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76 誤認の末
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実際のところ、筑摩の報告は完全なる誤報であった。
零式水偵からの報告そのものも誤報であったのだが、水偵からもたらされた十本以上の電文を要約して一航艦司令部に報告する際、どういうわけか手違いが生じ、水偵が報告した空母の数が重複して計算され一航艦司令部に報告されてしまったのである。
筑摩の古村啓蔵艦長を始めとして、この時点では誰もそれに気付いていなかった。
結果、新手の四空母が出現したという報告が、一航艦司令部で信じられるようになってしまったのである。
しかし一方、米艦隊が西に向けて進んでいるという部分だけは正確であった。
「フレッチャー提督、我々は水上艦艇を結集させてジャップ艦隊の追撃を行うべきであると考えます」
戦艦ワシントンのTBS(艦隊内電話)を使い、スプルーアンスは重巡アストリアのフレッチャー少将にそう具申した。
この場での最高指揮官は、第十七任務部隊率いるフレッチャー少将である。
『しかし、こちらのノースカロライナは第一砲塔の二門が故障して射撃不能となっている。ポートランドも損傷した』
受話器の向こうで、フレッチャーが渋い声を出す。
「とはいえ、このまま真珠湾に帰るわけにもいかないでしょう。それでは、ミッドウェーの守備隊を見殺しにすることになります。基地航空隊の戦果まで総合すれば、我々は最低でも戦艦一隻、空母五隻は撃破しています。こちらも空母をすべて失ってしまいましたが、まだ勝機が完全に去ったわけではないと思うのです」
『リー少将の意見はどうだね?』
「では、代わらせていただきます」
そう言ってスプルーアンスは受話器をリーに渡した。
「リーです。私もスプルーアンス提督の意見に賛成します。何より、このワシントンとノースカロライナにはレーダーがあります。夜戦における優位は確実です」
リーは眼鏡の奥で闘志を燃やしていた。彼は合衆国海軍における砲術の権威であり、またレーダーを用いた射撃に通暁した人物であった。
だからこそ、ジャップ艦隊との夜戦に積極的であったのである。
「偵察機からの報告によれば、ジャップ空母の一隻は航行不能となり、曳航されつつある模様。現在、ジャップ艦隊との距離は九〇浬を切っています。二十二ノット、いえ、二十四ノットで追撃すれば、日付が変わる前にジャップ損傷空母を捕捉出来るはずです」
『……』
受話器の向こうで、しばしフレッチャーは悩んでいるようであった。
欧州戦線の戦況にもよるだろうが、太平洋艦隊の空母戦力が回復するのはどう考えても来年の六月以降になるだろう。新鋭空母のエセックス、ボンノム・リシャール(後にヨークタウンⅡと改名)、それに軽空母のインディペンデンスが竣工してある程度の訓練が終わるのがその頃だからだ。
そこにワスプとレンジャーを合わせて、ようやく今回の海戦と同じ五隻の空母を揃えることが出来る。
しかし、それまでに今回の海戦で損傷したジャップ空母は確実に修理を終えるだろう。つまり、今後一年近く、ジャップ空母に対抗出来る有力な戦力が太平洋艦隊には存在しないことになってしまうのだ。
であるならば、ジャップ空母を損傷させられた今、多少の危険を犯してでもこれに止めを刺すべきである。
フレッチャーの中で、そういう結論が出されたのだろう。
『よかろう。我が海軍における砲術の第一人者がそうまで言うのだ。今より、ジャップ空母の追撃に移ろう』
「アイ・サー」
『これより、水上砲戦の指揮はリー少将に一任する。それで良いな?』
「ありがとうございます、提督」
合衆国海軍らしい、臨機応変な対応であった。
時間も惜しいため、第十六任務部隊と第十七任務部隊は、西進しながら合同を目指すこととなった。
この時点で合衆国海軍に残された兵力は、次の通りであった。
【戦艦】〈ワシントン〉〈ノースカロライナ〉
【重巡】〈アストリア〉〈ポートランド〉〈チェスター〉〈ニューオーリンズ〉〈ノーザンプトン〉〈ペンサコラ〉
【駆逐艦】〈アンダーソン〉〈クヴィン〉〈モリス〉〈ラッセル〉〈フェルプス〉〈ウォーデン〉〈モナハン〉〈エイルウィン〉〈モーリー〉
空襲の結果、五隻の空母と重巡ヴィンセンス、ミネアポリス、軽巡アトランタ、駆逐艦ハムマンは沈没し、駆逐艦ヒューズとベンハムは損傷が激しいため後退させた。
また、第十六任務部隊に所属していた駆逐艦バルチ、カンニンガム、エレットの三隻に関しては、沈没したホーネット、ミネアポリス、エンタープライズの乗員たちが甲板にまで溢れていたため、海戦には参加させられない。
第十七任務部隊では、沈没艦の乗員は一旦、駆逐艦が救助した後にノースカロライナなど大型艦に収容し直していた。艦内空間の余裕や医療設備なども、そちらの方が優れていたからだ。
しかし、日没寸前まで戦闘を行っていた第十六任務部隊の方には、駆逐艦が救助した乗員を大型艦に移乗させられるだけの時間的余裕がなかった。
ジャップ艦隊を追撃するために、ここで時間を浪費しているわけにはいかないのだ。
結果、戦艦二、重巡六、駆逐艦九という戦力で、合衆国海軍はジャップ空母部隊の追撃に向かうこととなったのである。
零式水偵からの報告そのものも誤報であったのだが、水偵からもたらされた十本以上の電文を要約して一航艦司令部に報告する際、どういうわけか手違いが生じ、水偵が報告した空母の数が重複して計算され一航艦司令部に報告されてしまったのである。
筑摩の古村啓蔵艦長を始めとして、この時点では誰もそれに気付いていなかった。
結果、新手の四空母が出現したという報告が、一航艦司令部で信じられるようになってしまったのである。
しかし一方、米艦隊が西に向けて進んでいるという部分だけは正確であった。
「フレッチャー提督、我々は水上艦艇を結集させてジャップ艦隊の追撃を行うべきであると考えます」
戦艦ワシントンのTBS(艦隊内電話)を使い、スプルーアンスは重巡アストリアのフレッチャー少将にそう具申した。
この場での最高指揮官は、第十七任務部隊率いるフレッチャー少将である。
『しかし、こちらのノースカロライナは第一砲塔の二門が故障して射撃不能となっている。ポートランドも損傷した』
受話器の向こうで、フレッチャーが渋い声を出す。
「とはいえ、このまま真珠湾に帰るわけにもいかないでしょう。それでは、ミッドウェーの守備隊を見殺しにすることになります。基地航空隊の戦果まで総合すれば、我々は最低でも戦艦一隻、空母五隻は撃破しています。こちらも空母をすべて失ってしまいましたが、まだ勝機が完全に去ったわけではないと思うのです」
『リー少将の意見はどうだね?』
「では、代わらせていただきます」
そう言ってスプルーアンスは受話器をリーに渡した。
「リーです。私もスプルーアンス提督の意見に賛成します。何より、このワシントンとノースカロライナにはレーダーがあります。夜戦における優位は確実です」
リーは眼鏡の奥で闘志を燃やしていた。彼は合衆国海軍における砲術の権威であり、またレーダーを用いた射撃に通暁した人物であった。
だからこそ、ジャップ艦隊との夜戦に積極的であったのである。
「偵察機からの報告によれば、ジャップ空母の一隻は航行不能となり、曳航されつつある模様。現在、ジャップ艦隊との距離は九〇浬を切っています。二十二ノット、いえ、二十四ノットで追撃すれば、日付が変わる前にジャップ損傷空母を捕捉出来るはずです」
『……』
受話器の向こうで、しばしフレッチャーは悩んでいるようであった。
欧州戦線の戦況にもよるだろうが、太平洋艦隊の空母戦力が回復するのはどう考えても来年の六月以降になるだろう。新鋭空母のエセックス、ボンノム・リシャール(後にヨークタウンⅡと改名)、それに軽空母のインディペンデンスが竣工してある程度の訓練が終わるのがその頃だからだ。
そこにワスプとレンジャーを合わせて、ようやく今回の海戦と同じ五隻の空母を揃えることが出来る。
しかし、それまでに今回の海戦で損傷したジャップ空母は確実に修理を終えるだろう。つまり、今後一年近く、ジャップ空母に対抗出来る有力な戦力が太平洋艦隊には存在しないことになってしまうのだ。
であるならば、ジャップ空母を損傷させられた今、多少の危険を犯してでもこれに止めを刺すべきである。
フレッチャーの中で、そういう結論が出されたのだろう。
『よかろう。我が海軍における砲術の第一人者がそうまで言うのだ。今より、ジャップ空母の追撃に移ろう』
「アイ・サー」
『これより、水上砲戦の指揮はリー少将に一任する。それで良いな?』
「ありがとうございます、提督」
合衆国海軍らしい、臨機応変な対応であった。
時間も惜しいため、第十六任務部隊と第十七任務部隊は、西進しながら合同を目指すこととなった。
この時点で合衆国海軍に残された兵力は、次の通りであった。
【戦艦】〈ワシントン〉〈ノースカロライナ〉
【重巡】〈アストリア〉〈ポートランド〉〈チェスター〉〈ニューオーリンズ〉〈ノーザンプトン〉〈ペンサコラ〉
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