【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ

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第7章 絶望の鐘

第15話 ディンレル王国滅亡 ザックス追放(前編)

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 宰相パルパティーンの狂気じみた反乱と、衝撃的な死から早くもひと月が過ぎようとしていた。
 ディンレル王国の王都リュンカーラは表向きは平静を取り戻しつつあったが、水面下では未だ多くの混乱と不安が渦巻いている。

 そんな中、女神フェロニアを祀る教会に新たな激震が走る。
 中央のフェロニア大神殿より司祭の使者が訪れ、教会の神官ザックスに対し、『神官にあるまじき行為(眠り薬による衛兵無力化)への懲罰』として破門、及び『ディンレル王国における神官活動の無期限停止(事実上の追放)』が言い渡された、という報せが王都を駆け巡った。

 その噂を聞きつけ、アニスはいてもたってもいられず教会へと駆けつけた。

 教会の重い扉を押し開けると、中はザックスの身を案じる民衆でごった返している。
 幼い子供から老人まで、身分の区別なく、誰もが不安げな表情で、祭壇の前に立つザックスと、傍らでオロオロするササスに詰め寄っている。

「神官様、行かないでおくれ!」

「あんたがいなくなったら、誰が俺たちの話を聞いてくれるんだ!」

「破門なんて、大神殿の偉いさんたちは何も分かっちゃいねえ!」

 悲痛な声、怒りの声、懇願する声……それらが、ステンドグラスから差し込む静謐な光の中で、痛々しく響いていた。

「ちょっと、ごめんなさい! 通して!」

 アニスは人垣を掻き分けながら祭壇へと進む。
 皆、アニス王女の姿に気づくと僅かに道を開け、心配そうな視線を送ってきた。

「ザックス! どういうことなの⁉ 本当に追放されちゃうの⁉」

 ようやく辿り着いた祭壇の前で、アニスは叫ぶように問う。
 ザックスはアニスの姿を認めると、一瞬驚いた顔をしたが、すぐにいつもの、少し悪戯っぽい笑顔を浮かべる。

「おや、これはアニス様。それにマツバさんもご一緒に。……ふむ、少しお待ちいただけますか」

 ザックスは群衆に向き直ると、一つ咳払いをして、朗々と声を張り上げた。

「皆様! このような騒ぎの中、私のために集まってくださり、誠にありがとうございます! ご心配をおかけしましたが、大神殿からの使者の方は、決して私を罰するために来られたわけではありません。むしろ、これまでのディンレル王国での布教活動への労いと、新たな試練を与えに来てくださったのです!」

 民衆が、ざわめきながらも彼の言葉に耳を傾ける。

「大神殿は私がまだ神官として未熟であり、女神様の広大なる慈悲の心を真に理解するには更なる見聞と修行が必要である、とお考えになられました。よって、この度、私に『女神の御心を知るための見聞の旅』へ出るよう、有り難き命を下された次第でございます! これは追放などではなく、私にとって更なる成長の機会なのです!」

 ザックスは自信に満ちた笑顔で言い切った。
 彼の言葉には不思議な説得力があり、集まっていた民衆の顔にも、次第に安堵と、ザックスの新たな旅立ちを応援しようという温かい光が灯り始める。

「神官様、頑張ってな!」

「偉くなって、また戻ってきてください!」

「旅の無事を祈っています!」

 温かい声援が飛び交い、ザックスは人々の顔を見ながら、深々と頭を下げた。

「ありがとうございます! さあさあ、私はこれから旅の準備をしなければなりませんので、本日はこれにて! 皆様のご健勝とご多幸を、心よりお祈りしております!」

 ザックスに促され、民衆は名残惜しそうにしながらも、少しずつ教会を後にしていく。
 彼がこの街でどれほど慕われていたかが、痛いほど伝わってくる光景だ。

「……ふぅ。ザックス様は本当に慕われていたんですねえ。大神殿の偉いさんたちに、今の光景を見せてやりたかったですぜ」

 ササスが、感嘆の息を漏らす。

「まあ、見ても結果は変わらなかったでしょうがね。さて、最後の一杯と行きますか……っと! いけない、エールは先日の騒ぎで兵士に取り上げられたんでした」

 ザックスはわざとらしく肩を落としてみせる。

「へへっ、ザックス様、ご安心を」

 ササスが服の内側から、大事そうに隠し持っていたエールの小瓶を取り出した。
 先日没収された樽とは別に、個人的に隠していた虎の子らしい。

「おっ! さすがササス、気が利きますね! ではアニス様とマツバさんもご一緒に……あ、いえ、2人はまだ飲めませんでしたね」

「当たり前でしょ!」

 アニスは少しむくれた。

「それより、ちゃんと説明して! 本当は何があったの? 自首したって聞いたけど……どうしてそんな……!」

 アニスの問いに、ザックスは最後の一滴までエールを呷ると、プハーッと満足げに息を吐き、それから少し真面目な顔つきになった。

「……はは、いやはや、本来なら問答無用で処刑、もしくは終身禁固だったでしょうねえ。なにせ神官の身でありながら、眠り薬を酒に混ぜ、国王軍の将軍と部下の兵たちを騙し討ちにしたのですから。女神フェロニアに仕える者として、あるまじき行為です。こんな前例を作ってしまっては今後、権力者たちはフェロニアの神官を『油断ならぬ危険な存在』と見なし、支援も交流も絶たれてしまうかもしれない。大神殿が、俺の行為を厳罰に処そうとするのは当然のことですよ」

「でも……! ザックスのあの策があったから、誰も死なずに済んだのに……!」

 アニスは納得がいかない、というように反論する。

「ザックス様の機転は多くの命を救いました。女神様もお分かりのはずです」

 マツバも、静かで強い眼差しでザックスを擁護した。
 ザックスは2人の言葉に、心からの感謝を込めた笑顔を向ける。

「ありがとう、アニス様、マツバさん。その言葉だけで、俺は十分に報われます」

 それから彼は再びアニスに向き直った。

「……アニス様は大神殿の処分が下るのが早すぎる、とお考えでしょう? たしかに普通なら調査や審問に時間がかかり、正式な通達まで早くとも1年はかかるはずです。……ええ、お察しの通り、俺自身がクレマンティーヌ様にお願いして、私の罪状と顛末を、大神殿へ正式に報告していただいたのです。いわゆる、自首というやつですね。クレマンティーヌ様が間に入り、私のこれまでの功績や、ディンレル王国の特殊な状況などを考慮してくださるよう働きかけてくれたおかげで、なんとか『無期限の活動停止と追放』という、比較的軽い処分で済んだ、というわけです」

「……なんで、そんな勝手なことを……! 私や姉様に一言相談してくれれば、お父様に働きかけて、大神殿の決定を……!」

「覆すと? 国家の圧力をもって、ですか?」

 ザックスはアニスの言葉を遮るように、静かに問いかけた。

「それはなりませんよ? アニス様」

「そんな言い方……!」

「これは失礼」

 ザックスは軽く頭を下げた。

「ですが、どうかご理解ください。女神フェロニアの教えはいかなる国家権力からも独立していなければならないのです。政治に利用されたり、逆に政治の力で守られたりしては清廉さが失われてしまう。俺は女神に仕える1人の神官として、自らの行いの責めは自ら負わねばならないのです」

 ザックスの毅然とした言葉に、アニスは俯き唇を噛みしめるしかない。
 彼の言うことは正論だった。
 だが、納得できない気持ちも強く残る。

「……まあ、先のビオレール公国との外交では思いっきりディンレル王国に肩入れして、政治に介入しまくってましたからねえ。今更どの口が言うか、って感じですが。あはは」

 ザックスは自嘲気味に笑った。

「へへっ、ザックス様らしいですぜ。それに、旅に出たら出たで、各地方の旨い酒を飲み歩くのを楽しみにしているんでしょ?」

 ササスが茶化すように言う。

「それはもちろん! 人生、楽しまなくっちゃ損ですからね!」

 2人はどこか吹っ切れたように朗らかに笑い合った。
 その様子に、アニスも肩の力が少し抜けていく。

「……ザックス様。以前からお聞きしたかったのですが」

 不意に、マツバが口を開いた。

「クレマンティーヌ先生とは、以前からのお知り合いだったのですか? 先生が、大神殿の大司祭様のお嬢様だというのは私も小耳に挟みましたが……どうして、あの方ほどの方が、大神殿ではなく、このディンレル王国に仕えておられるのでしょう? 先生はご自身の過去をあまりお話しにならないので……」

 マツバの問いに、ザックスは一瞬、遠い目をしてから答えた。

「俺とクレマンティーヌ様が、初めてお会いしたのはこのリュンカーラですよ。ですから、彼女の過去については私も又聞きでしか……まあ、大神殿関係者の間ではある程度知られた話ではありますが……ふむ、これは私の口からお話しするべきことではありませんね。マツバさん、あなたが直接、グイグイ聞き出してごらんなさい。案外、あっさり教えてくれるかもしれませんよ?」

「もう、ザックスったら意地悪!」

 アニスが口を尖らせた。

「マツバ、教えちゃる。ザックスはね、クレアに惚れてるのよ! だから、クレアの不利になるようなことは絶対言わないの! そんくらい、私にだってわかるんだから!」

「ちょっ⁉ こ、このアマ……いえ、バカ王女! また突拍子もないことを! マツバさん! こんな女の言うことを真に受けてはいけませんよ⁉ アレゼル様から『予知を正しく使いこなし、どんな大災害も防ぐ魔女になれ』と激励されたのでしょう? 恋愛ボケしている暇などありませんぞ!」

 ザックスは顔を真っ赤にして否定する。
 アレゼル……あのおそろしく長命なエルフの長老は宰相の事件の後、マツバたち見習い魔女一人ひとりに、短いながらも的確な助言と未来への指針を残していった。
 マツバはその言葉を胸に、改めて自らの使命を自覚していた。

「……なんだか、納得できないことばっかりだけど……」

 アニスは大きなため息をつく。

「でも、まあ、いっか。宰相の企みは潰えたし、アレゼル様が感じたっていう大きな災厄も、とりあえずは回避できたみたいだし。リフリーガが持ち込んだ、リザードマンのシャーマンの『王国滅亡』の予知だってフレイムウルフのことだったんだし。それが倒されたんだから、もう大丈夫よね? ……うん、ザックスがいなくなっちゃうのは寂しいけど、それ以外はもう万事解決ってことで!」

 アニスは無理に明るい声を出してそう言った。
 けれど彼女の心の奥底にはまだ拭いきれない不安の影が残っていることを、マツバも感じ取っている。
 真の黒幕である『男』の正体も、書物の出処も、まだ何もわかっていないのだから。
 
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