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それぞれの想い
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<アンジェリーヌ>
一時期の記憶を失っているアンジェリーヌは侯爵家でゆっくりと療養していた。そして自分を取り巻く環境が以前と全く異なっていることを実感していた。
朝になるとメイドが顔を洗うお湯を用意し、髪を整え着替えを手伝ってくれる。そして食堂に行くと温かい食事が用意され、父と弟と何気ない会話をしながら食べる日々。
生活環境が改善しただけではない、何よりも自分の事を見てくれる父、側にいてくれる父、何かと心配をして色々してくれる父。これまでのことを謝り、愛していると伝えてくれるのだ。
その言葉がアンジェリーヌはどれだけ嬉しかったことか、どれだけ欲していた事か。それを聞けただけでも白い世界から戻ってくることが出来て良かったと思った。
自分をいじめていた義母もメイドもいなくなり、全てを見て見ぬふりをしていた弟までアンジェリーヌにまとわりつく。
弟のアベルは特に変わっていた。今までほとんど話したこともないのに、姉上と慕って来る。寝込んでいるアンジェリーヌに食事や飲み物を快く運び、甲斐甲斐しく世話をしてくれる。その世話があまりにも板についていたので、アンヌはもしかしたら病弱だったのかもしれないとアンジェリーヌは思ったほどだ。
そしてやはり父と同じようにこれまでの事を泣きながら詫びてくれた。この子がこんな泣き虫であった事さえ知らなかった。ようやく本当の姉弟になれる気がした。
昔、アンジェリーヌが望んでいたような温かい居心地のいい家、優しい家族。
もう無視されることも叩かれる心配も、ご飯を食べられない心配もしなくていい。
おまけに婚約者のロジェも、何度も会いに来て、お菓子やプレゼントを持ってきてくれる。その視線も話し方もとても柔らかく、以前とは別人のようだった。ロジェも真摯に詫びてくれた。
もちろんひどく傷ついていたけど、初めの頃の優しくて頼りがいがあったロジェが大好きだったから。
途中から冷たくなったが、あれは差し伸べてくれた手を私が振り払ったから。傷ついたし辛かったけど、私の態度が苛立たせていたのはわかっていた。そしてロジェ様も若く、感情を持てあましていた故の言動だったのだろう。
それが今はこちらが恥ずかしくなるくらいに優しく、距離も近い。時々不安そうな顔でロッシュ家の事を聞いて来るけど、私が首をかしげると安心したように笑うところが可愛くてときめいてしまうのは内緒だ。
このように突然変わってしまった周囲に驚きながらもアンジェリーヌはとても幸せだった。
しかし・・・この幸せはアンヌが作ってくれたもの。そのアンヌはあの神様に連れ去られたままどうなったのかわからない。
自分の中に長い間閉じ込められていた姉。それなのに自分の為に周りを変えて、自分に戻れと言ってくれた姉。アンヌの事を想うと涙が出てくる。
アンヌに会いたい・・・幸せな毎日を送っていても、アンジェリーヌの心の中にはいつもアンヌへの想いがあった。
あの時、入れ物があると神様は言っていた。もしあれが夢でなく本当なら、いつかまたアンヌに会えるかもしれない。その時までに自分ももう少し強くなり、今度は自分がアンヌを助けると決意したのだった。
<アベル>
転落事件で意識を失っていた姉の意識がやっと戻った。
目が覚めた姉は、毒舌を吐くことなく、だらだらすることもない所作が美しい以前のアンジェリーヌだった。
自分の事を子分と呼んでこき使った姉。
貴族令嬢とは思えないが、人を惹きつける魅力のあった傍若無人で行動力があり素晴らしい歌を歌う姉にはもう会えないのだ。
アベルはアンヌからもらったカフスを撫で、そっと涙を落とした。
だが、ずっと後悔して謝りたかった姉が戻ってきてくれた。神様は、やり直す機会をくれたのだ。
アベルはこれまでの事をアンジェリーヌに謝り、これから姉弟として絆を深めたいと伝えた。
アベルは今度こそ今の姉を大切にしようと決意したのだった。
それでも。
叶わない願いとはわかっていながら、アンジェリーヌもアンヌにもどちらの姉にもいて欲しかった。またいつか、女装しなさいよと笑って言って欲しかった。
一人で自室の窓から夜空を眺めていると、涙が落ちてくるのを止められなかった。
<ロジェ>
「美味しい。ロジェ様ありがとうございます。」
アンジェリーヌが嬉しそうにロジェが持ってきたケーキを口にしている。
久しく消えていた屈託のないアンジェリーヌの花の咲いたような笑顔。
ああ、元に戻ってくれたと思った。
命を取り留めた事だけではなく、自分が好きだったアンジェリーヌに戻ってくれたのだ。
ロジェはこれまでの事を平謝りに謝った。
ずっと拗ねて冷たい態度をとってしまい、婚約者として男として最低だった。しかしいつも言った後に後悔していた。だけど出会ってから今までずっと・・・好きだったと告白した。
許してくれとは言えないが、やり直す機会をどうか与えて欲しいと懇願した。
アンジェリーヌは驚いたような顔をした後、嬉しいと涙ぐんでくれた。
あの日以来、ナリスはアンジェリーヌの前に現れなくなった。
アンジェリーヌを奪われる一番の脅威がいなくなり、ロジェは心底安堵した。
意識が戻ったアンジェリーヌがロジェとの婚約解消を望み、ナリスとの婚約を願ったなら身を引くしかないと覚悟をしていたのだ。
このような事態に陥ったのはペルシエ家だけではなく、自分にも責があるから。
それが自分にできる唯一の償いだから。
しかし今のアンジェリーヌにナリスの記憶は全くなく、自分だけを昔のように慕ってくれている。
そしてアンジェリーヌに婚約解消の記憶がないのをいいことに、ロジェは侯爵に頼み込んで婚約は継続していた。
神が与えてくれたこの機会に感謝し、もう二度とアンジェリーヌを悲しませない、幸せにすると誓ったのだった。
<ペルシエ侯爵>
長い間行方不明であった娘が見つかった。
最悪な状態で……
愚かな自分のせいで長い間、屋敷で虐げられていたアンジェリーヌ。
娘の状況を知ろうともしなかった自分を見限り、アンジェリーヌは出て行った。
騎士団に捜索を依頼したが見つからなかった。
アベルがひそかに通うロッシュ家にいる事がわかり、会いに行ったが別人だった。
それ以上何の情報もないままに日が過ぎていったが、ある日ロッシュ家から火急の知らせが届いた。
アンジェリーヌが瀕死だと。
やはりロッシュ家で匿われていた。匿っていながら娘をこんな目に合わせたロッシュ家に憤りしかなかった。だが・・・もとはと言えば全て自分の責任なのだ。
意識の戻らない娘を前に毎日祈りをささげた。
虫がいいと分かっていながら、亡き妻にこの子を助けてくれと願った。生きてさえいてくれればもう、家に戻ってこなくても、ロッシュ家で暮らしても、二度と私に会ってくれなくてもいい。そう思った。
祈りが聞き届けられたのか、アンジェリーヌの意識が戻った。
目覚めたアンジェリーヌは毅然とした態度と毒舌はなりを潜め、昔の優しく穏やかな娘に戻っていた。
そしてこんなひどい父親を許し、愛していると言ってくれた。
娘のために再婚したと言いながら、その再婚のせいで娘をこのような状況に追い込んだ私を。
長期間意識がなく寝たきりだったせいで、ひどく痩せて弱弱しくなったアンジェリーヌの姿に胸が痛む。自分の責任であることは重々承知であるが、どうしても元凶のマノンを許すことができなかった。
彼女とは離縁をしたが、スムーズには行かなかった。
なぜなら彼女が納得しなかった事、彼女の引き取り手がなかった事、また一度は認めていた虐待をやっていないと否定しだしたのだ。証人として、使用人が名乗りを上げてくれたが、陥れようとするとことごとく否定した。
アンジェリーヌの部屋にはアクセサリーもドレスもほとんどないことが証拠だと述べても、虐待の証拠ではないと開き直った。
困った私に協力をしてくれたのは息子だった。あれだけ母を慕っていた息子が泣きながら日記を見せてくれた。マノンが泣くアンジェリーヌを叩いていた事、ロジェに会いに行く服が欲しいと言ってもお前などそれで十分だと言っていたことが書かれていた。たまたま目撃しただけのほんの数回の事だったが、虐待が事実であったことが証明され、ようやく離縁が成立した。
実の息子の裏切りにヒステリックに騒ぎ立てていたが、そのまま実家に送り返した。しかし、実家もマノンを受け入れることはなかった、侯爵家のうちから睨まれるのを恐れたためだ。
マノンは平民となり、実家が最後の恩情で用意した家で暮らすことになった。しかし、平民の生活に納得できず、屋敷の周りをうろつくようになった。
アンジェリーヌへの逆恨みや、アベルの心情を考えてもこれ以上その姿を見せるわけにはいかなかった。不審者として、治安部隊に突き出し、遅ればせながら侯爵家令嬢に対する虐待、侯爵家当主に対する虚偽報告と詐欺を訴え出た。
そこまでして初めてマノンは許しを請うた。もう二度と付きまとわないから訴えを取り下げてくれと涙ながらに訴えたのだ。
あのときはそれで縁が切れるならと思い、それで許してしまった。
しかし、奇跡的に命を取り留めたアンジェリーヌを前に、あれでは手ぬるかったのかもしれないと思った。
もしかしてアンジェリーヌを突き落としたのはマノンではないのか。
そんな疑惑を頭の中から追い払うことが出来ず、マノンを調べた。
彼女は、どこかの商人の愛人におさまっていた。金銭援助を受け、比較的裕福な生活を送っていた。アンジェリーヌの事件に関わっていないことは確かだった。
だが私はそれすら許せなかった。
その商人に圧力をかけた。支援するなとは言わない、支援するなら働かせろと。私の娘を傷つけた報いを受けさせないと気が済まない。
実際、今回の事で評判を落とした自分にどこまでの力があるかわからなかったが、商人は貴族とトラブルになることを恐れ、マノンに仕事をさせるどころかマノンと手を切った。
その後もマノンはそのプライドの高さから、反省して地道に働く道を選ばなかった。彼女は教会に身を寄せたが、そこでも自分勝手な言動により疎まれ、汚れ仕事ばかりを担当させられた。怒りまくって仕事をしなかったマノンには食事は与えられなかった。
それでも態度を改めないマノンは教会ですら見放し、修道院へと送られた。
そこでは教会より厳しく戒めを受ける。私は修道院に多額の寄付をして、マノンに必要以上の戒めを与えてくれるように頼んだ。
アンジェリーヌにしたように、食事は冷たい野菜の欠片と固いパン。決められた仕事をしない場合は鞭で打ち、マノンが泣くと「嘘泣きだ、媚びを売る、惨めだ、お前を助ける者は誰もいない」と言葉をぶつけてもらった。
次第にマノンはアンジェリーヌと同じように表情をなくし、おとなしくなり無口になった。
そこまで見届け、私はやっと溜飲が下がった。
私のやった事は、自分の事を棚に上げ、しかも自己満足で偽善的だと分かっている。しかし私はこれからはどんなことをしてでも・・・多少後ろ暗いことをしてでもアンジェリーヌとアベルを守っていくつもりだ。
一時期の記憶を失っているアンジェリーヌは侯爵家でゆっくりと療養していた。そして自分を取り巻く環境が以前と全く異なっていることを実感していた。
朝になるとメイドが顔を洗うお湯を用意し、髪を整え着替えを手伝ってくれる。そして食堂に行くと温かい食事が用意され、父と弟と何気ない会話をしながら食べる日々。
生活環境が改善しただけではない、何よりも自分の事を見てくれる父、側にいてくれる父、何かと心配をして色々してくれる父。これまでのことを謝り、愛していると伝えてくれるのだ。
その言葉がアンジェリーヌはどれだけ嬉しかったことか、どれだけ欲していた事か。それを聞けただけでも白い世界から戻ってくることが出来て良かったと思った。
自分をいじめていた義母もメイドもいなくなり、全てを見て見ぬふりをしていた弟までアンジェリーヌにまとわりつく。
弟のアベルは特に変わっていた。今までほとんど話したこともないのに、姉上と慕って来る。寝込んでいるアンジェリーヌに食事や飲み物を快く運び、甲斐甲斐しく世話をしてくれる。その世話があまりにも板についていたので、アンヌはもしかしたら病弱だったのかもしれないとアンジェリーヌは思ったほどだ。
そしてやはり父と同じようにこれまでの事を泣きながら詫びてくれた。この子がこんな泣き虫であった事さえ知らなかった。ようやく本当の姉弟になれる気がした。
昔、アンジェリーヌが望んでいたような温かい居心地のいい家、優しい家族。
もう無視されることも叩かれる心配も、ご飯を食べられない心配もしなくていい。
おまけに婚約者のロジェも、何度も会いに来て、お菓子やプレゼントを持ってきてくれる。その視線も話し方もとても柔らかく、以前とは別人のようだった。ロジェも真摯に詫びてくれた。
もちろんひどく傷ついていたけど、初めの頃の優しくて頼りがいがあったロジェが大好きだったから。
途中から冷たくなったが、あれは差し伸べてくれた手を私が振り払ったから。傷ついたし辛かったけど、私の態度が苛立たせていたのはわかっていた。そしてロジェ様も若く、感情を持てあましていた故の言動だったのだろう。
それが今はこちらが恥ずかしくなるくらいに優しく、距離も近い。時々不安そうな顔でロッシュ家の事を聞いて来るけど、私が首をかしげると安心したように笑うところが可愛くてときめいてしまうのは内緒だ。
このように突然変わってしまった周囲に驚きながらもアンジェリーヌはとても幸せだった。
しかし・・・この幸せはアンヌが作ってくれたもの。そのアンヌはあの神様に連れ去られたままどうなったのかわからない。
自分の中に長い間閉じ込められていた姉。それなのに自分の為に周りを変えて、自分に戻れと言ってくれた姉。アンヌの事を想うと涙が出てくる。
アンヌに会いたい・・・幸せな毎日を送っていても、アンジェリーヌの心の中にはいつもアンヌへの想いがあった。
あの時、入れ物があると神様は言っていた。もしあれが夢でなく本当なら、いつかまたアンヌに会えるかもしれない。その時までに自分ももう少し強くなり、今度は自分がアンヌを助けると決意したのだった。
<アベル>
転落事件で意識を失っていた姉の意識がやっと戻った。
目が覚めた姉は、毒舌を吐くことなく、だらだらすることもない所作が美しい以前のアンジェリーヌだった。
自分の事を子分と呼んでこき使った姉。
貴族令嬢とは思えないが、人を惹きつける魅力のあった傍若無人で行動力があり素晴らしい歌を歌う姉にはもう会えないのだ。
アベルはアンヌからもらったカフスを撫で、そっと涙を落とした。
だが、ずっと後悔して謝りたかった姉が戻ってきてくれた。神様は、やり直す機会をくれたのだ。
アベルはこれまでの事をアンジェリーヌに謝り、これから姉弟として絆を深めたいと伝えた。
アベルは今度こそ今の姉を大切にしようと決意したのだった。
それでも。
叶わない願いとはわかっていながら、アンジェリーヌもアンヌにもどちらの姉にもいて欲しかった。またいつか、女装しなさいよと笑って言って欲しかった。
一人で自室の窓から夜空を眺めていると、涙が落ちてくるのを止められなかった。
<ロジェ>
「美味しい。ロジェ様ありがとうございます。」
アンジェリーヌが嬉しそうにロジェが持ってきたケーキを口にしている。
久しく消えていた屈託のないアンジェリーヌの花の咲いたような笑顔。
ああ、元に戻ってくれたと思った。
命を取り留めた事だけではなく、自分が好きだったアンジェリーヌに戻ってくれたのだ。
ロジェはこれまでの事を平謝りに謝った。
ずっと拗ねて冷たい態度をとってしまい、婚約者として男として最低だった。しかしいつも言った後に後悔していた。だけど出会ってから今までずっと・・・好きだったと告白した。
許してくれとは言えないが、やり直す機会をどうか与えて欲しいと懇願した。
アンジェリーヌは驚いたような顔をした後、嬉しいと涙ぐんでくれた。
あの日以来、ナリスはアンジェリーヌの前に現れなくなった。
アンジェリーヌを奪われる一番の脅威がいなくなり、ロジェは心底安堵した。
意識が戻ったアンジェリーヌがロジェとの婚約解消を望み、ナリスとの婚約を願ったなら身を引くしかないと覚悟をしていたのだ。
このような事態に陥ったのはペルシエ家だけではなく、自分にも責があるから。
それが自分にできる唯一の償いだから。
しかし今のアンジェリーヌにナリスの記憶は全くなく、自分だけを昔のように慕ってくれている。
そしてアンジェリーヌに婚約解消の記憶がないのをいいことに、ロジェは侯爵に頼み込んで婚約は継続していた。
神が与えてくれたこの機会に感謝し、もう二度とアンジェリーヌを悲しませない、幸せにすると誓ったのだった。
<ペルシエ侯爵>
長い間行方不明であった娘が見つかった。
最悪な状態で……
愚かな自分のせいで長い間、屋敷で虐げられていたアンジェリーヌ。
娘の状況を知ろうともしなかった自分を見限り、アンジェリーヌは出て行った。
騎士団に捜索を依頼したが見つからなかった。
アベルがひそかに通うロッシュ家にいる事がわかり、会いに行ったが別人だった。
それ以上何の情報もないままに日が過ぎていったが、ある日ロッシュ家から火急の知らせが届いた。
アンジェリーヌが瀕死だと。
やはりロッシュ家で匿われていた。匿っていながら娘をこんな目に合わせたロッシュ家に憤りしかなかった。だが・・・もとはと言えば全て自分の責任なのだ。
意識の戻らない娘を前に毎日祈りをささげた。
虫がいいと分かっていながら、亡き妻にこの子を助けてくれと願った。生きてさえいてくれればもう、家に戻ってこなくても、ロッシュ家で暮らしても、二度と私に会ってくれなくてもいい。そう思った。
祈りが聞き届けられたのか、アンジェリーヌの意識が戻った。
目覚めたアンジェリーヌは毅然とした態度と毒舌はなりを潜め、昔の優しく穏やかな娘に戻っていた。
そしてこんなひどい父親を許し、愛していると言ってくれた。
娘のために再婚したと言いながら、その再婚のせいで娘をこのような状況に追い込んだ私を。
長期間意識がなく寝たきりだったせいで、ひどく痩せて弱弱しくなったアンジェリーヌの姿に胸が痛む。自分の責任であることは重々承知であるが、どうしても元凶のマノンを許すことができなかった。
彼女とは離縁をしたが、スムーズには行かなかった。
なぜなら彼女が納得しなかった事、彼女の引き取り手がなかった事、また一度は認めていた虐待をやっていないと否定しだしたのだ。証人として、使用人が名乗りを上げてくれたが、陥れようとするとことごとく否定した。
アンジェリーヌの部屋にはアクセサリーもドレスもほとんどないことが証拠だと述べても、虐待の証拠ではないと開き直った。
困った私に協力をしてくれたのは息子だった。あれだけ母を慕っていた息子が泣きながら日記を見せてくれた。マノンが泣くアンジェリーヌを叩いていた事、ロジェに会いに行く服が欲しいと言ってもお前などそれで十分だと言っていたことが書かれていた。たまたま目撃しただけのほんの数回の事だったが、虐待が事実であったことが証明され、ようやく離縁が成立した。
実の息子の裏切りにヒステリックに騒ぎ立てていたが、そのまま実家に送り返した。しかし、実家もマノンを受け入れることはなかった、侯爵家のうちから睨まれるのを恐れたためだ。
マノンは平民となり、実家が最後の恩情で用意した家で暮らすことになった。しかし、平民の生活に納得できず、屋敷の周りをうろつくようになった。
アンジェリーヌへの逆恨みや、アベルの心情を考えてもこれ以上その姿を見せるわけにはいかなかった。不審者として、治安部隊に突き出し、遅ればせながら侯爵家令嬢に対する虐待、侯爵家当主に対する虚偽報告と詐欺を訴え出た。
そこまでして初めてマノンは許しを請うた。もう二度と付きまとわないから訴えを取り下げてくれと涙ながらに訴えたのだ。
あのときはそれで縁が切れるならと思い、それで許してしまった。
しかし、奇跡的に命を取り留めたアンジェリーヌを前に、あれでは手ぬるかったのかもしれないと思った。
もしかしてアンジェリーヌを突き落としたのはマノンではないのか。
そんな疑惑を頭の中から追い払うことが出来ず、マノンを調べた。
彼女は、どこかの商人の愛人におさまっていた。金銭援助を受け、比較的裕福な生活を送っていた。アンジェリーヌの事件に関わっていないことは確かだった。
だが私はそれすら許せなかった。
その商人に圧力をかけた。支援するなとは言わない、支援するなら働かせろと。私の娘を傷つけた報いを受けさせないと気が済まない。
実際、今回の事で評判を落とした自分にどこまでの力があるかわからなかったが、商人は貴族とトラブルになることを恐れ、マノンに仕事をさせるどころかマノンと手を切った。
その後もマノンはそのプライドの高さから、反省して地道に働く道を選ばなかった。彼女は教会に身を寄せたが、そこでも自分勝手な言動により疎まれ、汚れ仕事ばかりを担当させられた。怒りまくって仕事をしなかったマノンには食事は与えられなかった。
それでも態度を改めないマノンは教会ですら見放し、修道院へと送られた。
そこでは教会より厳しく戒めを受ける。私は修道院に多額の寄付をして、マノンに必要以上の戒めを与えてくれるように頼んだ。
アンジェリーヌにしたように、食事は冷たい野菜の欠片と固いパン。決められた仕事をしない場合は鞭で打ち、マノンが泣くと「嘘泣きだ、媚びを売る、惨めだ、お前を助ける者は誰もいない」と言葉をぶつけてもらった。
次第にマノンはアンジェリーヌと同じように表情をなくし、おとなしくなり無口になった。
そこまで見届け、私はやっと溜飲が下がった。
私のやった事は、自分の事を棚に上げ、しかも自己満足で偽善的だと分かっている。しかし私はこれからはどんなことをしてでも・・・多少後ろ暗いことをしてでもアンジェリーヌとアベルを守っていくつもりだ。
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