37 / 40
七本槍
将監蜂起
しおりを挟む
天正十一年元旦、山崎城の大広間では新年の宴が催されていた。筑前守自身はおくびにも出さなかったが、配下の者どもは主が天下人になったと我がことのように喜んでいた。
宴が多いに盛り上がっている最中、水を差すかのように伝令が大広間に駆けこんできた。
「申し上げます!滝川将監殿、亀山城包囲の由!」
大広間は瞬時に静まり返った。元旦に敵が攻め入ってくるとは誰も思っていない。諸将は呆気に取られていた。そんな中、血の気の引いた顔で筑前守の前に進み出た男がいた。
「お、畏れながら手前の不手際でございます…。手勢を搔き集め、急ぎ亀山に向かい、一矢報いてまいります。」
筑前守の前で平伏している男は、亀山城主、関安芸守だった。わずかな手勢引き連れ、年賀の挨拶のため、山崎を訪れていた。関安芸守は、もともと三七の配下であった。ところが、三七が修理に秋波を送り始めた頃、筑前守に鞍替えしたのだ。己の意思で筑前守の膝下に加わろうとした関を筑前守は大層贔屓にした。そんな筑前守の期待に応えるように、関も筑前守に尽くした。そして、恭順の意を表するため、関は嫡子の四郎とともに城を空けてまでここに来たのだ。
「安芸守殿、お手を上げられよ。滝川将監の暴挙は、織田家に対する明確な謀叛に他ならぬ。そなた一人の問題ではない。」
筑前守は、このことを予期していたかのごとく、穏やかに関を労った。
「皆の衆。折角の宴もこれで終いじゃ。伊勢のたわけが、ぶちこわしてくれたわ。急ぎ出陣の準備をせよ。亀山城を奪い返す。甚内、全軍に陣ぶれをだせ。」
まさか、殿は関様を餌にしたのではあるまいな…。筑前守に一礼し、陣ぶれを伝えに走り回っている安治の脳裏に、ふとよぎった。これで筑前守は、堂々と滝川討伐が可能となる。将監に呼応する形で、修理も雪解けとともに出陣してくるだろう。筑前守は、誰に憚ることなくこれも迎え撃てる。まさに、願ったり叶ったりだ。槍の手入れを忘れずに、とはよく言ったものよ。安治は、筑前守がかけた言葉を思い出していた。
正月三日。既に出立の準備は整っていた。
「皆のもの、よく聞け。これより我らは、滝川将監を成敗しに向かう。じゃが、敵は滝川だけではない。遠からず柴田修理も越前を出てくるであろう。よいかこの戦は、織田家に楯突いた謀叛人を討つ戦じゃ。遠慮はするな。存分に働け!」
出立を前に、筑前守は檄を飛ばした。将兵たちは、一斉に鬨の声を上げた。
先陣は関安芸守が命じられた。筑前守の配慮でもあり、奮起も期待してのことである。安治は、与力として先陣に配属を命じられた。関とともに亀山城奪還戦に加わることになったのだ。
「関様。僭越ながら、某に斥候をお命じ下さいませ。」
安治は、関の前に進み出た。
「おお、脇坂殿。それは、助かる。わしも、誰ぞに斥候を頼もうと思うておったのじゃ。じゃが、貴殿は筑前守様の大事な家臣じゃ。深追いは無用ぞ。」
関は、快く安治を送りだした。
安治は、覚兵衛を筆頭に手勢二十名ほどを引き連れ、亀山城に向かった。道すがら、覚兵衛が轡を並べてきた。
「殿。ここで二手に分かれましょう。手前は半分の手勢を引き連れ、亀山城の周囲を探ります。」
「覚兵衛、何か気になることでも?」
「元旦早々戦を仕掛けてくる以上、滝川様も必勝を期すことでしょう。亀山城に軽くちょっかいをかけただけとは到底思えませぬ。簡単に亀山城を奪い返せるなどと、ゆめゆめ思わぬことが肝要かと。おそらく、滝川様は我らを釘付けにすべく、動いているはずかと。」
安治は、はっとした。安治が、斥候を志願したのは、一気呵成に亀山城を落とす手段はないものか探るつもりだったからだ。そんな安治の楽観を戒めるような、覚兵衛の進言である。もっとも、言われてみれば覚兵衛の言うとおりである。筑前守に戦を仕掛ける以上、筑前守を確実に葬らなければ、己が葬られることになる。安易な作戦など立てるはずもない。
「覚兵衛、もっともじゃ。関様が早仕掛けせぬよう、敵情を具に見ておくことが我らの務めじゃな。頼んだぞ。我らも城の偵察に徹する故、案ずるな。亀山で落ち合おうぞ。」
「承知仕った。ご免!」
そういうなり、覚兵衛は半分の手勢を引き連れ駆けていった。
亀山城に着いた安治は、覚兵衛の見立てが正しかったことを痛感させられた。亀山城の櫓には、鉄砲隊が配備され、万全の迎撃態勢がとられていた。関の部隊だけでは、返り討ちに遭うのが目に見えている。急ぎ関の下に戻り攻撃を控えるよう進言すると同時に、筑前守にも注進せねばならない事態である。
敵の射程から十分離れたところで待機していると、覚兵衛一行が近づいてきた。
「案外早かったではないか。であれば、既に敵が満ち溢れていたということじゃな。」
「御意。既に峯城も滝川勢に落とされ、滝川儀太夫が城を固めております。千や二千の兵で落とせるものでは到底ありませぬ。」
「大儀であった。亀山も見てのとおりじゃ。これは、殿のご判断を仰がねばなるまい。覚兵衛、急ぎ戻るぞ。」
宴が多いに盛り上がっている最中、水を差すかのように伝令が大広間に駆けこんできた。
「申し上げます!滝川将監殿、亀山城包囲の由!」
大広間は瞬時に静まり返った。元旦に敵が攻め入ってくるとは誰も思っていない。諸将は呆気に取られていた。そんな中、血の気の引いた顔で筑前守の前に進み出た男がいた。
「お、畏れながら手前の不手際でございます…。手勢を搔き集め、急ぎ亀山に向かい、一矢報いてまいります。」
筑前守の前で平伏している男は、亀山城主、関安芸守だった。わずかな手勢引き連れ、年賀の挨拶のため、山崎を訪れていた。関安芸守は、もともと三七の配下であった。ところが、三七が修理に秋波を送り始めた頃、筑前守に鞍替えしたのだ。己の意思で筑前守の膝下に加わろうとした関を筑前守は大層贔屓にした。そんな筑前守の期待に応えるように、関も筑前守に尽くした。そして、恭順の意を表するため、関は嫡子の四郎とともに城を空けてまでここに来たのだ。
「安芸守殿、お手を上げられよ。滝川将監の暴挙は、織田家に対する明確な謀叛に他ならぬ。そなた一人の問題ではない。」
筑前守は、このことを予期していたかのごとく、穏やかに関を労った。
「皆の衆。折角の宴もこれで終いじゃ。伊勢のたわけが、ぶちこわしてくれたわ。急ぎ出陣の準備をせよ。亀山城を奪い返す。甚内、全軍に陣ぶれをだせ。」
まさか、殿は関様を餌にしたのではあるまいな…。筑前守に一礼し、陣ぶれを伝えに走り回っている安治の脳裏に、ふとよぎった。これで筑前守は、堂々と滝川討伐が可能となる。将監に呼応する形で、修理も雪解けとともに出陣してくるだろう。筑前守は、誰に憚ることなくこれも迎え撃てる。まさに、願ったり叶ったりだ。槍の手入れを忘れずに、とはよく言ったものよ。安治は、筑前守がかけた言葉を思い出していた。
正月三日。既に出立の準備は整っていた。
「皆のもの、よく聞け。これより我らは、滝川将監を成敗しに向かう。じゃが、敵は滝川だけではない。遠からず柴田修理も越前を出てくるであろう。よいかこの戦は、織田家に楯突いた謀叛人を討つ戦じゃ。遠慮はするな。存分に働け!」
出立を前に、筑前守は檄を飛ばした。将兵たちは、一斉に鬨の声を上げた。
先陣は関安芸守が命じられた。筑前守の配慮でもあり、奮起も期待してのことである。安治は、与力として先陣に配属を命じられた。関とともに亀山城奪還戦に加わることになったのだ。
「関様。僭越ながら、某に斥候をお命じ下さいませ。」
安治は、関の前に進み出た。
「おお、脇坂殿。それは、助かる。わしも、誰ぞに斥候を頼もうと思うておったのじゃ。じゃが、貴殿は筑前守様の大事な家臣じゃ。深追いは無用ぞ。」
関は、快く安治を送りだした。
安治は、覚兵衛を筆頭に手勢二十名ほどを引き連れ、亀山城に向かった。道すがら、覚兵衛が轡を並べてきた。
「殿。ここで二手に分かれましょう。手前は半分の手勢を引き連れ、亀山城の周囲を探ります。」
「覚兵衛、何か気になることでも?」
「元旦早々戦を仕掛けてくる以上、滝川様も必勝を期すことでしょう。亀山城に軽くちょっかいをかけただけとは到底思えませぬ。簡単に亀山城を奪い返せるなどと、ゆめゆめ思わぬことが肝要かと。おそらく、滝川様は我らを釘付けにすべく、動いているはずかと。」
安治は、はっとした。安治が、斥候を志願したのは、一気呵成に亀山城を落とす手段はないものか探るつもりだったからだ。そんな安治の楽観を戒めるような、覚兵衛の進言である。もっとも、言われてみれば覚兵衛の言うとおりである。筑前守に戦を仕掛ける以上、筑前守を確実に葬らなければ、己が葬られることになる。安易な作戦など立てるはずもない。
「覚兵衛、もっともじゃ。関様が早仕掛けせぬよう、敵情を具に見ておくことが我らの務めじゃな。頼んだぞ。我らも城の偵察に徹する故、案ずるな。亀山で落ち合おうぞ。」
「承知仕った。ご免!」
そういうなり、覚兵衛は半分の手勢を引き連れ駆けていった。
亀山城に着いた安治は、覚兵衛の見立てが正しかったことを痛感させられた。亀山城の櫓には、鉄砲隊が配備され、万全の迎撃態勢がとられていた。関の部隊だけでは、返り討ちに遭うのが目に見えている。急ぎ関の下に戻り攻撃を控えるよう進言すると同時に、筑前守にも注進せねばならない事態である。
敵の射程から十分離れたところで待機していると、覚兵衛一行が近づいてきた。
「案外早かったではないか。であれば、既に敵が満ち溢れていたということじゃな。」
「御意。既に峯城も滝川勢に落とされ、滝川儀太夫が城を固めております。千や二千の兵で落とせるものでは到底ありませぬ。」
「大儀であった。亀山も見てのとおりじゃ。これは、殿のご判断を仰がねばなるまい。覚兵衛、急ぎ戻るぞ。」
0
あなたにおすすめの小説
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記
颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。
ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。
また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。
その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。
この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。
またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。
この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず…
大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。
【重要】
不定期更新。超絶不定期更新です。
if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜
かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。
徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。
堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる……
豊臣家に味方する者はいない。
西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。
しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。
全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。
奥遠の龍 ~今川家で生きる~
浜名浅吏
歴史・時代
気が付くと遠江二俣の松井家の明星丸に転生していた。
戦国時代初期、今川家の家臣として、宗太は何とか生き延びる方法を模索していく。
桶狭間のバッドエンドに向かって……
※この物語はフィクションです。
氏名等も架空のものを多分に含んでいます。
それなりに歴史を参考にはしていますが、一つの物語としてお楽しみいただければと思います。
※2024年に一年かけてカクヨムにて公開したお話です。
米国戦艦大和 太平洋の天使となれ
みにみ
歴史・時代
1945年4月 天一号作戦は作戦の成功見込みが零に等しいとして中止
大和はそのまま柱島沖に係留され8月の終戦を迎える
米国は大和を研究対象として本土に移動
そこで大和の性能に感心するもスクラップ処分することとなる
しかし、朝鮮戦争が勃発
大和は合衆国海軍戦艦大和として運用されることとなる
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
幻影の艦隊
竹本田重朗
歴史・時代
「ワレ幻影艦隊ナリ。コレヨリ貴軍ヒイテハ大日本帝国ヲタスケン」
ミッドウェー海戦より史実の道を踏み外す。第一機動艦隊が空襲を受けるところで謎の艦隊が出現した。彼らは発光信号を送ってくると直ちに行動を開始する。それは日本が歩むだろう破滅と没落の道を栄光へ修正する神の見えざる手だ。必要な時に現れては助けてくれるが戦いが終わるとフッと消えていく。幻たちは陸軍から内地まで至る所に浸透して修正を開始した。
※何度おなじ話を書くんだと思われますがご容赦ください
※案の定、色々とツッコミどころ多いですが御愛嬌
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる