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廃嫡
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王宮パーティの数日後、父に本邸に呼び出された。
久しぶりに本邸に足を踏み入れると、隅々まで掃除が行き届き使用人たちはきびきびと動いている。
彼らはガエルを見ると足を止め頭を下げてくれる。
それを見て、自分は以前の使用人たちと仲がいいと思っていたが、舐められていたのだと悟った。愛人の事を内緒にしてもらっている後ろめたさで、厳しく指導することもなく知らず知らず媚を売っていたのかもしれない。
「今の生活はどうだ? 平民と結婚して幸せか?」
父は机に肘をつき腕を組んでガエルを見た。
「……はい。まあ。一度父上に会いたいと言っております。場を設けていただけませんか?」
それを餌にジョゼットにはしっかりとしたマナーを身に着けてもらわなければならない。
「必要はない」
「ですが、私の妻ですし、いずれはこちらの本邸で暮らすことにもなります。侯爵夫人としての仕事も少しずつ覚えてもらわないといけないと思います。父上に無礼な事ばかりしましたが、侯爵夫人として恥ずかしくないようしっかりと教育いたしますので……」
厳しい父や使用人がいる本邸に来れば、さすがのジョゼットも変わらざるを得ないだろう。
「その様な心配はしなくてもよい。それからすぐ離れから出るように」
ガエルは顔を明るくした。
「ありがとうございます。ジョゼットも本邸で暮らしたいと言っていて……」
「何を言っている? 本邸には一歩も足を踏み入れさせない」
「は? どういうことですか?」
「お前の廃嫡と除籍の手続きが完了した。もうお前は私の息子でも貴族でもない。最愛の妻と二人ですぐに出ていってもらおう」
「な! 何の冗談ですか⁈」
「冗談ではない」
手続きが終了した書類を見せられた。
ガエルは震えてしゃがみこみそうになりながら父に訴える。
「私しか継ぐ者はいないではないですか! 私はずっと後継者として勉強してきたのに……そんなバカなことを……」
「後継者として勉強してきた結果があの体たらくか? お前は何を学んできたのだ? 仕事をおろそかにするばかりか私を長年欺いてまであの女とつきあっていたのだろう、お似合いの二人でふさわしい環境で幸せになるがいい。後継者についてはお前が心配することではない」
「許可してくれたじゃないですか! 駄目なら駄目だと!」
「私は初めから駄目だと言っていたが? 後妻なら私が喜んで許すと思ったのか? 本気で平民を迎えるつもりならばなぜ教育しなかったのだ、これまで時間はあっただろう。最低限の振る舞いどころか、あのような非常識な者を娶るとお前が決めた以上、お前もここを継ぐつもりなどないのだと私は解釈したんだが? 間違っているか?」
「そんな……私はセラフィーヌを妻として尊重しておりました。ジョゼットを妻にするつもりなどありませんでした。彼女の死でジョゼットを急に迎えることになって……これから教育しますから!」
「今更か。たとえこれから見せかけのマナーを身に着けたところで、あのように下品で無礼な女を妻に迎えたいというお前が理解できぬが、それなりの覚悟をもってお前が決めたことだろう」
「父上! お願いです! 必ずジョゼットを教育しますから!」
「住む家と当面の生活資金は用意してやる。三日の猶予をやるからその間に準備しろ。話は以上だ」
フェルマンがそういうと、控えていたオーバンがガエルを部屋の外へと促す。
「待ってください! ジョ、ジョゼットと別れます! お願いします!」
「お前は私をどこまで失望させるのだ?」
父は自分の方を見ることもなく冷たく言い放った。
あまりにもの冷たい響きにガエルはそれ以上縋りつくことができなかった。
「ガエル、お義父様はなんて?」
離れで待っていたジョゼットは戻ってきたガエルに飛びつくように抱き着いた。
「本邸で暮らしていいって?」
ガエルはそれには答えず、どさりとソファーに座り込み頭を抱えた。
「ねえ、ガエルったら」
「少し静かにしてくれ」
ガエルは父親から廃嫡を言い渡され、頭が真っ白になっていた。
なぜこんなことになったのかさっぱりわからなかった。
確かに父が領地にいる間、セラフィーヌを冷遇しジョゼットに貢いでいた。
重要な取引先との契約や視察には出向いていたが、大部分を家令や従業員に任せ自分は報告を聞いて書類にサインをするくらいだったのは否めない。
父はどんな相手でも自分で動き、従業員や取引先と信頼関係を築いていた。父が確立した系統立ったシステムがあり、ガエルががむしゃらになって何かしなくてもすべてがうまくいっていたのだ。
だが、父の報告書によるとあちらこちらから不満が上がっていたことを知った。
ジョゼットのことだって、本当に後妻に迎えられるなんて思っていなかったから何も学ばせてこなかった。最も今のジョゼットを見ていると時間をかけて学ばせていても無駄だったとわかるし、一生愛人のままの方がよかったとも痛感している。
あれだけ愛していたはずのジョゼットだが今では幻滅し後悔しかない。
侯爵家から追い出されて平民になるくらいならいつでも切り捨てる。
久しぶりに本邸に足を踏み入れると、隅々まで掃除が行き届き使用人たちはきびきびと動いている。
彼らはガエルを見ると足を止め頭を下げてくれる。
それを見て、自分は以前の使用人たちと仲がいいと思っていたが、舐められていたのだと悟った。愛人の事を内緒にしてもらっている後ろめたさで、厳しく指導することもなく知らず知らず媚を売っていたのかもしれない。
「今の生活はどうだ? 平民と結婚して幸せか?」
父は机に肘をつき腕を組んでガエルを見た。
「……はい。まあ。一度父上に会いたいと言っております。場を設けていただけませんか?」
それを餌にジョゼットにはしっかりとしたマナーを身に着けてもらわなければならない。
「必要はない」
「ですが、私の妻ですし、いずれはこちらの本邸で暮らすことにもなります。侯爵夫人としての仕事も少しずつ覚えてもらわないといけないと思います。父上に無礼な事ばかりしましたが、侯爵夫人として恥ずかしくないようしっかりと教育いたしますので……」
厳しい父や使用人がいる本邸に来れば、さすがのジョゼットも変わらざるを得ないだろう。
「その様な心配はしなくてもよい。それからすぐ離れから出るように」
ガエルは顔を明るくした。
「ありがとうございます。ジョゼットも本邸で暮らしたいと言っていて……」
「何を言っている? 本邸には一歩も足を踏み入れさせない」
「は? どういうことですか?」
「お前の廃嫡と除籍の手続きが完了した。もうお前は私の息子でも貴族でもない。最愛の妻と二人ですぐに出ていってもらおう」
「な! 何の冗談ですか⁈」
「冗談ではない」
手続きが終了した書類を見せられた。
ガエルは震えてしゃがみこみそうになりながら父に訴える。
「私しか継ぐ者はいないではないですか! 私はずっと後継者として勉強してきたのに……そんなバカなことを……」
「後継者として勉強してきた結果があの体たらくか? お前は何を学んできたのだ? 仕事をおろそかにするばかりか私を長年欺いてまであの女とつきあっていたのだろう、お似合いの二人でふさわしい環境で幸せになるがいい。後継者についてはお前が心配することではない」
「許可してくれたじゃないですか! 駄目なら駄目だと!」
「私は初めから駄目だと言っていたが? 後妻なら私が喜んで許すと思ったのか? 本気で平民を迎えるつもりならばなぜ教育しなかったのだ、これまで時間はあっただろう。最低限の振る舞いどころか、あのような非常識な者を娶るとお前が決めた以上、お前もここを継ぐつもりなどないのだと私は解釈したんだが? 間違っているか?」
「そんな……私はセラフィーヌを妻として尊重しておりました。ジョゼットを妻にするつもりなどありませんでした。彼女の死でジョゼットを急に迎えることになって……これから教育しますから!」
「今更か。たとえこれから見せかけのマナーを身に着けたところで、あのように下品で無礼な女を妻に迎えたいというお前が理解できぬが、それなりの覚悟をもってお前が決めたことだろう」
「父上! お願いです! 必ずジョゼットを教育しますから!」
「住む家と当面の生活資金は用意してやる。三日の猶予をやるからその間に準備しろ。話は以上だ」
フェルマンがそういうと、控えていたオーバンがガエルを部屋の外へと促す。
「待ってください! ジョ、ジョゼットと別れます! お願いします!」
「お前は私をどこまで失望させるのだ?」
父は自分の方を見ることもなく冷たく言い放った。
あまりにもの冷たい響きにガエルはそれ以上縋りつくことができなかった。
「ガエル、お義父様はなんて?」
離れで待っていたジョゼットは戻ってきたガエルに飛びつくように抱き着いた。
「本邸で暮らしていいって?」
ガエルはそれには答えず、どさりとソファーに座り込み頭を抱えた。
「ねえ、ガエルったら」
「少し静かにしてくれ」
ガエルは父親から廃嫡を言い渡され、頭が真っ白になっていた。
なぜこんなことになったのかさっぱりわからなかった。
確かに父が領地にいる間、セラフィーヌを冷遇しジョゼットに貢いでいた。
重要な取引先との契約や視察には出向いていたが、大部分を家令や従業員に任せ自分は報告を聞いて書類にサインをするくらいだったのは否めない。
父はどんな相手でも自分で動き、従業員や取引先と信頼関係を築いていた。父が確立した系統立ったシステムがあり、ガエルががむしゃらになって何かしなくてもすべてがうまくいっていたのだ。
だが、父の報告書によるとあちらこちらから不満が上がっていたことを知った。
ジョゼットのことだって、本当に後妻に迎えられるなんて思っていなかったから何も学ばせてこなかった。最も今のジョゼットを見ていると時間をかけて学ばせていても無駄だったとわかるし、一生愛人のままの方がよかったとも痛感している。
あれだけ愛していたはずのジョゼットだが今では幻滅し後悔しかない。
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