂はかねがね! いやあ、アリス姫様とアニス姫様のお師匠様だなんて、とんでもねえ方だ!」

「まあまあ、ただのしがない魔女さね。それより、君はあのじゃじゃ馬姉妹にこっ酷くやられたクチだったかね?」

 クレマンティーヌの言葉に、ササスは苦笑いを浮かべた。
 俺もあの時のことを思い出して、思わず遠い目になる。あれはもう、2年前だったか。

「へへ、そりゃもう……ザックス様と一緒に、風魔法でグルグル回されましたっけねえ」

「おいおい、俺を巻き込むなよ。ったく、あの時は肝が冷えたぜ。俺はただ、あいつらの喧嘩を止めようとしただけだってのに」

 そうだ、あの時も似たような騒ぎだった。
 悪党仲間と揉めていたササスを、アリス姫とアニス姫がいつものように魔法で懲らしめていたんだ。
 俺が仲裁に入ろうとしたら、まとめて風魔法の渦の中よ。
 目が回って、昼間に飲んだ安酒を盛大にぶちまけちまったっけ。

「全く、あの時クレマンティーヌ様とアメリア王妃様が駆け付けるのが遅かったらと思うとゾッとしますよ。王女様たちも俺が吐いたのを見て、さすがに真っ青になってましたからねえ。良い教訓になったでしょう。酒飲みをグルグル回すなってな」

「フフ、あの子たちも少しは学習したかねえ。でもまあ、あれだけ派手に暴れて、怪我人1人出さないんだから、大したもんだよ」

 クレマンティーヌがくすくす笑う。
 たしかに、あの姉妹の魔法制御は並外れている。
 俺の神聖魔法の出番がなくて、ちょっと悔しかったくらいだ。

 孤児院を出て3年、大陸を放浪した末にリュンカーラに辿り着いたのは民のために献身的に働く2人の王女がいるという噂を聞いたからだった。

 女神フェロニアの再来なんて大層な噂だったが、最初に見た光景は悪党どもを風魔法でブン回す、ただの暴れん坊姉妹だった。
 なんだこりゃ、って呆れたもんだ。

 だが魔法が止んだ後、キラキラした笑顔で民衆と笑い合う姉妹の姿と、それを見守る人々の温かい眼差しを見て、胸の奥がチクリとしたのを覚えている。
 ああ、これが平和ってやつか、女神様の御心ってのはこういうところにあるのかもしれないな、と。
 まあ結局、その平和を守るというか、後始末をするために、俺はこの街に居着いちまったわけだが。

「でも、その平和も、いつまで続くか……」

 ふと、俺は呟いていた。クレマンティーヌが怪訝な顔でこちらを見る。

「どうしたんだい、ザックス? 何か心配事でもあるのかね?」

「いえ……少し、アノス陛下のことが気になりまして。ここへ来る前に挨拶してきた、と仰ってましたが、何か変わった様子は?」

 クレマンティーヌは少し考えるように顎に手を当てた。

「うーん、相変わらず豪放磊落な王様ではあったけどねえ。ただ、どうも西方の思想、特にビオレール公国のやり方に影響されているような節が見られたさね。権力は王が掌握すべき、みたいな考え方さ。だから軍勢を率いて、しかも魔女を1人も伴わずにキルア族を攻めるなんて無茶をやったんだろうねえ」

 西の大国、ビオレール公国。
 力こそが正義、魔女の力など不要、と公言して憚らない国だ。
 近年、そういった男尊女卑的な、力による支配を肯定する考え方が西から東へと広まりつつある。
 かつては大陸の平和を支えた魔女や巫女への信仰も、場所によっては差別の対象に変わりつつある。
 そんな危うい空気を、俺も旅の途中で感じていた。

「やっぱり、そうですか……先日、陛下はビオレール公国の第二公子キース殿との縁談を正式にまとめられたそうです。アリス姫の婿入り話ですが、どうも裏がありそうで……」

「ほう、アリス姫がかね? それは初耳だねえ。当のアリス姫はどうなんだい?」

「本人はまあ、いつもの調子であっさりしたもんでしたが……妹のアニス姫の方が、露骨に不機嫌になってましたよ。姉様を取られるのが嫌なのか、それともキース公子とやらに何か含むところがあるのか……変な騒動を起こさなきゃいいんですが」

 あのじゃじゃ馬姉妹のことだ。
 特にアニス姫は気に食わないことがあれば、すぐに魔法をぶっ放しかねない。
 アリス姫の婚約が、新たな火種にならないことを祈るばかりだ。

「西の思想に染まった婿殿か……やれやれ、面倒なことになりそうだねえ。アノス王も、もう少し肩の力を抜いて、アメリア王妃様みたいにどっしり構えてくれれば良いんだがね」

 クレマンティーヌがため息をつく。
 まったく同感だ。あのお美しいアメリア王妃様の、どこからあんなじゃじゃ馬姉妹と頑固な王様が……いや、これは失礼か。

「そういえば、クレマンティーヌ様は旅の途中で、何か変わったことはありましたかい? 例のちびっ子魔女2人を保護した話は聞きましたが」

 ササスが興味深そうに尋ねる。

「ああ、タイムとフェンネルのことかい? あの子たちも酷い目に遭っていたさね。魔女の力があるってだけで、村八分にされて人買いに売られそうになっていたところを、ディルとチャービルが助けたんだよ。他にも、まあ、喧嘩やトラブルは日常茶飯事だったけど……そうさねえ、アウルムの街でドワーフの王様のシュタイン王に会ったかね」

「へえ! ドワーフの王様に!」

 俺とササスは身を乗り出した。グラベックさんの話じゃ、西方を旅してるって言ってたはずだ。

「たまたまさね。なんでも、取引相手の人間にボッタクられたとかで、カンカンに怒っていてねえ。なだめるのに一苦労したよ。仕方ないから酒を奢ってやったんだけど、一緒にいる間中ずっとプリプリ怒ってるもんだから、タイムとフェンネルがすっかり怯えちゃってねえ」

 クレマンティーヌは思い出し笑いを堪えるように続ける。

「それが傑作なオチでね。子供たちが怖がってるのに気づいたシュタイン王が、気を利かせたつもりなのか、『いないいないばあ』なんてやったのさ。もちろん、赤ん坊相手じゃないんだから、2人ともポカンとしちゃってねえ。いやはや豪快なんだか、子供っぽいんだか」

「ははは! そりゃあ傑作だ! グラベックさんから聞く話通りの、豪快で頑固な王様みたいですねえ。まあ、俺も会えばきっと意気投合しますよ。何せ酒好きで、女神様の信仰も……あつい、ですからね?」

 俺が言うと、クレマンティーヌはジト目でこちらを見た。

「そこはザックス、神官なんだから、もっと信仰心をアピールしなくっちゃあねえ」

「はは……善処します」

 俺は苦笑いして杯を呷った。

「それで、クレマンティーヌ様はしばらくリュンカーラに?」

「ああ、そのつもりさね。たまには真面目に、王女様たちや宮廷魔術師の見習いを鍛えなくっちゃねえ。特にアリス姫は結婚したら公務で忙しくなるだろうからね。今のうちに、私が教えられる魔法の全てを授けておきたいのさ」

 クレマンティーヌの瞳に、師としての強い意志が宿る。
 彼女の言葉に俺とササスは顔を見合わせ、黙って彼女のグラスに酒を注いだ。
 頼もしい師匠が戻ってきてくれたのは、この国にとって幸いなことだ。

 酒盛りは穏やかに続く。
 だが俺は心の片隅で静かに呟いていた。
 誰に聞かせるでもない、自分自身と、天にいます女神様への祈りだ。

(平和は脆いガラス細工のようなものだ。簡単に壊れちまう。だからこそ、この穏やかな瞬間を大切にしなきゃならないんだ)

 窓の外はもうすっかり夜の帳が下りていた。

(女神フェロニア様、どうか……このリュンカーラの平和が、いつまでも続きますように)
 
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