あなたを愛する心は珠の中

れもんぴーる

文字の大きさ
28 / 32

珠の記憶 1

しおりを挟む
「ねえ、クロウ。どうしたらいいのかしら。前回もお断りしたのにルブラン侯爵は納得してくれないようなの。」
 セドリックの父は社交の場で、まるで自分の息子こそがいまだにアリエルの婚約者であるかのように吹聴しているようだ。
 当然婚約破棄にも解消にも応じない。
「どうあがこうとどうにもならないのに。こちらからあちら有責で婚約破棄を突き付けることは出来ますよ。サンドラから資金援助を受けていただけでも十分な罪なのだから。」
「ええ、わかっているわ。でも彼が少し可哀想で。なんだかいつも必死な様子で、こちらまで悲しくなるくらい。だからあまりひどい婚約破棄をしたくないの、彼のこれからの事があるでしょう?」
 アリエルの優しさなのかもしれない、だが無意識にかばうほどのアリエルの想いからの言葉とすればこのままでいいのかともクロウは思う。

「あの男はあの親狸と違い、まっすぐだったから哀れだと思います。でもあの男は対処を間違えた。何かあった時に情に流され判断を誤るようではお嬢を守れない。それにもう住む世界は異なります、はっきりと言ってやる方があの男のためですよ。」
 クロウが告げる。
「うん。最後にもう一度話をしてきちんとお別れをするわね。」
「はい、それがいいと思います。ですが・・・先日も申しましたが記憶はそのままでのお別れで後悔はありませんか?」
 自分の記憶喪失はシャルルによるものだとアリエルは聞いていた。
 アリエルが落ち着いたころ、シャルルが説明してくれたのだ。
 
 コベール国で両親の事で心労があったうえに、学院でも人間関係が破綻し、婚約者の裏切りがあった。そのためアリエルは倒れ、食事もとれなくなったためアリエルを守るために記憶を一時預かったと。
 アリエルが必要な時にその記憶は戻すことできるのだと。

「クロウの言うようにもう住む世界は違うし、珠の記憶は私にはもう必要ないのではなくて?私は・・・彼の事を思い出したくはないわ。」
 アリエルはクロウを見つめてそう言った。
「記憶がないからそう思うだけかもしれません。」
「クロウは・・・私が彼を思い出した方がいいの?」
 少し悲し気にアリエルはうつむく。
「いえ・・・そうではありません。本音ではそんな記憶など捨ててしまえばいいと思ってます。ただ・・・あの男といるときのお嬢は、そばで見ていて眩しいくらいに幸せそうでした。辛いこともありましたが、あの眩しく幸せだった記憶は大切なものだと思う。辛くてもお嬢を形つくった大切なものだから。」
 アリエルは両手をぎゅっと握りしめながら、
「クロウ・・・でも私はあなたを・・・」
 震える声でそう言った。
 そんなアリエルをクロウは驚いたように見つめ、片手で口を覆った。

「お嬢・・・俺も。俺もお嬢を愛してます。ずっとずっと前から。」
「クロウ!」
 アリエルはポロポロっと涙をこぼした。
「それなのに記憶を取り戻す方がいいというの?もし・・・もし・・・私が彼の方に行きたいと思ったらどうするの?お母さまのように種族を越える道を選ぶかもしれないじゃない!私の今の気持ちはどこへ行くの?偽物なの?」
 アリエルは涙を落としながら、不安そうに俯く。。
「お嬢、落ち着いて。偽物なんかであるわけないでしょう。俺は今すごく嬉しい、幸せです。不要なことを申し上げたことお詫びします。ただ俺は・・・お嬢には真の幸せを掴んで欲しいから。」

 記憶など思い出さない方が何の憂いもなくクロウと幸せになれると思うのに。クロウは思い出した方がいいようなことを言う。
 クロウは私の事を愛していると言ってくれたけど、それは仕える者に恥をかかせてはいけないというクロウの配慮だったのかもしれない。 
 アリエルがそう落ち込んでいた時、
「クロウもな、記憶を失っているんじゃよ。」
 重大な秘密を話すようにシャルルが打ち明けた。
「ええ!?」
「あいつにも大切な人がいたんじゃが・・・そんな記憶もすべて失ってしまってのう。だが記憶を失ったということは、初めからなかったに等しい。でもあいつはアリエルに会って幸せそうだろう?だから、アリエルも記憶を取り戻さずとも幸せには変わりはない。」

 アリエルは思ってもみないことで驚いた。
 そして自分の胸の中につきんとした痛みを感じたが、その正体はわからなかった。
「どうして・・・どうしてクロウはその方の記憶を失ったのですか?その方が今どうされているのですか?」
 シャルルはふっと笑うと
「知らん。」
 とのたまった。
「だって嘘じゃからな。」
「ええ?お爺様⁉」
「アリエルが悩んでいる様子じゃったから、反対の立場になれば進むべき道がわかるだろうと思っての。」
 シャルルは優しく笑うとアリエルの頭を撫でた。
「お爺様・・・」

 もし立場が反対なら?
 クロウが心から愛していた人の記憶がないまま、私に求婚をしてくれたら・・・クロウが愛するのは、本当はその人で自分ではないのかもしれないとの不安が一生付きまとうだろう。それで心から幸せになれるのだろうか。
 クロウの気持ちを考えたら珠の記憶を戻す方がいいのかもしれない。でももしそれでクロウへの気持ちが揺らいだら?
 想像すると怖くなる。

 このまま思い出さずにただクロウへの気持ちだけを持って前に進むのか、思い出して二人の間を揺れ動くことになってしまうのか、それとも前の婚約者の事しか思えなくなるのだろうか・・・

 アリエルは選択を迫られることになった。

しおりを挟む
感想 41

あなたにおすすめの小説

あなただけが私を信じてくれたから

樹里
恋愛
王太子殿下の婚約者であるアリシア・トラヴィス侯爵令嬢は、茶会において王女殺害を企てたとして冤罪で投獄される。それは王太子殿下と恋仲であるアリシアの妹が彼女を排除するために計画した犯行だと思われた。 一方、自分を信じてくれるシメオン・バーナード卿の調査の甲斐もなく、アリシアは結局そのまま断罪されてしまう。 しかし彼女が次に目を覚ますと、茶会の日に戻っていた。その日を境に、冤罪をかけられ、断罪されるたびに茶会前に回帰するようになってしまった。 処刑を免れようとそのたびに違った行動を起こしてきたアリシアが、最後に下した決断は。

【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい

高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。 だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。 クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。 ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。 【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】

何年も相手にしてくれなかったのに…今更迫られても困ります

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のアンジュは、子供の頃から大好きだった幼馴染のデイビッドに5度目の婚約を申し込むものの、断られてしまう。さすがに5度目という事もあり、父親からも諦める様言われてしまった。 自分でも分かっている、もう潮時なのだと。そんな中父親から、留学の話を持ち掛けられた。環境を変えれば、気持ちも落ち着くのではないかと。 彼のいない場所に行けば、彼を忘れられるかもしれない。でも、王都から出た事のない自分が、誰も知らない異国でうまくやっていけるのか…そんな不安から、返事をする事が出来なかった。 そんな中、侯爵令嬢のラミネスから、自分とデイビッドは愛し合っている。彼が騎士団長になる事が決まった暁には、自分と婚約をする事が決まっていると聞かされたのだ。 大きなショックを受けたアンジュは、ついに留学をする事を決意。専属メイドのカリアを連れ、1人留学の先のミラージュ王国に向かったのだが…

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

【完結】イアンとオリエの恋   ずっと貴方が好きでした。 

たろ
恋愛
この話は 【そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします】の主人公二人のその後です。 イアンとオリエの恋の話の続きです。 【今夜さよならをします】の番外編で書いたものを削除して編集してさらに最後、数話新しい話を書き足しました。 二人のじれったい恋。諦めるのかやり直すのか。 悩みながらもまた二人は………

真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください

LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。 伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。 真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。 (他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…) (1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)

私は本当に望まれているのですか?

まるねこ
恋愛
この日は辺境伯家の令嬢ジネット・ベルジエは、親友である公爵令嬢マリーズの招待を受け、久々に領地を離れてお茶会に参加していた。 穏やかな社交の場―になるはずだったその日、突然、会場のど真ん中でジネットは公開プロポーズをされる。 「君の神秘的な美しさに心を奪われた。どうか、私の伴侶に……」 果たしてこの出会いは、運命の始まりなのか、それとも――? 感想欄…やっぱり開けました! Copyright©︎2025-まるねこ

その結婚、承服致しかねます

チャイムン
恋愛
結婚が五か月後に迫ったアイラは、婚約者のグレイグ・ウォーラー伯爵令息から一方的に婚約解消を求められた。 理由はグレイグが「真実の愛をみつけた」から。 グレイグは彼の妹の侍女フィルとの結婚を望んでいた。 誰もがゲレイグとフィルの結婚に難色を示す。 アイラの未来は、フィルの気持ちは…

処理中です...