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序章
第58話 誕生日と、最初のおねだり
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季節は巡る。
あの日、魔人ナードルとの死闘が繰り広げられた森には、再び豊かな緑が戻っていた。
焦げた大地は新しい草花に覆われ、戦いの爪痕は自然の治癒力によって静かに隠されていった。
そして、変わったのは森だけではない。
アシュレイン領の村は見違えるように活気を取り戻していた。
私が考案し、村の人々が作り上げた『アシュレイン式ポーション』は、その品質の高さから瞬く間に行商人たちの間で評判となり、飛ぶように売れた。
その収益は、破壊された家屋の修復だけでなく、道路の整備や新しい農具の購入にも充てられ、村は以前よりもずっと豊かで、明るい場所へと生まれ変わっていたのだ。
そんな穏やかな復興の風が吹く中、私は七度目の誕生日を迎えた。
◇ ◇ ◇
屋敷のダイニングルームは、温かな光と美味しそうな香りに包まれていた。
テーブルの上には、料理長が腕を振るったご馳走が並んでいる。
メインディッシュは、丸々と太ったローストチキン。
その周りを彩るのは、新鮮な野菜のサラダや、手の込んだスープ。
「おねーちゃん、おめれとー!」
弟のデイルが、あどけない声で叫びながら、フォークを握りしめてバンザイをした。
口の周りをスープでべとべとにしながら、満面の笑みを向けてくれている。
「ありがとう、デイル。お口、汚れてるよ」
私はナプキンで弟の口元を優しく拭いてあげた。
デイルは「えへへ」と笑い、私の膝に頭をすり寄せてくる。
なんて可愛い生き物なんだろう。
このぷにぷにのほっぺたを守るためなら、私は何度だって魔人と戦える気がする。
「エルシア、七歳の誕生日おめでとう」
父が、感慨深げに目を細めてグラスを掲げた。
その手は大きく、頼もしい。しかし、その目尻には優しい皺が刻まれている。
魔人騒動の後は少し痩せてしまっていたけれど、今ではすっかり精悍さを取り戻していた。
「本当ね。最近は背も伸びたし、なんだか大人っぽくなった気がするわ」
母も微笑み、私の皿に一番大きなチキンを取り分けてくれた。
控えているアミナも、温かい拍手を送ってくれる。
足元では、相棒のクロが「キュゥ!」とお祝いの声を上げ、デイルが落としたパンくずを素早くキャッチしていた。
七歳。
この世界において、それは一つの区切りとなる年齢だ。
幼児期を終え、本格的な教育が始まる時期。
貴族の子女であれば、将来を見据えた身の振り方を考え始める頃合いでもある。
楽しい食事が進み、食後のデザート――珍しい果実を使ったタルト――が運ばれてきた頃。
デイルは「あまーい!」と大喜びでタルトにかぶりついている。
その無邪気な姿を見ながら、私は膝の上で拳を握りしめた。
ずっと、この日のために考えてきたことがある。
この温かい家族団欒の空気を壊してしまうかもしれない。
でも、言わなければならない。
私は息を吸い込み、姿勢を正して父を見つめた。
「お父様、お母様。……お話があります」
私の声色が急に真剣なものに変わったのを敏感に感じ取ったのか、父はグラスを置き、母も微笑みを収めた。
デイルだけが、キョトンとして「ん?」と首を傾げている。
「どうした、エルシア。改まって」
父の低い声が響く。
私は逃げずに、その瞳を真っ直ぐに見返した。
「私、王都の学園に入学したいんです」
その言葉が落ちた瞬間、ダイニングルームに静寂が訪れた。
カチャン、と誰かが食器を置く音がやけに大きく響く。
「……王都の学園か?」
父が眉をひそめた。
父の反応はもっともだ。
アシュレイン領は王都から遠い。通うとなれば寮生活になる。
たった七歳の娘を一人で送り出すなど、親としては心配でたまらないだろう。
それに、父にはもっと切実な理由があるはずだ。
かつて父は、王都の政治抗争――特に宰相との確執によって、この辺境へと追いやられた経緯がある。
王都は、父にとって古傷が疼く場所であり、娘を近づけたくない「伏魔殿」なのだ。
けれど、私は首を横に振った。
「いいえ、今行きたいんです。もっと魔法を深く学びたいから。ここの書庫の本はもう全部読み尽くしてしまいました。もっと広い世界で、新しい知識に触れたいんです」
これは、表向きの理由だ。
そして、嘘ではない。
前世の知識があるとはいえ、現代魔法の体系や、新しい理論には興味がある。
そして――ナードルが持っていた、あの魔法書。
あの日、魔人ナードルは言った。
『偉大なお方から頂いた』と。
そして、その魔法書に記されていた術式は、かつて私が編み出し、弟子たちだけに伝えたはずの独自理論がベースになっていた。
だが、それは悪意を持って歪められていた。
私の知識が悪用されている。
……もし、魔王軍に関わっているのが、かつての私の『弟子』だとしたら。
その可能性を考えると、胸が締め付けられるように痛む。
私の教え子が、あるいはその系譜を継ぐ者が、魔王の手先となり、世界に災厄を撒き散らしているのかもしれない。
だとしたら、それを止めるのは師匠である私の義務だ。
王都に行けば、情報が集まる。
この辺境にいては決して掴めない「魔法書の出処」と「魔王軍の正体」に迫ることができるはずだ。
「……魔法なら、私が教えられることもあるだろう。それに、家庭教師を雇ってもいい」
父は食い下がった。
その表情には、明らかな焦燥が見える。
「王都は……危険な場所だ。華やかに見えるが、裏では権力争いや陰謀が渦巻いている。お前のような純粋な子が、一人で行っていい場所じゃない」
「わかっています、お父様」
私は椅子から降り、父の前に歩み寄った。
「王都が怖い場所だってことは、なんとなくわかります。お父様が心配してくれているのも、すごく嬉しいです」
「なら……」
「でも」
私は言葉を遮り、一歩前に出た。
あの日、魔人ナードルとの死闘が繰り広げられた森には、再び豊かな緑が戻っていた。
焦げた大地は新しい草花に覆われ、戦いの爪痕は自然の治癒力によって静かに隠されていった。
そして、変わったのは森だけではない。
アシュレイン領の村は見違えるように活気を取り戻していた。
私が考案し、村の人々が作り上げた『アシュレイン式ポーション』は、その品質の高さから瞬く間に行商人たちの間で評判となり、飛ぶように売れた。
その収益は、破壊された家屋の修復だけでなく、道路の整備や新しい農具の購入にも充てられ、村は以前よりもずっと豊かで、明るい場所へと生まれ変わっていたのだ。
そんな穏やかな復興の風が吹く中、私は七度目の誕生日を迎えた。
◇ ◇ ◇
屋敷のダイニングルームは、温かな光と美味しそうな香りに包まれていた。
テーブルの上には、料理長が腕を振るったご馳走が並んでいる。
メインディッシュは、丸々と太ったローストチキン。
その周りを彩るのは、新鮮な野菜のサラダや、手の込んだスープ。
「おねーちゃん、おめれとー!」
弟のデイルが、あどけない声で叫びながら、フォークを握りしめてバンザイをした。
口の周りをスープでべとべとにしながら、満面の笑みを向けてくれている。
「ありがとう、デイル。お口、汚れてるよ」
私はナプキンで弟の口元を優しく拭いてあげた。
デイルは「えへへ」と笑い、私の膝に頭をすり寄せてくる。
なんて可愛い生き物なんだろう。
このぷにぷにのほっぺたを守るためなら、私は何度だって魔人と戦える気がする。
「エルシア、七歳の誕生日おめでとう」
父が、感慨深げに目を細めてグラスを掲げた。
その手は大きく、頼もしい。しかし、その目尻には優しい皺が刻まれている。
魔人騒動の後は少し痩せてしまっていたけれど、今ではすっかり精悍さを取り戻していた。
「本当ね。最近は背も伸びたし、なんだか大人っぽくなった気がするわ」
母も微笑み、私の皿に一番大きなチキンを取り分けてくれた。
控えているアミナも、温かい拍手を送ってくれる。
足元では、相棒のクロが「キュゥ!」とお祝いの声を上げ、デイルが落としたパンくずを素早くキャッチしていた。
七歳。
この世界において、それは一つの区切りとなる年齢だ。
幼児期を終え、本格的な教育が始まる時期。
貴族の子女であれば、将来を見据えた身の振り方を考え始める頃合いでもある。
楽しい食事が進み、食後のデザート――珍しい果実を使ったタルト――が運ばれてきた頃。
デイルは「あまーい!」と大喜びでタルトにかぶりついている。
その無邪気な姿を見ながら、私は膝の上で拳を握りしめた。
ずっと、この日のために考えてきたことがある。
この温かい家族団欒の空気を壊してしまうかもしれない。
でも、言わなければならない。
私は息を吸い込み、姿勢を正して父を見つめた。
「お父様、お母様。……お話があります」
私の声色が急に真剣なものに変わったのを敏感に感じ取ったのか、父はグラスを置き、母も微笑みを収めた。
デイルだけが、キョトンとして「ん?」と首を傾げている。
「どうした、エルシア。改まって」
父の低い声が響く。
私は逃げずに、その瞳を真っ直ぐに見返した。
「私、王都の学園に入学したいんです」
その言葉が落ちた瞬間、ダイニングルームに静寂が訪れた。
カチャン、と誰かが食器を置く音がやけに大きく響く。
「……王都の学園か?」
父が眉をひそめた。
父の反応はもっともだ。
アシュレイン領は王都から遠い。通うとなれば寮生活になる。
たった七歳の娘を一人で送り出すなど、親としては心配でたまらないだろう。
それに、父にはもっと切実な理由があるはずだ。
かつて父は、王都の政治抗争――特に宰相との確執によって、この辺境へと追いやられた経緯がある。
王都は、父にとって古傷が疼く場所であり、娘を近づけたくない「伏魔殿」なのだ。
けれど、私は首を横に振った。
「いいえ、今行きたいんです。もっと魔法を深く学びたいから。ここの書庫の本はもう全部読み尽くしてしまいました。もっと広い世界で、新しい知識に触れたいんです」
これは、表向きの理由だ。
そして、嘘ではない。
前世の知識があるとはいえ、現代魔法の体系や、新しい理論には興味がある。
そして――ナードルが持っていた、あの魔法書。
あの日、魔人ナードルは言った。
『偉大なお方から頂いた』と。
そして、その魔法書に記されていた術式は、かつて私が編み出し、弟子たちだけに伝えたはずの独自理論がベースになっていた。
だが、それは悪意を持って歪められていた。
私の知識が悪用されている。
……もし、魔王軍に関わっているのが、かつての私の『弟子』だとしたら。
その可能性を考えると、胸が締め付けられるように痛む。
私の教え子が、あるいはその系譜を継ぐ者が、魔王の手先となり、世界に災厄を撒き散らしているのかもしれない。
だとしたら、それを止めるのは師匠である私の義務だ。
王都に行けば、情報が集まる。
この辺境にいては決して掴めない「魔法書の出処」と「魔王軍の正体」に迫ることができるはずだ。
「……魔法なら、私が教えられることもあるだろう。それに、家庭教師を雇ってもいい」
父は食い下がった。
その表情には、明らかな焦燥が見える。
「王都は……危険な場所だ。華やかに見えるが、裏では権力争いや陰謀が渦巻いている。お前のような純粋な子が、一人で行っていい場所じゃない」
「わかっています、お父様」
私は椅子から降り、父の前に歩み寄った。
「王都が怖い場所だってことは、なんとなくわかります。お父様が心配してくれているのも、すごく嬉しいです」
「なら……」
「でも」
私は言葉を遮り、一歩前に出た。
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