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第7章 絶望の鐘
第5話 ディンレル王国滅亡 クレマンティーヌ投獄
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ディンレル王国王都リュンカーラの白亜宮。
壮麗な王の間は、本来ならば国の栄光を象徴する場所のはずが、今は重苦しい沈黙と隠しきれない悪意に満ちている。
宮廷魔術師長クレマンティーヌが、アノス王からの予期せぬ単独での呼び出しに応じ、その場に立っていた。
玉座に深々と腰掛けるアノス王。
隣には常に計算高い笑みを浮かべるパルパティーン宰相。
王の間に居並ぶ、硬い表情のブロッケン将軍と重臣たち。
彼らの視線が蜘蛛の巣のように絡みつくのを、クレマンティーヌは感じた。
(……やれやれ、これはどうにも、面倒なことになったかねえ)
クレマンティーヌは内心でため息をついた。
数日前、知人のエルフに頼まれ、行方不明になったというエルフの女王フォレスタの捜索のため、『とこしえの森』の周辺地域へと赴いた。
幸い、女王は森の入り口近くで見つけ、無事に送り届けたばかりだ。
王都に戻り、まずは正式な帰還報告を済ませ、ザックスあたりと一杯やるかと考えていた矢先の、この呼び出しと異様な雰囲気。
そもそもクレマンティーヌをこの地位に取り立て、王女たちの教育係に任命したのは亡きアメリア王妃だ。
アノス王とは正直そりが合うとは言い難い。
臣下としての礼は尽くしてきたつもりだが、王が自分を快く思っていないであろうことは薄々感じていた。
先のビオレール公国との一件以来、溝は深まったかもしれない。
「クレマンティーヌ。呼び立てしたのは他でもない」
アノス王が重々しく口を開いた。
「其の方、ここ数日、王都を離れていたな。行き先は『とこしえの森』と、先ほど報告があったが?」
「はい、陛下。その通りにございます。知人の依頼で、行方不明となられたエルフの女王陛下の捜索に赴いておりました。幸い、女王陛下は森の入り口付近で無事発見し、先ほど王都へ帰還した次第です」
クレマンティーヌはあくまで冷静に事実を述べた。報告に嘘はない。
「ほう? あの広大な『とこしえの森』で、数日で行方不明者を見つけ出すとは、さすがは大陸最強の魔女殿といったところかのう」
王の口調には称賛とは程遠い、嫌味な響きが混じっている。
「陛下、お待ちください」
すかさずパルパティーン宰相が口を挟む。
「クレマンティーヌ殿は転移魔法の使い手。行き先が『とこしえの森』であったという証拠がどこにありましょう? 我々の目を欺き、別の場所へ赴いていた可能性も否定できませぬぞ」
宰相の言葉は、明らかにクレマンティーヌを陥れようという意図が透けて見えた。
(なるほど、仕掛けてきたのは宰相、か。王を唆して、私を排除しようという魂胆かねえ)
「宰相閣下。ご存知のはずですが、『とこしえの森』は内部では強力な魔力阻害が発生し、転移魔法は一切使用できません。人が一度迷い込めば二度と出られぬと言われる所以です。私が森に出入りできたのは、土地勘のあるエルフの道案内があったからこそ。もし疑われるのであれば、そのエルフを証人としてお呼びになっても結構でございます」
クレマンティーヌは自信を持って反論する。やましいことは何もない。
「ふん、白々しい言い訳を!」
だが、アノス王は聞く耳を持たなかった。
玉座から立ち上がり、クレマンティーヌを指さして叫ぶ。
「こちらには確たる証言があるのだ! 其の方が、数日前、王都を抜け出し、東へ向かったという証言が! そして、その強力無比な炎の魔法をもって何の罪もないキルアの民を、女子供に至るまで皆殺しにしたという動かぬ証拠がなぁっ! もはや言い逃れはできんぞ! 者ども、この大罪人を捕らえよ!」
王の号令一下、控えていた重武装の兵士たちが、一斉にクレマンティーヌを取り囲み、槍や剣の切っ先を突きつけてきた。
(キルア族が……皆殺しに? 炎魔法で? ……馬鹿な)
クレマンティーヌの脳裏に、衝撃と疑念が走る。
そんな芸当が可能な魔女がいるとすれば、大陸広しといえども、自分ぐらいだろう。
無論、そんなことをする気は毛頭ない。
(まさか……悪魔か? いや、それよりも……)
彼女の脳裏に、ヒイラギとマツバ、2人のキルア族の弟子の顔が浮かんだ。
「陛下。キルア族全滅の話は……王女両殿下の側仕えである、ヒイラギとマツバにはお伝えになったのでしょうか?」
「側仕えだと? あの者らは奴隷よ! 昨年、ブロッケンが捕らえてきた戦利品に過ぎん! 亡きアメリアや娘どもが甘やかしたせいで、図に乗って騎士や魔女気取りでいるが、所詮は奴隷! この余が、奴隷風情に直々に報告などする必要があるものか!」
アノス王は唾棄するように言い放った。
瞳にはヒイラギとマツバへの侮蔑と、彼らを庇護する娘たちへの苛立ちが燃えている。
「……まあ、いずれ奴らの耳にも入るだろう。故郷が焼き尽くされたとなれば、慌てて戻り、惨状を目にして絶望するわ。犯人が貴様だと知れば、骨の髄まで貴様を恨むであろうな! ハッ、そうだ! 貴様の処刑の際にはあの兄妹を執行人に指名してやろう! さぞかし見物であろうなあ!」
王は心の底から楽しそうに、歪んだ笑い声を上げた。
(……やれやれ、これは本格的にまずい流れだねえ。王は完全に宰相に良いように操られている。ここで私が力ずくで逃げれば、ますます『反逆者』の汚名を着せられ、それこそアリスたちの立場が悪くなる。それにキルア族全滅が事実なら、『真犯人』を突き止めねばならない。下手に動くよりは……)
クレマンティーヌは内心の分析を瞬時に終え、一つの結論に至った。
今はこの茶番に乗ってやるのが得策だろう。
(まあ、牢の中でのんびりするのも、たまには良いかもしれないさね。どうせ、あの子たちが黙っちゃいないだろうし)
持ち前の楽観主義が頭をもたげる。
彼女は肩をすくめると、抵抗する素振りも見せず、兵士たちの拘束に応じた。
「陛下。最後に、これだけは申し上げます」
クレマンティーヌは連行される間際、アノス王に向き直り、真剣な眼差しで告げる。
「キルア族の全滅が、もし真実であるならば……それは我々の想像を超える、恐るべき『何か』が、この大地に解き放たれた証拠です。その脅威を放置すれば、いずれ、このディンレル王国そのものが存亡の危機に瀕することになりましょう。どうか、ご賢察を」
「はっ! 恐るべき存在とは他ならぬ貴様のことではないか! 遊牧の民とはいえ、無抵抗の者たちを、強大な魔法で嬲り殺しにするとは……悪魔め!」
アノス王はクレマンティーヌの警告を鼻で笑い、最後まで彼女を罵倒した。
瞳にはもはや理性のかけらも見られない。
権力への執着、愛する者を失った悲しみ、宰相に巧みに増幅させられた恐怖と猜疑心。
それらが、かつての賢王の面影を完全に覆い隠していた。
クレマンティーヌが兵士たちに引き立てられ王の間から連れ去られると、後に残された重臣たちは途端にざわめき始めた。
互いに顔を見合わせ、ひそひそと耳打ちを交わし、不安と興奮が入り混じった視線を交錯させる。
宰相はその様子を満足げに眺めてほくそ笑んでいた。
アノス王はそんな臣下たちの動揺には目もくれず、再び玉座に深く腰を下ろす。
目を閉じ、大きく息を吐き出すと、まるで自分自身に言い聞かせるように低い声で呟いた。
「……そうだ。この国では余が王なのだ……」
その言葉が絶対的な権力者の自信というより、失われゆく何かへの必死の執着のように、空虚に響いているのに気づかずに。
壮麗な王の間は、本来ならば国の栄光を象徴する場所のはずが、今は重苦しい沈黙と隠しきれない悪意に満ちている。
宮廷魔術師長クレマンティーヌが、アノス王からの予期せぬ単独での呼び出しに応じ、その場に立っていた。
玉座に深々と腰掛けるアノス王。
隣には常に計算高い笑みを浮かべるパルパティーン宰相。
王の間に居並ぶ、硬い表情のブロッケン将軍と重臣たち。
彼らの視線が蜘蛛の巣のように絡みつくのを、クレマンティーヌは感じた。
(……やれやれ、これはどうにも、面倒なことになったかねえ)
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アノス王とは正直そりが合うとは言い難い。
臣下としての礼は尽くしてきたつもりだが、王が自分を快く思っていないであろうことは薄々感じていた。
先のビオレール公国との一件以来、溝は深まったかもしれない。
「クレマンティーヌ。呼び立てしたのは他でもない」
アノス王が重々しく口を開いた。
「其の方、ここ数日、王都を離れていたな。行き先は『とこしえの森』と、先ほど報告があったが?」
「はい、陛下。その通りにございます。知人の依頼で、行方不明となられたエルフの女王陛下の捜索に赴いておりました。幸い、女王陛下は森の入り口付近で無事発見し、先ほど王都へ帰還した次第です」
クレマンティーヌはあくまで冷静に事実を述べた。報告に嘘はない。
「ほう? あの広大な『とこしえの森』で、数日で行方不明者を見つけ出すとは、さすがは大陸最強の魔女殿といったところかのう」
王の口調には称賛とは程遠い、嫌味な響きが混じっている。
「陛下、お待ちください」
すかさずパルパティーン宰相が口を挟む。
「クレマンティーヌ殿は転移魔法の使い手。行き先が『とこしえの森』であったという証拠がどこにありましょう? 我々の目を欺き、別の場所へ赴いていた可能性も否定できませぬぞ」
宰相の言葉は、明らかにクレマンティーヌを陥れようという意図が透けて見えた。
(なるほど、仕掛けてきたのは宰相、か。王を唆して、私を排除しようという魂胆かねえ)
「宰相閣下。ご存知のはずですが、『とこしえの森』は内部では強力な魔力阻害が発生し、転移魔法は一切使用できません。人が一度迷い込めば二度と出られぬと言われる所以です。私が森に出入りできたのは、土地勘のあるエルフの道案内があったからこそ。もし疑われるのであれば、そのエルフを証人としてお呼びになっても結構でございます」
クレマンティーヌは自信を持って反論する。やましいことは何もない。
「ふん、白々しい言い訳を!」
だが、アノス王は聞く耳を持たなかった。
玉座から立ち上がり、クレマンティーヌを指さして叫ぶ。
「こちらには確たる証言があるのだ! 其の方が、数日前、王都を抜け出し、東へ向かったという証言が! そして、その強力無比な炎の魔法をもって何の罪もないキルアの民を、女子供に至るまで皆殺しにしたという動かぬ証拠がなぁっ! もはや言い逃れはできんぞ! 者ども、この大罪人を捕らえよ!」
王の号令一下、控えていた重武装の兵士たちが、一斉にクレマンティーヌを取り囲み、槍や剣の切っ先を突きつけてきた。
(キルア族が……皆殺しに? 炎魔法で? ……馬鹿な)
クレマンティーヌの脳裏に、衝撃と疑念が走る。
そんな芸当が可能な魔女がいるとすれば、大陸広しといえども、自分ぐらいだろう。
無論、そんなことをする気は毛頭ない。
(まさか……悪魔か? いや、それよりも……)
彼女の脳裏に、ヒイラギとマツバ、2人のキルア族の弟子の顔が浮かんだ。
「陛下。キルア族全滅の話は……王女両殿下の側仕えである、ヒイラギとマツバにはお伝えになったのでしょうか?」
「側仕えだと? あの者らは奴隷よ! 昨年、ブロッケンが捕らえてきた戦利品に過ぎん! 亡きアメリアや娘どもが甘やかしたせいで、図に乗って騎士や魔女気取りでいるが、所詮は奴隷! この余が、奴隷風情に直々に報告などする必要があるものか!」
アノス王は唾棄するように言い放った。
瞳にはヒイラギとマツバへの侮蔑と、彼らを庇護する娘たちへの苛立ちが燃えている。
「……まあ、いずれ奴らの耳にも入るだろう。故郷が焼き尽くされたとなれば、慌てて戻り、惨状を目にして絶望するわ。犯人が貴様だと知れば、骨の髄まで貴様を恨むであろうな! ハッ、そうだ! 貴様の処刑の際にはあの兄妹を執行人に指名してやろう! さぞかし見物であろうなあ!」
王は心の底から楽しそうに、歪んだ笑い声を上げた。
(……やれやれ、これは本格的にまずい流れだねえ。王は完全に宰相に良いように操られている。ここで私が力ずくで逃げれば、ますます『反逆者』の汚名を着せられ、それこそアリスたちの立場が悪くなる。それにキルア族全滅が事実なら、『真犯人』を突き止めねばならない。下手に動くよりは……)
クレマンティーヌは内心の分析を瞬時に終え、一つの結論に至った。
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(まあ、牢の中でのんびりするのも、たまには良いかもしれないさね。どうせ、あの子たちが黙っちゃいないだろうし)
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彼女は肩をすくめると、抵抗する素振りも見せず、兵士たちの拘束に応じた。
「陛下。最後に、これだけは申し上げます」
クレマンティーヌは連行される間際、アノス王に向き直り、真剣な眼差しで告げる。
「キルア族の全滅が、もし真実であるならば……それは我々の想像を超える、恐るべき『何か』が、この大地に解き放たれた証拠です。その脅威を放置すれば、いずれ、このディンレル王国そのものが存亡の危機に瀕することになりましょう。どうか、ご賢察を」
「はっ! 恐るべき存在とは他ならぬ貴様のことではないか! 遊牧の民とはいえ、無抵抗の者たちを、強大な魔法で嬲り殺しにするとは……悪魔め!」
アノス王はクレマンティーヌの警告を鼻で笑い、最後まで彼女を罵倒した。
瞳にはもはや理性のかけらも見られない。
権力への執着、愛する者を失った悲しみ、宰相に巧みに増幅させられた恐怖と猜疑心。
それらが、かつての賢王の面影を完全に覆い隠していた。
クレマンティーヌが兵士たちに引き立てられ王の間から連れ去られると、後に残された重臣たちは途端にざわめき始めた。
互いに顔を見合わせ、ひそひそと耳打ちを交わし、不安と興奮が入り混じった視線を交錯させる。
宰相はその様子を満足げに眺めてほくそ笑んでいた。
アノス王はそんな臣下たちの動揺には目もくれず、再び玉座に深く腰を下ろす。
目を閉じ、大きく息を吐き出すと、まるで自分自身に言い聞かせるように低い声で呟いた。
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