41 / 76
41、それぞれの思惑(2)
しおりを挟む
ゴウッ! と唸りを上げて叩きつけられる寸前の木剣と木剣の隙間にひょっこり現れた闖入者に、
「ぐっ」
「げっ!」
二人の騎士は咄嗟に振り上げる――または振り下ろす――剣身の軌道を逸らし、寸でのところで回避する。
ヴィンセントの木剣の切っ先が闖入者の前髪を掠め、薄茶色の細い毛が数本宙に舞う。それでも構わず、彼は緑色の瞳で背の高い騎士を瞬きもせず睨んだ。
「どーゆーことなの、ヴィンセント卿!」
王国騎士の訓練場に乱入し、彼らの修練を邪魔したのは……、
「セ……セドリック殿下……」
言わずとしれた第二王子だ。
「おい! 危ないだろう。頭が潰れたメロンになるとこだったぞ!」
未だ正体に気づかず、少年の後ろ姿に怒鳴りつけるギイに、セドリックは煩わしげに顔だけ振り返った。
「はぁ? 騎士なんだから避けれて当たり前でしょ? 僕に傷一つでもつけてみなよ、反逆罪で絞首台送りだからね」
「な……」
あまりの言い草にかくんと顎を落とすギイの代わりに、
「セドリック殿下、さすがにそれは国家権力の乱用です」
後から走ってきたマティアスがツッコむ。発想が当たり屋だ。
「訓練場に勝手に入っては危ないと申し上げたでしょう」
どうやらマティアスが騎士団本部の受付で見学の許可を貰っている間に、セドリックが侵入してしまったらしい。
「修練の邪魔をしてすまない。ギイ、ヴィンセント」
騎士二人に頭を下げる秘書官を、第二王子は「あれ?」と見上げる。
「マティアス、ヴィンセント卿達と仲いいの?」
「騎士学校時代の同期ですよ」
事も無げに返すマティアスに、ヴィンセントとギイも頷く。
「え? マティアスって騎士なの?」
てっきり文官だと思っていたのに。
「王族の秘書官はボディーガードも兼ねていますので、武官と文官の両方の資格を持っています。私は騎士の称号を叙勲されてますから、マティアス卿と呼んで頂いて結構ですよ?」
「呼ばない」
秘書官の提案は、第二王子に秒で却下された。
「で、私にどのようなご用でしょう? 殿下」
ヴィンセントに尋ねられて、セドリックは「それだよ!」と頬を膨らませる。
「昨日、フルールがシンクレア辺境伯家に縁談を持ちかけられたそうじゃないか! 僕がくだらない挨拶回りをマティアスにさせられている間に!」
「私のせいではなく、セドリック殿下のご公務ですからね。挨拶回りは」
第二王子の物言いを、秘書官が律儀に訂正する。
「ブランジェ家は当然断ったんだろうね!?」
噛みつかんばかりに詰め寄ってくるセドリックに、
「回答は保留になっております」
ヴィンセントは困ったように答える。
「あー、もー! なんで辺境伯が出てくるんだよ!」
少年はふわふわの巻毛を容赦なく掻きむしる。
辺境伯は、クワント王国の国境警備の要。中央王国府に匹敵する軍事力を持っている。迂闊につつけば地方貴族を巻き込みクーデターなんて事態もありえるのだ。
「僕が王太子になったらすぐにフルールと婚約しようと思ってたのに」
セドリックは悔しそうに親指の爪を噛む。
辺境伯は、王家にとって一番敵対したくない相手だ。先に家長を通して求婚されてしまった以上、縁談が流れるまでは横槍を入れることができない。
「ブランジェ公爵は? フルールはどう考えてるの?」
「父も妹も、まだなんとも……」
それはヴィンセントだって知りたいところだ。
「……ムカつく。他の貴族との縁談なら王家の権限で破談にするのに。他の奴との結婚が成立したって、初夜権を行使してでもフルールを奪うのに」
「我が国は立憲君主制なので初夜権はありません」
不穏なことを呟く王族に秘書官がツッコむと、
「僕が王様になって専制君主制にするから大丈夫!」
まだ王太子にもなっていないセドリックが大それたことを宣った。
……第二王子に国家権力を持たせるのは危険かもしれない……。
「たくっ、まだブランジェ公爵が正式な返答を決めてないならいいや。マティアス、帰るよ!」
用事は済んだとばかりに、セドリックは騎士達に背を向ける。それから二・三歩進んでから振り返り、
「ヴィンセント卿はどうするの?」
「……は?」
不思議顔の公爵家嫡男に、口角を上げる。
「僕はもう、グレゴリー兄上の時みたいに傍観しないよ。君にだって負けないから」
言い捨てて、セドリックは去って行く。
「お騒がせして申し訳ない」
一礼して主を追おうとした秘書官に、ギイは呆れたため息をつく。
「お前も大変な部署に配属されたな、マティアス」
言われた彼は上目遣いにちょっと考えてから、
「毎日、楽しいよ」
屈託なく笑った。
「……マティアスも変わった奴だなぁ」
ぼやく同僚の横で、ヴィンセントは茫然と立ち尽くしていた。
「ぐっ」
「げっ!」
二人の騎士は咄嗟に振り上げる――または振り下ろす――剣身の軌道を逸らし、寸でのところで回避する。
ヴィンセントの木剣の切っ先が闖入者の前髪を掠め、薄茶色の細い毛が数本宙に舞う。それでも構わず、彼は緑色の瞳で背の高い騎士を瞬きもせず睨んだ。
「どーゆーことなの、ヴィンセント卿!」
王国騎士の訓練場に乱入し、彼らの修練を邪魔したのは……、
「セ……セドリック殿下……」
言わずとしれた第二王子だ。
「おい! 危ないだろう。頭が潰れたメロンになるとこだったぞ!」
未だ正体に気づかず、少年の後ろ姿に怒鳴りつけるギイに、セドリックは煩わしげに顔だけ振り返った。
「はぁ? 騎士なんだから避けれて当たり前でしょ? 僕に傷一つでもつけてみなよ、反逆罪で絞首台送りだからね」
「な……」
あまりの言い草にかくんと顎を落とすギイの代わりに、
「セドリック殿下、さすがにそれは国家権力の乱用です」
後から走ってきたマティアスがツッコむ。発想が当たり屋だ。
「訓練場に勝手に入っては危ないと申し上げたでしょう」
どうやらマティアスが騎士団本部の受付で見学の許可を貰っている間に、セドリックが侵入してしまったらしい。
「修練の邪魔をしてすまない。ギイ、ヴィンセント」
騎士二人に頭を下げる秘書官を、第二王子は「あれ?」と見上げる。
「マティアス、ヴィンセント卿達と仲いいの?」
「騎士学校時代の同期ですよ」
事も無げに返すマティアスに、ヴィンセントとギイも頷く。
「え? マティアスって騎士なの?」
てっきり文官だと思っていたのに。
「王族の秘書官はボディーガードも兼ねていますので、武官と文官の両方の資格を持っています。私は騎士の称号を叙勲されてますから、マティアス卿と呼んで頂いて結構ですよ?」
「呼ばない」
秘書官の提案は、第二王子に秒で却下された。
「で、私にどのようなご用でしょう? 殿下」
ヴィンセントに尋ねられて、セドリックは「それだよ!」と頬を膨らませる。
「昨日、フルールがシンクレア辺境伯家に縁談を持ちかけられたそうじゃないか! 僕がくだらない挨拶回りをマティアスにさせられている間に!」
「私のせいではなく、セドリック殿下のご公務ですからね。挨拶回りは」
第二王子の物言いを、秘書官が律儀に訂正する。
「ブランジェ家は当然断ったんだろうね!?」
噛みつかんばかりに詰め寄ってくるセドリックに、
「回答は保留になっております」
ヴィンセントは困ったように答える。
「あー、もー! なんで辺境伯が出てくるんだよ!」
少年はふわふわの巻毛を容赦なく掻きむしる。
辺境伯は、クワント王国の国境警備の要。中央王国府に匹敵する軍事力を持っている。迂闊につつけば地方貴族を巻き込みクーデターなんて事態もありえるのだ。
「僕が王太子になったらすぐにフルールと婚約しようと思ってたのに」
セドリックは悔しそうに親指の爪を噛む。
辺境伯は、王家にとって一番敵対したくない相手だ。先に家長を通して求婚されてしまった以上、縁談が流れるまでは横槍を入れることができない。
「ブランジェ公爵は? フルールはどう考えてるの?」
「父も妹も、まだなんとも……」
それはヴィンセントだって知りたいところだ。
「……ムカつく。他の貴族との縁談なら王家の権限で破談にするのに。他の奴との結婚が成立したって、初夜権を行使してでもフルールを奪うのに」
「我が国は立憲君主制なので初夜権はありません」
不穏なことを呟く王族に秘書官がツッコむと、
「僕が王様になって専制君主制にするから大丈夫!」
まだ王太子にもなっていないセドリックが大それたことを宣った。
……第二王子に国家権力を持たせるのは危険かもしれない……。
「たくっ、まだブランジェ公爵が正式な返答を決めてないならいいや。マティアス、帰るよ!」
用事は済んだとばかりに、セドリックは騎士達に背を向ける。それから二・三歩進んでから振り返り、
「ヴィンセント卿はどうするの?」
「……は?」
不思議顔の公爵家嫡男に、口角を上げる。
「僕はもう、グレゴリー兄上の時みたいに傍観しないよ。君にだって負けないから」
言い捨てて、セドリックは去って行く。
「お騒がせして申し訳ない」
一礼して主を追おうとした秘書官に、ギイは呆れたため息をつく。
「お前も大変な部署に配属されたな、マティアス」
言われた彼は上目遣いにちょっと考えてから、
「毎日、楽しいよ」
屈託なく笑った。
「……マティアスも変わった奴だなぁ」
ぼやく同僚の横で、ヴィンセントは茫然と立ち尽くしていた。
10
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された竜好き令嬢は黒竜様に溺愛される。残念ですが、守護竜を捨てたこの国は滅亡するようですよ
水無瀬
ファンタジー
竜が好きで、三度のご飯より竜研究に没頭していた侯爵令嬢の私は、婚約者の王太子から婚約破棄を突きつけられる。
それだけでなく、この国をずっと守護してきた黒竜様を捨てると言うの。
黒竜様のことをずっと研究してきた私も、見せしめとして処刑されてしまうらしいです。
叶うなら、死ぬ前に一度でいいから黒竜様に会ってみたかったな。
ですが、私は知らなかった。
黒竜様はずっと私のそばで、私を見守ってくれていたのだ。
残念ですが、守護竜を捨てたこの国は滅亡するようですよ?
プリン食べたい!婚約者が王女殿下に夢中でまったく相手にされない伯爵令嬢ベアトリス!前世を思いだした。え?乙女ゲームの世界、わたしは悪役令嬢!
山田 バルス
恋愛
王都の中央にそびえる黄金の魔塔――その頂には、選ばれし者のみが入ることを許された「王都学院」が存在する。魔法と剣の才を持つ貴族の子弟たちが集い、王国の未来を担う人材が育つこの学院に、一人の少女が通っていた。
名はベアトリス=ローデリア。金糸を編んだような髪と、透き通るような青い瞳を持つ、美しき伯爵令嬢。気品と誇りを備えた彼女は、その立ち居振る舞いひとつで周囲の目を奪う、まさに「王都の金の薔薇」と謳われる存在であった。
だが、彼女には胸に秘めた切ない想いがあった。
――婚約者、シャルル=フォンティーヌ。
同じ伯爵家の息子であり、王都学院でも才気あふれる青年として知られる彼は、ベアトリスの幼馴染であり、未来を誓い合った相手でもある。だが、学院に入ってからというもの、シャルルは王女殿下と共に生徒会での活動に没頭するようになり、ベアトリスの前に姿を見せることすら稀になっていった。
そんなある日、ベアトリスは前世を思い出した。この世界はかつて病院に入院していた時の乙女ゲームの世界だと。
そして、自分は悪役令嬢だと。ゲームのシナリオをぶち壊すために、ベアトリスは立ち上がった。
レベルを上げに励み、頂点を極めた。これでゲームシナリオはぶち壊せる。
そう思ったベアトリスに真の目的が見つかった。前世では病院食ばかりだった。好きなものを食べられずに死んでしまった。だから、この世界では美味しいものを食べたい。ベアトリスの食への欲求を満たす旅が始まろうとしていた。
婚約破棄をされ、父に追放まで言われた私は、むしろ喜んで出て行きます! ~家を出る時に一緒に来てくれた執事の溺愛が始まりました~
ゆうき
恋愛
男爵家の次女として生まれたシエルは、姉と妹に比べて平凡だからという理由で、父親や姉妹からバカにされ、虐げられる生活を送っていた。
そんな生活に嫌気がさしたシエルは、とある計画を考えつく。それは、婚約者に社交界で婚約を破棄してもらい、その責任を取って家を出て、自由を手に入れるというものだった。
シエルの専属の執事であるラルフや、幼い頃から実の兄のように親しくしてくれていた婚約者の協力の元、シエルは無事に婚約を破棄され、父親に見捨てられて家を出ることになった。
ラルフも一緒に来てくれることとなり、これで念願の自由を手に入れたシエル。しかし、シエルにはどこにも行くあてはなかった。
それをラルフに伝えると、隣の国にあるラルフの故郷に行こうと提案される。
それを承諾したシエルは、これからの自由で幸せな日々を手に入れられると胸を躍らせていたが、その幸せは家族によって邪魔をされてしまう。
なんと、家族はシエルとラルフを広大な湖に捨て、自らの手を汚さずに二人を亡き者にしようとしていた――
☆誤字脱字が多いですが、見つけ次第直しますのでご了承ください☆
☆全文字はだいたい14万文字になっています☆
☆完結まで予約済みなので、エタることはありません!☆
捨てられた元聖女ですが、なぜか蘇生聖術【リザレクション】が使えます ~婚約破棄のち追放のち力を奪われ『愚醜王』に嫁がされましたが幸せです~
鏑木カヅキ
恋愛
十年ものあいだ人々を癒し続けていた聖女シリカは、ある日、婚約者のユリアン第一王子から婚約破棄を告げられる。さらには信頼していた枢機卿バルトルトに裏切られ、伯爵令嬢ドーリスに聖女の力と王子との婚約さえ奪われてしまう。
元聖女となったシリカは、バルトルトたちの謀略により、貧困国ロンダリアの『愚醜王ヴィルヘルム』のもとへと強制的に嫁ぐことになってしまう。無知蒙昧で不遜、それだけでなく容姿も醜いと噂の王である。
そんな不幸な境遇でありながらも彼女は前向きだった。
「陛下と国家に尽くします!」
シリカの行動により国民も国も、そして王ヴィルヘルムでさえも変わっていく。
そしてある事件を機に、シリカは奪われたはずの聖女の力に再び目覚める。失われたはずの蘇生聖術『リザレクション』を使ったことで、国情は一変。ロンダリアでは新たな聖女体制が敷かれ、国家再興の兆しを見せていた。
一方、聖女ドーリスの力がシリカに遠く及ばないことが判明する中、シリカの噂を聞きつけた枢機卿バルトルトは、シリカに帰還を要請してくる。しかし、すでに何もかもが手遅れだった。
侯爵令嬢リリアンは(自称)悪役令嬢である事に気付いていないw
さこの
恋愛
「喜べリリアン! 第一王子の婚約者候補におまえが挙がったぞ!」
ある日お兄様とサロンでお茶をしていたらお父様が突撃して来た。
「良かったな! お前はフレデリック殿下のことを慕っていただろう?」
いえ! 慕っていません!
このままでは父親と意見の相違があるまま婚約者にされてしまう。
どうしようと考えて出した答えが【悪役令嬢に私はなる!】だった。
しかしリリアンは【悪役令嬢】と言う存在の解釈の仕方が……
*設定は緩いです
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
【完結】悪役令嬢はご病弱!溺愛されても断罪後は引き篭もりますわよ?
鏑木 うりこ
恋愛
アリシアは6歳でどハマりした乙女ゲームの悪役令嬢になったことに気がついた。
楽しみながらゆるっと断罪、ゆるっと領地で引き篭もりを目標に邁進するも一家揃って病弱設定だった。
皆、寝込んでるから入学式も来れなかったんだー納得!
ゲームの裏設定に一々納得しながら進んで行くも攻略対象者が仲間になりたそうにこちらを見ている……。
聖女はあちらでしてよ!皆様!
不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。
桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。
戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。
『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。
※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。
時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。
一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。
番外編の方が本編よりも長いです。
気がついたら10万文字を超えていました。
随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる