強いられる賭け~脇坂安治軍記~

恩地玖

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七本槍

筑前守の覚悟

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 伊賀守内応の知らせを受けてから三日後、徳永石見守、大金藤八、山路将監の三名が山崎にやってきた。安治は筑前守から三名の応対を命じられており、安治が出迎えに上がり、そのまま広間に通した。
 しばらくして筑前守が、近習を引き連れ広間に入ってきた。近習たちは、それぞれ刀や金子を手にしていた。
 「ご尊顔拝し奉り、恐悦至極に存じ上げ奉ります。」
 髭面の山路が慇懃に口上を述べ、平伏した。残りの二人も、山路に合わせるように平伏した。
 「山路殿、堅苦しい挨拶は無しじゃ。面を上げられよ。時に、伊賀守殿は息災かな?」
 筑前守は、満面の笑みで山路に問いかけた。
 「畏れながら、必ずしも芳しいとは申し上げかねますが、柴田家の惣領として、持てる力の限り、織田家を盤石なものとせん、と常日頃申しております。」
 山路が、その無骨な容貌に反して、立て板に水のごとく、答えた。筑前守は、一々頷きつつ山路の話に耳を傾けていた。
 「織田家の行く末にとって、伊賀守殿のお力が是非とも必要じゃ。わしの思いを汲み取っていただき、誠に痛み入る。わしのせめてもの気持ちとして、是非受け取っていただきたい」
 筑前守はそう言うと、近習に目くばせした。近習が刀七振りと金子を山路達の前に差し出した。
 「これは、ほんの挨拶代わりじゃ。忠勤に励んでいただければ、褒美はお望みどおりとなろう。そうそう、伊賀守殿には追って銘国実の刀、黄金三百両 を差し上げる。左様、お伝えいただきたい。」
 「ありがたき幸せ!羽柴様のご厚情、生涯忘れませぬ。我ら一同、伊賀守を盛り立て、更なる忠勤に励む所存でございます。」
 山路は、畳に頭をこすりつけるように平伏した。あの手この手で伊賀守様を言いくるめたのであろうな…。平伏する山路をみた安治は、心の中でため息をついた。安治の見立てでは、伊賀守は筑前守に与するつもりはなかった。一方で、修理と確執がある伊賀守の下では、いくら功を上げたところでたかが知れている。まして、修理と筑前守の中は険悪で、いつ戦が始まるか分からない。であれば、いっそ羽柴方についた方が栄達は望める。山路他、伊賀守の重臣たちがそう考えたとしても不思議はない。重臣たちは揃って伊賀守に決断を迫ったのであろう。いくら伊賀守とて、手足となるべき重臣に背かれてはいかんともしがたい。まして、伊賀守自身、修理からよく思われていないことは身に染みて分かっている。こうして、筑前守の意向に従うことになったのだろう。ところで、殿は山路達の性根をどう踏んでおられるのだろうか…。
 安治が思索に沈んでいる間、山路と筑前守は和気藹々と語らっていた。ひとしきり語り合った後、山路達は揚々と帰っていった。
 「甚内、此度は大儀であった。」
 山路達が去り、近習達を下がらせた後、筑前守は安治に声をかけた。
 「恐れ入りましてございます。」
 安治は、深々と頭を下げた。
 「よう大風呂敷を広げたものじゃ。いや、皮肉ではない。正直、驚いておるのじゃ。言うまでも無いが、此度のことでお主に咎はない。改めてお主の力が分かった。嫌でも働いてもらわねばならぬ。」
 「は、身命を賭して、お仕え申し上げます。」
 「頼もしいな。お主ような者がわしの配下にいる限り、わしも行きつくところまで走り続けねばなるまい。甚内よ、次は槍働きを期待しておるぞ。お主の働きで、機は熟した。急ぎ出陣の準備をせよ。」
 筑前守は、きっぱりと言い切った。
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