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序章
第39話 魔女の結界が開く時
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凍てついた戦場。
数百の魔物が平伏して作った「死の道」を、私はたった一人で歩いていた。
空気は冷たく、肌を刺すような殺気が満ちている。
私の靴音が、乾いた音を立てて響くたびに、両脇に控えるオークやゴブリンたちがビクリと体を震わせる。
彼らは私を恐れているのではない。
道の先に立つ、あの一人の男を恐れているのだ。
漆黒のローブ。
死人のように青白い肌。
そして、父ローウェンを一撃で沈めた、底知れぬ魔力の持ち主。
私が歩みを止めると、男もまた、ゆっくりとこちらを向いた。
フードの奥から覗く瞳は、爬虫類のように縦に割れており、濁った黄金色に輝いている。
それは、人間の目ではない。
明確な「異界」の住人の目だ。
「……ほう?」
男は、足元にいる私を見下ろし、興味深そうに口元を歪めた。
「薄汚れた騎士どもが逃げ惑う中で、こんな愛らしい嬢ちゃんが一人で御出迎えとはな。……震えているぞ? 迷子か?」
男の声は、黒板を爪で引っ掻いたような不快な響きを含んでいた。
私は震える手――それは恐怖ではなく、魔法の酷使による痙攣なのだが。
「迷子ではないわ。……貴方に用があって来たのよ」
「俺にか? ククッ、面白い」
男は可笑しそうに肩を震わせ、大袈裟な仕草で両手を広げた。
「良かろう。死に行く者への手向けだ。名乗ってやろう」
男の背後から、どす黒い瘴気が立ち昇る。
「俺の名はナードル。偉大なる魔王軍に所属する『魔人』であり、この辺境攻略の指揮官だ」
「……魔人、ナードル」
やはり。
ただの魔物ではない。
魔族、それも上位の「魔人」クラスだ。
人間とは魔力の質も、肉体の構造も根本的に異なる。
「ねえ、ナードル。一つ聞きたいのだけれど」
「なんだ?」
「貴方、戦熊のベアロスを知っているかしら?」
私が問いかけると、ナードルは一瞬キョトンとし、次の瞬間、腹を抱えて笑い出した。
「ハハハハッ! ベアロスだと? あの脳味噌まで筋肉でできた熊のことか! 知っているも何も、俺が捨て駒として拾ってやった雑魚じゃないか!」
ナードルは涙を拭う仕草をしながら、嘲笑を浮かべた。
「『幹部候補になりたい』などと吠えていたが、あんな知性の欠片もない獣になれるわけがなかろう? ……もっとも、帰りが遅いようだがな」
「帰ってこないわよ」
私は冷たく告げた。
「あいつなら、私が殺したわ」
一瞬、ナードルの笑いが止まった。
黄金色の瞳が細められ、私を値踏みするように頭から爪先まで嘗め回す。
「……お前が? その小さな体でか?」
「ええ。骨も残さず消し飛ばしてあげたわ」
「……ほう」
ナードルは感心したように唸り、そしてニヤリと笑った。
「そうか、やってくれたか! それは礼を言わんとなあ。あの能無しの熊、見ていて不愉快だったんだ。手間が省けた」
「……仲間だったんじゃないの?」
「仲間? 勘違いするなよ、人間。あんなのは道具だ。壊れたら捨てる、それだけのことだ」
吐き捨てるような言葉。
その傲慢さに、私は吐き気を覚えた。
ベアロスも大概だったが、こいつは輪をかけて腐っている。
「だが……」
ナードルの雰囲気が変わった。
遊びは終わりだとばかりに、全身から放たれる圧が膨れ上がる。
空気が軋む音がした。
「俺の道具を勝手に壊した罪は、償ってもらわんとなあ。その身にたっぷりと刻み込んでやるよ!」
ナードルが右手を掲げる。
その掌に、どす黒い球体が生成される。
圧縮された闇魔法だ。
私の本能が警鐘を鳴らす。
父を吹き飛ばしたあの障壁魔法ではない。
純粋な攻撃魔法。
まともに受ければ、私の小さな体など塵も残らないだろう。
後ろには、倒れたままの父ローウェンがいる。
クライブも駆けつけようとしているが、間に合いそうにない。
私が防ぐしかない。
私は歯を食いしばり、前に出ようとした。
だが、指先が痺れて動かない。
過剰な治療行為と、オークへの最大火力攻撃。
私の体はすでに限界を超えている。
魔力はあっても、体がボロボロなのだ。
だが、私は震えを止め、ナードルを見据えた。
息を深く吸い込む。
肺の中を魔力で満たし、イメージを構築する。
相手の魔法に合わせて、最適な盾を作る。
「死ねェッ!!」
ナードルが腕を振り下ろす。
放たれた闇の砲弾が、轟音と共に私へと迫る。
私は動じない。
ただ静かに、その言葉を紡いだ。
「絶対遮断結界(イージス・ヘキサ)』」
数百の魔物が平伏して作った「死の道」を、私はたった一人で歩いていた。
空気は冷たく、肌を刺すような殺気が満ちている。
私の靴音が、乾いた音を立てて響くたびに、両脇に控えるオークやゴブリンたちがビクリと体を震わせる。
彼らは私を恐れているのではない。
道の先に立つ、あの一人の男を恐れているのだ。
漆黒のローブ。
死人のように青白い肌。
そして、父ローウェンを一撃で沈めた、底知れぬ魔力の持ち主。
私が歩みを止めると、男もまた、ゆっくりとこちらを向いた。
フードの奥から覗く瞳は、爬虫類のように縦に割れており、濁った黄金色に輝いている。
それは、人間の目ではない。
明確な「異界」の住人の目だ。
「……ほう?」
男は、足元にいる私を見下ろし、興味深そうに口元を歪めた。
「薄汚れた騎士どもが逃げ惑う中で、こんな愛らしい嬢ちゃんが一人で御出迎えとはな。……震えているぞ? 迷子か?」
男の声は、黒板を爪で引っ掻いたような不快な響きを含んでいた。
私は震える手――それは恐怖ではなく、魔法の酷使による痙攣なのだが。
「迷子ではないわ。……貴方に用があって来たのよ」
「俺にか? ククッ、面白い」
男は可笑しそうに肩を震わせ、大袈裟な仕草で両手を広げた。
「良かろう。死に行く者への手向けだ。名乗ってやろう」
男の背後から、どす黒い瘴気が立ち昇る。
「俺の名はナードル。偉大なる魔王軍に所属する『魔人』であり、この辺境攻略の指揮官だ」
「……魔人、ナードル」
やはり。
ただの魔物ではない。
魔族、それも上位の「魔人」クラスだ。
人間とは魔力の質も、肉体の構造も根本的に異なる。
「ねえ、ナードル。一つ聞きたいのだけれど」
「なんだ?」
「貴方、戦熊のベアロスを知っているかしら?」
私が問いかけると、ナードルは一瞬キョトンとし、次の瞬間、腹を抱えて笑い出した。
「ハハハハッ! ベアロスだと? あの脳味噌まで筋肉でできた熊のことか! 知っているも何も、俺が捨て駒として拾ってやった雑魚じゃないか!」
ナードルは涙を拭う仕草をしながら、嘲笑を浮かべた。
「『幹部候補になりたい』などと吠えていたが、あんな知性の欠片もない獣になれるわけがなかろう? ……もっとも、帰りが遅いようだがな」
「帰ってこないわよ」
私は冷たく告げた。
「あいつなら、私が殺したわ」
一瞬、ナードルの笑いが止まった。
黄金色の瞳が細められ、私を値踏みするように頭から爪先まで嘗め回す。
「……お前が? その小さな体でか?」
「ええ。骨も残さず消し飛ばしてあげたわ」
「……ほう」
ナードルは感心したように唸り、そしてニヤリと笑った。
「そうか、やってくれたか! それは礼を言わんとなあ。あの能無しの熊、見ていて不愉快だったんだ。手間が省けた」
「……仲間だったんじゃないの?」
「仲間? 勘違いするなよ、人間。あんなのは道具だ。壊れたら捨てる、それだけのことだ」
吐き捨てるような言葉。
その傲慢さに、私は吐き気を覚えた。
ベアロスも大概だったが、こいつは輪をかけて腐っている。
「だが……」
ナードルの雰囲気が変わった。
遊びは終わりだとばかりに、全身から放たれる圧が膨れ上がる。
空気が軋む音がした。
「俺の道具を勝手に壊した罪は、償ってもらわんとなあ。その身にたっぷりと刻み込んでやるよ!」
ナードルが右手を掲げる。
その掌に、どす黒い球体が生成される。
圧縮された闇魔法だ。
私の本能が警鐘を鳴らす。
父を吹き飛ばしたあの障壁魔法ではない。
純粋な攻撃魔法。
まともに受ければ、私の小さな体など塵も残らないだろう。
後ろには、倒れたままの父ローウェンがいる。
クライブも駆けつけようとしているが、間に合いそうにない。
私が防ぐしかない。
私は歯を食いしばり、前に出ようとした。
だが、指先が痺れて動かない。
過剰な治療行為と、オークへの最大火力攻撃。
私の体はすでに限界を超えている。
魔力はあっても、体がボロボロなのだ。
だが、私は震えを止め、ナードルを見据えた。
息を深く吸い込む。
肺の中を魔力で満たし、イメージを構築する。
相手の魔法に合わせて、最適な盾を作る。
「死ねェッ!!」
ナードルが腕を振り下ろす。
放たれた闇の砲弾が、轟音と共に私へと迫る。
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