スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの

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第6章 町の名はプラハ。パラフじゃないです。……どう言う事?

6-10 プラハよ、さようなら。

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 鼻をくすぐる何かが気になって、ゆっくりと目を開ける。細く開いた目では、何も確認出来ないけど、確かに何かが鼻をくすぐっている。

「……ヘックシュン」

「やっと起きたか?」

 しっかりと目を開くと、フランツの顔がどアップであった。ん?

「ヘックシュン」

 2度目のくしゃみに笑うフランツ。本当にころころとよく笑う奴だ。でもとりあえず良かった。同じ世界に目覚める事が出来た。って、あ? よく見るとフランツは手に、紙を細く丸めでもしたのか、こよりを持っている。

「お前、もしかしてそれを俺の鼻に?」

「起こしても起きないイスケが悪いんだろ?」

 確かに窓の外はすっかり明るい。それにたったの2杯しか呑んでいないワインだ。酔いなんてものはとっくに消えて、清々しい朝を受け入れさせてくれる。

「あ、何度も起こしてくれたのか? ありがとう」

「いいから、いいから。早く起きろ。今日は橋にヤポンスコの像を見に行くんだろ?」

 そうだった。昨日の夜、確かそんな話をしていた。像になった日本人にそれ程興味がある訳じゃないけど、観光と考えればちょっと嬉しい。

「とりあえず飯を食え!」

 手を引くフランツに起こされると、机の上のパンが目に入った。

「フランツは?」

「もう食ったよ」

「そっか」

 昨日の夜、フランツが座っていた椅子に腰を落とす。昨日書いていた原稿だろうか。散らかった机の上、場所を作って置かれた皿の上には、パンとチーズが載っている。その横にはミルクの入ったカップだ。

「早く食え」

 急かされて、喉奥に詰めたパンをミルクで流し込む。……まだ朝早くなのに、フランツは何を急いでいるんだろう。

「そんなに急かさなくてもいいだろ? 何をそんなに急いでいるんだ?」

「何か予感がするんだ」

「予感?」

「ああ。昨日、イスケと会って。俺は『変身』って言う、新しい小説を書き始めたんだ。イスケと一緒にいれば、また新しい世界の扉が開きそうな気がして、何だか朝起きてからワクワクが止まらないんだ」

「新しい世界の扉って、大袈裟だな」

「大袈裟じゃない。朝からずっとそんな予感がしているんだ」

 フランツに急かされた朝食は3分で終わった。

「行くぞ」

 手を引かれ連れ出される。町に出ると冷たい空気が全身を覆った。

「橋って近くなのか?」

「ああ、近くだよ。昨日イスケが溺れていたすぐ近く」

 手を引かれたまま細い路地を進む。ゆっくりと趣きのある建物を見ながら進みたいのに、フランツはよっぽど逸る気持ちを抑えられないのか、とても早足だ。それでも重厚な建物の並びを目の端で捉えながら進むと。

「見えてきたぞ。この通りを越えると、もう橋なんだ」

 フランツが立ち止まった通りで見上げると、真っ黒な塔がそびえていた。

「この橋の上だよ」

 塔の下をくぐると、両側にずらーっと彫刻が並んでいる姿が目に入った。

「すごいな」

「すごいだろ?」

 橋の名前は忘れたけど、プラハで1番の観光スポットだと聞いた事がある。情報にたがわず圧巻な光景だ。

「あ、あれがヤポンスコだ」

 フランツが指差す。ん? どこが日本人なんだ? 腰に刀をぶら下げていて、着物っぽい物を着ているけど、日本人と言うよりは中国人だ。

「これがヤポンスコ?」

「ああ。イスケとは随分違うよな」

「だな」

 思わず顔を見合わせて笑う。

「この後、ペトシーンの丘に上らないか? ほら、あそこ。白い塔があるだろ? 何年前だったか、俺が子供の頃に出来た塔で、展望台なんだ。このプラハの町を一望できるんだ」

「へぇ、プラハの町が一望か。すごいな」

 フランツに続く。橋を渡り切ると、丘の麓の町に出た。

「この右の教会。あのモーツァルトが演奏した事があるんだぜ」

 フランツの指の先には、路地の狭さに不釣り合いな大きな教会があった。思い出すのはムーツァルトだけど、モーツァルトって名前に、やっぱり今まで旅して来た世界ではない事を知る。

「……さあ、ここから上り坂だ。もうちょっとだから頑張ろうぜ」

 朝からの笑顔のまま、前を歩くフランツ。プラハの美しい景色を見せてくれるためだろうけど、考えれば考えるほど、おかしくなりそうだ。どうして今までの世界ではない、このプラハの町の、川で目覚めたんだろう? どうしてハル君が言う、ツランフ・カフフではなく、このフランツに助けられたんだろう。

「イスケ。見ろよ。これがプラハの町だ」

 展望台に上がり、プラハの町を眼下に見下ろす。

「……すごいな。めちゃくちゃ綺麗な町だな」

「そうだろ? 俺の生まれ育った町だ。俺の自慢だよ。……って、おい、イスケ。泣いているのか?」

「えっ?」

 頬を指で拭うと、微かな湿り気を感じた。無意識のうちに感動して、涙を流していたらしい。

「まぁ、泣くほど美しい町って事だな」

 そうフランツが言った時だ。何故か体を押す強い力を感じた。ん? 風なのか?

「イスケ、危ない。突風だ」

 フランツの声に手を伸ばす。かろうじてフランツの指先を握る事が出来ている。……あ、でも。落ちる。俺、今、転がっているよな。……あ、もう目が開けられない。落ちる、落ちる、落ちる。あ、体だけじゃなく、意識まで落ちていく。って事は、また別の場所へ飛ばされるんだ。それなら、まだ意識が残っているうちに。

 フランツ、さようなら。フランツの父さん、母さん、さようなら。アンおばさんだっけか? さようなら。カレル少年、さようなら。そしてプラハよ、さようなら。
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