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九月の章
文化祭準備 -1-
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一般的な学校にも多くのイベントがあるが、鷹鷲高校での生活は、ほとんどがイベントと、その準備期間だと思って間違いない。試験に縛られない三年生はその傾向がより顕著だ。
人の上に立つことを求められる帝王科と、そんな帝王科のサポートを要求されている執事科にとって、生徒主体のイベントの運営は、実践的な学びの場と考えられていた。
大盛り上がりだった体育祭の後は、すぐに文化祭の準備が始まった。
「それにしても、アルバート様の走りの素晴らしさには感激いたしました」
教室の床に座り込んだ東條が、ペンキに浸した刷毛を動かしながら言う。彼が塗っているのは床の上に置かれた木材で、組み上げると看板になる。
ここは執事科三年壱組。すなわち、東條、白石、水島の教室だ。
白石もまた東條の横に座り、同じように木材を塗っているのだが、その背にはアルバートが凭れかかっている。
「んー」
アルバートは東條の言葉に、返事ともいえないような反応をする。彼は何をするでもなく、ただ白石にベッタリとくっついていた。
鷹鷲高校の文化祭である「鷹鷲祭」は土日の二日間、帝王科執事科のみならず、女子、男子含め学校全体で行う。地域に開かれる唯一のイベントであり、学校関係者以外の者が学校敷地内に足を踏み入れることができる数少ない機会だ。
鷹鷲高校はその特異性から知名度も関心も高い。普段はいっさい公開されていない秘密の学校内に入れるとあって、当日はかなりの人出になる。
そんな一般客を相手に、いかにイベントを盛り上げられるかが、生徒たちに課せられたミッションだ。クラスごとに出し物をすることが決められているのだが、三年は帝王科と執事科が合同で一つの出し物をする。
執事科三年壱組は帝王科三年壱組、弐組は弐組、参組は参組、と機械的に決められていて、この準備をしている最中は、必然的に選定した担当の執事と離れることが多くなる。マスター的には、選定した者ではないバトラーと触れあう貴重な期間だ。
アルバートは帝王科三年弐組の生徒である。
本来、文化祭準備期間中は壱組の白石と接する機会が少なくなるはずなのだが、彼は連日、白石にこうしてくっついている。
選定があってからというもの、アルバートが白石に執心しているのは周知の事実であり、彼は白石を手放したがらなくなった。
「ちょっとアルバート様、重いですって。ペンキつきますよ?」
白石は文句を言いながら、自分に凭れているアルバートの体を肩で押す。塗装に集中して上体をかがめるほど、アルバートの体がのしかかってきていた。
「重くない」
「乗られている当の本人が重いって言ったら重いんですよ」
夏休みが明けてからというもの、白石は毎日アルバートの生活のすべてを世話している。おかげで白石は、すっかりアルバートの扱いに慣れていた。そして、二人の様子に東條の方も慣れた。初めは彼らの親密さに驚いていた他の生徒達も、もはやなんの反応も示さない。
「アルバート様の足が速いこと、白石は知っていたのか?」
「いや、リレーに出るって聞いた時に、なんの冗談かと思ったくらいには知らなかった。体育の練習の時にもいっさい走らなかったしな」
「どうしてそれでリレーに出ることになっていたんだ?」
「二年の終わりに体育でパン食い競争を走ったことがあるらしい。その時異常に速かったら、推薦したってケビン様が教えてくださった」
鷹鷲高校ではクラス替えがないため、同じクラスになれば卒業まで長い付き合いになる。ケビンはアルバートと同じ弐組だ。
「ぶら下がってたパンのうち、食べられるのが一つしかなかったから、一番に食べようって頑張ったんだ」
なぜパン食い競争なのだ、と東條が呟いた疑問にアルバートが答える。
「なるほど。ではアルバート様、今回のリレーでは本気を出されたのですね」
「珍しく」という言葉は飲み込んだ。東條も一日はアルバートの担当をしたことがあるため、アルバートの怠惰さはよく知っている。
東條が担当した時は、アルバートにつきっきりになり、ひたすら褒めちぎる戦法で授業を受けさせ食事をとらせた。
普段の授業さえサボりたがるアルバートが、体育祭にきちんと出たこと自体が驚異的である。そのことを東條はよく理解していた。
「体育祭頑張ったら、白石が好きなだけデザート作ってくれるって言うから」
アルバートの言葉に、東條は白石を見た。
「作って差し上げたのか? デザート」
「あんな走り見せられたら作るほかないだろ。作りまくったさ、ご要望の限り」
嫌々といった口調のわりにうれしそうな白石の表情に、東條は思わず息を漏らして笑った。白石は根本的に、人に料理を作るのが好きなのだ。アルバートが美味しそうに自分が作ったものを食べる姿を見ることは、白石にとっても喜びだった。
東條の笑顔を見て、白石は照れ隠しのように眉を寄せる。
「体育祭の当日になって、起きないって駄々こねて大変だったんだからな。というか、アルバート様はいつまでもここにいらっしゃっていいんですか? セリフは憶えました?」
白石は言葉の途中で、己にのしかかっているアルバートの方へと話の矛先を向けた。アルバートは明確な返事をせずに、モゴモゴと何かを言いながら、白石の背に顔を埋めている。
壱組は浪漫喫茶を出すことになっており、今二人が作っているのはその看板だ。
一方弐組は演劇の定番である『ロミオとジュリエット』をやる予定で、なんとアルバートは主役のロミオに抜擢された。
「アルバート様の演じられるロミオ、わたくしも楽しみにしておりますね」
東條もアルバートにやる気を出させようと、そんなことを声かけしてみる。だが、アルバートは相変わらず白石にくっついたまま動こうとしない。
「よし、看板完成」
最後のひと塗りを終え、白石は勢いを付けて立ち上がった。アルバートが横にずり落ちる。
東條と白石が二日かけて完成させた看板には、焦茶の地に、レトロさが感じられるスタイルの白文字で『浪漫喫茶』と書かれている。横書きで右から読ませるようになっているあたりも含めて、大正レトロを追求していた。
「次はメニュー表の作成か」
「そうだな、内容はもう考えてあるから、宗一郎様にデザインを決めていただいて……」
白石は東條と相談を進め、途中で教室の扉の方へと視線を向けた。控えめに扉を開け、山下がひょっこりと顔を出していたからだ。
人の上に立つことを求められる帝王科と、そんな帝王科のサポートを要求されている執事科にとって、生徒主体のイベントの運営は、実践的な学びの場と考えられていた。
大盛り上がりだった体育祭の後は、すぐに文化祭の準備が始まった。
「それにしても、アルバート様の走りの素晴らしさには感激いたしました」
教室の床に座り込んだ東條が、ペンキに浸した刷毛を動かしながら言う。彼が塗っているのは床の上に置かれた木材で、組み上げると看板になる。
ここは執事科三年壱組。すなわち、東條、白石、水島の教室だ。
白石もまた東條の横に座り、同じように木材を塗っているのだが、その背にはアルバートが凭れかかっている。
「んー」
アルバートは東條の言葉に、返事ともいえないような反応をする。彼は何をするでもなく、ただ白石にベッタリとくっついていた。
鷹鷲高校の文化祭である「鷹鷲祭」は土日の二日間、帝王科執事科のみならず、女子、男子含め学校全体で行う。地域に開かれる唯一のイベントであり、学校関係者以外の者が学校敷地内に足を踏み入れることができる数少ない機会だ。
鷹鷲高校はその特異性から知名度も関心も高い。普段はいっさい公開されていない秘密の学校内に入れるとあって、当日はかなりの人出になる。
そんな一般客を相手に、いかにイベントを盛り上げられるかが、生徒たちに課せられたミッションだ。クラスごとに出し物をすることが決められているのだが、三年は帝王科と執事科が合同で一つの出し物をする。
執事科三年壱組は帝王科三年壱組、弐組は弐組、参組は参組、と機械的に決められていて、この準備をしている最中は、必然的に選定した担当の執事と離れることが多くなる。マスター的には、選定した者ではないバトラーと触れあう貴重な期間だ。
アルバートは帝王科三年弐組の生徒である。
本来、文化祭準備期間中は壱組の白石と接する機会が少なくなるはずなのだが、彼は連日、白石にこうしてくっついている。
選定があってからというもの、アルバートが白石に執心しているのは周知の事実であり、彼は白石を手放したがらなくなった。
「ちょっとアルバート様、重いですって。ペンキつきますよ?」
白石は文句を言いながら、自分に凭れているアルバートの体を肩で押す。塗装に集中して上体をかがめるほど、アルバートの体がのしかかってきていた。
「重くない」
「乗られている当の本人が重いって言ったら重いんですよ」
夏休みが明けてからというもの、白石は毎日アルバートの生活のすべてを世話している。おかげで白石は、すっかりアルバートの扱いに慣れていた。そして、二人の様子に東條の方も慣れた。初めは彼らの親密さに驚いていた他の生徒達も、もはやなんの反応も示さない。
「アルバート様の足が速いこと、白石は知っていたのか?」
「いや、リレーに出るって聞いた時に、なんの冗談かと思ったくらいには知らなかった。体育の練習の時にもいっさい走らなかったしな」
「どうしてそれでリレーに出ることになっていたんだ?」
「二年の終わりに体育でパン食い競争を走ったことがあるらしい。その時異常に速かったら、推薦したってケビン様が教えてくださった」
鷹鷲高校ではクラス替えがないため、同じクラスになれば卒業まで長い付き合いになる。ケビンはアルバートと同じ弐組だ。
「ぶら下がってたパンのうち、食べられるのが一つしかなかったから、一番に食べようって頑張ったんだ」
なぜパン食い競争なのだ、と東條が呟いた疑問にアルバートが答える。
「なるほど。ではアルバート様、今回のリレーでは本気を出されたのですね」
「珍しく」という言葉は飲み込んだ。東條も一日はアルバートの担当をしたことがあるため、アルバートの怠惰さはよく知っている。
東條が担当した時は、アルバートにつきっきりになり、ひたすら褒めちぎる戦法で授業を受けさせ食事をとらせた。
普段の授業さえサボりたがるアルバートが、体育祭にきちんと出たこと自体が驚異的である。そのことを東條はよく理解していた。
「体育祭頑張ったら、白石が好きなだけデザート作ってくれるって言うから」
アルバートの言葉に、東條は白石を見た。
「作って差し上げたのか? デザート」
「あんな走り見せられたら作るほかないだろ。作りまくったさ、ご要望の限り」
嫌々といった口調のわりにうれしそうな白石の表情に、東條は思わず息を漏らして笑った。白石は根本的に、人に料理を作るのが好きなのだ。アルバートが美味しそうに自分が作ったものを食べる姿を見ることは、白石にとっても喜びだった。
東條の笑顔を見て、白石は照れ隠しのように眉を寄せる。
「体育祭の当日になって、起きないって駄々こねて大変だったんだからな。というか、アルバート様はいつまでもここにいらっしゃっていいんですか? セリフは憶えました?」
白石は言葉の途中で、己にのしかかっているアルバートの方へと話の矛先を向けた。アルバートは明確な返事をせずに、モゴモゴと何かを言いながら、白石の背に顔を埋めている。
壱組は浪漫喫茶を出すことになっており、今二人が作っているのはその看板だ。
一方弐組は演劇の定番である『ロミオとジュリエット』をやる予定で、なんとアルバートは主役のロミオに抜擢された。
「アルバート様の演じられるロミオ、わたくしも楽しみにしておりますね」
東條もアルバートにやる気を出させようと、そんなことを声かけしてみる。だが、アルバートは相変わらず白石にくっついたまま動こうとしない。
「よし、看板完成」
最後のひと塗りを終え、白石は勢いを付けて立ち上がった。アルバートが横にずり落ちる。
東條と白石が二日かけて完成させた看板には、焦茶の地に、レトロさが感じられるスタイルの白文字で『浪漫喫茶』と書かれている。横書きで右から読ませるようになっているあたりも含めて、大正レトロを追求していた。
「次はメニュー表の作成か」
「そうだな、内容はもう考えてあるから、宗一郎様にデザインを決めていただいて……」
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