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第五部 瓦解のクリアレギス
75.王政の矛盾と限界
しおりを挟む火竜月の15日目――夕刻。
《議題:重刑請求》 賛成:⑨ 反対:⑩ 棄権:② 《議決:却下》
「な……なぜ。有り得ない、こんな……こんなのは」
特別議会の左院末席に設けられた傍聴席で、エリアスは拳を握り締め双肩を震わせていた。
決戦に向け役員では無いながら誰よりも奔走し、尽力した彼には機微への察知が欠けていた。
物事を決する時にこそ、心の変化が重要な鍵であるということへの――配慮が。
――クリアレギス
通常の定例議会コングレスや、定例では無く時季を変更する臨時議会エクストラと異なり、
女王裁量では無く議会投票により議決が行われる、王国特別議会。
戦いの舞台をここに移してしまった時点で、エリアスの敗北は決していたとも言える。
勝つ為には臨時議会の直後に各官僚を説得し、即決での処断、この一択しか無かったのだ。
支持を予測し票数を集める、という点において彼は不向きな性格をしていた。
――コングレッサー
議会役員である参加者は、定例議会なら空位を除く官僚の26名に召集枠2名で事足りた。
しかし女王が王座に居らず、八伯爵《オクトアール》招聘にまで及び、事態は混迷を極める。
それでもエリアスには勝算があった。
イサーク存命時で同数だった王家派と元老派の力関係が覆り、元老派に離脱者が多数出た。
更にランベルトやボードウィンといった重鎮が合流すれば勝てる、そう《高を括って》いた。
ここに若年故の甘さがあった。
対して未だ姿を見せない反王家の首魁は周到だった。
数々の事変の後に行われた戦後処理とも言うべき場に際しても、徹頭徹尾王家と敵対せず、
あくまで中央保護という名目を掲げ、裏で様々な工作を行った。
生贄として同志の監察官アデラルと火精司教フランジュを、大罪人に仕立てる事も辞さず、
数々の要因に事実関与しながら、その証拠は一つとして掴ませなかった。
庭師に扮した密偵オーリオが何を置いても離脱を優先した、その姿勢からもそれが伺える。
捕まえてしまえば口を割らせるのは、術さえ使えれば安穏で遅鈍な人間でも容易い。
だから主犯が捕縛される中で共犯は逃げた。背後関係を知られる事は己の破滅を意味する。
しかしロータルは自ら議場へ赴いた。
己の信念に自信を持っていたからこそ、そして恐らく議会では処断ができないという事を、
最初から良く解った上で行動していた。だからこそ悟れなかった王子は敗北した。
そしてエリアスは歪む視界の中、どこに落ち度があったのか――調書を遡り、辿り始めた。
『 《王都動乱事件における供述書①》
事件に関し《大逆》被疑【ロータル・ベーレンス】は、本職に対し次のように証言した。
王国暦一一二年火竜月7日、王城内議場における状況の詳細を要約し説明するものとする。
被疑者が議場に赴いた際、室外2室内2の当直兵が警護しており、誰何を受けず入室した。
女王の指示を受け衛兵見習【カイル・アーロン】と共に護衛の任に着き、暫らく待機する。
その後、室外から聞こえた音で異変を察し、室内の衛兵に指示し扉前で臨戦態勢を取らせ、
施錠されていた扉を開け入って来た帝国兵【ロニー(姓不明)】は、座に衛兵を制圧し侵入。
《ロータルが女王の護衛を受任し、カイルに指示し、ロニーに対しての応戦を要請》する。
槍を扱うカイルに対して細剣を自在に操るロニーは異常な速度の刺突でカイルを圧倒する。
数十合にも及ぶ応酬で劣勢になり押されながらも戦況は硬直していたが、状況は一変する。
施錠されていたはずの登壇出口が開き、現れた庭師【オーリオ(姓無し)】が放った吹矢が、
カイルの右背部に刺さり、昏倒し倒れる。
そして《度重なる緊張と心労で昏倒した女王を、咄嗟に片手で抱きかかえ御身を支え》た。
その直後現れた王子と齟齬により口論となるが、帝国兵ロニーが分け入り交戦状態となる。
同様に戦局は拮抗し、《女王の身の安全を図る為に》登壇口からの避難を優先し退室した。
以上が王城内議場で発生した事案の経緯である。
以下、本職が被疑者に対し行った質疑内容。
1 被疑者は監督権のない見習い兵に対し、なぜ直接指示を行ったのか。
回答:指示監督権は女王にある事は理解していたが、護民官の任務に著しく逸脱しない、
且つ緊急事態であり、女王の精神状態が不安定であった為に独断で代行した。
2 女王の御身体に触れた事に対して、何か弁明することはあるか。
回答:緊急とは言え不敬に当る事は重々承知している。この件に関する処罰は甘受する。
3 女王の安全を図るとは本意か。庭師オーリオと共謀しての行動ではないのか。
回答:闖入者の目的は不明だが脱出する事を優先した。庭師は監察官の手の者だった。
書記官:ミシュリ・リエンヌ
【法務官付記】
本件について原告と被疑の供述は大方一致しているが、以下二点に相違が認められる。
1被疑者が告訴人に対し明確の反逆の意図を語ったとするもの
2被疑者が重要参考人庭師オーリオと共謀していたとするもの
法務官:マルセル・ドイエン 』
『 《王都動乱事件における供述書②》
事件に関し《騒乱》被疑【ヴァルト・マルダフント】は、本職に対し次のように証言した。
王国暦一一二年火竜月7日、王城展望台における状況の詳細を要約し説明するものとする。
被疑者は事件の前に既に同被疑ロータルにより収監されており、牢内で勾留の身であった。
単身脱獄し庭園で拘束されていた庭師オーリオの脱出を幇助、議場への侵入を手助けした。
庭師の指示で西棟階段を降り、女中門から出て雇主【アデラル・コルバート】と合流する。
その後、展望台に現れた【エドガー・アークライト】と、監察官アデラルの交戦に際して、
《契約に基づいてアデラルに加勢しエドガーとに対し敵対行動》を執る。
1対2で交戦する三名の元にオーリオが現れ、程なくしてロータルが女王を伴い展望台へ。
アデラルが加勢を促し、オーリオが参戦する。
この際《ロータルは女王保護の為の護衛と称し、展望台のガゼポで戦闘を傍観》していた。
暫らくして1対3となり不利となったエドガーの元に【名称不明】が現れエドガーに助力。
その後、議場から駆け付けた王子エリアスと、遅れて合流した【シェーラ・クィーン】に、
シェーラに助力する国家手配犯【フェアフォクス・フランメロート】が参戦。
圧倒的不利となった反逆者達は各々が散り散りに逃走を開始。《被疑は逃走を幇助》した。
以上が主に展望台で発生した事案の経緯である。
以下、本職が被疑者に対し行った質疑内容。
1 被疑者の雇用主は真にアデラル・コルベートであったのか。
回答:間違いない。庭師オーリオと主に彼に雇われ一連の事件に加担した。
2 同被疑ロータルは真に戦闘には参加していなかったのか。
回答:していない。戦局が不利になっても逃走する素振りは見せなかった。
3 自身の逃走を図らずに、何故逃走の幇助を優先したのか。
回答:体格的に無理と判断した。契約に反することは不義と考えた。
書記官:ルートラン・ベナルド
【法務官付記】
本件について原告と被疑の大凡は一致しているが、以下四点に不明・相違が認められる。
1・議場への侵入方法が不明。議場は正面入口・登壇口共に施錠されていた。
2・雇主との契約内容が不明。この件に関しては一貫して黙秘を貫いている。
3・脱獄の経緯に関し、特赦請願審議中のフェアフォクスとの証言が一致しない。
4・同被疑ロータルとの関係性において、招聘者シェーラとの証言が一致しない。
法務官:マルセル・ドイエン 』
***
閉会した議場から退席させられ、暮れの街を望む自室でエリアスは思考の迷窟を漂泊した。
決して明かされる事が無い、法務官マルセル以外は知り得ない《票内訳》を推量しながら。
エリアスにとってよく知らないヴァルトの件は些事であり、本題はロータルの罪状だった。
結果が『大逆』であれば極刑は免れない。
しかし『不敬』止まりならば王国が大きく揺らぐ。
腐敗への不満と将来への不安を常に抱いた居たエリアスが告訴人となり極刑を求めた事は、
これまでやこれからを考えれば至極当然の事と言える。
事実同調者は少なく無かった。
訴状に明確に同調の意を示していた、それをエリアス自身も把握していた者は以下となる。
序列3位マルセル・ドイエン
序列5位ランベルト・ローレン ボードウィン・プローヴ
序列7位ソフィア・カトリート メラニー・フォートレル イレーネ・オランジュ
この6名は事前にエリアスが接触出来た者達であり、職務により中立の姿勢を保っていた。
マルセル以外は票固めが出来ていた6名となる。マルセルに関しても概ね同意見だった。
特別招聘枠となったシェーラとラウルも王子側と目算出来た。
対して高確率で敵対する勢力も、ある程度は予想の範疇だった。
元老イサークや帝国の動きに同調していたと思われる、
序列5位フェリックス・マイヤー。
特別議会により召集された八伯クローヴィス・エンフィールドとシルヴァイン・ロンサード。
彼等と懇意の商会長で序列7位 ピレモ・ロトリーと中央区元老モーリス・ブランシェール。
フェリックスに関しては敵意を表した事は無かったが、一早く中央四方のゲートを閉ざし、
王都に害を及ぼす行動を取っていた点からエリアスは《敵対勢力》と断定した。
敵味方に鋭敏な彼の直感は間違っては居なかったが、浮動票の見通しが甘かったのだろう。
王家派の中で翻った二人――フローレン・メルセンスとヨハン・フォルシウスを除いても、
絵図に入らなかった議会役員の中で、エドガーとウルシュだけは説得をすべきだった。
なぜなら後述の二人こそが《棄権票》を投じた二人だったからだ。
公認ギルドマスターのウルシュは政治に関心が無く、師匠エドガーに同調したに過ぎない。
そしてエドガーと王子エリアスは、今は疎遠だが鍛冶ギルドにおける兄弟弟子である。
結局の所、敗因は王子エリアス自身の幼さにあったと言える。
彼が蟠りや拘りを捨て、胸襟を開いて話していれば結果は違ったはずなのだ。
***
徒労と失意の微睡の中で、唯一鮮烈に光を放っていた瞬間が稲光のように脳裏を駆け巡る。
瞼を閉じれば鮮明に浮かび上がる剣劇は、さながら輪転する舞踏のようだった。
「な……んだ! その速さは! 付いて……くのが、やっと……だと!?」
「いい加減……倒れ……ろよ! こっちは時間……無い、んだ……!」
帝国兵を名乗った金色の髪を持つ青年剣士は、目が眩む程に整った目鼻立ちをしていたが、
何よりその姿勢が異様で、腰が引けた状態から放たれる刺突の速さが人外のそれだった。
切っ先を交える前に名前のみを告げた帝国兵こと、ロニーの剣術は所謂《後の先》である。
積極的に斬りかかるエリアスの攻撃を全て迎撃し、その合間に倍以上の反撃を見舞う。
ただ《攻撃する》という点においては、ロニーは遥かにエリアスを凌駕していた。
しかし圧倒的に《踏み込み》が足りず、その優位性を以ってエリアスは対応する。
似通った細刃と速さを信条とする二人は、才能と勇気の鬩ぎ合いに共鳴し始めた。
「あああ! もう! 鬱陶しい……なぁ!!」
感情の発露と共に突進したロニーの鋭い切っ先を、お株を奪う様に切り上げたエリアスは、
刹那翻り、背中合わせに柄頭を横腹部に叩きこむ――
低い呻きを堪えたロニーは、即座に右手の剣を左手に投げ、逆手で死角を斬り上げた――
――即座に床を蹴ったエリアスは後方へ飛び退き、ロニーの剣風がエリアスの残影を散らす。
距離が開いた二人の間に、一時の静寂と思考の空白が流れる。
傾いた陽が床に跳ね返り、一筋の輝光が塵埃すら明滅させた。
「ハァハァ……何なんだお前は。何の目的でこんな所まで入り込んだ?」
「……そんなの……僕にも解んないよ。何で……どうしてこんな……」
「さっきから何を言ってる! お前は帝国の兵士だろ? 標的は姉さんか!?」
「知らなかったんだよ……あんな……そっくりだなんて。知ってたら……僕は!!」
「一体何を……って……お前……その顔は」
エリアスの違和感に視線を返したロニーは突如踵を返し、開かれた大扉から飛び出す――
「ま、待て!! くそ! 逃がすか!」
階段を駆け上がったロニーはバルコニーに出ると、指笛を鳴らし剣を鞘に納め叩きつけた。
「おい!! どこに行くつもりだ!! 逃げられると思ってるのか!?」
追いついたエリアスの制止も聞かずに、軽く跳躍し欄干を蹴って宙に身を投げたロニーは、
空から舞い降りた騎竜の手綱を掴み――
北の空へ急上昇すると、城塔の影へと消えて行った。
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