アンジェリーヌは一人じゃない

れもんぴーる

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アンヌ、王宮へ

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 今、アンヌはナリスに贈ってもらったドレスとアクセサリーに身を包み、王宮内の控室に座っている。そして緊張で全身をこわばらせていた。
 一目で高級だと判るティーカップでお茶を出されたが、震える手でもつこともできなかった。

 王宮に来ることでさえ緊張するというのに、これからお人形と称されている王女と初めて対面するのだ。しかも先日の王弟殿下のみならず、恐れ多くも国王陛下も同席されるという。
 王族に対して身分を偽ることが出来ず、ナリスがアンジェリーヌの事情を話した。アッサンがアンジェリーヌであることは口外しないことを約束していただき、この度登城することになったのだ。
 今日は、顔を隠すものもなく、観客が王族だけという恐ろしい環境に緊張でのどがカラカラだ。

「大丈夫だよ、私も側にいるから」
「で、でも。王女様だけだと思っていたので・・・」
 反応のない王女の前で歌うだけだから大丈夫と言われてやってきたところ、国王も愛娘の事であり立ち会いたいと急に希望されたのだ。
 ナリスは震えるアンヌの手をとるとその甲にキスをした。
「な、何をされるんですか!」
「少し緊張がほぐれるかと思って」
「悪化してます!」
「大丈夫。ただ、ヴァランティーヌ王女の慰めになれたらいいなというくらいの事だから」
「・・・はい」
 そうしているうちに案内係がやってきていよいよ王女の部屋に招き入れられることになった。
 アンジェリーヌは扉の前で大きく深呼吸すると、部屋に入った。


(うっ・・・)
 王族然とした方々が数名座っている。そして聞いていたよりも人数が増えている。
 思わず助けを求めてナリスを見てしまった。
「陛下、お待たせいたしました。アンジェリーヌ嬢をお連れいたしました。しかし・・・いささか人数が多いように思われますが」
 そこには陛下、王弟殿下そして話に聞いていた通り、視線が誰とも会わず空を見つめている王女が座っていた。
 しかし、それ以外に若い女性や中年の女性ら数人がキラキラした目でアンジェリーヌを見てくる。 服装や気品を見ると王族の一員だと思われる。

「それがだな、噂のM.アッサンが王女に会いに来てくれるのだ、とうっかり口を滑らしたところ王妃と姪たちから聞きたいとせがまれてしまってな」
「困ります。正体を知られないようにお願いしたではないですか」
「すまん。皆には口外せぬよう申しておる」
 国王の言葉に他の王族が頷く。
「まさか、あのM.アッサン様が貴族のご令嬢だったとは思いもしませんでしたわ。あなたの噂はずっと聞いておりましたの。でもさすがにお忍びではいけませんでしょう? だから陛下にお願いしましたのよ。決して漏らしませんから安心してください」
 王妃にまでそう言われてしまえば、頭を下げるしかない。

「アンジェリーヌ嬢。王女殿下を紹介するよ」
 ナリスがヴァランティーヌ王女の前にアンジェリーヌを連れて行ってくれた。
 聞いていた通り何の反応もない王女に、ナリスはアンジェリーヌを紹介し、これから素敵な歌を披露するから楽しみにしていてねと伝えた。
 すると王女殿下の視線がアンジェリーヌに向いた・・・ように見えた。
 それだけでも室内の王族方、そしてナリスも驚いたような顔をして王女を見た。
 みんなの視線を集めた王女はそろっと右手を上げるとアンジェリーヌの方に伸ばした。

「ヴァランティーヌ!」
 自発的な動きなどしたことがない王女のその動きに悲鳴のような声が上がり、王妃は涙を流してヴァランティーヌが伸ばした手を両手で握った。
「ああ、ヴァランティーヌ・・・わかる?お母様よ!?」
 しかし、一瞬意志を持ったように思われた王女だったがそのまま手を下げてまた空を見つめるいつもの様子に戻ってしまった。
 ナリスも驚いたように目を見張ったが、その視線は王女よりもアンジェリーヌに向けられていた。

「なんですか?」
 アンジェリーヌはひそひそとナリスに聞いた。
「いや・・・ティティは君を見て反応したように思えて」
「いや、まさかですよ。たまたまですよ」
 二人の会話が聞こえた王妃は
「いいえ、偶々ではないわ! 今までただの一度もこの子は反応したことがなかったのですもの。アンジェリーヌ様、この子のために歌って下さる? またこの子が反応してくれるかもしれないわ!」
「わ、私にはそんな力など・・・」
 ますます恐れ多く、責任が重くて歌える気がしない。
「王妃、気持ちはわかるが・・・私も驚いたが、彼女に責任を負わせてはいけない。それでなくとも無理を言ってわざわざ来てもらったのだ。アンジェリーヌ嬢、すまなかった」
「いえ・・・」
 いくら国王がそんなことを言ってくれても、この異様な雰囲気の中歌うのは相当勇気がいる。
「アンジェリーヌ様、ごめんなさい。ただこの部屋から出る事のないこの子に・・・あなたの歌を聞かせてあげたいの。それだけのつもりだったのよ、申し訳なかったわ」
 アンジェリーヌの手を握って涙を浮かべた女王に、アンジェリーヌは母の娘を想う気持ちに打たれた。
「・・・かしこまりました」
 そして母親にこんなに思われている王女を羨ましくも思った。
 この愛情深い方々に少しでも慰めにでもなればと、アンジェリーヌは覚悟を決めたのだった。


 アンジェリーヌは王族の方々に戸惑ったことをお詫びし、ヴァランティーヌ王女にもこれから歌を披露させていただくと改めて挨拶をさせてもらったその時。
 王女とアンジェリーヌの視線がしっかりと合った。
 それを見た王妃は身を乗り出しそうになったものの騒ぐことはなく堪えてそれを見守った。
 アンジェリーヌはにっこりと王女に笑いかけてから背筋を伸ばした。

 披露するのはユー〇ン様の「春よ来い」。
  王弟からは先日お同じ歌をと所望されていたが、今はこの曲がふさわしい気がした。
 アンジェリーヌは大きく息を吸うと静かに歌い始めた。

 歌い終わると皆が目頭を押さえていた。
 春を、愛しい人を、希望を・・・それらを待つその愛しくも切ない気持ちを、ヴァランティーヌ王女を待つ気持ちに投影したのかどうか、王族の方々の胸にも響いたようだった。
 王妃は国王に肩を抱き寄せられながら涙を落としていた。

 そして・・・
「陛下! ヴァランティーヌが!」
 王妃が思わず叫び、皆が王女を見るとその目から涙がこぼれていた。
 無表情のまま、ただ視線がアンジェリーヌに向き、静かに涙だけが頬を伝っていた。

 アンジェリーヌの歌の力に国王夫妻からこれからも王女のもとに通って欲しいと懇願された。
 自分にはそんな力はなく、偶々であると全力で辞退したが国王からの願いを退けるなどできなかった。しかも娘を想う親の純粋な願いを無碍には出来なかった。
 何の成果がなくてもお咎めはないことをナリスが確認してくれた上で、また来ますと約束したのだった。

 しかし、その約束が果たされることはなかった。

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