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四月の章
アーリーモーニングティー -1-
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朝六時五五分。
鷹鷲高校男子寮内、三年生の部屋が並ぶ一階の廊下。
各部屋の前に、制服をきっちりと着込んだバトラーたちが並び始めた。彼らは片腕にティーセットの乗ったトレイを持っている。そして、ベストにつけられたウェルトポケットから懐中時計を取り出し、秒針が時を刻む様子を見つめるのだ。
時を待つバトラーの中には東條の姿がある。
時計の針が重なり、時が七時を迎えるのと同時。東條は懐中時計をポケットに滑り落とすと、目の前のドアを四回軽く叩いた。
「宗一郎様、おはようございます。モーニングティーをお持ちいたしました」
涼やかな声で呼びかける。少々の間の後に、中から入出を許可する低めの声が聞こえてきた。呼びかけや応答は、他の生徒たちも同様である。
「失礼いたします」
東條は再度声をかけながら、静かに扉を開け室内へと入る。
この学校敷地内にある寮は、校舎と同じく城のような風格と広さを持つ。マスターのための各部屋は、もちろんそれぞれで十分な広さを確保している。
一人部屋だというのにダブルベッドが壁際に置かれ、その脇にはナイトテーブル。フロアランプ。デスク、チェストにワードローブ、ソファ、ローテーブルが置かれてもまだ余裕がある。さらには専用のバスルームも各部屋につながっていた。
家具の木材はマホガニーで統一され、壁紙はウィリアム・モリス。床に敷かれた、落ち着いた紫の絨毯はフカフカとしていて、革靴で歩いても心地よさが伝わってくる。
「本日のお目覚めはいかがですか?」
東條は定型句で問いかけながら、運んできたティーセットをナイトテーブルの上へと置いた。それから流れるような動作で窓辺へ向かうと、重厚なカーテンを開け放ち、朝の日差しを部屋に取り込む。
「おはよう。問題ない……ええと、今日は誰だっけ」
ベッドに入ったまま、上体を起こしただけの青年が問う。
鷹鷲高校三年生の一年間は、マスターとバトラーが、お互いの相性を見極める期間として定められている。全マスターが在籍する全バトラーと接することができるように、毎日担当する者が変わるのだ。今年の執事科三年は一一八名いるため、一巡するだけでも七月末までかかる。
窓辺から振り向き、東條は本日の主人である彼を見た。
丁寧なヘアカットが施された軽く波打つ黒髪は、起き抜けだというのに整っている。意思の強そうな山なりの眉に、彫りの深い精悍な顔立ち。その整った顔を見て、東條は彼に、サラブレッドのような血統を感じた。
この部屋の主の名を、常陸院宗一郎という。
「失礼いたしました、わたくしは東條と申します。毎日担当が変わり、何かとご不便をおかけしております」
東條は軽く頭を下げて名乗ってから、ナイトテーブル脇に戻る。
すると、宗一郎はまじまじと東條を見つめていた。
「あー……お前があの東條か」
「わたくしが、なにか?」
予想外の宗一郎の反応に問いかけながら、東條はキルトのポットカバーを外して、ポットを手にした。ターコイズブルーの模様が入ったティーカップに、湯気の立ち上る紅茶を注ぐ。途端に、濃い目に淹れられたアッサムの甘い香りが部屋中に広がる。
「いや、なんでもない。これもお互いをよく知るためだからな、良い制度だと思う。新鮮で面白いしな」
宗一郎は東條の顔を見つめたまま流すように返事をし、言葉を続ける。彼はベッドの上で軽く伸びをすると、東條の差し出したカップを受け取った。
バトラーによるマスターへの奉仕は、三年になったその日。入学式の次の日からはじまった。今日で一八日目だ。
一、二年生のうちはマスターへ対するこういったサービスはなかったわけだが、マスターは大抵が家で使用人に囲まれて暮らしている。彼らは誰かに世話をされることに慣れていて、突然始まったバトラーからの奉仕にも、戸惑う者はほとんどいない。
「そのように言っていただけますと、ほっといたします」
東條はプレスしてきた宗一郎のワイシャツをワードローブの取手にかけると、ジャケットの内ポケットから手帳を取り出した。
「それでは、本日のスケジュールを確認させていただきます。一限世界史、二限経済学、三限数学、四限英語。ランチを挟み、五限に帝王学、六限からは通常のクラスの代わりに、春のお茶会が予定されております」
「ああ、お茶会は今日だったか」
のんびりと紅茶を飲み終えた宗一郎が、空になったカップを手持ち無沙汰に弄る。東條は手帳をしまうと、すかさず手を伸ばしてカップを受け取った。
「はい、春のお茶会にぴったりな日和で何よりでございました」
「今まであったお茶会とは違って、今回からはバトラーが取り仕切るんだろう。楽しみにしてるよ」
宗一郎は余裕を感じさせる微笑みを浮かべ、ベッドから立ち上がると、バスルームへと向かった。
東條もさすがにバスルームの中まではついていかない。代わりにワードローブから制服を取り出し、ベッドメイクを含めて軽く部屋の中を整える。
鷹鷲高校男子寮内、三年生の部屋が並ぶ一階の廊下。
各部屋の前に、制服をきっちりと着込んだバトラーたちが並び始めた。彼らは片腕にティーセットの乗ったトレイを持っている。そして、ベストにつけられたウェルトポケットから懐中時計を取り出し、秒針が時を刻む様子を見つめるのだ。
時を待つバトラーの中には東條の姿がある。
時計の針が重なり、時が七時を迎えるのと同時。東條は懐中時計をポケットに滑り落とすと、目の前のドアを四回軽く叩いた。
「宗一郎様、おはようございます。モーニングティーをお持ちいたしました」
涼やかな声で呼びかける。少々の間の後に、中から入出を許可する低めの声が聞こえてきた。呼びかけや応答は、他の生徒たちも同様である。
「失礼いたします」
東條は再度声をかけながら、静かに扉を開け室内へと入る。
この学校敷地内にある寮は、校舎と同じく城のような風格と広さを持つ。マスターのための各部屋は、もちろんそれぞれで十分な広さを確保している。
一人部屋だというのにダブルベッドが壁際に置かれ、その脇にはナイトテーブル。フロアランプ。デスク、チェストにワードローブ、ソファ、ローテーブルが置かれてもまだ余裕がある。さらには専用のバスルームも各部屋につながっていた。
家具の木材はマホガニーで統一され、壁紙はウィリアム・モリス。床に敷かれた、落ち着いた紫の絨毯はフカフカとしていて、革靴で歩いても心地よさが伝わってくる。
「本日のお目覚めはいかがですか?」
東條は定型句で問いかけながら、運んできたティーセットをナイトテーブルの上へと置いた。それから流れるような動作で窓辺へ向かうと、重厚なカーテンを開け放ち、朝の日差しを部屋に取り込む。
「おはよう。問題ない……ええと、今日は誰だっけ」
ベッドに入ったまま、上体を起こしただけの青年が問う。
鷹鷲高校三年生の一年間は、マスターとバトラーが、お互いの相性を見極める期間として定められている。全マスターが在籍する全バトラーと接することができるように、毎日担当する者が変わるのだ。今年の執事科三年は一一八名いるため、一巡するだけでも七月末までかかる。
窓辺から振り向き、東條は本日の主人である彼を見た。
丁寧なヘアカットが施された軽く波打つ黒髪は、起き抜けだというのに整っている。意思の強そうな山なりの眉に、彫りの深い精悍な顔立ち。その整った顔を見て、東條は彼に、サラブレッドのような血統を感じた。
この部屋の主の名を、常陸院宗一郎という。
「失礼いたしました、わたくしは東條と申します。毎日担当が変わり、何かとご不便をおかけしております」
東條は軽く頭を下げて名乗ってから、ナイトテーブル脇に戻る。
すると、宗一郎はまじまじと東條を見つめていた。
「あー……お前があの東條か」
「わたくしが、なにか?」
予想外の宗一郎の反応に問いかけながら、東條はキルトのポットカバーを外して、ポットを手にした。ターコイズブルーの模様が入ったティーカップに、湯気の立ち上る紅茶を注ぐ。途端に、濃い目に淹れられたアッサムの甘い香りが部屋中に広がる。
「いや、なんでもない。これもお互いをよく知るためだからな、良い制度だと思う。新鮮で面白いしな」
宗一郎は東條の顔を見つめたまま流すように返事をし、言葉を続ける。彼はベッドの上で軽く伸びをすると、東條の差し出したカップを受け取った。
バトラーによるマスターへの奉仕は、三年になったその日。入学式の次の日からはじまった。今日で一八日目だ。
一、二年生のうちはマスターへ対するこういったサービスはなかったわけだが、マスターは大抵が家で使用人に囲まれて暮らしている。彼らは誰かに世話をされることに慣れていて、突然始まったバトラーからの奉仕にも、戸惑う者はほとんどいない。
「そのように言っていただけますと、ほっといたします」
東條はプレスしてきた宗一郎のワイシャツをワードローブの取手にかけると、ジャケットの内ポケットから手帳を取り出した。
「それでは、本日のスケジュールを確認させていただきます。一限世界史、二限経済学、三限数学、四限英語。ランチを挟み、五限に帝王学、六限からは通常のクラスの代わりに、春のお茶会が予定されております」
「ああ、お茶会は今日だったか」
のんびりと紅茶を飲み終えた宗一郎が、空になったカップを手持ち無沙汰に弄る。東條は手帳をしまうと、すかさず手を伸ばしてカップを受け取った。
「はい、春のお茶会にぴったりな日和で何よりでございました」
「今まであったお茶会とは違って、今回からはバトラーが取り仕切るんだろう。楽しみにしてるよ」
宗一郎は余裕を感じさせる微笑みを浮かべ、ベッドから立ち上がると、バスルームへと向かった。
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