【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ

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第7章 絶望の鐘

第11話 ディンレル王国滅亡 ザックスの奇策

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 夜の帳が下りた教会ではそれまでの静寂が破られ、周囲を取り囲む兵士たちの立てる金属音が響いていく。
 ブロッケン将軍直属の精鋭兵、およそ50名。彼らが張り詰めた空気の中、教会の周囲を完全に包囲していた。
 重厚な鎧が月明かりを鈍く反射し、抜き身の剣や槍がいつでも命を奪う準備ができていることを示している。

「……ふん、小娘どもを引き摺り出すに随分と物々しいな」

 ブロッケン将軍は教会の扉を睨みつけ、苦々しく吐き捨てた。
 内心ではアノス王の狂気に近い命令に疑問を感じている。
 アリス姫はたしかに奔放だが、国を裏切るような娘ではない。
 ましてや、クレマンティーヌ殿があのような蛮行を働くはずもない。
 だが、王命は絶対だ。そして宰相の目が光る今、下手に逆らえば自らの首が飛ぶ。

「……突入せよ!」

 将軍は己の葛藤を振り払うように、低く鋭く命じた。

「アリス姫及び見習い魔女どもは丁重に保護せよ。だが、万が一にも抵抗するようならば……斬り捨てても構わん! アリス姫とて、例外ではないぞ!」

 ブロッケン将軍の非情な命令に、兵士たちの間に一瞬動揺が走る。
 だが、彼らもまた、王命には逆らえない。
 鬨の声を上げると、数名が教会の重厚な木の扉に体当たりをかけ、閂を破壊する。
 ギィィ、と軋む音を立てて扉が開き、兵士たちが雪崩れ込むように教会内部へと殺到した。

 蝋燭の灯りが揺らめく荘厳な聖堂が、土足と武具の金属音と兵士たちの荒い息遣いで満たされる。
 壁に描かれた女神フェロニアの慈愛に満ちた肖像画が、この蛮行を静かに見つめていた。

 喧騒の中、祭壇の前には1人の男が静かに佇んでいた。
 神官ザックスだ。彼は押し寄せる兵士たちを前にしても、一切の動揺を見せず、むしろどこか憐れむような穏やかな表情すら浮かべている。

「これはこれはブロッケン将軍。物々しいご一行で、一体何事でございましょうか? 夜分のお祈りの時間ですが」

 ザックスの落ち着き払った態度に、ブロッケン将軍は一瞬眉をひそめた。

「惚けるな、ザックス神官! アリス姫と魔女どもを匿っていることはわかっているのだ! 隠し立ては無用! 速やかに姫君たちの居場所を白状しろ!」

 将軍の怒声が、高い天井に響き渡る。

「はてさて、将軍。そのような方々はここにはおられませんよ」

 ザックスは困ったように微笑んだ。

「この教会はご覧の通り、この聖堂と、奥にある私の寝室と客間が一つあるだけ。隠れる場所など、どこにもございませんが……まあ、疑われるのでしたら、どうぞ、ご自由に捜索なさってください」

 ザックスの堂々とした態度に、ブロッケン将軍は逆に疑念を深めた。

(何か、策があるのか……? いや、しかし……)

 将軍は兵士数名に目配せし、寝室と客間を捜索させる。
 金属鎧の擦れる音と、扉を開け放つ乱暴な音が響くが、やて兵士たちは「誰もおりません!」と報告に戻ってきた。

「ふん、隠し部屋でもあるのだろう! 壁を調べよ! 床下もだ!」

「ああ、隠し部屋、と言えなくもない場所なら一つございますよ」

 ザックスは悪戯っぽく笑って言った。

「食料や、まあ……少々のお酒を貯蔵している、地下室ですが。どうぞ、そちらもお調べになりますか?」

 ザックスが祭壇脇の床の一部を示すと、兵士たちがそこに隠された取っ手を引き上げ、地下へと続く階段が現れた。
 現れた階段を下りていく兵士たち。やがて地下から驚きの声が上がった。

「しょ、将軍! こ、これは……! エール樽が、部屋いっぱいに……!」

「なんだと⁉」

 ブロッケン将軍も階段を下り、地下室の光景に目を見張った。
 薄暗い地下室に、大小様々なエール樽が壁際にびっしりと積み上げられている。
 その数、数十個は下らないだろう。

「……貴様、神官の身でありながら、これほどの酒を溜め込んでいるとは! 信仰を忘れたか!」

 将軍の声には呆れと怒りが混じっていた。

「いやはや、お恥ずかしい限りで」

 ザックスは頭を掻く。

「これは次のリュンカーラのお祭り用に、ドワーフ族から一時的にお預かりしているだけなのですよ。……どうでしょう、将軍? これも何かの縁。兵士の皆様もお疲れでしょう。ここは一つ、このエールで喉を潤してはいかがですかな? どうか、この件は内密に……」

 ザックスは悪びれる様子もなく、近くにあった比較的小さな樽の栓を抜くと、木のジョッキに琥珀色の液体を注ぎ、自らぐいっと呷ってみせた。

「ぷはーっ! いやあ、実に良い香りだ! ドワーフの親父殿が特別な酵母を使ったとかで、最高に美味い! ささ、将軍も一杯!」

 ザックスは美味しそうにぷは~と息を吐きながら、新たなジョッキにエールを注ぎ、ブロッケン将軍に差し出した。
 強烈な麦芽とホップの芳醇な香りが、地下室に立ち込める。

 将軍はザックスのあからさまな態度に一瞬躊躇した。
 長年の経験が、これは罠だと告げている。
 だが……部下たちの期待するような視線、教会の雑事を手伝うササスがエール入りのジョッキを兵士たちに配り、自らも美味しそうに飲み干す。
 目の前の神官と下男が毒見をしたのだ。大丈夫だろう。

「……むぅ。一杯だけだぞ」

 ブロッケン将軍は渋々ジョッキを受け取り、警戒しながらも一口だけエールを口にする。
 濃厚な味わいと、喉を通る心地よい刺激。
 刹那、経験したことのない強烈な眠気が脳髄を直接揺さぶるように襲ってきた。

「ぐ……! き、貴様……! やはり、謀った、な……⁉」

 将軍は朦朧とする意識の中でザックスを睨みつけた。
 ザックスは、ただ悪戯が成功した子供のように微笑んでいる。

「……アリス、姫たちは……どこへ……」

 ブロッケン将軍はそう口にすると、その場に崩れ落ち、深い眠りへと落ちていった。
 他の兵士たちも次々とその場に倒れ伏し、地下室は屈強な兵士たちのいびきだけが響く空間となった。
 ドワーフのグラベックが「絶対に人間には使うな」と念を押していた、超強力な眠り薬の効果は絶大だった。

「……やれやれ、少し効きすぎましたかねえ」

 ザックスは肩をすくめると、傍らにいたササスに声をかける。

「ササス、後片付けをしますよ」

「へ、へい……! って、ザックス様! まさか本当にやっちまうとは……! あのブロッケン将軍まで……!」

 ササスが心臓の鼓動を大きく鳴らしながら、倒れたブロッケン将軍たちに毛布を掛けていく。
 彼はこの奇策の準備段階、大量のエール樽を運び込み、いくつかの樽にこっそり眠り薬を混ぜるのを手伝っていたのだ。

「まったく、心臓に悪いですぜ……俺ぁ、てっきり一緒に斬り殺されるかと……」

「はは、案外、度胸があるじゃないですか、ササス」

 ザックスは笑った。

 ザックスとササスが眠り薬入りのエールを飲んでも眠らなかったのには理由がある。
 彼らは事前に、かつてザックスを悶絶させた、あのグラベックの店にあったドワーフ特製の失敗作ポーションを飲んでいたのだ。

 あのポーションが引き起こした全身を貫くような強烈な刺激と苦痛は、尋常でない形で身体と神経に作用するものだった。
 ザックスは、あの時気を失いはしたものの、全身を駆け巡った尋常ならざる刺激が神経を活性化させる可能性を捨てきれなかった。
 ごく微量であれば、あの強烈な作用が逆に神経を強制的に覚醒させ、眠気を打ち消すのではないか。
 まさに神頼みに等しい賭けだったが、彼はその可能性に賭けたのだ。

「さあ、感心している暇はありません。彼らが目覚める前に全員分の枷を用意し、それから……そうですね、温かいスープとパンでも準備して、丁重におもてなししましょう。客人をもてなすのも、神官の務めですから」

「へ、へい! しかし、ザックス様は本当に凄えや。王様の一番の戦力を、こうもあっさり無力化しちまうなんて……」

 ササスは未だに信じられないといった表情で、眠りこける兵士たちを見下ろした。

「褒めても何も出ませんよ。それに、これは時間稼ぎに過ぎません。アリス様たちがこの状況を打開できなければ、我々のしたことは全て無駄骨です。それどころか、神をも恐れぬ所業として、俺とササスは真っ先に処刑台行きでしょうね」

 ザックスの口調は軽かったが、瞳には自らの行動がもたらすであろう結果への深い覚悟が滲んでいる。
 神官でありながら、人を欺き、薬を用いた。
 これは女神フェロニアの教えに背く行為だ。
 フェロニア大神殿に知られれば、破門、いや、それだけでは済まないかもしれない。

「おっと! そいつは是が非でも、アリス姫様たちに頑張ってもらわねえと! 死んでからじゃ、エールも飲めませんからねえ!」

 ササスが軽口で場の空気を和ませようとする。

「……そうですね」

 ザックスはふっと笑みを浮かべると、祭壇へと向き直り、静かに目を閉じた。

(アリス様、アニス様、クレマンティーヌ様……どうか、ご無事で。そして女神フェロニアよ。この罪深き神官の行いを、今はどうかお許しください。全てはか弱き者たちを守るために……)

 彼の傍らで、ササスも見様見真似で女神像に向かい、祈りを捧げ始める。
 教会のステンドグラスから差し込む月光が、運命に立ち向かおうとする2人の男の背中を静かに照らし出していた。
 
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