15 / 63
序章
第15話 天使の弟と、魔女の誓い
しおりを挟む
か、可愛い……!
天使か。いや、天使を超越した何かだ。
クリクリとした大きな瞳、モチモチとした白い頬っぺた。
そして、お姉ちゃんに甘えたいけれど、忙しいかなと遠慮している健気な態度。
前世の私は孤独だった。
弟子はいたが、あれは育てる対象であり、こうして無条件に甘えてくる守るべき存在ではなかった。
姉弟という関係が、これほどまでに破壊力のあるものだとは。
「遊ぶ! もちろん遊ぶわよ!」
私は即答し、デイルの手を引いて部屋の中へと招き入れた。
森への潜入計画? アミナ対策?
そんなものは後回しだ。
今は目の前の天使のご機嫌取りが最優先事項である。
「わーい! おねえちゃん、すき!」
「私も大好きよデイル!」
デイルは満面の笑みを浮かべ、抱えていたクマのぬいぐるみを絨毯の上に置いた。
そして、ポケットからもう一つ、小さな木彫りの人形を取り出した。騎士の形をした人形だ。
「きょうはね、これするの」
「お人形遊びね。いいわよ。……設定はどうする?」
「せってい?」
「ええ。このクマさんは敵? 味方?」
私が聞くと、デイルは少し考えてから、キリッとした顔で宣言した。
「これはね、わるい魔物なの! ガオーってして、村をいじめるの!」
「なるほど、討伐クエストね」
「でね、ぼくが騎士さまで、おねえちゃんが……おひめさま!」
デイルは騎士の人形を自分の胸に当て、私を指差した。
「ぼくが、おねえちゃんをまもるの!」
その言葉に、私は一瞬、言葉を詰まらせた。
三歳の、まだ剣も持てない小さな男の子。
本来なら私が守らなければならない、か弱き存在。
それなのに、彼は小さな胸を張り、精一杯の勇気を振り絞って「守る」と言ってくれたのだ。
ここ数日、私は「自分が強くなること」ばかり考えていた。
弟子の陰謀を暴き、領地を救うこと。
頭の中はずっと戦闘モードで、ピリピリしていた自覚がある。
けれど、本当に大切なのはこういう時間なのかもしれない。
守るべき日常。守るべき笑顔。
それを肌で感じることで、私の戦う理由はより強固なものになる。
「……ふふ。分かったわ。じゃあ私は、囚われのお姫様ね」
私はベッドの端に座り、淑女らしく手を組んでみせた。
「キャー、助けてー。恐ろしいクマの魔物が襲ってくるわー」
「まかせて! とぉー!」
デイルは騎士の人形を手に、勇猛果敢にクマのぬいぐるみへと突撃していった。
ポスッ、ポスッ。
木の人形が、ふかふかのぬいぐるみに当たる優しい音が響く。
「えい! やー! わるい魔物は、あっちいけー!」
「グオオオ……やられたー」
私はクマのぬいぐるみを操作して、大袈裟に倒れる演技をした。
デイルは「やったー!」と歓声を上げ、私の元へと駆け寄ってくる。
「おねえちゃん、だいじょうぶ?」
「ええ、ありがとう勇者様。あなたのおかげで助かったわ」
私が頭を撫でてやると、デイルはくすぐったそうに、でも誇らしげに笑った。
その温かい体温が、私の手のひらに伝わってくる。
しばらくの間、私たちは時間を忘れて遊び続けた。
クマの魔物が復活して逆襲したり、時にはクマと和解して一緒にティーパーティーを開いたり。
デイルの発想は自由で、私の凝り固まった魔法理論の脳を柔らかく解きほぐしてくれるようだった。
「あのね、おねえちゃん」
ひとしきり遊んで疲れたのか、デイルは私の膝に頭を預けて、ウトウトしながら呟いた。
「ぼくね、もっとおおきくなったら、ほんとうにおねえちゃんをまもるよ」
「……うん」
「父様みたいに、つよくなって……こわい魔物をやっつけて……ずっと、いっしょにいるの」
「……ええ。期待しているわ」
私はデイルのサラサラとした栗色の髪を撫でながら、優しく答えた。
弟の寝息が、スー、スーと規則正しくなり始める。
窓の外を見れば、日はすでに西に傾き、空は紫色に染まりかけていた。
私は眠る弟の寝顔を見つめ、心の中で誓いを新たにする。
あなたが私を守ると言ってくれたように。
私は、陰からあなたを守り抜く。
あなたが大人になって、本当に剣を持てるその日まで、この理不尽で残酷な世界の悪意から、お姉ちゃんが盾になろう。
そのためにも。
やはり、森へ行かねばならない。
「……さて」
私はデイルを起こさないようにそっと抱き上げ、ベッドへと運んだ。
私の瞳に、再び魔女としての鋭い光が戻った。
明日の早朝。
太陽が昇る前、世界がまだまどろんでいるその時間こそが、勝負の時だ。
私は眠るデイルの額にそっとキスを落とし、静かに、しかし力強く拳を握りしめた。
天使か。いや、天使を超越した何かだ。
クリクリとした大きな瞳、モチモチとした白い頬っぺた。
そして、お姉ちゃんに甘えたいけれど、忙しいかなと遠慮している健気な態度。
前世の私は孤独だった。
弟子はいたが、あれは育てる対象であり、こうして無条件に甘えてくる守るべき存在ではなかった。
姉弟という関係が、これほどまでに破壊力のあるものだとは。
「遊ぶ! もちろん遊ぶわよ!」
私は即答し、デイルの手を引いて部屋の中へと招き入れた。
森への潜入計画? アミナ対策?
そんなものは後回しだ。
今は目の前の天使のご機嫌取りが最優先事項である。
「わーい! おねえちゃん、すき!」
「私も大好きよデイル!」
デイルは満面の笑みを浮かべ、抱えていたクマのぬいぐるみを絨毯の上に置いた。
そして、ポケットからもう一つ、小さな木彫りの人形を取り出した。騎士の形をした人形だ。
「きょうはね、これするの」
「お人形遊びね。いいわよ。……設定はどうする?」
「せってい?」
「ええ。このクマさんは敵? 味方?」
私が聞くと、デイルは少し考えてから、キリッとした顔で宣言した。
「これはね、わるい魔物なの! ガオーってして、村をいじめるの!」
「なるほど、討伐クエストね」
「でね、ぼくが騎士さまで、おねえちゃんが……おひめさま!」
デイルは騎士の人形を自分の胸に当て、私を指差した。
「ぼくが、おねえちゃんをまもるの!」
その言葉に、私は一瞬、言葉を詰まらせた。
三歳の、まだ剣も持てない小さな男の子。
本来なら私が守らなければならない、か弱き存在。
それなのに、彼は小さな胸を張り、精一杯の勇気を振り絞って「守る」と言ってくれたのだ。
ここ数日、私は「自分が強くなること」ばかり考えていた。
弟子の陰謀を暴き、領地を救うこと。
頭の中はずっと戦闘モードで、ピリピリしていた自覚がある。
けれど、本当に大切なのはこういう時間なのかもしれない。
守るべき日常。守るべき笑顔。
それを肌で感じることで、私の戦う理由はより強固なものになる。
「……ふふ。分かったわ。じゃあ私は、囚われのお姫様ね」
私はベッドの端に座り、淑女らしく手を組んでみせた。
「キャー、助けてー。恐ろしいクマの魔物が襲ってくるわー」
「まかせて! とぉー!」
デイルは騎士の人形を手に、勇猛果敢にクマのぬいぐるみへと突撃していった。
ポスッ、ポスッ。
木の人形が、ふかふかのぬいぐるみに当たる優しい音が響く。
「えい! やー! わるい魔物は、あっちいけー!」
「グオオオ……やられたー」
私はクマのぬいぐるみを操作して、大袈裟に倒れる演技をした。
デイルは「やったー!」と歓声を上げ、私の元へと駆け寄ってくる。
「おねえちゃん、だいじょうぶ?」
「ええ、ありがとう勇者様。あなたのおかげで助かったわ」
私が頭を撫でてやると、デイルはくすぐったそうに、でも誇らしげに笑った。
その温かい体温が、私の手のひらに伝わってくる。
しばらくの間、私たちは時間を忘れて遊び続けた。
クマの魔物が復活して逆襲したり、時にはクマと和解して一緒にティーパーティーを開いたり。
デイルの発想は自由で、私の凝り固まった魔法理論の脳を柔らかく解きほぐしてくれるようだった。
「あのね、おねえちゃん」
ひとしきり遊んで疲れたのか、デイルは私の膝に頭を預けて、ウトウトしながら呟いた。
「ぼくね、もっとおおきくなったら、ほんとうにおねえちゃんをまもるよ」
「……うん」
「父様みたいに、つよくなって……こわい魔物をやっつけて……ずっと、いっしょにいるの」
「……ええ。期待しているわ」
私はデイルのサラサラとした栗色の髪を撫でながら、優しく答えた。
弟の寝息が、スー、スーと規則正しくなり始める。
窓の外を見れば、日はすでに西に傾き、空は紫色に染まりかけていた。
私は眠る弟の寝顔を見つめ、心の中で誓いを新たにする。
あなたが私を守ると言ってくれたように。
私は、陰からあなたを守り抜く。
あなたが大人になって、本当に剣を持てるその日まで、この理不尽で残酷な世界の悪意から、お姉ちゃんが盾になろう。
そのためにも。
やはり、森へ行かねばならない。
「……さて」
私はデイルを起こさないようにそっと抱き上げ、ベッドへと運んだ。
私の瞳に、再び魔女としての鋭い光が戻った。
明日の早朝。
太陽が昇る前、世界がまだまどろんでいるその時間こそが、勝負の時だ。
私は眠るデイルの額にそっとキスを落とし、静かに、しかし力強く拳を握りしめた。
215
あなたにおすすめの小説
転生能無し少女のゆるっとチートな異世界交流
犬社護
ファンタジー
10歳の祝福の儀で、イリア・ランスロット伯爵令嬢は、神様からギフトを貰えなかった。その日以降、家族から【能無し・役立たず】と罵られる日々が続くも、彼女はめげることなく、3年間懸命に努力し続ける。
しかし、13歳の誕生日を迎えても、取得魔法は1個、スキルに至ってはゼロという始末。
遂に我慢の限界を超えた家族から、王都追放処分を受けてしまう。
彼女は悲しみに暮れるも一念発起し、家族から最後の餞別として貰ったお金を使い、隣国行きの列車に乗るも、今度は山間部での落雷による脱線事故が起きてしまい、その衝撃で車外へ放り出され、列車もろとも崖下へと転落していく。
転落中、彼女は前世日本人-七瀬彩奈で、12歳で水難事故に巻き込まれ死んでしまったことを思い出し、現世13歳までの記憶が走馬灯として駆け巡りながら、絶望の淵に達したところで気絶してしまう。
そんな窮地のところをランクS冒険者ベイツに助けられると、神様からギフト《異世界交流》とスキル《アニマルセラピー》を貰っていることに気づかされ、そこから神鳥ルウリと知り合い、日本の家族とも交流できたことで、人生の転機を迎えることとなる。
人は、娯楽で癒されます。
動物や従魔たちには、何もありません。
私が異世界にいる家族と交流して、動物や従魔たちに癒しを与えましょう!
不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます
天田れおぽん
ファンタジー
ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。
ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。
サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める――――
※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
150年のりんご採取で異世界最強の大魔導士になった私は、林檎の聖女と讃えられ可愛い弟子たちと平和なスローライフを満喫します!
風戸輝斗
ファンタジー
「誰かのためにがんばれる子になりなさい」という母からの教えを忠実に守り過労死した降幡理央は、プリオリという若々しい少女となって魔法やモンスターが存在する異世界に転生する。
彼女が転移した地は「林檎の森」と呼ばれる(結界が張られているために世界からは隔絶されている)場所だった。
どれだけ採取しても底尽きることのないりんごであふれるその森で、プリオリはりんご採取の日々に明け暮れる。その間、彼女のスキルである【採取】が機能し、それによりりんごを採取するだけで経験値が入る。
そんな日々を150年繰り返し、プリオリは異世界最強の魔導士となる。
結界の存在を知らず異世界に存在する人間は自分ひとりだけだと思っていたプリオリだが、意図せず結界を壊したことで世界が拓け、人間と交流を育むようになる。
林檎の森が突如現れた謎の地であるため、そこに住んでいたプリオリは魔女だと恐れられ皇女から処刑宣告までされてしまうが、人間と魔族の争いに終止符を打つことで不信感は払拭される。そして、世界を救った林檎の聖女だと人間と魔族双方から讃えられるようになる。林檎の森の聖女様だから、林檎の聖女である。
こうしてはじまる林檎の聖女となったプリオリの新たなスローライフ。
ダンジョンの奥底で助けた謎の金色もふもふペットメープルとふたりで過ごす日常に、盗みたくないけど盗みを繰り返していた13歳の少女モカモカが弟子として加わり、魔族王妃の娘であり人類滅亡を悲願とする13歳の少女ギルティアも弟子として加わって……。
これは、異世界最強の魔導士である林檎の聖女様がスローライフを満喫しようとする物語。
あるいは、お師匠様として、お母さんとして、ふたりの少女を幸せに導こうと奮闘する物語。
※「小説家になろう」「カクヨム」様にもマルチ投稿しています。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
異世界転生旅日記〜生活魔法は無限大!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
☆1/19〜1/27まで、予約投稿を1話ずつ行います。
農家の四男に転生したルイ。
そんなルイは、五歳の高熱を出した闘病中に、前世の記憶を思い出し、ステータスを見れることに気付き、自分の能力を自覚した。
農家の四男には未来はないと、家族に隠れて金策を開始する。
十歳の時に行われたスキル鑑定の儀で、スキル【生活魔法 Lv.∞】と【鑑定 Lv.3】を授かったが、親父に「家の役には立たない」と、家を追い出される。
家を追い出されるきっかけとなった【生活魔法】だが、転生あるある?の思わぬ展開を迎えることになる。
ルイの安寧の地を求めた旅が、今始まる!
見切り発車。不定期更新。
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜
日々埋没。
ファンタジー
「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」
かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。
その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。
レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。
地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。
「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」
新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。
一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。
やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。
レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。
異世界で目覚めたら、もふもふ騎士団に保護されてました ~ちびっ子だけど、獣人たちの平穏のためお世話係がんばります!!~
ありぽん
ファンタジー
神のミスで命を落とした芽依は、お詫びとして大好きな異世界へ転生させてもらえることに。だが転生の際、またしても神のミスで、森の奥地に幼女の姿で送られてしまい。転生の反動で眠っていた瞳は、気づかないうちに魔獣たちに囲まれてしまう。
しかしそんな危機的状況の中、森を巡回していた、獣人だけで構成された獣騎士団が駆け付けてくれ、芽依はどうにかこの窮地を切り抜けることができたのだった。
やがて目を覚ました芽依は、初めは混乱したものの、すぐに現状を受け入れ。またその後、同じ種族の人間側で保護する案も出たが、ある事情により、芽依はそのまま獣騎士団の宿舎で暮らすことに。
そこで芽依は、助けてくれた獣騎士たちに恩を返すため、そして日々厳しい任務に向かう獣人たちが少しでも平穏に過ごせるようにと、お世話係を買って出る。
そんな芽依に、当初は不安だった獣人たちだったが、元気で明るい瞳の存在は、次第に獣人たちの力となっていくのだった。
これはちびっ子転生者の芽依が、獣人や魔獣たちのために奮闘し、癒しとなっていく。そんな、ほっこりまったり? な物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる