暁のミッドウェー

三笠 陣

文字の大きさ
76 / 105

76 誤認の末

しおりを挟む
 実際のところ、筑摩の報告は完全なる誤報であった。
 零式水偵からの報告そのものも誤報であったのだが、水偵からもたらされた十本以上の電文を要約して一航艦司令部に報告する際、どういうわけか手違いが生じ、水偵が報告した空母の数が重複して計算され一航艦司令部に報告されてしまったのである。
 筑摩の古村啓蔵艦長を始めとして、この時点では誰もそれに気付いていなかった。
 結果、新手の四空母が出現したという報告が、一航艦司令部で信じられるようになってしまったのである。
 しかし一方、米艦隊が西に向けて進んでいるという部分だけは正確であった。





「フレッチャー提督、我々は水上艦艇を結集させてジャップ艦隊の追撃を行うべきであると考えます」

 戦艦ワシントンのTBS(艦隊内電話)を使い、スプルーアンスは重巡アストリアのフレッチャー少将にそう具申した。
 この場での最高指揮官は、第十七任務部隊率いるフレッチャー少将である。

『しかし、こちらのノースカロライナは第一砲塔の二門が故障して射撃不能となっている。ポートランドも損傷した』

 受話器の向こうで、フレッチャーが渋い声を出す。

「とはいえ、このまま真珠湾に帰るわけにもいかないでしょう。それでは、ミッドウェーの守備隊を見殺しにすることになります。基地航空隊の戦果まで総合すれば、我々は最低でも戦艦一隻、空母五隻は撃破しています。こちらも空母をすべて失ってしまいましたが、まだ勝機が完全に去ったわけではないと思うのです」

『リー少将の意見はどうだね?』

「では、代わらせていただきます」

 そう言ってスプルーアンスは受話器をリーに渡した。

「リーです。私もスプルーアンス提督の意見に賛成します。何より、このワシントンとノースカロライナにはレーダーがあります。夜戦における優位は確実です」

 リーは眼鏡の奥で闘志を燃やしていた。彼は合衆国海軍における砲術の権威であり、またレーダーを用いた射撃に通暁した人物であった。
 だからこそ、ジャップ艦隊との夜戦に積極的であったのである。

「偵察機からの報告によれば、ジャップ空母の一隻は航行不能となり、曳航されつつある模様。現在、ジャップ艦隊との距離は九〇浬を切っています。二十二ノット、いえ、二十四ノットで追撃すれば、日付が変わる前にジャップ損傷空母を捕捉出来るはずです」

『……』

 受話器の向こうで、しばしフレッチャーは悩んでいるようであった。
 欧州戦線の戦況にもよるだろうが、太平洋艦隊の空母戦力が回復するのはどう考えても来年の六月以降になるだろう。新鋭空母のエセックス、ボンノム・リシャール(後にヨークタウンⅡと改名)、それに軽空母のインディペンデンスが竣工してある程度の訓練が終わるのがその頃だからだ。
 そこにワスプとレンジャーを合わせて、ようやく今回の海戦と同じ五隻の空母を揃えることが出来る。
 しかし、それまでに今回の海戦で損傷したジャップ空母は確実に修理を終えるだろう。つまり、今後一年近く、ジャップ空母に対抗出来る有力な戦力が太平洋艦隊には存在しないことになってしまうのだ。
 であるならば、ジャップ空母を損傷させられた今、多少の危険を犯してでもこれに止めを刺すべきである。
 フレッチャーの中で、そういう結論が出されたのだろう。

『よかろう。我が海軍における砲術の第一人者がそうまで言うのだ。今より、ジャップ空母の追撃に移ろう』

「アイ・サー」

『これより、水上砲戦の指揮はリー少将に一任する。それで良いな?』

「ありがとうございます、提督」

 合衆国海軍らしい、臨機応変な対応であった。
 時間も惜しいため、第十六任務部隊と第十七任務部隊は、西進しながら合同を目指すこととなった。
 この時点で合衆国海軍に残された兵力は、次の通りであった。

【戦艦】〈ワシントン〉〈ノースカロライナ〉
【重巡】〈アストリア〉〈ポートランド〉〈チェスター〉〈ニューオーリンズ〉〈ノーザンプトン〉〈ペンサコラ〉
【駆逐艦】〈アンダーソン〉〈クヴィン〉〈モリス〉〈ラッセル〉〈フェルプス〉〈ウォーデン〉〈モナハン〉〈エイルウィン〉〈モーリー〉

 空襲の結果、五隻の空母と重巡ヴィンセンス、ミネアポリス、軽巡アトランタ、駆逐艦ハムマンは沈没し、駆逐艦ヒューズとベンハムは損傷が激しいため後退させた。
 また、第十六任務部隊に所属していた駆逐艦バルチ、カンニンガム、エレットの三隻に関しては、沈没したホーネット、ミネアポリス、エンタープライズの乗員たちが甲板にまで溢れていたため、海戦には参加させられない。
 第十七任務部隊では、沈没艦の乗員は一旦、駆逐艦が救助した後にノースカロライナなど大型艦に収容し直していた。艦内空間の余裕や医療設備なども、そちらの方が優れていたからだ。
 しかし、日没寸前まで戦闘を行っていた第十六任務部隊の方には、駆逐艦が救助した乗員を大型艦に移乗させられるだけの時間的余裕がなかった。
 ジャップ艦隊を追撃するために、ここで時間を浪費しているわけにはいかないのだ。
 結果、戦艦二、重巡六、駆逐艦九という戦力で、合衆国海軍はジャップ空母部隊の追撃に向かうこととなったのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【アラウコの叫び 】第1巻/16世紀の南米史

ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎日07:20投稿】 1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。 マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、 スペイン勢力内部での覇権争い、 そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。 ※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、 フィクションも混在しています。 また動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。 HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。 公式HP:アラウコの叫び youtubeチャンネル名:ヘロヘロデス insta:herohero_agency tiktok:herohero_agency

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

対ソ戦、準備せよ!

湖灯
歴史・時代
1940年、遂に欧州で第二次世界大戦がはじまります。 前作『対米戦、準備せよ!』で、中国での戦いを避けることができ、米国とも良好な経済関係を築くことに成功した日本にもやがて暗い影が押し寄せてきます。 未来の日本から来たという柳生、結城の2人によって1944年のサイパン戦後から1934年の日本に戻った大本営の特例を受けた柏原少佐は再びこの日本の危機を回避させることができるのでしょうか!? 小説家になろうでは、前作『対米戦、準備せよ!』のタイトルのまま先行配信中です!

【アラウコの叫び 】第2巻/16世紀の南米史

ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎日07:20投稿】 動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。 1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。 マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、 スペイン勢力内部での覇権争い、 そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。 ※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、 フィクションも混在しています。 HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。 公式HP:アラウコの叫び youtubeチャンネル名:ヘロヘロデス insta:herohero_agency tiktok:herohero_agency

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

対米戦、準備せよ!

湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。 そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。 3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。 小説家になろうで、先行配信中!

蒼穹の裏方

Flight_kj
SF
日本海軍のエンジンを中心とする航空技術開発のやり直し 未来の知識を有する主人公が、海軍機の開発のメッカ、空技廠でエンジンを中心として、武装や防弾にも口出しして航空機の開発をやり直す。性能の良いエンジンができれば、必然的に航空機も優れた機体となる。加えて、日本が遅れていた電子機器も知識を生かして開発を加速してゆく。それらを利用して如何に海軍は戦ってゆくのか?未来の知識を基にして、どのような戦いが可能になるのか?航空機に関連する開発を中心とした物語。カクヨムにも投稿しています。

幻の十一代将軍・徳川家基、死せず。長谷川平蔵、田沼意知、蝦夷へ往く。

克全
歴史・時代
 西欧列強に不平等条約を強要され、内乱を誘発させられ、多くの富を収奪されたのが悔しい。  幕末の仮想戦記も考えましたが、徳川家基が健在で、田沼親子が権力を維持していれば、もっと余裕を持って、開国準備ができたと思う。  北海道・樺太・千島も日本の領地のままだっただろうし、多くの金銀が国外に流出することもなかったと思う。  清国と手を組むことも出来たかもしれないし、清国がロシアに強奪された、シベリアと沿海州を日本が手に入れる事が出来たかもしれない。  色々真剣に検討して、仮想の日本史を書いてみたい。 一橋治済の陰謀で毒を盛られた徳川家基であったが、奇跡的に一命をとりとめた。だが家基も父親の十代将軍:徳川家治も誰が毒を盛ったのかは分からなかった。家基は田沼意次を疑い、家治は疑心暗鬼に陥り田沼意次以外の家臣が信じられなくなった。そして歴史は大きく動くことになる。 印旛沼開拓は成功するのか? 蝦夷開拓は成功するのか? オロシャとは戦争になるのか? 蝦夷・千島・樺太の領有は徳川家になるのか? それともオロシャになるのか? 西洋帆船は導入されるのか? 幕府は開国に踏み切れるのか? アイヌとの関係はどうなるのか? 幕府を裏切り異国と手を結ぶ藩は現れるのか?

処理中です...